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31.ペガサスの兵器将像

 しかしまあ、えげつない戦だった。

 俺が対峙してたら絶対に死んでいた。目の前の男は、それくらい化け物じみていた。

「ミルノー=ファクシ。クカス近隣の賊徒の、武器調達担当。と、言ったな?」

俺は鎧を脱いだ目の前の男と対談していた。


 さすがに王にお目にかかるような恰好ではない、ということでとりあえずマントが着せられている。鎧の下は麻布一枚着ているだけだった。まあ……そりゃ、あんなクソ重い鎧を着ていれば当然だ。

 それにしても、ガタイのいい男だった。筋骨隆々、こいつなら、力仕事は何でもできそうな男である。やはり、あの鎧は魔術の腕だけで着られる者ではないのだろう。最低限、身体を鍛えていなければ支えきれずに圧死するのではあるまいか。

「……え、と。」

「ああ、礼は良い。……そうか、乱世を理由にすれば。」

「ダメ。最悪、アシャトが王国を統一するまでは良くても、それ以降は『像』以外にはダメ。」

ディアが速攻で止めに入ってくる。


 乱世を理由にすれば敬語も撤廃できるかと思ったが、ダメなようだ。

「『像』に任じた人間とそれ以外は、明確に配下としての『格』が違うからね。まあ、いいんだけど。」

それは、そうだろう。『像』に任じられるだけの能力があると認められるだけではなく、『像』の固有能力まで獲得できる。


 基本的に『像』と同じ分野で『像』に任じられたものと戦って勝てるものなどいないのだ。

「まあ、どちらにせよ、だ。今は構わん、好きに話せ。」

話が進まんからな。俺はさっさと話しを進めたかったし、こいつは礼儀がわからない。この場合、緊急措置として許されるだろう。

「ああ。武器調達兼、武器製作だ。」

「ほう?」

調達だけではなく、製作と来たか。鍛冶まで出来るのか?そこまで多才なやつが、なぜ盗賊の一幹部でしかない?


 そんな疑問は脇に置いたとしても。いい人材がいいタイミングで手に入った。

「では、敵がどこにいて、どのような兵器を持っているのか、よく知っているわけだな?」

「ああ。知っている。……話すと思うか?」

「思わんな。しかし、条件を付ければ話は別だろう。」

例えば、と言いつつ、ディールに目配せする。

「お前の命。」

ディールが槍を持つ手に力を入れた。だが、その表情には何の変化もない。

「部下の命。」

ディールがわずかに動く構えを見せた。オベールも斧を持つ手に力を入れ、ペディア、クリスも戦闘準備を整える。


 ミルノーが憤怒の形相を見せた。なるほど、己の命より部下の命の方が大事か。俺はそれを見たのちに、クックッと笑って、続ける。

「まだ賊徒として活動している、残る者たちの命。」

ピタリ、と後方に控える皆と、ミルノーの動きが固まった。そう、その反応でいい。アシャトは内心でほくそ笑む。

「この戦闘で生き残った者たちの、命の保証をしよう。余の指示に従い改心するのであれば、余の国の民として迎え入れることもしよう。」

彼はわずかに目を見開いた。

「生活の保障も……もちろん、今すぐとは言えんが、行おう。それだけあれば、足りるだろう?」

裏切るのに足る理由だろう、と脅しをかける。彼は少し、躊躇した。

「……わかった。なるべく部下たちには被害が出ないようにしてくれ。」

「ああ。最小限にすると約束しよう。」

何せ、今は農夫の一人ですら惜しいからな。その言葉は告げることはない。


 とにかく、彼の降伏を取り付ける。彼の装備を見てしまえば、彼ら賊徒の防備の危険性は伺えるからだ。

 俺たちは、彼の話す賊徒の本拠地の防備について、耳を傾けた。




 とんでもない防御能力に、俺はあんぐりと口を開けた。

「というか。お前、それほどの権限が与えられていたのか?」

「ああ。なんでも、俺が防衛装置を組むと安心、だそうです。」

それは、その通りだと嫌でも感じた。というより、危険が過ぎる。

 言葉を重ねるにつれて思い出したかのように敬意を示し始める彼の口調に相反して、状況はかなり重い。

「絶対にこいつの家とか、入りたくないな。」

ディールが言ったセリフに、皆が同調したように頷く。門に仕掛けられた、招かれざる者に浴びせられる毒魔術。


 踏めば爆発する魔術陣に、長大な弓矢を射出する、据え置き型の弩。

 槍が飛び出してくる地面があると聞けば、俺たちはその恐ろしさに震え上がらざるを得なかった。

「確実に無事なルートは、あるんだな?」

「いえ、ありません。ただし、作れるようにはしてあります。」

作れるように、とはどういうことか。俺は軽く首をかしげる。

「もしも、敵に奪い取られたときに、自分たちがすぐに奪い返す。それができるように、準備しています。」

用意周到なことで。これがミルノーの判断なのか、それとも賊徒の頭領の判断なのかは知らないが、そんな工作が出来るとは。


 ミルノーはほんの一瞬躊躇したあと、スッと一枚の魔術陣を差し出した。

「これに魔力を流せば、二時間、砦内の魔術陣が全停止します。すると、多くの兵器しか残らない……そしてそれらは、人力での運用が必要になります。」

ようは、魔術陣には条件付きで効果が表れるように陣中に『記載』してある、ということだろう。


 この男の、魔術に関する学の高さを伺わせる言葉だった。そんな高度な魔術陣を生み出すことが、まず難しい。問題は、発動させうるだけの魔術師が、そうそういない事であるが。

「よし、分かった。マリア、極力人を殺さない方向で、策を練れるか。」

「単純に降伏勧告でいいかと。もちろん、ミルノーが、すべての魔術を停止した、と伝える形で。」

「いや、それじゃあ防衛戦の準備をされるんじゃないか?」

エルフィの当然の疑問に、マリアは首を振る。


「この近隣の賊徒は、一度も棟梁の名を出したことはありません。それは、賊徒の主が求心力を失っている証左にほかなりません。」

さらりと告げた情報は、こちらに大きな衝撃をもたらした。賊徒は、バラバラに集ったものであれ、頭領の名前くらいはある。誰もトップに戴かずに纏まれるほど、人間というのは上手く出来ていない。

 良くも悪くも、獣と本質的な部分では変わらないのが、人間社会というものだ。

「事実か、ミルノー?」

彼は言いにくそうに身を捩った。

「ああ。求心力は、最初からない。ここの頭領は、世襲制だ。しかも、変わってまだ一年に満たない。」

貴族か!いや、盗賊が無能貴族の悪政からの逃亡・脱却を図ったやつらな以上、良政を敷く貴族の様になろうとするのは至極当然ではあるのだが。


 だが、それなら降伏勧告で何とかなるかもしれない。求心力もないなら、なおさらに。

「素直に従うと思うか、ミルノー?」

「下っ端の方は、多分来る。しかし、幹部クラスになると話は別だろう。」

そうか。頭領が世襲制ということは、幹部もまた世襲制である可能性が高い。聞けばミルノーは二世ではないらしいが……似たようなものだ、ともいう。


 だが、流石に難しいものはある。

「降伏してこない奴は、戦闘中の命の保障は出来かねるぞ。」

「構わない。というより、仕方あるまい。」

賊徒に堕ちた以上、当然の報いである。ミルノーは、そういう認識をしているようだ。ならなんでお前は賊徒に堕ちた?

「むしろ、助命の機会を頂き、感謝します。」

「あぁ。……なら、降伏勧告に従わなかった者は。」

「殺しても構いません。」

言質は取った。ならば、俺達が取るべきは、これから行う政策に基づいた一手。


 マリアに目を向ける。彼女は即座に頷いた。

「ミルノー。この近隣の賊徒の拠点は、ここですね?」

「……どうして、知っている?」

「今、槍が降ってくる天井がある、と言いました。つまり、地下にあるのでしょう、拠点。」

外側に、そこそこに大きな砦があり、バリスタもいくつか用意されている、という。それは、大きな囮である、と彼女は言うのだ。

 囮は大きければ大きいほど良い。そういうことだろう。

「であれば、周囲の地盤が安定している必要がある。となれば、ここしかあり得ません。」

地図の一点。少し砦とは外れた位置を、彼女の指は指していた。




 数人の賊徒を解放した。命からがら逃げ延びた風を装わせ、普通に砦の中に帰らせた。

 彼らが、賊徒たちに、敵が誰か、ミルノーの忠誠の代わりに何を得たかを伝える手筈だ。

 最初から瓦解した士気。無能な頭領。そんな状態で戦などできるはずもなく。

 地下、地上にいるほとんどの賊徒は、その二日後に攻め込んだアシャトたちに降伏した。

 しかし、一部の賊徒に限れば、そればかりではない。


 世襲制で頭領の座を得た男とその取り巻きたちは、もうひとつ彼らの用意していた小さな砦に立て籠ったのである。

「……見誤っていました。」

マリアが、ポツリと呟いた。

「決して部下たちを自身で管理せず、他のものたちに丸なげする姿勢。私はそれを、彼らの無能と判断していました。」

言いながら、立て籠った砦を眺める。


 あながち間違いではない。正解では、なかっただけで。

「聞けば、他の降伏した者たちも、ここのことは知らなかった……有事に備えて準備をしていたのでしょう。」

それは、敵が有能である証。あるいは、もしくは……。

「これが、血の繋がり、世襲制の優位ですね。」

アダット、レッドと戦うに当たっての最大の障壁とも言える事実。


 新興勢力は、脈々と受け継がれた血の力ほどの、基盤足る力がない。

「だからこその……。」

「元、子爵。ですが、足りません。」

即座の返答に、俺はうっ、と反応する。

「エドラ=ケンタウロス公爵を抱き込んで、初めて一歩あと。旧王都を得て、なお歴史という抗えない壁が現れます。」

エドラ=スレイプニルという家系の価値は、公属とはい騎士爵でしかない。家の力はない。守る領地もない。他から与えられる信頼もない。


 対して相対する二人はと言えば。

 片や、脈々と受け継がれてきた、血脈と、何より嫡子という資格。

 片や、その才覚は国の資格者一と謳われ、その信頼を得ようとし、得てきた者たち。

 それら、『事前準備』とも呼べるものが、俺たちにはない。

「……まずは、この土地を落としましょうか。ミルノー。」

「あぁ。……このちっこいのに従うってのは、なんか奇妙だな。」

マリアに指示を出されたミルノーが、何もない虚空にわずかに手を伸ばして、言った。

「『ペガサスの兵器将像』の力を解放する。」

そこに出たのは、彼が設計し、作らせ、砦内に置いてあった兵器。


 平原でも使える、単純にして明確な、圧倒的質量を持つもの。

 名付けて、『突き進む鉄球』。魔術で移動をコントロールし、ひたすらに突き進む、悪魔の殺戮兵器である。

「蹂躙しろ!!」

ミルノーの号令のもと、砦まで一直線に突き進んでいく鉄球。


 それは、真っ直ぐ、壁にぶつかってもなおまっすぐに進もうとする。

 ミシミシと壁が音をたてた。ピキピキと、目に見えるひびが入っていく。

「……アシャト様。申し訳ありません。」

魔術陣で描いた規定距離まで進みました、とミルノーは呟く。それはもともと、侵入者の迎撃用に、誰でも使えるように描かれた魔術陣だ。攻城用では決してない。

 ゆえに、仕方のないことであっただろう。


 二日では、侵入者用の兵器を攻城兵器に入れ替えることは出来なかったのだ。

「ああ。あとは休め。……メリナ!」

「わかった!“爆破魔術”!」

鉄球内に予め仕込んだ魔術を発動する。大分壁にめり込んだ鉄球が四散し、その衝撃で砦の壁が崩れ去る。

「突撃いぃぃぃ!!!」

ペディアがすかさず号令した。それに応えて、クリスが騎馬隊で先鋒をきる。

「……戦は終わった。ミルノー、それでよいな?」

「はい。……感謝します、アシャト様。」

それでいい。俺は微かに頷く。


「敵を掃討し次第、クカス第図書館に戻る。そこで一度兵站の確認。それまで、兵士たちは休息と農作業を日交代で行うものとする。」

もう一度、砦を見た。賊徒の長らしき人物が、最後の特攻に打って出るのが見えた。

 クリスと打ち合っている。もう、見るものも、ない。


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