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37.異常なる師

 ディアの叫びに、俺もエルフィも疑問を隠すことが出来なかった。身内しかいないから隠す意味がない、という理由もあったが。

 それにしたって、ちゃんとした教育を受けて感情を制御することが得意なエルフィですら驚くのだ。全くもって予想外の事態である。

「彼は、ダメだ。絶対、絶対に、『像』に任命することはできない!」

「どうしてだ、ディア!彼なら、師匠なら!俺たちの軍にも非常に重要な役割を担ってくれるに決まっているだろう!」

「できすぎるから問題なんだ!彼は強い!強すぎるんだ!!」

ディアの叫びは、だからこそ彼を採用したい俺とエルフィに疑念を抱かせる。強すぎる?それの何が、問題なのか。

「わかった。そんな目で見るなら、理解してもらうためにも、やってもらおう。ディール!」

ディアがディールを呼ぶ。ディアが義弟に直接声をかけるなど、あまりないこと過ぎてさらにビックリする。

 いったい、今日は何が起きている?

「あ、なんだ、じゃなかった、なにですか、『王像』殿?」

ギロっと睨まれて、ディールは敬語に切り替わる。


 やはり、ディアは怖い。まさかディールに怖がられるとは。

「力を解放しろ。そして、彼と戦え。」

は?と呆ける。俺だけではない。この場に集う全員が……いや、ギュシアール師は何か納得したような顔をしているが。

 彼以外の全員にとって、ディアのその言葉の意味は全く分からなかった。そして、師匠と雖も、『ペガサスの衛像』の力を開放したディールと打ち合える気はしなかった。


 だが、ディールはディアの言うことに従った。従うしかなかった、というのが実情かもしれない。ディアの剣幕は、それはもう恐ろしいものだったから。

「『ペガサスの衛像』よ!」

全身が白銀の光に飲み込まれ、そこから飛び出したディールは神々しい鎧を身に着けていた。ただでさえ強いのに、神の力まで纏い、身体能力が超強化されている、18歳の男が突っ込む。

 いくらばけものとはいえ、もう40に差し掛かろうとしている師が、受け止められるような勢いではないと思う。

 だが、突き出した槍を身体捌きだけでなんとか躱した師匠は、「槍!」と叫んで同行者に槍を求めた。


 回避しただけですごいのに、すぐさま次手を用意して?……しかもディールの槍を、捌き続けている?

 同行者の一人が師匠の槍を握って、師匠からずれた位置に放り投げると、ちょうどディールの攻撃を再び捌いた師匠がそれを受け取った。


 信じられないほど高度なコンビネーションだ。ディールの攻撃位置を予測し、師匠の捌き方を予測し、ちょうど受け取れる位置に正確に槍を投げる技術。

 間違いない。あれは、俺たち『王族』が教育を受けた後に師匠に教育を受けた生徒だろう。

 だが、師匠も師匠である。槍が投げられたのを見て妨害に動いたディールが、あっさり位置取りと体捌きで負けた。師匠に槍を持たせまいという行動が、悉く読まれたのだ。……それが出来ると信じたあの弟子も、大概であろうが。


 槍を受け取った師匠は、ディールと真っ向から打ち合い始めた。その光景にも、俺は驚く。

 常人を遥かにしのぐ恵まれた体躯と技量。それを誇るディールが、その能力を1.8倍した状態で、師匠と真っ向から打ち合っているのだ。

 違う、驚くべきは師匠と打ち合っていることではない。師匠が、ディールと打ち合えていることだ。

 膂力ではおそらくディールに負けているであろう。膂力が上がったがゆえにできるようになった技もいくつもあるとディールは言っていた。

 『人外』と言っても過言ではない男と、生身で戦える。師匠は本当に人間なのだろうか?頭に疑問符が湧き続ける。師匠の異様さに目を奪われ続けている。


 ついに、ディールが槍を弾き飛ばされた。つまり、ディールが負けた。俺が見てきた中で最も強い男。ペガシャール最強とすら言われるエルフィと、互角に打ち合い、勝敗が未だつかない男を、倒した。

 それまでにかかった時間は、実に三分。

「わかったかい、アシャト。彼を味方に……『像』に任命するということは、考えてはならないことなんだ。」

あまりに常識はずれすぎる。確かに、師匠に『像』を与えてしまえば、俺は容易に世界統一ができてしまう。


「『神定遊戯』。これは本来、どの国が皇帝になるかを選ぶ、神様の遊びだ。でもね、彼はダメ。」

圧倒的な個の力だけでの蹂躙は、神様にとっては面白くないんだよ、とディアは呟いた。

「神様から不満が来る。そうじゃなくても、パワーバランスが崩れすぎる。彼は、彼だけは絶対に『像』に任命してはダメだ。」

「だが、それでは離反を抑える術がない。彼が敵に回れば、それこそ終わりだろう?」

あり得ないことであると認識しながらも、俺はディアに彼を仲間として留めるべく説得を続ける。彼の能力は欲しい。彼の技術は欲しい。何より。


「アシャト。あなたは、これから本当に辛い道を歩むしかない。現情勢で、エドラ=スレイプニルに生まれたということは、あなたが『エドラ』の名を冠しているということは、そういうことです。常に死と隣り合わせでしょう。ですが。」

あの日、師は言った。

「耐えきってください。耐えられなくなったら、私を頼りなさい。二日ほどは、絶対安全な寝床を確保して差し上げます。ですから。必ず、生きなさい。きっと、あなたなら、私ができなかったことが出来る。この国を救えると信じています。」

最後の砦として、心の拠り所として存在してくれた彼を傍において。この国を、未来まで救う姿を、見てもらいたいのだ。エルフィの「皇帝」の夢より前、師の「国を救う」夢を共に果たしたいのだ。

「この人を、王都ディマルスに、その近隣に。俺の傍に置き続けたいんだ。それには、『像』を与えることが。」

ディアが二度、その場で羽ばたく。ちょっと考えるから黙ってほしい、という時の仕草だと知っている。


 俺が口を噤んで、五分ほど。凍ったような空気、息をすることすら慎重を期するような静寂の中。

 ついにディアが、うーん、と悩むような声は上げた。

「仕方がないね。一つだけ、方法がある。」

「あるのか?」

顔を寄せる。玉座からずり落ちそうになったが、どうでもいい。師を『像』に、共に世界を救うものに出来るなら、何でもいい。


 食らいつくように迫りくる俺を見て、ディアはやれやれという風に首を振った。

「ギュシアール=ネプナス。」

「は、『ペガサスの王像』よ。なんでしょうか?」

「この国に留まる気はあるかい?」

「……国には貢献できなくとも、ですか?」

「まさか。国には貢献してもらう。でもね、君を戦場に……いや、国の中枢に置くわけにはいかないんだ。」

 ブルリ、とディアはその身を震わせる。

「神様が見てる。君は、僕の権限で、君のような真の人外が出たとき、王が曳かなかったときにだけ与えられる『像』を与えないといけない。」

「受け取るには、なんという『像』かを教えていただかなければなりませんな。」

ごもっとも、とディアは呟くと、今まで読んだどんな文献にもなかった、真っ白い、小さな杖を持った駒を取り出した。


「『ペガサスの教導師像』、略して『ペガサスの教像』という。」

教導師。俺を導き、エルフィを教え、レッドやアダットですら教えを受けた、王族たちへの教鞭をとり続けていた彼。

 その『像』は、師匠にぴったりな『像』に聞こえた。

「君はアシャトやエルフィたちの後進を育てるんだ。軍兵たちの武術師範でもいい。学問を教える教師でもいいい。ただし、政治をしてはならない。軍を率いてはならない。誰かの護衛をしてはならない。わかるね?」

「ええ。……その役割であれば、拝命しましょう。ただ、一つお願いが。」

「お願い?ものによるね。」

まるで国王がごとく、ディアは話す。俺もエルフィも口をはさむ余地はない。そもそも、『神定遊戯』に選ばれた六国はディアたち『王像』ありきで成り立つ国。基本的に口を出してくることはないが、それでも一番強い発言権はディアにある。


 これが、神の使途としてこの地に降臨しているディアの本気。よほどのことでなければ『王像』は口を出せないということは聞き知っていたが、納得の能力だ。

 そして、ギュシアール師。彼は、ディアがここまでしなければならないと判断するほど、危険な存在だったということ。

 俺はそれを聞いて、師匠に薄ら寒いものを……そして、とても頼りになるという認識を、得た。

「背後にいる二人。わが弟デファール=ネプナスとわが弟子スティップ=ニナス。この二人の採用をお願いできませんか?」

「それはアシャトの領分だ。僕が口を出したのは、君が相手だから。君ほど特別問題があるわけではない。」

微かに俺は驚いた。ディアはもしかしたら、俺よりはるかに人を見る目があるのかもしれないな、と。


 そうでなければ、出会って間もない師匠を危険視することも、その同行者二人の危険性はないと判断することもできないのだから。

「どうしてそのように判断されるので?」

「僕は神様の使徒だよ?それなりの能力は与えられているさ。」

僕個人の能力だからアシャトは使えないけどね。そう言ってディアは、俺の横に並ぶ。

「アシャト。悪いけどこういうことになった。彼だけは、君に採用させてあげるわけにはいかないんだ。」

「仕方がないな。……もしかして、師匠は。」

「全ての……そう、すべての『像』に適性がある。しかも、最高位でだ。どの『像』に任命しても、すべての『像』と同じだけの働きができる……そんな人を世に野放しにはできない。」

殺せと言われなくて助かった。そんな気がした。


 全ての『像』への適性。どの『像』になっても、全ての『像』の役割が果たせる。

 この言葉がどれほど恐ろしいか、俺でもわかる。『元帥』でありながら『英雄』にも『賢者』にもなれ、『魔術将』でありながら『戦車』にも『騎馬隊長』にも『船長像』にもなれる。複数兼役の『像』はいる。が、全数兼役の『像』はいない。その当然を、突きつけられているようだった。


 ディアがそこまでの評価を下してしまったなら、仮に師に乞われたとしても俺に文句を言うことは出来なかったかもしれない。判断を先延ばしにしても……時間を費やすだけで、結局同じ結末になっただろう。

「アシャトの師匠だからね。殺すわけにもいかないさ。……逆に、アシャトの師匠じゃなかったら遠慮なく殺していたよ。」

僕の存在を懸けてでもね。そう言われて、ホッと安堵の息をつく。師の死など、まだ見たくはない。


 改めて、師が連れてきた二人の人物に視線を向けた。筋肉質な長身の男。体の線だけでなく、顔の線もまた太い。

 だが、漆黒の瞳の奥に見える知性はまるで先のことを見ているようで。誠実さもまた垣間見えた。

「デファール=ネプナス。……師匠の弟ですか。」

「兄ほど強くはありません。一兵卒からやっていくべきだと思っております。」

「いや、俺の軍に、優秀な人材を遊ばせておく余裕はないんだ。」

もう一人。オベールに似た熊のような体躯。オベールは平均的な身長なのに対して、どうも140くらいの、小柄な身長に見える男。

 スティップは何かしらの『像』に採用するには、まだ青い。俺より年上の彼だが、経験不足が垣間見える。

 とはいえ、知識と武は尋常ではない。流石は師の弟子、その才が徹底的に磨き抜かれているようだ。

 彼は優秀であることは間違いないから、軍の指揮官から始めて、いずれは『隊長像』あたりに任命したい人材だ。


 だが、師匠の弟は違う。獅子の弟は獅子らしい。とはいえ、兄が神話上の獅子なら、弟は人界の王獅子と言った差があるが。

 彼はすでに、大きな戦力で、優れた指揮官だ。それに、非常に強いカリスマ性すら感じる。どんな状況でも、綺麗に制御して乗り切っていけるような。ああ、素晴らしい・

「お前には、非常に重要な役割を与える。国の中枢だ。俺の思う中で、国家運営に欠かせない、最大の『像』の一つだ。」

一つは、『ペガサスの宰相像』。一つは、『ペガサスの妃像』。そして最後に。

「デファール=ネプナス。お前を、『ペガサスの元帥像』、略して『ペガサスの帥像』に任じる。」


しばらくは毎週日曜投稿でいきます。

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