40.最高最悪の好手
ペガシャール内乱。それは、史上において、一国が三つの派閥に分かれて戦争をするという、考えられないほど下らない騒乱。
神の使徒はすでに降り、王となるべき男が確定していても……強欲者たちは自らが王になるという願望からは離れられない。
片や、長年正統な血統であると自負し続けた男。その誇りは、名も知らぬ王族に資格を奪われたことで傷つけられ、それが許せぬからこそ怒り狂って戦争に至る。
片や、幼年期から王族男性で最も優秀と褒めたたえられ続けた男。『神定遊戯』が始まれば必ず『王像』に選ばれるとまで言われていた男。その才への自負は、名も知らぬ王族に資格を奪われることで傷つけられ、嫉妬と、そして怠惰な自分への怒りとなってその能力を上げた。
そして、名もなきままに努力を続け、ありとあらゆる王族たちを出し抜いた、ペガサスの王。最優の王族、エルフィールを妻として迎えることを約束し、全ての王族を抑え込み、天下を取らんと目論む最高の皇帝。
その三派の争いは、比較的優勢な二勢力の折衝から、始まった。
玉座は、静かだ。誰もいない。
外は暗く、今が深夜であることを伝えている。
「まだ俺が妻になることを伝えなくてもいいのか?」
「内乱が治まってから、だな。そのタイミングが一番、反骨精神あふれる貴族たちの意見を封殺しやすい。」
それに、あの皇帝宣言の時にほとんど決定事項として話したのだ。勝手に噂として世界全土に流れていくだろう。
わざわざ書面で声明文を出すより、小さな声として流した方が色々と勝手はいい。
そういう俺とエルフィはまだ床につかず、今ようやく仕事にひと段落をつけたところだった。
書類の山を侍従たちがそっと固定し始める。俺たちがもう寝るだけの状態であるから、正しい行いである。
「物資が、足りないな。」
「賊から回収した分が多い。まだしばらくは持つだろう。」
暗に、それが尽きたら厳しいぞと言われているのは伝わった。
「……集ってきた者たちの中に2人、目をつけている者がいるんだ。」
「お前もか?奇遇だな。」
物資不足を補うには、まずは物資の補充を任せられる人が必要だった。
侍従たちが一人残らず外に出たことで、二人きりの空間が完成する。今日の護衛はディールだし、奴なら部屋に入らずとも異変があればわかるだろう。
俺たちは互いに目を見合わせると、息を揃えて一人目を言った。
「外交魔商。」
「ビリー=アネストリ。」
二人が指し示したのは、呼び名こそ違うものの、同一人物だ。アルズバーグ伯爵家から出て行った、元貴族の商売人。
アルズバーグ伯爵もまた俺たちの派閥にやってきたから、顔を合わせた瞬間に互いに盛大に顔を顰めていたのはなかなか面白い見物だった。
「彼に、商売をやらせるか。」
「出資は国庫から出せばいい。物資のことは商人に任せるべきだ。」
「だな……。ペテロに言っておこう。」
俺とエルフィはあっさりと一人目について話を終わらせると、すぐに二人目の話に移った。
「放蕩疾鹿。」
「ニーナ=ティピニト。」
また、同一人物の名前。ただ、今度の名前を一致させたときは、お互いあまりいい顔をしなかった。
「やはり、そこまでしないとダメか?」
エルフィの疑問に、俺は少し歯噛みしながらも、首肯する。
俺たちが苦い顔をするのは、彼女の人間性ではない。むしろ、人柄としては尊敬できる、気持のいい女傑だと聞いている。
だが、彼女を正式に採用する場合、俺たちは彼女の使い方を二つ予想していて……そのうちのひとつが、やることは賊徒と同じ、なのだ。とはいえ……エルフィと同じ考えなら、もうどうしようもないだろうな。
「俺たちにそこまで余裕はない。……それに、数の上では俺たちが優勢でも、物資の量では俺たちが圧倒的に負けている。敵には、自軍の数に見合う物資まで落ちてもらおう。」
勝利するために、俺が選んだ手段。エルフィが考えていた手段。
それは、自軍の戦意の向上ではなく、敵の足を引っ張ること。
「敵の補給源、全ての賊徒の持つ物資……それを回収する役割を担わせられる将が必要だ。」
その点、二人の出した候補者……ニーナ=ティピニトはその条件に合致していた。
その女性は、幼少の頃より、王都の騎士爵家の娘として、国内全土を旅した。
彼女の母が死んだのを機に、父は地方巡検官という名目で、王都から厄介払いされたのだ。ちょうど、飢饉が起こった年のことである。
厄介払い、というのは、まだ比較的聞こえのよい言い方だ。本当のことを言えば、こうなる。「死んで来い」と命令された、と。
ペガシャールでは女性の爵位継承はなされない。次代がニーナ一人しかいないティピニト家は、父さえ死ねばその家は取り潰しになる。
たった一つの「騎士爵家」さえ滅ぼして給料を払うのを惜しむほど、国政は紛糾している。
だが、政治家たちの目論見とは異なり、彼女の父は、強かった。今のオベールに匹敵するほど。槍の腕は一級品で、七段格に値した。
だから、巡検官として旅をしている間に襲ってきた賊徒はすべて返り討ちにしていたし、国が送った刺客どもですら追い返された。結果として、為政者たちが望んだよりもはるかに長く、生き続けた。
年金を得て日々の食事を得、獣を狩って貴重なたんぱく源とするような生活を営む。
彼は、娘に自らの武術の技を教え、その全てを伝えきれるほどに、生きて、死んだ。
娘は父が斃し続けた賊徒になる道を選ばず、傭兵として生きてきた。その槍の冴えは、父から受け継ぎ、また実戦で養っていったこともあって、すでに父の領域を越えている。
槍術八段階格の女傭兵。傭兵をしながら国内各地を旅し、国内であれば行けないところはないという、御年25になる女性だ。
だが、俺たちにとって重要なのはその来歴ではない。彼女が国内すべてを見てきた、腕の立つ傭兵であるというただ一点である。
「傭兵であるということは、勝利のために手を厭えない、という俺たちの現状をよく理解しているであろう、ということ。それが肝心だ。」
俺の言に、エルフィは黙って頷く。
「国内すべてを歩いた人間なら、他にもいるだろう。……が、俺たちがやろうとしている手段を肯定できる人間となると、少ない。」
貴族たちは悪行塗れだった。せめて、神に選ばれた王だけは綺麗であってほしい……そう思うものが少なくはない。実際は、王や首脳といったものほど、「醜く汚くなければならない」のだが、それを理解できるほど頭のいい者は少ない。
「だな。その点、ニーナという傭兵は条件に合致している。……敵の糧食を盗んで来い。それをやらせるには、うってつけの人材だ。」
「あとは、信頼に足る人物かどうか、だな。他者に吹聴でもされたら、目も当てられない。」
二人の策とすら呼べぬ策。それは、『ペガサスの跳躍兵像』の力を借りた、敵の食糧の強奪である。
誉められる策ではない。民衆に知れ渡ってしまえば、それだけで俺たちの信頼を失ってしまいかねない、苦肉の策だ。
だが、俺たちはその策を実行に移そうとした。……それくらい、物資不足は深刻だった。
「お呼びと聞いて参上しました。アシャト陛下、エルフィール様。何用でございますか?」
そのために、今から面談を行うんだ—――そう言おうとして、その相手がすでに到着したことを伝えられ、とりあえず黙って招き入れる。
「初めまして、陛下、殿下。ニーナ=ティピニトと申します。」
玉座の前まで来て膝を付いた彼女を見て、この女なら大丈夫か、と思った。
雇用主の身柄は何としても守ろうとする。そういう彼女の在り方については聞いていたが、実際その通りの人格であることは、なんとなく見て取れたからだ。
「ニーナ=ティピニト。……そなたは、国内全土を巡ったと、そう聞いている。相違ないか?」
俺は国王としての皮をかぶって、彼女に問いかけた。
「おう!その通りだぜ!……いや、は。その通りにございます。」
いきなり剥がれかけた礼儀の皮を無理やり被せたような物言いに、俺とエルフィは同時に噴出した。
へたくそにもほどがある。しまったという表情が一瞬で出た。きっとこれまでも色々と貴族の護衛依頼をやっていただろうに、よくそんなのでやってこれたものだ。
いや、貴族は己の護衛に傭兵など雇わないか。せいぜい軍に招くだけで、貴族としての礼は求めなかったはずだ。
あまりの言動に、蒼白な顔。仕方ない、乗ってやろう。礼や敬意など、所作で十分だ。
「あ、すまん、ニーナ。俺も、じゃない、余も素はそなたらに近い方であるゆえに。」
「俺、いや、私もそっちよりだからな。そのように話してくれる方がありがたい。」
ポカンと呆れたかのように俺たちを見た彼女は、すぐに何かを察すると、アッハッハッハと笑い始める。露骨すぎただろうか?
「なんだ、とんでもない殿上人から声がかかったと身構えていたけど、そうでもないのか。ハハハ、いいね、民衆受けするよ、あんたら。」
「ありがとう、ニーナ。素直に喜ぶわけにもいかないが、誉め言葉として受け取っておく。」
このやりとりで、ある程度心の壁は取り払われた。そう判断した俺は、彼女に対して読んだ意図を説明することにした。
「俺たちの勢力は物資……特に食糧に関して、難を抱えている。」
俺がそう切り出すと、彼女は得心したかのように頷いた。まあ、見ていればわかるだろう。暴動が起きていないのが奇跡的なほどに、配給される食糧が少ないことは城外に出れば誰でもわかる。
暴動が起きない理由も察していて……ようは、食糧の配給があるというだけでもすごいことなのだ。
一日一食の肉無饅頭で日常を過ごすことすらある……そういう彼らにとって、一日に与えられる三食分のわずかな食糧ですら、これまでの境遇と比べるのも烏滸がましいほどの厚遇であるだけの話である。
そしてそれは……長く続く状況では、決してない。
「なんだい、賊徒たちが食糧を集めている場所を教えればいいのかい?」
「いや、そこにある食糧を盗み、我が勢力に捧げてもらいたい。」
俺たちの望みについておおよそ理解した彼女の返答は、俺たちほど深く考えていたわけではないものの、おおよそ方向性を勘付いたものだった。
そして、その彼女の問いに、俺たちはさらに考えていることの説明を以て答えた。この時点で、俺は彼女にこの策を任せることを決断している。
「どうやって?あんたらが直接奪わない限り、あんたらの食糧になるまいに?」
「その辺の事情は分かるのか?」
彼女の問いに、俺は問いで返す。
「傭兵界でも盗賊界でも同様さ。手柄は取ったもん勝ち、財は略奪したもん勝ちが常識でい。」
それはどこも同じか、と首を振る。貴族界でも同様である。結局、人という生き物がそういうものなのだろう。
「もちろん、考えはある。ニーナはネツルの賊徒の元へは行ったことがあるか?」
「あるよ、とある闇商人の護衛で入った。宝物庫や食糧倉庫には入れなかったが、その近くには寄ったよ。」
十分だと俺は二度ほど頷いて、『ペガサスの跳躍兵像』についてはどれほど知っている、と問いかけた。
「ああ、あれだろ、自分と、触っている人を色んな所に転移するっていう、あの。」
「そうだが、他には?」
俺の食いつき具合を見て、彼女は必死に頭を回転させた。しかし、すでに夜分遅いこともあり、若干眠気を抱えた彼女の頭では、あまり早く物事を考えることは出来ない。
「奇襲された軍から、王様だけ逃がしたっていうエピソードとか、いろんなところに転移して神出鬼没に軍内で殺しまわるとか?」
過去、『跳像』たちが行ってきたエピソードを語る。その他には、使者として敵の陣中に赴くという仕事もあったりする。が、俺が使いたいエピソードはもっと別。
「能力を使って、物資を送り届けた……というエピソードは?」
「そんなんがあるのかい!……待ちな、そういうことかい?」
どうやら彼女は、俺の下す命令……いや、頼みについて大方予想できたようだ。
「ああ。今俺たちに降った賊徒が残した宝物、食糧……それらをいったん纏めた上で、俺に連絡をしてほしい。」
「その段階で陛下が兵を動かし、ネツルの賊徒の元へ討伐に行かせる、と。」
「そう。そのタイミングで、ニーナには賊徒の食糧庫と宝物庫にそれらの食糧を運び込んでもらいたい。」
彼女はその提案に、にやりと笑った。
「いいね、そのなりふり構っていられない感じ。でも、それなら私は陛下に永遠の忠誠を誓わなければならないので?」
「ああ、そうなる。誓ってもらいたい。」
俺は素直にそう言った。彼女のような破天荒な人材は、個人的な親交という点でも欲しい。それに、在野にいる彼女が他の勢力に出回れると困るくらいの頭の回転を、彼女は持ち合わせていた。
「その報酬は?」
「『ペガサスの跳躍兵像』になるという栄誉……じゃ、足りないんだろ?弓は使えるか?」
「一応、七段階格程度の腕はあるよ。なんでだい?」
「アシャト、まさか。」
「そのまさかだ、エルフィ。……きっと彼女なら使いこなすさ。」
そうして俺は、玉座の裏においてあった武器の箱を取り出して、彼女に渡す。彼女の得意分野は槍のはずだが。なんとなく、そういう勘が働いた。
俺はこれから、きっとこういう勘に何度も身を任せることになるのだろうと思う。
「バーツは見たな?あいつの打った弓だ。銘を、エキスニアという。」
「迷いなき誠、ねぇ。……つまりあれかい、あんたは、あたしに、好きに戦え、と言いたいわけかい。」
「ああ。一定程度の命令にこそ従ってもらうが、お前は自由に戦え。……俺の、『ペガシャール帝国』の利益になるように、独立して行動しろ。」
その俺の言葉に、何を思ったか彼女は大声で笑った。
「……私は、父さんを殺した王国が憎い。」
「安心しろ、俺たちは帝国だ。……王国を滅ぼして、次に行く。」
一転、声音に凄みを増して彼女が言う。その言葉に、王国は滅ぼすのだと、堂々と答える。
「……わかった。私は、アシャト陛下、あなたに忠誠を誓おう。」
「ありがとう、ニーナ=ティピニト。必ず、ペガシャール王国……現、国王は、必ず、殺そう。」
アシャトはそう彼女に誓った。
これは戦略としては誤った一手。王国を統べるものとして、極力とるべきではない一手。
だが、同時に、現状俺たちが最後まで勝ち残るための、最適な一手であることは、のちの俺たちの内乱が、物語っていた。




