33.王宮の守護者
旧王都ディマルス。かつて初代ペガシャール王国国王が創設した、偉大なる王都。
しかし、今は長年脈々と暮らしてきた、ほんのわずかな、誇りを捨てきれなかった民しかいない。俺がここに居を構えるのは、初代の意を受け継ぐという姿勢を見せるためだ。
もちろん、行き場が他にないということもある。しかし、貴族たちを自分の軍に呼ぶためには、さすがは『ペガサスの王像』に選ばれた王だ、と言わせなければならない。俺が『王像』の王であるということを、認めさせなければならない。
ディマルスに居を構えるというのは、その姿勢をこれ以上なく強烈に示すことになる。クカス以下四大施設と同様に、神の威厳を示すものがそこにはあるからだ。
そこに、俺は軍を率いて入っていく。門に近づき、門を通り、外壁部分を越え、城下町を進み。
目の前にある最後の門。聳え立つ内壁と、その先の閉ざされた王宮への入り口に、ディアが触れた。
「もう、魔力が通っていないね。でも、ここはまだアシャトが魔力を通す必要はないよ。」
ディアはそう言うと、その頭を門にぴったりと張り付けた。
待つこと、一分。門の色が徐々に明るくなる。
さらに待つこと、一分。ゴトン、と閂が落ちたような音がした。
またさらに待つこと、一分。扉が徐々に開き始め……
「なにだ、あれ?」
正面に見えたのは、ゴツゴツした、人型。
「ゴーレムだと?」
隣でバーツが叫んだ。その驚きように、俺たちの方が驚く。
「そんなに驚くようなものなのか?」
「はい。驚くというより、どうしてあるのだ、と言えるほどです。二百年、放置されたのであれば動けなくなって当然であったのに。」
「アシャト。」
バーツの言葉を聞く限り、俺たちは今、普通ではありえないような瞬間に立ち会っているらしい。
先に門の内に入ったディアに呼ばれた。バーツが如何に警戒していても、あり得るはずのないことが起きていたとしても。ここは、『王像』に選ばれた者が住まう王都だ。
何があっても、俺に被害が及ぶことはないだろう。ディアがいるなら、なおさらに。
ディアの呼び声に従って、躊躇なく一歩目を踏み出す。バーツが正気かと呻く声が背中越しに聞こえた。正気だよ。
「久しぶりだね、ディマルスの守護者。魔力は大丈夫かい?」
「問題、ない。先代の『王』以降、我は、機能を、停止していた。あと、二年は、稼働、できる。」
「ああ、あの時代は栄えていたからね。今君に流れる魔力は微々たるものだろう?」
「うむ。過去に、記録のない、荒廃具合、のようである。」
とぎれとぎれではあるが、作り物とは思えないぐらい流暢に話すゴーレムだった。人工物で、ここまで話せるモノはこの世に存在していなかったはずだが。
一瞬頭によぎった考えを、振りほどいた。ここは、王都ディマルス。『神定遊戯』ペガサスの王像の王たちの象徴。
王都にあるそれが、人智を超えたものであるならば。それは、人以外の手によるものである。
ソレの前に立つ。目があるようには見えない。前後は分かるようになっているが……いや、頭を下げるべきか?
「王宮の守護者。彼が今代の『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアだ。」
どうとでもなれ。頭を下げることはせず、ただ淡々と言葉を紡ぐ。ディアが笑った、どうやら正解だったらしい。
王宮の守護者とやらは、俺の前でゆっくりと跪いた。
「我、ディマルスにて、『ペガサスの王』を、補佐する者。王宮の、守護者、である。王よ、汝の、配下を、強化する、種を吐く、者である。」
今。とんでもないことを言われた気がした。ずっと、ずっとディアが言い続けたこと。
「ディア。まさか、配下のレベル、というのは。」
「うん。そうだよ。『王宮の守護者』が、国土の発展具合に合わせて吐く種子。それが、君の配下たちを強くするのさ。」
発展具合の要素はまた今度ね。そうディアは言った。
「さて、王宮入りしようか。」
ディアが先頭切って中へと進んでいく。俺も少し肩をすくめて、後ろを振り返った。
ピ、っと中を指さし、歩き始める。それに、うちの配下たちも倣った。
最初にやったのは、俺の魔力を『王宮の守護者』に流し込むことだった。なるほど、ディアが「まだ」というわけだ。王都の門に魔力を注ぐのではなく、王宮の守護者に魔力を注ぐ。
王宮はもう、誰も居なくなって久しい。『守護者』も、ディアが降臨してから動き始めたようだが、王宮内の埃を叩き、掃除を終わらせる暇はなかったようだった。……一ヵ月で掃除が終わらなかったのは、魔力が足りなかったからか、王宮が広く人手が足りなかったからか、どちらだろうか。
「謁見の間は綺麗だねぇ。」
「当然、至極。この王宮で、最も、綺麗で、なければ、ならぬ場所なり。」
そう。謁見の間と、俺が座る王の椅子。そこだけが唯一、ピカピカに磨き上げられていた。というかここばっかり重点的にやってたから他に手が回らなかったのではあるまいか。
「で、俺たちも魔力を注げってか。」
ディールは、そしてそれ以外の全員が、『守護者』を見ていた。
「ディールと、エルフィ。あとオベール。この三人は、常に二人が動けるようにしておきたい。」
万が一何かあった時のため、動ける人材は多いに越したことはない。
「申し訳ありません、アシャト様……。」
メリナとマリアは、魔力をこれには注がない。体ができていないエルフが何度も何度も魔力枯渇を起こすと、成長を阻まれる恐れがあるためだ。
というか、謝るなよ。幼子にぶっ倒れるまで仕事させるとか、いくら権力があるからとはいえ人でなしみたいじゃないか。
それに、彼女らは常に動けるからこそ俺は安心して魔力を注げる。彼女らの頭に手を置いて、言った。
「他の奴らは知らないが、俺は『王』だ。この王宮の主である以上、この王宮に最大限の魔力を注ぎ続ける必要がある。」
「だからな、お前たちの魔術や知恵が頼りだ……しっかり、守ってくれ。俺の命は、お前らに預ける。」
それだけ信用することにしたのだ、と暗に伝える。少女二人は、任せてくださいと言わんばかりに拳を作った。可愛らしいが、この二人が本気を出せば相当怖いことは体験済みである。ほどほどにしておいてもらいたい。
俺は『守護者』と向き合った。
「十分な魔力があれば、お前は王宮の防衛システムとやらを作動できるんだな?」
「可能。しかし、今の国土では、十全な、稼働は、できない。」
国が荒廃しすぎているせいで、彼が稼働し続けるだけの魔力が得られないのだという。
国土が富み、大地に活力が満ちれば、自然魔力も増えるらしかった。
しかし、それがない、足りない今、俺たちが手動で魔力を供給するしかない。
「防衛システム、には、王宮の清掃、衛生管理、も、担っている。王の、命を、護るためだ。」
「で、そちらを二週間ほど稼働させれば、王宮の清掃は調う、と。なら、仕方ない。……俺の次は?」
「私がやる。」
一瞬誰かわからなかった。最近はいつも『俺』というのを聞いていたため、余計に俺を混乱させた。
声音では、誰かわかるが。一人称が違えば、惑うのも仕方がないのかもしれない。
「……ああ、エルフィか。」
彼女は一応、王族である。ここにいるメンバーの中では、魔力貯蔵限界量が最も多い。最速で魔力供給を終わらせるには、その方がいいだろう。
「なら、次は、ペディア。次に、エリアス。それから、オベール。ペテロ、クリスと続けたのち、ディール。」
そこまで決める。それから、ゆっくりと『守護者』の背に、手を触れた。
ごっそりと魔力を奪われて、体から力が抜けていく。立っていることも困難になり、やがて地面に膝をつく。
そんな中、気絶する直前に思ったのは、これからの国営に向けた、小さな不安。
「ああ、もっと、人が欲しい。」
国を運営するにしても、軍を作り上げるにしても。俺の陣営には、人が、とても少なかった。
幸い何事もなく、防衛システムは稼働した。
『守護者』曰く、最初に言った、護衛としての三名は、あまり多くの魔力を奪わなかったらしい。
代わりに、兵士たちから魔力を吸い出すため、ディールを連れて兵士に魔力提供を呼び掛けたようだ。
「五人に、一人。魔力を、もらった。その人と、もう一人が、非番。常に、三人、警戒できるよう、配慮した。」
彼はそう言うが、実際はどうだったのだろうか。ディールは、
「もちろんだぜ、兄貴!俺がしっかり監督したからな!」
とすがすがしいほどの笑顔で言っていた。が、ディールのことだ。丸め込まれている気がしないでもない。
まあ、稼働したなら、後はこれからのことをやっていけばいい。国中の魔力を収集する仕組みがあるとはいうが、その『国』とは恐らく俺の勢力圏のことだ。
アダット派、レッド派のところまで魔力を回収できるかと言われれば、出来ない気がする。
「ペテロ。近隣領主、民に触れを出せ。『ペガサスの王像』に選ばれし王はここにいる、と。」
「承知しました。同時に、噂流しも開始します。新王は、改心する者に新たな生活を約束する、と。」
「ああ、頼む。あと、この近隣で農生活を行える地域を捜索。その近隣に商業街が作れるように配慮した地域を選んでくれ。」
王都の内には農地を作れないが。王都の近隣は、きちんと開墾しておきたい。どうせ内壁から王都建築物の広さだけでも東西南北2.5キロ、とあまりにも広い。
まあ、このうち城面積はと言われると半分近くまで落ちるのだが。逆に門から城まで500メートル近く歩くとかどうなっているんだ。
そして、内壁から外壁までの距離ともなれば思わず頭を抱えたくなるような距離である。東西南北、神の力で狙ったのだろうが……その長さ、10キロを誇る。
幾ら神の威とやらを誇示したいとはいえやりすぎだ。が……神の威を示したければ、それくらいしなければならないのも頷けようもの。どうせその六割近くが貴族の屋敷に消えるのだ。文句をつける必要もない。
だが、逆に言えば四割近くは商売用に開放される、という意味でもある。都内より都外に商業を据えようと言っているに等しい俺の言葉に、ペテロは疑問を覚えたらしい。
「どうしてですか?」
「忘れ去られつつある貨幣経済の復活を狙う。ゆえに、近くに産業街も同時に設立できる方がよいな。」
わずか200年。されど200年。国の貨幣の信用はとっくに消えている。これから修復しようと思えば、貨幣を刷新し、ついでに農夫たちの近くに貨幣を用意しなければならない。
そして、それ以上に。
「帝国化を目指すなら、必要な布石さ、ペテロ。」
意味合いは、察したらしい。今まで貴族たちの専売特許だった分野を削る、と。今すぐは不可能だが、いずれ出来るようにするためにも準備はせねばなるまい、と。
しかし、そんなお金も、人手も、時間もない。五年以上後の計画に組み込めたら、と考えられる程度だ。
とりあえず、今のところは商業街と産業街は城壁の中に。農村は城壁の外に。いずれは、その境目はあってないようなものに。
未来はどうあれ、彼らの拠点はなるべく城の近く、戦場になったらすぐに城内に逃げ込めるように。
「押収したペガシャール貨幣で、まず商人から穀物を買い込め。おそらく、次の戦端はすぐに開かれる。」
こちらが態勢を整えるまで、レッドは悠長に待ちはするまい。俺はそういう確信を持っている。
「バーツ。連れてきたドワーフたちと、俺のところから兵士を百、連れていき、すぐに鍛冶ができる態勢を整えてほしい。」
ヒトカク、ソウカク両山で品を押収していた部隊がここに来る。荷台を押しながらであるから、おそらくあと一週間ほど。
さっき、アファール=ユニク子爵……今は侯爵。彼から早馬で伝達があった。行軍ルートも書いてあったため、ペディアに軍を率いて、迎えに出させた。そんな余裕はあまりないのだが、高待遇を示すために出来ることと言えば、それくらいしかなかったのだ。
ヒトカク、ソウカク両山には、鍛冶師がいなかった。
ボロボロになって使えない武具は、捨てるに捨てられず保管されているという。
それらを使って、バーツたちドワーフ鍛冶師に、急ピッチで武装を揃えてもらうつもりだった。
最終的には、クカス近隣の賊徒が使っていた、『超重装』。あれで、大隊を一つ、作りたい。
「金と、鉄と、人と。やることが多いな、ペテロ。」
「はい。しかし、やることがないよりはるかに良いかと。」
俺が堕落しないから、だろうな。権力をもってすぐに堕落を覚えないためにも、多忙によって権力の責務を骨髄まで叩き込む気だろう。
いい臣下だが、ひどい臣下である。
「さて、レッドとアダットは、どう出るだろうか?」
俺は、このままいくわけがないと、警戒心も露わに、残った軍の調練へと向かった。
ホーネリスに戻って軍の威容に満足しつつ、同時に頭を抱えた。
矛盾しているようで、矛盾していない。必要な質は確保したが、だから想定通りかと言えばそうではない、というだけの話である。
俺は行軍中、悟られないように何度も舌打ちした。王都で集めようとした戦力は希望していた半分程度の者しか集まらなかったのだ。
弓術の名手の家系、槍の名手の家系。いくつかの血族が、アダットに見切りをつけて俺の方へと集まってくれた。
「ミデウス侯爵家の者が来てくれなかったのが一番痛いな……。」
最大の軍略家の家系にして、当代最高の軍略家。彼が来てくれなかったのが最も痛い。
「レッド様は最も王の資格なし。」
彼に言われたセリフが心に突き刺さる。そう、それは俺が最もよく理解していること。
アシャトは『ペガサスの王像』に選ばれた。アダットは血筋の上で、最も『王』になる資格がある。
俺にあるのは、才能と、自負だけ。王になれる才能は、俺が最も持っている、と言われて生きてきた。エルフィールという論外を除けば、確かに、今代にもいずれ勝れるほどの自信もあった。しかし、その才能の差は、アシャトにすでに、努力という形で埋められてしまっている。
「勝てば、良いんだ。勝てば。」
今頃アダットと国王は憤慨しているだろう。自分たちの力の、2割か3割。それを、俺に持っていかれたのだから。
「俺の陣営に告げろ。多分最初に戦うのは、アシャトじゃない。アダットだ。それまでに、各々親交を深め、決して戦場で仲たがいしないようにしておいてくれ、と。」
そう。最も可能性のある敗因は、烏合の衆であるが故の、指揮系統の乱立。それを、最も恐れていた。
「伝令、伝令!レッド様、よろしいですか?」
息せき切って走ってくる兵士に、何事かと目を向けた。
「よい、話せ。」
「では、申し上げます。オロバス公爵、離反。全軍を率いて、旧王都ディマルスに向かいました。」
「なんだと?」
「それだけではありません。そこには、あの、……。」
言いにくいことがあるらしい。言えば斬られるのでは?という懸念を、伝令から強く感じた。
「言え。斬りはせぬ。虚言を弄さず、告げよ。」
「……は。オロバス公爵はアシャト様の呼びかけに応え、移動中。途中、多くの賊徒にアシャト様の呼びかけを伝え、降伏勧告を行いながら進軍中。」
アシャトの呼びかけ。味方になり、改心し、アシャト派のために動くならば、十年以内の生活場所の提供を約束する、というもの。
嫌な予感がした。まさか、と思った。
「オロバス公爵がそれを読み上げることで、信憑性が増したと、賊徒は次々降伏。盗難物もすべて抱えて、共に移動を開始しています。」
それは、アシャトの軍にこの国の財が、人が、集中すると言いうことだった。もう、国土にいる賊徒は、人口の二割を占めているはずだ。国に拠らない賊徒だけの集落すらあった。彼らが、あっちに移動する?
「農民たちも、より安定的な生活を求めて続々と合流中。」
馬鹿な、と口から出なかったのは、奇跡に近い。しかし、まだ続きがあった。
「さらに、オロバス公爵家の陣中には、ネプナス兄弟がいる、と。」
「ギュシアール師!!」
そして、デファール。この二人が、アシャトの軍営に加わる。
文句のつけようがない、『最悪の報せ』である。
俺はこの時、気絶しなかった自分を、心から褒めたたえた。




