27.幼き二人のエルフ
強烈な光の眩しさに気を取られた。閃光玉か、似た効力を持つ魔術か。十中八九、閃光玉だろう。次の瞬間、何かが風を切る音が聞こえた。
反射的に首を左にそらせたのは、鍛え上げた殺意から逃れる術によるものだ。次の瞬間、名も知らぬ兵士が首に矢を受けて崩れ落ちる。犠牲になった兵には悪いが、鍛錬していてよかった。今こんな下らないところで矢傷を負うわけにはいかない。
「てめぇ!!」
ディールが怒声をあげる。ほんの少し俺の反応が遅ければ死んでいた。護れなかった己と、そもそも罠にかけられた怒りに血が上り。
俺よりも前に出る。今にも飛び掛からんと姿勢を低く構えていると、今度は上から二、三冊の本が彼をめがけて降ってきた。
「しゃらくせぇ!!」
拳でそれらを叩き落とす。一応価値のあるものだとわかっているのか、槍で切り裂いたりはしていなくて安心した。
ディールの後に続いて数歩歩くと、いきなり目の前で巨体が沈んだ。落とし穴。また、安直な罠を。
頭に血が上っているからか、それとも単純に馬鹿なのか。落ちたディールにめがけて、今度は矢が射かけられる。
「ディール殿!」
パッと見、どこからかはわかっても射手の姿は見えない。なかなかの腕前だと思う。すべての矢を、オベールが駆け寄って叩き落とし、小さな刃を取り出して、矢の飛んできた方に投げる。
小さな小さな「ヒィ」という声。そして、逃げるようなパタパタ、と小さく不規則な足音がした。
「子供……?」
エルフィが呟く。みたいだな、と俺は返し、その足音の主を探して……
「“魔法障壁”!」
飛んできた光の小剣の魔法を魔法で止める。
「待て!!俺はここの管理者、時の妖精フェルスに君たちのことを頼まれた!君たちに危害を加えるつもりはない!」
俺が敵対の意志を持たないことを伝える。それを聞いて、観念したかのように人影が一つ。
「じゃあ、おじちゃん。」
年のころは十ほどだろう。耳の尖った人、エルフの少女が歩いてきた。
「おじちゃん……。」
まだ20歳にもなっていないのにおじちゃんと言われてショックを受ける。いや、そんな呼ばれ方をするほど老けて見えるほどではないと思うのだが。
「どんまい。」
小声でエルフィが言う。ええい、ポンポンと肩を叩くな。揶揄うな。みじめな気分になるだろう。俺は鬱陶しげな眼を彼女に向けた。
悪い悪いというように彼女は俺の後ろに下がる。とにかく対処しなければならないのは目の前の少女だろう。
「あのね、近くの村を襲っている盗賊をね、やっつけて欲しいの。」
その言葉を聞いて、「やはりどこかしこに盗賊が蔓延っているな」と感じたあたり、この国も相当な末期状態なのだろう。それにしても、少女が交渉、ね。世間の荒波にもまれまくった末の成長にしても、なんというかこう……言葉足らずだ。
まるで、そもそも「そういう言葉を言えばいい」みたいな。
「わかった。でもさ、場所がわからないな。案内してくれるかい?」
エルフィが彼女に近寄り頭を撫でようとし……
そんな彼女にエルフの少女は、唐突に短剣で斬りかかった。
「おっとっと。」
エルフィは危なげもなくそれを回避すると、その腕を掴んで逆に少女を拘束してしまう。
「お姉ちゃん!“衝撃波連打”!!」
「“障壁魔術”!!」
二階の端、手すりから身を乗り出した少女が放った魔術を、俺は防御魔術で受け止めた。
「『ペガサスの衛像』よ!」
落とし穴から這い出ることが出来ないディールが叫んだ。……なぜこれだけ時間があったのにまだ出ていない?
そんな疑問を遠くにおいて、ディールがようやく動いた。穴をぶち壊すように飛び出してくる。
ああ……落とし穴に嵌るときは自重で綺麗に落ちたが、脱出するには狭すぎたのか。手を出すにも難儀して、仕方なく周囲の大地ごと破壊したのだろう。
エルフの少女は、ディールが動き出したのを見て、固まった。そりゃ、とんでもない大男が、大地の穴をぶち壊しながら二階まで跳躍して迫ってくれば、逃げるより体が硬直するだろうな。遠目でもわかる。
「『ペガサスの衛像』?」
拘束されている少女が、一体何のこと?というように呟く。
こちらの少女は気づいていないようだが……ああ、向こうの少女は気づいたな?固まったのもそれゆえかもしれない。おそらく、こちらの少女が狩人で、あちらの少女が読書家なのだろう。
上にいた少女はディールが着地しそうになるに至って、ようやく危機を察したらしい。いや、危機というか、純粋な恐怖が体を動かしたのか。
「いや、来ないで!」
手に持っていた、とても高価そうで重そうな本をディールに向かって投げつける少女。ディールは空中で、片手を使ってそれを掴み、少し勢いを落としながらも無事手すりの上に乗っかる。
そして、数言、数分会話したのち、彼女はディールに抱きかかえられて俺たちのもとに降りてきた。
こんな重たいものを投げるなんて、大した嬢ちゃんだ、と俺は思った。
この少女はおそらく八歳くらい。俺と十近い差があるだろう。
こんな武装している集団の中で、これほど抵抗してきた彼女らの気概、心の強さに、俺は素直に感心していた。
だから、こんなところで命を無駄にしないで欲しい。でも、それを素直に伝える言葉を、俺は知らない。
「お嬢ちゃん、観念しな。兄貴がお前を保護することをお望みだ。」
「……『ペガサスの王』様?」
だから、ついついその言葉が悪口のようになってしまう。違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそうじゃあないのに。
だが、この小さいのはそんな俺の葛藤には気づきもしなかった。どころか、この年で兄貴の正体を看破してのけた。
「おま、どうして……。」
「あなたが『ペガサスの近衛兵像』だって言うのなら、仕えるのはただ一人、国王様だけ……お願い、お兄ちゃん。私を王様のもとへ連れて行って。」
図々しい小娘だ、と思うと同時に、何か面白いものを見ている気分に、俺はなった。さっき姉の方が兄貴を騙くらかそうとしたのも、まあいいかと思う。
なんでって、こいつは面白そうなやつだからだ。兄貴のためにも、なる気がした。
「いいぜ。わかった。」
俺は彼女を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っことかいうやつだ。
「しっかりつかまれ。じゃねえと落ちるぞ。」
「う、うん。」
首には腕が短くて回らないのだろう。俺の肩にしっかりと手を回したのを確認すると、俺はふわりと飛び降りた。
(将来が楽しみな嬢ちゃんだ。)
そんなことを思いながら。
2階から降りてきたにしては、また随分とふんわりとした着地だった。
ディールめ、いらんところでいらん身体能力の高さを見せつけてくれる。体をかがめたディールから、少女がゆっくり手を放す。
「はじめまして、国王陛下。わたしは、マリア=ネストワ。この近くにあったエルフの村の娘でした。」
また刃を向けられたりしないだろうな。ちょっとソワソワする俺の気も知らず、対面した妹の方のエルフは、いきなりそう挨拶してきた。
「うむ。今代『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアである。」
反射的に名乗り返したのはいいものの。彼女がいきなりそんな挨拶をしてきたことで、動揺してしまった。
いやまあ、正体バレもごまかせそうならごまかすつもりだったのだが、それ以上に。彼女のあいさつは随分と堂に入ったものだ。誰が教えた?
「しかし、さっきのあれだけでこいつが王だって気付くのか。」
「はい。彼に、「王様のところに連れて行って」って言いましたから。」
俺はじろりとディールをにらむ。
「俺が連れてこなくても、王様がいることは気付いていやがったよ。」
そんなのわかっているわ、と言いたいが、毒気を抜かれた。
ディールが面白そうにクックッ笑う。また随分機嫌がいい。この少女は、どうやらディールの気に召したらしい。なら、怒っても意味がない。
こいつはある程度自分の興味を優先する。それが俺の命に直結する状況ならまだしも、そうでないなら別にいいという判断だろう。
確かに。彼女に俺の正体が知れようが、きっと終着場所は変わらないようにも思える。
「あなたは、エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア様ですね。人相書きで見たことがあります。」
「っていうことは、私はあれか、指名手配されているのか?」
「はい。近隣の村の人たちは、発行者がアダット様と知って無視することを決めたようですが。」
歳不相応にハキハキとした態度。こんな少女に、こうさせなければいけないという現状に、俺は嫌気を覚える。
「国王陛下にお願いがあります。」
これだけのメンツを前にして、俺の目を見て話せる彼女の度胸。そして、フェルスとの約束。
俺は彼女の願いをかなえてやりたい。そう思った。
「言ってみよ。」
「この近隣に、私たちに食糧を恵んでくれる村がいくつかあります。それらを脅かす賊どもの討伐をお願いしたいのです。」
なんか似たようなこと、五分前にも聞いた気がする。なんだ、囮に使うために出まかせを言ったわけでもないらしい。攻撃意思を隠すために本当のことを言ったのか。
聞いてやりたい。聞いてやる意味もあるだろう。だが、それでも、ただで聞いてやるわけにはいかない。
この娘の姉は一人の兵を殺した。これから一週間の休みだと告げたのに、それを破らせてしまうと兵士たちの信用にも関わる。
「余らに、利益はあるのか。」
「もちろんにございます。」
即答が返ってきて、俺は驚いた。この質問で即答をしてくる。つまり、この質問を予想し、返事を用意していたということだ。いつ?どのタイミングで?言うまでもない。
ディールが『近衛兵像』を発動して、俺の目の前に来るまでの間だ。そこまでに、この道筋を立てたのだ。
「三つ、ございます。一つは、名声。アシャト陛下。私はあなたの名前を、寡聞にして聞いたことがございません。」
当然だ。俺はディアに選ばれるまで、実力を伏せ、名前を伏せて生きてきた。
ディマルスを支配した後、師匠とオロバス公爵家、エドラ=ケンタウロス公爵家に渡りをつけて、彼らをバックに正統性を示して旗を挙げるつもりだったのだ。それがまだ成っていない以上、俺はまだ無名の国王でしかない。
「旧王都に近いところを拠点にする賊どもの討伐。それはおそらく、第三派閥……ケンタウロス公爵家を筆頭にする静観派の貴族たちに、あなたの名を売ることになります。それだけにとどまらず、おそらく国内すべての貴族に。」
ふむ、と俺は顎に手をやって、その意見を考える。静観派の貴族たちは、ディアの存在を出せば俺に従ってくるだろうとは思う。だが、その忠誠度を上げ、俺を正しい国王であると支持してもらうには、ディアだけでは足りないか、とは思っていた。
エルフィの存在もある。が、彼女をあまり表に出しすぎると、彼女の思惑如何に関わらず、俺を旗に、エルフィを旗手に据えようという動きが出てきかねない。
その点、マリアの提案は魅力的だ。総指揮官として、俺の名声が高まれば、自然静観派の視点も俺に向く。ディアだけでも、エルフィだけでも、その両者だけでもない、俺という国王を見てもらえる。
何よりディマルスの近くというのが大事だ。『神定遊戯』はディマルスを中心にして行われてきた。神の復活、正統性の主張という意味を込めても、旧にして新王都の復興のための賊徒討伐という言葉は、響きがいい。
だが、マリアはそれだけに留まらなかった。三つと言ったのだ。今のはまだ、一つ目の利。
「二つ目に、資産。この賊徒は、おそらく近隣……最も有力な勢力は、エドラ=ケンタウロス公爵かアファール=ユニク子爵でしょうか。彼らの支援なしにも一年は持つほどの金銀、あるいは鉱物があります。」
それは、おそらくこの周辺に近づいてきた商人や、土着の富豪などから奪い取ったものだろう。効率を重視するような賊徒は、農夫よりそっちからものを奪う。
「それだけではなく、奴隷として利用しているエルフやドワーフなどの亜人。彼らという名の人的資産も手に入るでしょう。」
それは、非常に心躍る提案だ。なにせ、俺たちが今一番人用としているのはその人的資源なのだから。俺たちの現状の発生が義勇軍である以上、ここにいるのは九割方農夫か兵士だ。職人や商人はいない。
おそらく彼女は、俺が欲しいものを、意図的に選んで言っている。デメリットをあまり考えさせないように、耳に心地いい言葉だけを選んで。
随分と権力争いに向いた少女だ。これが10に満たない少女のやり口か?実年齢は40を超えますとか言われても信じそうである。
「最後に、民への名声。最初の貴族に対する名声とは別に、民に対して名声が得られます。それはおそらく、あなたが思っている以上に助けになる。万が一あなたが身一つで逃げなければならなくなった時、民たちはきっとあなたを助けるでしょう。」
あなたが、良い王として民に認知されていれば。その言葉を聞いて、俺は確信した。
(この娘、化け物だ。)
敵に回すと危険で、味方にすると頼もしい。エルフィも同じ感想を抱いたようだ。
決意を促すかのように俺の肩に手を添えたが、その手はわずかに震えている。……俺も怖いんだが、“最優の王族”としても怖いか、そうか。
「わかった。非常にためになる話であった。そなたのその願い、聞き届けよう……ただし、条件がある。」
「何でしょうか?」
「そなたが、余の国に仕えることだ。姉ともども。おそらく、これまで賊どもが近隣の村を滅ぼせていないのは、そなたらの活躍あってのことであろう?」
俺はこの周辺にいる賊が恐ろしいという噂を聞いたことがない。それは、おそらく商人や富豪は襲っても村々を滅ぼしていないから。そして、比較的最近大きくなった賊だから。
「その、賊から村々を守って来れたそなたの頭と、実行に移してきた姉の実行能力。余は、それが欲しい。」
「では、こちらから検討してほしいことが二つ。」
まるで熟練の貴族を相手しているようだ。一つの要求を聞き入れるために、対価となる要求を突きつける。そうすると、それに対する要求をさらに突きつけられる。
落としどころが、お互いが納得できるところが見つかるまで、互いが互いの要求を突きつけ合うのがこの会話。
そして何より恐ろしいのは。
(この子、凄いね。自分の価値を、かなり正確に見積もっているよ。)
ディールが心の中で言う。彼女らを仲間にすることで得られる将来的な利益。それを考えると、要求の一つや二つ、飲まなければ釣り合いが取れないのだ。
「一つは、過去のペガシャール王国と同様に、私たち亜人の人権をすべて保証していただきたい。」
ペガシャール王国以外の国は、結構重要視する亜人に種類が出る。ドラゴーニャ王国は竜人とエルフ、グリフェレト王国はドワーフと獣人、フェニクシア王国は天使と鳥人、と言ったようにだ。
だが、その中でもペガシャール王国は異色である。『適材適所』を謳う我が国で、種族による差別意識はない。推奨される差別意識は、ただ個人の能力のみだ。
「もちろんだ。認めなければ、良い人材は国に手を貸してはくれない。」
「では、もう一つ。私を『ペガサスの智将像』、メリナ、妹を『ペガサスの工作隊長像』への選考対象としてください。任命は三年後……私たちが二人とも、エルフ式の成人を迎えてからに。」
この姉妹、片方は13、もう片方は12才らしい。見た目通り10代に満たないと言われても困ったが。それより上の年でこの見た目なのは、種族柄か、それとも食事が足りていないだけか。
どちらにせよ、あまりにも若すぎる。
エルフの成長期は成人してからとは聞いているが、全く信じられない才能だ。成長期による成長が身長だけなら問題はあるまいが……頭脳もであればどうしよう?これ以上に化けるのか?
「もちろんだ。というより、マリアの方はもう十分に『智将像』の資格を持っていると断言できるな。メリナの方はまだ何も見ておらぬから断言できぬが。」
しかし、閃光玉、そしてあの落とし穴。両方を彼女がやったとするならば、それなりの才はあったのだろう。なにせディールが一方的に翻弄された。
「その2つの願い、このアシャトがしっかり聞き届けた。叶えると約束しよう……選考対象として、必ずリストに入れておく。」
いったん三年で、王を名乗れるようにしておかなくてはならない。彼女らを配下にしている王として、俺の地位を不動のものにしておかなければならなくなった。
「では、臨時的ではあるが、そなたに軍師の役割を授ける。姉の方にも、二十人ほどの部下をつけよう。これから、よろしくお願いする。」
俺は軽く、頭を下げた。マリアは年ごろの娘らしく胸を張って、「こちらこそ」と言う。
のちに、ペガシャール帝国史上最初にして最高の軍師として名を馳せる、『神美の天馬』マリア=ネストワ。
そして、戦端が開かれる前に戦争の終わりを見せると囁かれた、『巧緻の錯馬』メリナ=ネストワ。
この、とんでもない麒麟児たちが、この日、アシャトと出会った。




