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259.『国王』への返答

 俺は玉座に腰かける。

 俺の数十センチ前方、右側にはエルフィが腰かけている。

 王を立てる、という意味合いで設けられた座席の順は、彼女の長い黒髪を視界に留めるという素晴らしい効果をなしている。

 その席にエルフィールが座るのは久しぶりだった。実に半年ぶりであった。いかなる式典、いかなる面会・謁見においても、半年間エルフィを外に出さずにい続けるのは、俺にとってなかなかの苦行であった。エルフィにとってはもっと苦行だったろうが。


 久しぶりに人前に出たら、いきなり妊娠公表というのもどうなのか、とは思うが。そればかりはいかようにもしがたい。

 眼下を見る。貴族たちが座布団の上に腰を下ろす。ペガシャール王国だったころの全盛と比較すればかなり少ないものの、俺が旗揚げした時と比較すれば十倍近くまで膨れ上がった、『ペガシャール帝国』の臣。農夫たちに限れば数百倍、数千倍に届く、物量。

 感慨深いものがある。いや、その程度の言で済ましていいものか。


 あれほど荒れ狂っていた土地を耕すことに力を入れ、収穫も徐々に増えつつある。ゼブラ公国から巻き上げた大量の農作物はほとんど残っていないが、辛うじて自給が成立しそうなほどには収入が増えた。

 実際のところ。ペガシャール帝国には、もう戦争をするだけの余裕はない。これを最後にしばらく国土の充溢に努めなければ、『帝国化』など夢のまた夢である。

 それは『王国』側もわかっている。だからこそ、『帝国化』は諦めずとも『帝国』称を止めろという主張をした。そうすれば、もう一度戦争が出来る程度の糧食は国に残しておいてやると、無条件降伏してやろうと叫んだ。それを俺たちが受け入れてしまえば、『帝国化』を目指すことすら困難になることを承知の上で。

 実際問題。それを目的に、コーネリウスなどは『帝国』称を諦めさせようと足掻いていたのだ。一度取り下げたのだから、もう必死になって『帝国化』を目指す必要はないでしょう。一度決めたことを取り下げるとはそういうことです、と声を大にして叫ぶために。


 だからこそ、だ。だからこそ。目の前に現れた方形の薄膜、映し出された壮年の男に対して返す言葉は決まっていた。

「返答を聞こう、『王像の王』。」

「返答が必要か、旧国の王。」

「いついかなる世でも、重要なことは言葉にし、記録させ、継いでいかせるものだぞ、若人。言葉の重要性をよく知っているだろう?」

揶揄うような口調。その裏に籠められた真意。


「余は、ペガシャール帝国が初代皇帝である。」

「よくぞ申した!では、戦争だ。ディアエドラで待つ!」

開戦に乗る必要性は、実のところ、ない。『子像』の力を用いて国力を蓄え、確実に勝てる戦のみを繰り返し、少しずつ領地を刈り取る戦をしても、いい。

 アグーリオ国王が挑発してくる、「決戦」を積極的に行う理由は、実のところ俺たちにはなく。


 だが、戦争を早く終わらせる方が国を早く立て直せる。

 さっさと『審問像』なんてものを天に返してしまった方が貴族たちの意思は安定する。

 何より、『王国』に『大きな戦』で勝って『帝国』を名乗ったという方が聞こえがよく、ほかに道はないという主張が成立しやすい。


 なにより、俺たちの退路を断つに、「決戦」という体が丁度いい。

「ペガシャール王国、アグーリオ麾下にいる貴族どもよ、将校どもよ、兵卒どもよ!余は『ペガサスの王像』に選ばれしもの、アシャト……アシャト=アルス=ルード=ペガサシア!神に選ばれし正当な王にして、神が望む『六国併合』を志す者!神の意に沿うことを求める者よ、神の意に背くことを拒絶する者よ!決戦までに余に降らば、その助命は確約してやろう!」

大音量で宣言する。勝つぞという意思を込める。その裏にある、一人でも多く降伏してくれという嘆願は乗せないように。思わず降りたくなる、それほどの魅力が感じられるように。実際のところ、この薄膜がどれほどの範囲で、誰が見ているのかわからない。ディマルスとディアエドラのみを繋いでいるのか、ペガシャール王国・帝国中に繋がっているのか。

 これをやったのは『審問像』だ。いかな効果を持つにしても、その範囲を定めるのは奴だろうということはわかる。

 だが、そこまでだ。前回と今回の違いは、アグーリオの言葉を届かせる必要性のある範囲の差。それを、アグーリオと『審問像』がどこまでと捉えているかわからない。


 だから、この吠えにどこまでの効果があるかわからない。それでも効果があることを期待して、俺はこの言葉を叫んでおく必要があった。

 だが、問題は。こちらが啖呵をきった以上、相手も同じように返事をすることを呑むということで。


 アグーリオの頬が上がる。よくぞ言ったとばかりに口が開く。

「神が望みし六国統一を目指す獣ども。神が定めし三国統合をなさずして『帝国』を詐称する犯罪者の麾下たちよ!奴はついに自らの、そして貴様らの退路を断ったぞ!これから先、ペガシャール帝国国王アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサ……アルス=ルードと言ったか?」

途中で、言葉が、止まった。俺がこれまでと全く異なる名乗りをしたことを、己らの啖呵をあげる最中に気付く。

 名前が異なることに、アグーリオが困惑する。俺の眼下にいる貴族どもが共が困惑する。

「ああ、そう名乗った。俺が『王像の王』であることはもはや確定され、『エドラ』の直系に拘る必要はもはやない。『帝国化』に当たり、あまりに複雑化した王の継承者にまつわる決まりは簡略化せねばならぬ。その先駆けとして。余はここに、ペガシャール帝国全土における『エドラ』姓の廃止及び『ペガサシア』姓の廃止を宣言する。」

『エドラ』とは、すなわち先代王像『エドラ=オケニア=フェリス=ペガサシア』王の男子の裔であり、『王像』継承権を持つことを示す。『エドラ』を名乗ることが出来るのは、『エドラ』を持つ者の長男か未婚の女子のみ。


 そして、『ペガサシア』の名を冠するといえば。

 現在『王』の位に就く者から見て、そう遠くない血縁にあることを指す。すなわち、現当主から三代前以内に、エドラ=アゲーラ王の子を妻としてもらい受け、子を成し、家を継がせた一族あるいは現王の直接の子孫である証拠。


 俺の家系図を眺めれば。

 エドラ=オケニア=フェリス=ペガサシアの13男子、スレイプニル=エドラ=オケニア=ペガサシアの長男フリースの直系が、俺になる。

 フリース=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。俺の先祖、エドラ王の孫。そして、俺の祖父の妻……祖母は、先々代エドラ=アゲーラ王の娘だったと聞く。だから、俺の名には『ペガサシア』が入っていた。


 だが、今は俺が王であり、『エドラ』に拘る必要性はない。

 ついでに言えば、このあまりにも転々とする『姓名』制度を変えてしまいたい。

 『王像の王』を得る権利を有することを大々的に宣言する必要が、『帝国化』を目指す俺たちにはない。『神の加護』を得られるかもしれないと叫ぶ理由が、神からの脱却を目指す俺にはない。そして、ペガシャール王国の治世・文化に纏わる多くの決定事項は、『神定遊戯』を前提に作られている。


 文化そのものを壊さなければ。前例そのものを大きく改革しなければならず。

 ペガシャールの王であることを示すための『ペガサシア』は外せないが、『エドラ=スレイプニル』の名は俺には不要である。ただ、代わりに名乗る姓は、俺には父たるアンジャルードと祖たるアルスくらいしか残っていない。


 アルス=ルード。アンジャルードという名が長すぎると……呼びにくいと考えた故に省略した名。

 そして、アンジャではなくルードにした理由も、おそらくあの男はわかっている。

「……そう、か。」

アグーリオは、息を継いだ。


 『エドラ』は形骸化する。この名を持つことで得られていた特権はもはやない。

 臣籍降婿の機構も消すつもりだ。いちいち王や貴族家の姓が変わるなど、『神』のご加護を主張するためとはいえ面倒くさいことこの上ない。以後、ペガシャール帝国の王の姓は、すべてがすべて『アルス=ルード』だ。

 ゆえに、薄膜の先にいる男は、最後の、王として、神に認められた一族としての『エドラ』である。

「これから先!」

啖呵を、切りなおす。だが、一度啖呵を切り、言葉を交わした。勢いも、場の流れも、いまいちアグーリオは掴みきれない。


 わかっている。そうなってくれることを願って、俺は自らの名を、今、変えて伝えたのだから。

「ペガシャール帝国は戦争を繰り返す!他の『神の使徒』を擁する国と、延々戦争をするだろう。安定を捨て、安寧を唾棄し、殺し殺される世界を産み落とす!戦いを拒むものは余の元へ!平和を望むものは余の元へ!『帝国化』を拒むものは、『王国』へ!ペガシャール王国は、これより『帝国』を拒絶する!」

勢いを断たれ、啖呵にわずかばかりの冷気が漂う中で言い切る。恐ろしい。勢いと熱がわずかに戻った。俺からの啖呵の直後ほどとは言わないが、魅かれる者は必ず出る。


 アグーリオは。言葉だけで、場の空気を支配できる『王』であり。

「戦場で会おう、アンジャの息子よ。」

「ええ、戦場で。我が父の仇、我が父の親友よ。」

笑みを湛える。薄膜越しとはいえ、思うところは伝わった。


 『審問像』の奇跡が切れる。玉座の周りの空気がさらに凍てつく。

「パーシウス=アルス=ペガサス、前へ!これより、『像』進呈の儀式を行う。」

そのあとに待つのは、侵略軍の編成発表である。




 ペガシャール帝国軍、総大将は俺、アシャトである。

 だが、総指揮は元帥、デファールが執る。

 これに関しては当然だった。俺は大軍勢の指揮は得手ではない。俺はあくまで王であり、しかし出陣が必要だから出るのだ。


 ゆえに、本陣にはデファールが就く。副将という名目で、コーネリウス。

 左翼の総指揮官は俺。だが、本当の総指揮官はマリアである。

 コーネリウスに指揮を預けず、そしてエルフィールが出られない以上、大軍の指揮官を務められる人間はマリアをおいてほかにいない。だが、彼女には威と実績と権力がない。

 そこを、『王命』という体を為すために、彼女の上に俺が就く。彼女の出した指令は、建前としてはすべて俺の命令ということになる。……そこまでしなければ、マリアにはまだ一軍を……10万という大軍を預けることは難しい。


 そして、右翼指揮官はパーシウス。

 これで、全軍が出揃った。留守を守るのはエルフィール。『帝国反対派』の面々。

 一部の特別部隊を除いて、ペガシャール帝国軍は新編成である。『像』の面々を除いて……貴族各個が用意していた私兵・公兵の軍勢ではなく、ペガシャール帝国が保有する軍勢の指揮官を別個に定めて運用する。


 俺は……ようやく、内乱を終わらせられる。

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