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26.大妖精

 グググ、とディールとオベールの二人がかりで扉を開く。一瞬息を止めた。だいたいこういう長年使われず閉じられた部屋というのは、黴臭いはずだ。

 しかし、部屋は予想に反して、埃っぽさはあれど黴臭さは随分と薄かった。思わずくしゃみが出そうなほど、というかくしゃみを我慢しなければならない程度には埃っぽかったが。

「オベールを先頭に、ディールを殿に。……ここでの滞在時間は一週間だ。清掃とめぼしい書物の探索以外に手をかけている時間はないぞ。」

何せまともに資料を読み込める奴の方が少ないからな。出来る奴が千人でもいれば何とかなるんだろうが、基本的には戦争のことしか出来ないやつばっかりだ。


 歩けば埃がたつ。あらゆるところに本が落ちている。

 全く。王になって安定した情勢になったら、いずれは必ずこの図書館も改装させたい。積み置かれた本や木独特の匂いを鼻に受けつつ、中に侵入していく。

「ああ、ここか。思い出したよ。」

いや、一応ここ、国でも相当重要施設っぽいんだから、思い出さずとも覚えていてくれよ。長年存在している者にしては頼りない。

 いや、誰も詳しいことは知らず、『神定遊戯』の詳細はおそらく歴代国王のみの秘匿とされている以上、俺たちは解説をこいつに頼むしかないんだが。それでもなんかこう……頼りない。

「ここ、っていうか王都周辺の都市は、『ペガサスの王像』の力が結構関わっているんだ。」

あまりに唐突に発された彼の言葉は、正直理解不能だった。


 いや、疑ってかかるわけじゃない。疑う必要がない。こと『ペガシャール王国の地理と施設』、そして『二百年以上前の歴史』に関して言うならば、彼の言葉は疑う必要がない。それに、どうせ『神定遊戯』に関わっているのは予想の内である。

 そうでなければ、俺たちがそこまで時間にも食料にも、そもそも何もかもに余裕がないことを知っているゲイブが俺たちをそこに行けというはずがないからだ。


 しかし、生き証人であるディアは……1500年もの間存在していたのかというほど、説明下手である。あるいは、最低限の知識がある前提でなければ理解できない言葉の使い方をする。

「『王像の力』?なんだ、それ?」

「え、簡単だよ。まさかと思うけど、『ペガサスの王像』に配下への力の付与しかないとでも思っていた?」

そのまさかだった。王の能力は、配下に能力を授け、それをきちんとした場所に配置してうまく使いこなすことだと思っていた。

 無知を棚に上げるつもりもあまりないが……やはり彼は、根本的に相手が「知らない」ことを想定して話すことは出来ない。

「もちろんそれはあるけれどね。それだけじゃない。王様の能力が一番多いよ。」

基本的には、配下の『像』たちが目覚めた固有能力の劣化コピーと身体能力強化だ、という。配布できる『像』の数は王一人当たり60以上ある。


 つまり、それだけの能力を使える、ということだ。

「そして、これが、もう一つの『ペガサスの王像』の王たちが残した力。」

門を開いた先、大きな柱にディアが手を添える。

 すると、大きな音が鳴り、徐々に何かが地下からせり出してきて。

「祭壇、かこれ?」

「ああ。そうだよ。アシャト、あの光る玉に、君の魔力を注ぎ込むんだ。」

彼に言われるがまま近づき、その手を添える。そして、ゆっくりとそこに、魔術を発動させるかのように力を籠めていき……

 ふ、と。目の前の光景が変わった。




「君が、今代の王?」

姿が見えない。そして反響したような、人ではないなんぞやの声が響く。ここはきっと、誰かが封じられた場所だと直感した。

「はい。俺の名は、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。今代の『ペガサスの王』です。」

「うん、そう。ここでは威厳も何もない。取り繕う必要はない。……一目で見抜いたんだ、すごいね。」

「見抜くこと自体は造作もないさ。……あなたは、妖精ですか?」

それも、そうとう高位の。こんな空間を作り上げられるのは、神の力を別にすれば大妖精だけ。人やほかの生命の手には余る。


「うん。ここの本の管理を任されている時の妖精、フェルスだよ。ディアは元気かい?」

「元気ですよ。今、俺は。」

「私に魔力を供給した。これからここは、この国の繁栄度合いに合わせて施設の威容を取り戻すだろうね。」

やはり。薄々気付いていたことが、この妖精の力によって明らかになった。

「『王像』の力は……国の繁栄度合いによって、変わる?」

「『配下の像』も含めてね。でも、王宮と四大施設ほどわかりやすくはないよ。」

四大施設。この図書館を目指してほしいと頼まれたときに、この施設について調べた。


 その時に見つかった、気になる一言だった。曰く、『王』の威容を称える四大施設である。

 『ペガシャール大図書館』、通称『クカス』。

 『ペガシャール魔術研究棟』、通称『ベルス』。

 『ペガシャール植物園』、通称『ニルア』。

 そして、『ペガシャール大学校』、通称『フェム』。


 王国の発展とともに威容を大きくし、国への貢献も大きくする、巨大な四棟。

「この四棟は、別物。この威容が大きくなればなるほど、輝きを増せば増すほど、国は発展している証拠だよ。」

「ということは、かなり衰退しているんだな。埃臭いどころの話ではなかった。」

「その理由は別。管理者たる僕の魔力が尽きたからさ。……きっと、他の三棟もね。」

彼、彼女だろうか。中性的なその声が、徐々に遠ざかっていく。

「もう時間か。落ち着いたらまた会いに来てくれるかい?」

妖精は本能か、経験でそれを察しているようだった。だから俺も、頷いて言う。

「次は実体が現れていることを祈る。」

「うん。一週間滞在するんだよね。」


図書館で一言話したからだろうか。記録にでも残ったのか、話していないことを妖精は言った。

「どうかしたのか?」

余計なことは言わない。相手は人智を越えた、『ペガサスの王』に協力してくれた妖精なのだから。

「うん。ここに二人の女の子がいる。彼らを連れて行って欲しい。」

「二人の、女の子?」

古びた施設だが、その荘厳さのおかげで盗賊たちは入ろうとしない。だから、安全地帯として十年前にある親子が入り込んだのだという。

「母親は死んで、姉は狩人に、妹は本を読み漁るようになっていてね。もうだいぶ長い。少し愛着があるんだ。」

その声音は。愛着というより、愛情に近いように思う。……俺は親の愛をほとんど知らないが、きっと両親が生きていたら向けてもらえたものなのだろう。


 眠っていても、見守っていた。妖精はそう笑う。儚いように見えるのに、力強い。まるで真逆の印象を同時に抱かせる、いい笑みだった。答えてやりたい気はしている。だが、それでも。

「俺たちにあまり、そういう子供たちを抱え込む余裕はないんだ。」

俺は素直な感情を吐露する。それを言わなければならない現状にいらだちと情けなさを載せて。

すると、フェルスは少しだけ落胆したような表情になって。罪悪感もあり、少女たちを見捨てたくないという想いもあって、だから、続けた。

「だから、血なまぐさい戦場に連れて行くことになる。構わないか?」

フェルスはパッと表情を明るくすると、「それでいいよ!」と叫んだ。……愛情を向けるにしては戦場に放り込むことにためらいがない。人との感性の違いか、それとも孤独よりましと判断したか。


 読めない微笑みをたたえ、妖精は俺の視界から遠ざかる。ぼやける視界と酩酊したような気分の中で。

「じゃあ、時間だ。アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。今代の『ペガサスの王』よ。汝の未来が曇りなきように。」

少しだけ残響が耳朶を震わす。理解の間さえ残されず、俺はその白い空間から押し出されていき……。




「ハッ!」

「大丈夫か、アシャト?」

気がつけば、エルフィに顔を覗き込まれていた。長い髪が頬に触れる。くすぐったい。

 しかし、まあ……覗き込んでいる女性というのは随分綺麗に映るものだ。それにしても、ずいぶん近いが。

「急に倒れたからびっくりしたぞ。ディアは心配いらないと言っていたが。」

頭の後ろにある感覚が、人肌であると感じた。ああ、立ってのぞき込んでいるわけではないのか。

「膝枕か。」

されたのはいつぶりだろうと呟くと、エルフィが少し頬を紅潮させる。


 だがやめるつもりはないようで、彼女は少し俺の頭を押さえつけていた。押さえつけるんじゃなくて撫でてくれと言えば、やってくれるだろうか。いや怖いからやらないが。

「一応傷はないけどな。寝とけ、魔力枯渇だ。」

あの祭壇の玉は、俺の魔力を根こそぎ奪っていったらしい。もしかして後三回、王宮も含めるとあと四回やらなければいけないのか?俺の魔力量はたいして多くないのだが。


 深呼吸を二つ。魔力回復はするが……立ち上がるには足りない。枯渇するまで使い切れば、動き出すまでに三時間くらいはかかるだろう。炎天下で走り続けてぶっ倒れるのとたいして変わらない。

「管理者には会ったかい?」

ディアが反対から覗き込んで聞いてくる。

「ああ、フェルスな。会った。少しだけ、頼みごとをされたぞ。王使いの荒い妖精だ。」

ディアがフッと笑う。その顔は、懐かしい名前を聞けた喜びに満ちていた。

「管理者……?」

エルフィもよくは知らないらしい。だから、ディアと俺は、この図書館、ひいては『王宮と四大施設』、王との関連性について一から話すことになるのだった。




 話を聞き終わったエルフィは、少しだけ頭を悩ませて、言った。

「まあ、偉大な妖精様からのお願いと言えば聞き届けるしかないな。」

「それはもう確定事項だ。俺はあの妖精に約束したからな。」

そうか、約束は守れる限り守るべきだ。という人間として至極真っ当なことを言ったのち、彼女はしかし、と呟いた。

「問題は、第二番目の門が開かない、ということだ。」

おそらく、あの妖精が俺を待っている。根拠のない確信と共に、俺は立ち上がって一歩を踏み出す。

 門の前に立つと、小さな風が吹き抜ける。

「よろしくお願いする。」

そんな声が、聞こえた気がした。それを受けて、俺はゆっくりと扉を開き……

 閃光玉の輝きに、目を奪われた。


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