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257.『神権脱退派』との顔合わせ

 期日が、来た。

 『帝国化』の是非を問う会議を終え、一度解散。昼食ののち再度王宮に集えという王命に、全員がおのおのの執務室や屋敷に引き下がる。

 パーシウスを呼び止め、ほかの4人とともに裏へ呼び出した俺は、給仕に9人分の飯を頼むと隣室に移動する。

「よい、座れ。」

「「「「「は。」」」」」

そんなにかしこまらなくとも、今は正式な場ではないのだが。

「そうおっしゃらずに。気楽に接されることを望む気持ちは理解いたしますが、陛下は国の頂点に立たれている御方。気楽になど接してしまっては、その人物の知性のほどが伺い知れてしまいます。」

「そういう扱いが一番いやなのだが。」

「慣れてください。国政を司るうえで、陛下に甘える輩をのさばらせない為には、何としても陛下自身がそれを許さぬ姿勢を見せねばなりません。それが威厳であり、敬意であり、そして親しみがたき王でございますれば。」

衣服からわずかばかりの薬香を漂わせる男が断言する。こいつが最初からいなくてよかった。


 アルフィルク=ティラム=シラー。医術の権威たるティラム=シラー侯爵家の嫡子。

 アルス=ペガサス公爵と並んで、今の俺の陣営に来てくれることにこれほど感謝することはないが、礼儀に口うるさいところはちょっと困る男だ。

「アルフィルク。パーシウスから、お前を『魔術将像』にするように推薦があった。」

礼儀に関する発言に返事をせず、話を変える。俺に対しわずかに目を細めた男は……しかし、それ以上何も言わずに先を促した。

「お前にペガシャール帝国軍魔術師一個連隊を預ける。悪いが、お前に『像』は与えられない。」

沈黙が場を支配する。推薦人たるパーシウスの顔に泥を塗るような愚行である。政治的に見れば、間違いなく俺はやるべきでないことをした。

「理由を、お聞かせ願いたい。」

アルフィルクが口にする。動揺を押し隠したのか、それとも最初からそうなると思っていたのか。表情からうかがい知ることはできないが、冷静に見える。むしろ、焦っているのはパーシウスだった。


 一瞬、言葉を選ぶ。アルフィルクに悪いところがあるのかと言われれば、ない。どこにもない。ないからこそ、問題なのだが、それすらうまくは伝えられない。

「現状、『魔術将像』に選ばれている者が一名。"光軍馬"ジョン=ラムポーン=コリント。内定している者が一名、“黒秤将”ズヤン=グラウディアス。」

スルティリア=パーン伯爵家ガイロウが頬をひくつかせた。鍛えられた肉体が特徴の男だが、想像力は働くようだ。林業や製紙業を営む名家の知能が低いはずもなし。


 絶対的な魔術の名門と、名高き『四大傭兵部隊長』。そこに並べると、アルフィルクという男はあまりに小さい。

「ラムポーン=コリントの持つ魔術戦争の記録経験をすべて読み通し、そなた自身も七段階格魔術師に至っているという事実は、極めて素晴らしく、また誇るべきことだ。だが、部隊指揮が出来ることでは、『像』はいらぬ。将校という肩書があればよい。」

フラウディット=フグラウテイル男爵家次期当主、レイサンが息をのむ。こいつは拾いものだな?若々しさにあふれた顔、人好きのする笑みを浮かべていたその顔が、納得とあまりの無慈悲さに困り果てたかのように力が抜けていた。


 とはいえ、俺はアルフィルクという男を一目見て買った。

 その努力がいかほどかはわからない。実が成っているのか、それは戦場で判断されるだろう。一個連隊規模の魔術部隊……約1万。最大は4万まで増やしたいところであるこの部隊を、この生真面目で勤勉なこの男に預けるのは悪くない。

 瞬時の判断が戦況を一変させうるのが魔術部隊の特徴だが、同時に一瞬で一変させられるのが稀なのが戦場だ。

 何があっても最悪ジョンのところから次男か三男を引っ張ってくればいい。そういう意味においても、試金石として王国との戦争はもってこいであり……試すに値する程度には、この男の能力に信用がおける。


 魔術戦争の基本は、徹底的な基礎と状況把握である。

 この男には才覚はない。指揮力はそこそこだ。だが、視野は極めて広いと思う。そして、呆れるほどに生真面目だ。

 魔術戦争を学ぶようになってから、どれほど勉強したかはわからない。だが、尋常ではない努力をしたのだろうということは、その瞳と、つぶれた筆だこから伺える。

「言うまでもなく、戦争をするための将校は多ければ多い方がよい。『像』であることにこだわる必要もない。『像』以外にも、指揮官は数多くいなければならぬ。」

ジュディーヌ=フリングス騎士爵家のアニョールが目を輝かせる。シリル湖のほとりで政争に絡まず静かに暮らしているような彼が出世を望む姿勢を強く見せている。食糧難に陥った各貴族が彼らに多くの魚を要求し、一時は湖の魚が全滅するかと思われたという。騎士爵家であれば上位貴族からの命令には逆らいにくく、私属貴族がいないため領民との距離が極めて近いため不満も耳に入りやすい。


 働きづめだった彼らに待ったをかけたのが現国王アグーリオであり、彼らはその恩を大いに感じていたが……それでも、こちらに寝返った。

 出世したいのだ。上からの命令に抗えるだけの力を得るために。権力が欲しいのだ。上奏を握りつぶされないために。だから、戦争を、彼は望むのだろう。

「『像』に任命されなくとも、重用される機会はあると?」

野心を隠さない。10代後半。俺よりも若い彼は立身出世を疑わない。いいことだ。彼が活躍できるかは、これからに大いに期待だろうが。

「無論だ。『帝国化』を望むなら、西に臨むはヒュデミクシア、南に臨むはグリフェレト。南西からこちらを伺うはドラゴーニャ。三面同時に相手取らねばならず。いずこかを放置すれば負けかねぬ。『帝国化』を前提として取り組むのであれば、たった58程度の『像』では足りぬ。『像』は極めて優れた道具であろう。だが、軍を率いるのは人で、兵もまた人。国を治めるのも人だ。」

結局は人なのだ。たった58人で国が回るはずもなく、5公5候10伯14子29男34騎でもまた足りない。何より、『神定遊戯』がなくても世が回ることを求める以上、国の体制から抜本的に改造を施さねばならない。

「出世重用の機会など腐るほどあるとも。ペガシャール帝国は、これからそういう道を歩むのだ。」

純真な瞳で野心を燃やす少年が手を握り締めた。『像』は有用で、有限であるが。あれの優れたるは能力であって人ではない。『像』という武器を使いこなせる人間を選ぶのが俺のやることではあるが、『像』というなの名剣を使いこなせない人間が、剣の名手でないというわけではないのだ。

「パーシウス。『神権主義』の者どもは、ティラム=シラー侯爵家軍を除いて、すべてそなたの預かりとする。また、そなたには後々全体の前にて『将軍像』の授与を行う。いずれは対グリフェレトの最前線に出てもらうつもりだ。励めよ。」

「委細承知!で、他の僕の友人たちには『像』をくれないのかい?」

「ようやく俺たちに降った人間をいきなり重用できると思うか?」

アルス=ペガサス公爵家という絶対的な歴史の重さとパーシウスという人間の能力。これがあるから、パーシウスへの『像』認定くらいは容易に黙らせることが出来るだろうが。それ以外に対しては容易ではない。せめて、まじめに戦争で戦ったくらいの忠誠は見せてもらわなければ。

「そりゃそうですか、ハハハハ……。」

パーシウスの頬が引き攣る。彼が何を考えているのか、俺はおおよそ理解できる。


 対王国を見据えた戦争をするにあたって、決して見過ごせない事実が一つあるのだ。

「パーシウス。お前たち(神権主義)を『百芸傭兵団』に当てる気はない。その点に関して、デファールと俺の意思は統一されている。デファールは中央で対クシュル戦を、左翼は俺が『百芸傭兵団』を、右翼がそなたで『エドラ=ラビット以下貴族連合軍』だ。」

ほっとしたように、パーシウスが息を吐きだす。そりゃそうだ、クシュルの相手は、エルフィールが妊婦として帝都に残る以上デファールしかできない。最強の傭兵団は、武に優れすでに連携の可能な軍隊で相手せねばならず『像』を手放すことが出来ぬ。である以上、パーシウスに担当してもらう敵は一面しかない。

 アルシール=エドラ=ラビット=ペガサシアを大将に、ヒリャン=バイク=ミデウスを指揮官に据えた軍勢を相手取るのが、パーシウスの役目である。

「は。承知しました。」

「あ、あとな、パーシウス。」

「なんなりと!」

「お前の妻、アルフェラッツだったか?あいつは『像』に任じるから。ニーナに王都に連れてこさせてくれ。エルフィの面倒を診てもらう。」

「……は?」

パーシウスの予定になかったことを無理やり捻りこんだ。




 産婆、というものは昔からある。

 問題は、王家の正妻の面倒を診ることが出来るほどの格がある産婆など、ペガシャール帝国にはいない。

 正確には、いなかった、とするべきだ。ペガシャール王国貴族にはその『産婆』……妊娠・出産のみを担当する私属貴族が必ずいて、彼らにお金を支払うことでその診察を願うことが出来た。だが、王族だけは必ず、『医術』にまつわる名家たるティラム=シラーの私属貴族から産婆が選ばれていた。

 『医術』の名家である。母体と子供、両方を生かせると信じて疑わない……わけでもなかったが、その二つ名が威信にかけて名医を育て送っていた。


 だが、今代はティラム=シラーの長女自らに医術の心得があるという。

 であれば、産婆たる心得もまたあるはずだ。王子を最初に抱き上げるという名誉は与えてやる。だから、今この瞬間に降ってきたという信用ならない経歴を持つこの男の、人質として活躍してもらおう。

「承知いたしました。」

諾々と首を垂れるパーシウス。予定にはなかったが驚きではないという風な動きに頬が引き攣る。予想されていた。予定されてはいなかったが、予想はされていたのだ。


 その事実から目をそらすようにして、部屋の外で食事を持つ侍従……ランを裡に入れた。

「ほい、ディール。」

「サンキュ。兄貴。」

盆の上の鹿肉入りの饅頭を手に取って放り投げる。いきなりであったのに難なく掴み取った義弟は、野蛮にもいきなりかぶりついた。


 アルフィルクが眉を顰める。王の御前にいるにもかかわらず礼儀が成っていない、あまりにも醜い男の態度にものを申そうとして、口を噤む。

 王が、自然体すぎた。護衛に戻った『近衛』の熊のような男もまた、いつものことのように振舞っている。『跳躍兵』もまた、平然としていた。エルフィールだけが顔を顰めていたが……アルフィルクにはわかる、あれは油のにおいに顔を顰めている。態度ではない。

「陛下……いつもですか?」

「俺はしがない騎士爵家の出でね。文句あるか?」

喧嘩を売るような口調に顔を顰める。舐め腐った態度に反吐が出そうだ、という顔である。

「言うなよ、アルフィルク。ディールだけだ、ここまで雑な態度を俺に許すのは。お前は許さん。」

その贔屓をやめろという忠言を、封じる。よくないことを承知の上で、ディールだけはいいのだと言い張る。


 こいつは俺の友であり、義弟である。こいつだけは、体面の是非を問わず、問わせない。

「それが原因で国が舐められることになってもよい、と?」

「どうせ滅ぼす国に舐められても。」

そして貴族連中は『神』の力がある限り俺たちを舐めようがない。そうでなくともディールは怪物だ。こいつに言うことを聞かせられるのは、ギュシアールくらいである。が。

「ディール。一応人前だ。加減しろ。」

「あいよ。」

ディールが椅子に座る。饅頭など箸で食べるものではない、マシになったのは所作と姿勢くらいのものだが……ディールは貴族である。意識すれば美しく食べるくらい造作もない。必要ないからやらないだけだ。

「食ったら、国王への返答を考える。手伝え。」

アルフィルクがおとなしくなったのを見届けてから言う。二つ目の饅頭に手を伸ばしながら告げた言葉に、パーシウス一行が頷きを返した。

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