表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/265

45.エルフの一族

 謁見の間には、次々と部下がやってくる。

 誰それが面会を求めている。誰それが王都へ現れた。商談を持ってくる商人もいれば、兵士として奴隷を売りに来る者もいる。その手の輩の対処はペテロとエドラ=ケンタウロス公爵に任せて、俺は俺の仕事をしていた。この時点での俺の仕事は、非常に単純にして厄介なものである。

 ペガシャール王国に歴々同盟を結んできた、エルフの一族との謁見である。これが、非常に厄介だ。


 理由は三つ。

 一つは、すでにエルフたちを束ねるものが、ペガシャール王国に対して愛想を尽くしている可能性が高いこと。エドラ=ゼブラ公爵の離反をはじめとして、エドラ=アゲーラ王朝の悪逆非道、盗賊義賊の横行の許容など、国として同盟を結ぶには、我が国は許しがたい暴挙をしてきた。

 いくら彼らと道を違えたと、派閥は別だと口にすれど根は同じ。俺たちが『ペガシャール』を名乗る以上、王国だろうが帝国だろうが王朝が別であろうが……その理が届くのは同じ人間の貴族だけであろう。


 二つは、マリアとメリナの存在だ。彼女らも、エルフだ。しかも、幼い。

 常識的に考えれば、俺がやってはならないような人選をしていることはわかる。彼女らを配下として納めてしまった時点で、俺は外道に成り下がっていると言えるのだ。同胞を救うために俺たちと戦うと万が一彼らに口にされてしまえば……俺たちに、彼らを引き止める言葉は少ない。

 三つは、その二つの難点を上げたうえで、それでもエルフとの同盟は必要であることだ。その数は少ないながら魔術に優れ、戦力としても申し分ない。

 それに彼らは、国を富ませるために必須なある特性を持っている。それは、植物と会話が出来るというものだ。


 飢饉にあってはその原因を聞きだし、対処法を献策する。戦場にあってはその大地にある特性を知る。密林にあっては彼らの協力すら得て見せる。

 国にとって利益になる彼らを、俺たちから離すわけにもいかない。だが、その利益をくれと言えるほどに、俺たちが彼らに提供できる利がない。

 何としても国に居残ってもらいたい俺と、その俺を見定めに来たエルフ。どちらの方の立場が上か、誰に聞かずともさすがにわかる。


 わざわざ同盟を結ぶというだけに、王が直接面談しなければならない、ということも、この非常事態であるがゆえに無視されているが、異常事態だ。

 俺たちの今の立ち位置の悪さを、突き付けられている。そんな気分に陥りながら、俺はエルフたちを歓待するべく、玉座に座ったまま待っていた。


 兵士が来客を告げる。それに俺が軽く頷きを返すと、兵士はすぐさま踵を返して、来客を迎えに歩いていく。

 特に宮廷作法などを教育している暇のない俺は、必要最低限だけを数人の兵士たちに叩き込んで、その必要最低限だけを遵守するように言いつけた。

 後は、アファール=ユニク子爵が俺に献上してきた侍従たちを使っている。なんでも、俺がヒトカク・ソウカク両山の義賊討伐に出た段階で、いずれは必要になると判断して、独自に育てていたらしい。先を見据えた行動は素晴らしいが……後が怖いな、これは。


 彼は今、アテリオを使って俺たちの選別した侍従候補たちに基礎的なことを教えながら、この王宮や人の整備に励んでいた。

 自分を売り込むことには長けている。やはり、アファール=ユニク子爵は政治家というより、商人の気質が高いようだ。蔵相あたりを任せてみるのはいいかもしれない。

 そういう現実逃避をしている間に、謁見の間の前まで来たらしい。兵士の足音と抑えられた魔力でわかる。エルフも、それなりに格式の高いものを選んで送り付けてきたようだ。


 魔力量が抑えても漏れ出ているということは、それだけ魔力量が多い……エルフの村でそれなりの戦士である証拠。そう感じたとき、俺は少しだけ安堵した。向こうは、俺ととりあえず対話をする気はあるらしい。暗殺の可能性は……流石に、堂々と面会して暗殺はあるまい。

 門が開いて、非常に軽装なエルフの使者たちが入ってくる。耳が長く、長身、色白。まだ幼いマリアやメリナと違って、成人している彼らはエルフの特徴がすごく顕著だ。いや、幼い彼女らが未発達なだけである。


 基本見た目では、エルフは男女の見分けがつかない。髪の長さも、皆一様に長い。ゆえに、入ってきた十人の使者の性別はいまいちわからなかった。

 だが、性別以外に見るべき点はいくつもある。一つは、その年だ。三人、明らかに若くない使者がいる。寿命三百年と言われるエルフの中でも、明らかにその半分を超えたと思われる髪と、目元と、それに覇気。それを見て、向こうは本気で試そうとしているらしいと、俺は気を引き締めなおした。


 もう一つは、その身のこなし。明らかに、エルフの中でも最上級の手練れを連れてきている。『像』の力を解放しないオベールと同等。彼らはそれくらいの能力を持った武人たちであった。

 十人が敵であれば、もし彼らに襲い掛かられたらまずいかもしれない。そばにいる『衛像』三人とマリア、メリナ、エルフィ、そして俺自身。『像』の力を開放することを踏まえた戦力で言うとこの人数が足手まといにならない者だが、俺は戦闘が得意ではないし、メリナとエルフィは武器を持っていない。


 頬を一筋の汗が伝う。今更ながら、自分の命の危うさを自覚した。暗殺はないと思っていながらも、これだ。経験の浅さが心に響く。

 最後に見るべき点は、その瞳だ。代表だと思われる老齢のエルフの、その品定めするような瞳、ではない。その隣にいる、壮年の、若干ひょろりとしたエルフ。彼が放っている視線は、品定めをするようなものではない。ただ、流れに身を任せる、といったようなものだ。

 だからこそ、わかる。このエルフが、リーダーであると。


 老人は影武者だ。なぜなら、交渉の席に立つとき、その場で人を見定めて判断するなど、愚の骨頂だからだ(ちなみに、俺たちは立ち位置上それをやるしかない)。

 つまり、すでに俺たちの行動で彼らの判断は決まっている。どこまで俺たちから条件を引き出せるなら、俺たちが彼らをどういう待遇で扱うか。それ一つで、彼らの中にある腹案の、どれか一つが選ばれる。


 問題は。俺たちが、彼らの腹の内を、理解できていないことだ。何しろ、一度愛想を尽かせてペガシャール王国から手を引いたのちの彼らの情勢を、俺たちは知らない。

 逆に、エルフ側は俺たちの状況を完全に見抜いていると思われる。俺の歩いてきた軌跡は隠していない。そして、それまでの俺の判断を見てくれば、おおよそ、アシャト派……俺たち『ペガシャール帝国派』の判断はわかるだろう。


 そこから推測される、俺たちの情勢は、きっとよほどリーダーの資質がないものでなければわかる。そして、それが理解されていると承知したうえで、エルフの使者は対談の席に着く。

 —―つまるところ。この席に着く時点で、彼らが俺に下す判断は、ほとんど決まっているのだ。ただ、一点。そこまで知られていない、ことエルフに対する、絶対的な優位性が、俺たちにあることを除けば。

 それの効果次第で、彼らの判断は俺たちの味方となるか敵となるかを揺るがしうる。そう。マリア=ネストワと、メリナ=ネストワ。二人の幼いエルフに、『像』を与えている。その一事が、どう判断されるかによって。




 敵対される心配、はどうやら杞憂だったらしい。というのも、俺の眼前に出てきた彼らが、急に臣下の礼をとったからである。

「栄えあるペガシャール帝国の祖、アシャト陛下。お初にお目にかかります。我はエルフの一族を代表して王に恭順の意を捧げに参りました。ベルグ=ブローズと申します。」

最も老いた男が口にした。それを見たエルフィが何かを理解したとでもいうかのように頬を吊り上げる。


 とりあえずそれは後で聞くことにして、俺はとりあえず返事を頭の中で考える。

「うむ、大層な礼、感謝する。ペガシャール帝国皇帝、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアである。」

まずは自己紹介だ。本来はペテロが言うべきセリフであるが、彼は忙しい。この会談をやっている間に、他にもやるべき仕事が山ほどある。

 そちらに力を割いてもらっているのだから、自身で言うのも仕方がない。もっと信頼できる貴族を探すべきだが、それをするには圧倒的に時間がなかった。

 しかし、帝国の祖、か。そこまで知った上で「恭順」するのか。世は想定外の連続であると俺は思うが……ここまではっきり行動指針を示してくるのは、本当に予想外だった。


 一瞬、沈黙する。それから、マリアが口を開いた。

「初めまして、エルフの皆さま。私は、ペガシャール帝国で『ペガサスの智将像』の役目を賜っております、マリア=ネストワと申します。」

その言葉に、エルフたちの動揺はなかった。マリアとメリナが、俺によって『像』を与えられていること、そしてエルフであること。両方とも、知っていたような態度である。

「わが陛下は、孤児になった我々の能力を高く買い、たった六十近くしかない『像』の一席を、我々に譲り与えてくださいました。この王は人情と王としての采配、両方を兼ね備えた、立派な方でございます。」

マリアが俺のことを褒めている。何かむず痒い気がして、表情が緩みそうになった。慌てて取り繕ったが、雰囲気が一瞬緩んだのは見咎められたかもしれない。


「私が陛下に仕えたことによって、あなたがたは送るべき人材の選定が出来ず、大変苦悩したことかもしれません。しかし、私があなた方の代わりに、他種族が暮らすこの『ペガシャール帝国』とエルフの橋渡しをいたします。ですので、安心してペガシャール帝国に味方してくださいませ。」


いきなり、言葉が不穏だった。俺の知らない何かがエルフの間にはあるようだ。特に、マリアとメリナの側に、青く、しかし心の底に根付いた湿っぽい情動があるということだけは、わかった。

(あ、思い出したよ、アシャト。)

いきなり頭に声が響いた。それをやってくるのは、ディア以外にいない。

(エルフって、ペガサスを聖獣扱いしているんだ。だから、僕がいる国が彼らのいる国になるのは当たり前なんだよ。)

エルフの伝承はこの二百年の間に結構薄れている。そのうえ、俺はペガシャール王国に関する知識が、圧倒的に足りない。


 正式な文献を読むには、時間がないのだ。エルフの伝統についてなど、知っている時間がなかった。

(エルフの選んだ、最も橋渡しとして無難で、問題を起こさなくて、優秀な人材を、国に差し出す。そうすることでエルフたちは、ペガシャール王国との友好と庇護を保ってきたんだ。)

それが事実なら、最初からエルフたちは俺の味方だったことになる。これだけ気を張ったことが無駄だった、ということになるが。


 それではなぜこうも、マリアはエルフたちに攻撃的な言葉を吐いているのだろうか。

「いえ、マリア様。我々がここに来たのは、この帝王に恭順の意を示すためだけではございませぬ。どうしても譲れぬ、大事なことがあって参りました。」

老齢のエルフ、ベルグが言う。様?どう考えても格式高そうなエルフたちが、メリナとマリアに、様だって?


 疑問に思っても、口に出す暇はなかった。彼のセリフにマリアは、俺に許可を取ることもなく、堂々と食って掛かった。

「それを告げる必要はございません。私と姉メリナを拾ったのは、名目ばかりのネストワではなく、アシャト陛下でございますゆえ。」

とても12歳の女の子が言うセリフではない。……というより、何が話題になっているのかが全くわからない。

「陛下、発言の許可を戴けるでしょうか。」

目を伏せていた、おそらくエルフたちのトップであろう男が言う。ちゃんと発言の許可を求めるあたり、ちゃんと教育はされているようだ。


 俺に介入の余地はないだろう。彼らの情勢を理解していない俺が、彼らの言葉に待ったをかけるなど、無理難題であるゆえに。

「ああ、構わぬ。エルフの問題であるならば、余に入り込む余地はあるまい。」

責任の一端は間違いなく俺にあるだろうが、とは言わなかったが。

「では陛下の許可も頂いたところで、自己紹介から始めさせていただきます。私は、ローグ=ネストワ。エルフ族の長でございます。」

まさか長が直々に出てくると思っていなかった俺は唖然とした。いや、表面は取り繕ったものの、内心、ひどく驚愕していた。

 これが、エルフとペガシャール帝国の、初の交渉事。

 内容は、ネストワ家のお家事情である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ