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57.一騎打ちの価値と実況

 馬上武術。それは、馬術能力段階とも武術能力段階とも異なる、合わせ技巧の巧みさを示したものである。

 例えば馬術、剣術ともに7段階格だったとして。馬上剣術の能力が7段階格であるとは限らない。両足が地面についているときとついていない時では剣の取り回しは異なる。あるいは、馬上では槍しか使えず、しかし地上では剣の方が得意と言う武将もいるにはいる。

 だが、馬術よりも馬上武術の扱いが上になる例はない。……いいや、訂正だ。馬術能力段階よりも地上馬術段階が勝る例はない。


 訂正した理由は単純明快。最近において槍術が六段階になり、また馬術の扱いも六段階に昇格したアメリア=アファール=ユニク=ペガサシアという女は、天馬上戦闘武術……俗にいう『空中戦闘術』においては限りなく8段階に近い7段階の数値をたたき出すためだ。

 まあ、当然と言えば当然。馬は宙返りなどしない。天馬騎士団も、宙返りを出来るほどの度胸がある兵士などそういない。そして、万が一宙返りが出来たとしても、宙返りしながら槍を突き出すなどという、どう考えても落ちるような所業を平然とやってのけるような人間が、アメリア=アファール=ユニク=ペガサシアを置いていていいものか。

 彼女は魔術を用いて己の腰を固定することでそんな無謀をやってのけているわけだが……いや、いくら固定具があったとしても、やろうと思う人間はいないだろう。


 そういう意味で、彼女は例外だ。彼女を含め歴代『騎像』に任命され、ペガサスやドラゴン等、空中戦をする輩は控えめに言って頭のおかしい例外が多い。


 その点、『ペガサスの騎兵隊長像』クリス=ポタルゴスと『ペガサスの将軍像』コーネリウス=バイク=ミデウスは、地上も馬上も大差ない腕前をしている。どちらでも練度が高い。

「何合くらいやりますか?」

負けるわけがないという確信がこもった声で、コーネリウスが尋ねた。

「様になるねぇ。」

一目で貴族のモノだとわかる外套を纏ってそんなことを言われたら、クリスも困る。あんな自信満々に勝てると思い込んでいる奴の鼻っ柱をへし折るのは、どれだけ楽しいだろう。


「そっちが負けるか、そっちが疲れきるまでに決まっているさ。」

強烈な笑みを向け、クリスが言った。挑発されたのなら挑発で返す。クリスの、いや、ヒュデミクシア王国の最大の礼儀は、そうなっている。

「喧嘩上等!!」

「……野蛮人め。」

普段は冷静な落人貴族の皮を被ったクリスが、その仮面を脱ぎ捨てる。アシャトとの戦争でも、あるいは山賊に身をやつしていたころでもここまではっちゃけたことはなかった。


 それが、一騎討ちになった途端これだ。コーネリウスも普段被った丁寧と尊敬の毛皮を脱ぎ捨てて、傲慢な貴族の面が垣間見える。

 とはいえまあ、コーネリウスの反応は正しいだろう。明らかに興奮したような顔で鉄の棒を振り回し、馬に乗って駆けてくる奴を見たら、そりゃ野蛮人といいたくなるに違いない。

「貫け!」

「見えてんだよ、ヒャッハッハ!!」

『護国の槍』を前へ突き出す。速度を一切落とさず突っ込んでくる男相手に、馬を走らせるのでは無く、動かずに迎撃を選択する。


 客観的に見れば、悪手だ。……それが、何の考えもなく放たれた槍であるならば。

 コーネリウスは、ただ。馬を一歩、斜め30度を向くように指示し、馬の眉間を狙って槍を突き出した。この時点で、クリスが取れる手は3つ。


 一つ、馬を突き殺されることを厭わず突っ込み、自分の腹に槍が突き出される前にコーネリウスの頭を殴打する。コーネリウスが避ければクリスの腹が突き抜かれるだけなので却下。

 一つ。槍の頭を棒で弾き飛ばし、そのまま馬で体当たりして地面に落とす。馬の真正面に突き出された槍を弾き飛ばすのは難易度が高い。それに、その選択を取った瞬間、コーネリウスは槍の軌道を変え、容赦なくクリスの首を奪りにくる。また、相手を馬から叩き落した時、おそらく自分も馬から落ちることになる。耐えることが出来たとして、馬の背にしがみつく一瞬を、落ちる準備ができるだろうコーネリウスは見逃さない。結論、却下。

 一つ。馬の進む向きを変え、槍を巻きあげつつコーネリウスに勢い交じりの一閃を放つ。コーネリウスの技量なら、勢いの付いた棒の軌道を逸らすくらいならしてのけるだろう。しかし、こっちは勢いのまま向こうの背に抜けられるし、向こうはこちらへの反撃の手はない。よければ勝利、悪ければ勢いの利を失うのみ。取るべき手はこれのみ。


 わずかに軌道を変えて突っ込んだ。その瞬間を見計らったかのように、コーネリウスはクリスの方を見もせずに馬を駆けださせる。

 どちらの馬も正面激突することはない。クリスがそうなるように、馬の進行方向を変えてしまった。次の瞬間、突きから薙ぎに変わったコーネリウスの槍と、最初から胴を狙って放たれたクリスの振りがぶつかり合い、離れた。

「……ってぇ。」

「これほどか。」

互いの手に伝わってきた衝撃は、互いの力の差がないことを伝えてきた。勢いの分、わずかにクリスの方が強かっただろう。だが、水の中の魚が素手から逃げるように、スルリと槍が抜けていった感触は、クリスにも使い手の技量として伝わってくる。


 それでも伝わってくる棒の痺れは、この一合は勝てないと瞬時に判断したコーネリウスの、直前に放たれた彼自身の膂力である。

「全く、面倒な。」

ペガシャール王国に棒術はない。……ギュシアール=ネプナスなら余裕綽々で使いこなせるのだろうが、それでも、棒術はない。その技術は伝承されておらず、また、国技としても認められていない。

 だが、棒という武器は単純な武器だ。その分類は打撃。槍のように突きがある種の必殺となりうるものでもない。槌のように、露骨な凶器部分があるでもない。

 ただ、どこをどう使っても確実に打撃攻撃になる。あとは勢い、長さ、打点を調整しながら戦えばいい。極端な話、外付けの力と己の力をどれだけ計算できるか。物理学の武器である。そして、その特性は、ただ穂先という凶器を得た槍も変わらない。

「死ねやおらぁ!!」

馬を反転、突撃。馬上における一騎討ちというのは、その場にとどまって戦うのではなく、ただひたすら馬を走らせ、ぶつかり、すれ違うということを繰り返す。


 基本的には、それを主とした対峙方法のことである。




 私は困惑しているわ。ペガサス兵たちの集中力の限界を感じ取ったから、休ませるべく地上に降りて、ペガサスたちの世話を終えた。だから、砦の端まで来てみれば、クリスとコーネリウス様が一騎討ちをしているのよ。わけがわからないわ。

「お嬢様。」

「アテリオ、これはどうなっているの?」

「この死屍累々たる有様がお見えになれませんか?」

いや、兵士たちがバテ切って動けないのは見たらわかるわよ。バカにしているのかしら?聞きたいのは、だから一騎討ちをしようとなったその思考過程よ。

「……お嬢様が部下のしごきという名前を借りて鬱憤晴らしをしていたように、彼らもそのつもりでいらっしゃったのです。」

何言っているのでしょうね?確かに進軍速度が遅くて文句を言っているバカどもとか、速度を上げたらついてくるのにいっぱいいっぱいだったバカどもとかにはイライラしていたわよ。挙句の果てにコーネリウス様の判断を信じずに出て行った奴らには相当頭に来ていたわ。


 調練をして、兵士たちにちょっと厳しめの指導をして、そのムカムカが減ったのは否定しないけれど、まるで私が兵士たちに当たったみたいじゃない。そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。

 私はあくまで、いつもの1.2倍くらいの調練をしただけよ。鬱憤晴らしなんかしていないわ。

「ですがまあ、お察しのように彼らの調練にはついてこれず、余計なものが増えたのでしょう。」

「結果が一騎討ち?また単純ね。」

「お嬢様も調練に兵士たちがついてこれていなかったら、同じになっていたと存じます。」

そんなことしないわよ。ちょっと稽古をつけてもらうだけよ。一騎討ちなんて、ペガサスに乗ってなきゃ私は彼らに勝てないわ。

 ……それじゃ駄目ね。今から稽古をつけてもらうべきかしら?


「建前は何なの?」

「兵士からの求心力を高めるため、だそうですよ。」

ああ、なるほど、とはならないわ。なんで一騎討ちが兵士の求心力を高めることになるのよ。

「生物は、強いモノに従うことを是とします。」

それが権力であれ、武力であれ。力はある種の指標……というのは否定できないわね。実際、アシャト陛下からディア様を取り上げたら、陛下について行く人は何人いるかしら?お兄様とエルフィール様はついて行くと思うけれど、多分エドラ=ケンタウロス公爵はついて行かない。……いいえ、ここまで来たら一蓮托生ね。もう流石に後戻りが利かないわ。


 そんなことじゃない。アシャト陛下に貴族が集まってきたのは、『ペガサスの王像』というわかりやすい『神の権威』があるからよ。ディア様という『神様の使徒』がいるからこそ、アシャト陛下は一応の勢力を形成することが出来たのよ。

 でも、兵士たちにはそうじゃない。この砦を合わせていくつも『神の権威』を……『像』の力を有しているのはわかっていても、だから命の危機がなくなったわけじゃない。


 クリスは山賊の親玉だった。コーネリウス様は『護国の槍』として有名で、誰もが信じる家柄ではあるけれど、でもお父さんは敵にいる。

 ……アシャト様派の兵士たちを生かす保証が、どこにもない。逃げない保証もない。だから、兵士たちにはわかりやすく、『自分についてきたら負けない』ということと、『自分に逆らったら容赦がない』ことを示さなければならない。

「強ければ、畏怖されるから……そういうことね?」

「よく出来ました、お嬢様。」

正直、17歳にもなってお嬢様と呼ぶのはやめてほしいわ。お嬢様って感じでもないでしょうに。

 あまり言えない本音を喉の奥に飲み込みつつ、一騎討ちを見た。

 この数分で、さらに10合。互いに、一歩も引く気配は、ない。




 一騎討ちとは、何度も言うようだが馬で駆け、すれ違いながらに打ち合う1合2合を重ねるのが定石だ。真隣で馬2頭という構図は、動きにくいことこの上ないからだ。その上、槍や棒という武器はそのリーチの問題で、対集団時における馬上戦闘能力は高くとも、対個人においては真価を発揮できない。良くも悪くも『振り回す』武器なのだ。『打ち合う』武器ではない。

 それを打破する方法。比較的近くを走り、比較的近くで打ち合いつつも距離をキープし、戦う方法。

 切り替える隙を、二人は徹底的に狙っていた。

「使うか。」

その手は、クリス=ポタルゴスという男だから持ち得る手だった。棒術を奥義に、普段鎌術を用いて戦う男だからこそ扱える術だった。


 そしてそれは。槍や棒といった、2メートルと少しの武器を片手で扱えるだけの膂力があって初めて成立する作戦だった。

 コーネリウスが走り始める。こうもなればただの持久戦だと判断したのだろう。向こうに隙は無いが、同時にこちらにも隙がない。硬直は、永遠だ。嫌なら隙が無くとも打って出るしかない。互いの体力を、1合ずつ1合ずつ、少しずつ削り取っていくしかない。

 ほとんど同じタイミングで俺も走り始める。冷静な部分と熱く滾った部分が、脳内で同居している。その熱い方のテンションを表情に、動きに余すことなく伝えながら、しかし思考はどこまでも冷静に。

「いい加減落ちろやおらぁ!」

「それはこっちのセリフだ!」

振り下ろし、振り上げる。それに対して、コーネリウスは振り上げて、振り下ろす動きで呼応する。


 なんて膂力だ、と思う。普通こういうのは振り下ろす方が有利なものだ。棒と槍のリーチで振り下ろせば、その先端にかかる力は相当なものになるのだから。その一撃を、こいつは、馬に棒の先端が当たらないくらいまで近づいて、棒の中腹部分を迎撃するように打ち合わせている。その時点で頭がおかしい、そんなぎりぎりの距離までよく近づこうと思えるものだ。

 しかし、それでもなお、こちらが振り下ろす側だという有利は変わらないはずなのだ。なのに、それを微塵も感じさせない振り上げで、ほんの一瞬こちらの棒を、それを持つ手を硬直させて来る。全く、ふざけた力だ。




 なんて技巧だ、と思う。クリスの振り下ろしの勢いを完全に殺した。そのはずなのに、こちらからの振り下ろしを、完全に相殺してのけられている。理論はわかる。振り上げた時の彼自身の膂力を全て棒の先端に集め、槍の中腹を、棒の先端で弾き返している。

 私のように、棒のやや先端よりの中腹を、槍のやや先端よりの中腹で、力技で打ち返すのとは違う。ほとんど持ち手の位置を、ほとんど先端近い場所で打ち返すことで、彼は私の槍が馬の尻を抉ることを防いでいる。


 ダメだ、すれ違いざまの勝負では埒が明かない。真隣でぶつかり合い、ピンポイントで馬からはじき落とす必要がある。

 その次の瞬間。長年の、とはいえたった10年過ぎの私の経験則が警鐘を鳴らす。もし手を打ってくるならこのタイミングだと、脳が痛いくらいに叫んでいる。

「……!」

振り返った。振り返れた。それが、視界に映った。


 クリスの手からククリ刀が投げ出される瞬間を、私はかろうじて視認し、槍で叩き落とすことに成功した。……しかしその頃には、彼は反転をおえ、私の真後ろに向けて突撃を始めていた。

 最悪だ。私は彼から、追撃を受けるように、追走され始めた。


「アンティア、お願いです。やらせはしません。あなたに傷一つ負わせることはありません。だから、速度を落としてください。」

クリスはどちらが好みだろうか。ピタリと後ろに馬をつけ、チクチクチクチク馬の尻を叩くのと、私と並走し、純粋な武術で決着をつけるのと。

 私は、武術の腕で決着をつけんと、奴が速度を上げるのに合わせて逆に、速度を落とすことにした。




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