256.『帝国反対派』沈黙
毎週毎週、飽きもせずにコーネリウスは俺に弁論をたたきつけてくる。
翻意しろ、『帝国化』はあきらめろと口酸っぱく。
俺の願いからしてそれをやるわけにはいかない。神に依存する世をこのまま存続させるつもりはない。
だが、それ以外にも。もう引き下がれないという理由もある。
マリアの口車に乗せられてペガシャールの臣民となったエルフたちは、今や俺の命令で王都近辺で農地改革に取り組んでいる。すでに『帝国化』が前提とされた動きが為されているのだ。今更変えるわけにもいかない。
エルフたちへの、俺への臣従は、『帝国化』……俺が皇帝を名乗るという前提のもとに成り立っている。逆に言えば、皇帝でない俺では彼らを臣下として扱うことが出来ない。
また、農夫たちに正しい農地管理の仕方を教えさせているのも、『神定遊戯』終了後を意識した行動だ。土を育て、風土を読み、土地にあった作物を選定する。これらの行動は、『神定遊戯』がなくなった後の世情を前提にしなければ成立しない。
彼らが何度俺に帝国化を断念させようとしても、俺としては変えようがないのだ。
そもそも彼らは前提から間違えている。『神定遊戯』がもたらす法上で国を安定させようという所業が抱える不安定さについて、彼らは目を向けようとすらしていない。
農業で例えよう。鋤鍬が壊れたら農夫はどうするか。修理して使うか、買い替えるか、借りるかするのだ。買う金がなく、修理の技術も持たず、借りる相手もいないのであれば、鋤鍬なしで手で土を掘るか、代替品を使うのだ。誰も、天から新しい鋤鍬が落ちてこないかな。落ちてくるまで作物を作らずぼうっと待っていようなどとはしないのだ。
……いや、違うな。それをしたから国が腐っていったのだった。
『神定遊戯』を止めない、終わらせない、『帝国化』を目指さない。
それはつまり、『神定遊戯』が終わった後、豊穣の加護が切れたのち。何十年でも何百年でも、「ぼうっと次の『神定遊戯』が降ってくるまで何もせず待つ』所業をするべきだと暗に認めることになるのだ。
彼らはそれでいいと思っている。貴族たちはそれでいいと思っている。おそらく、農夫たちもそれでいいと思っている者が多かろう。
苦労をしたくないというのはわかる。生きるために辛い努力をしたくない気持ちも理解する。誰でも同じ衝動を持っているだろう。俺でも同じだ。
だが。「楽が出来るように努力する」ことと、「苦労しないために努力もしない」ことは意味が違う。価値が違う。
前者は生きている。だが、後者は生きていない。少なくとも俺は、そう思うのだ。
「もう、飽きた。余の言葉が翻されることがないことは承知していよう?余の強権を持って、『帝国化』は推し進める。いつまでそのように駄々をこねる。」
ただ単純な興味だった。何を言っても変わらない。俺は『帝国化』を翻さない。『帝国化』を諦め、自国以外の二つの大国を滅ぼし併合する。それ以外に『神定遊戯』を終わらせる手段があり、それがペガシャールの未来に利益があるならば一考の余地はある。
だが、『帝国化』を否定する者たちが持ち出す理論は、基本的に「神を利用しましょう」「『神定遊戯』は終わらせません」だ。聞く価値がない。
何せそれが齎すのは、平和と現状維持。向こう30~50年の国内情勢の安定。それだけだ。
その先が、ない。同じことの繰り返しになるだけだとは口酸っぱく言い続けている。それに対する返答もまた同じ、「学習したから同じ過ちは犯さない」だ。
出来るはずがない。待てば神が降るのだと学習してしまった貴族たちの自制が働く期間など、荒廃した世を体感した当代、その負債の返済に追われる次代までだ。つまり、向こう30~60年ほど。
「決して意見は曲げぬと仰せになるか。」
「曲げると信じて話しているのか?」
問いに対して、コーネリウスは沈黙する。エドラ=ケンタウロス公爵もまた、決して口を開かない。
オケニア=オロバス公爵は俺とデファールの意思を汲んだうえで中立を選んだ。軍隊はデファールに預け、彼自身は王国時代の法制度を俺に教育しつつ、帝国派領地の住人や産物についての資料作成、耕作地や産業状況の把握に努めている。
コーネリウスはわずかに考えたあと、「承知しました」と一言告げた。
「再来週の今日、再びこの場を開いていただいてもよろしいでしょうか?」
「再来週の今日は、『審問像』への返答の日だぞ。わかっておるのか?」
「はい、承知しております。」
何をする気か、承知の上で。それでも、彼の行いを止めることは出来ないだろう。
コーネリウスはわかっている。己の強みが何なのか。どうすれば、俺は彼の意見を聞かざるを得なくなるか。
「いいだろう。ただし、朝にせよ。返答の時間は夕方である。それまでには済まさねばならぬ。」
ピクリと、コーネリウスの頬が動いた。消化試合になるとわかっている。済ますという言葉はつまりそういうことだと、コーネリウスは理解している。
「承知いたしました。」
さて。彼の牙城は崩したというのに、なぜああも自信満々なのだろうか。
『審問像』に対する返答を。そのために、帝国派に属する公属貴族、一部有力な私属貴族、ありとあらゆる『王像の王』の助力者が集結する。
そんな中、皆の前で、俺は先制の一打を放つ。
「エルフィールが懐妊した。四ヵ月である。」
ザワっと、議場の場が動揺に染まる。エルフィールの戦場での姿を見る者は多い。あの男勝りな口調を嗤い、女を捨てた愚か者と囀る言葉はもっと多い。
俺たちが生命である以上、後世に命を繋いでいくことは義務以上の何かであって……男の戦場で戦うエルフィールが、それを成せないと考えていた貴族たちは度肝を抜かれた。
あのエルフィール、男であればと何度も羨ましがられ、女の責務を果たせぬだろうとしか嗤う材料がなかったあの公女が、妊娠した。
統治の才覚は、アルアサイアでの領地経営にて証明されている。
軍備の才覚は、かつてクシュル=バイク=ミデウスを将棋で千日手に持ち込み、実際実戦で事実上の勝利を収めたことで証明された。
武術の才覚は、ペガシャール最強の男ギュシアール=ネプナスが認めている。
そして、政治の才覚の方は。少なくとも現在、喫緊の話題となっている『帝国化』、その主張の頂点に立つのが彼女であると考えれば、ないと断ずる方が難しい。
その怪物が、『王像の王』との間に、子を成した。これには……恐ろしい事実が、二つあった。
一つ。エルフィールが、これから先、政界から身を引くことが決してないこと。形ばかりの『妃像』になるのではない。文字通り、子を成し、次代を育む存在としての価値さえもちあわせた『妃像』として君臨すること。彼女は、『妃像』としての責務を果たすだけの肉体と、そして権力があること。
そして、一つ。アグーリオが告げた、『帝国』称を『王国』称に戻すための証明。エルフィールの隠棲、王太子母となる立場の放棄。これが、もう達成されることはない。……少なくとも、返事が今日までの時点で、彼女からその権利をはく奪するには流産させるしかなく。それをするには、どう見ても、手遅れである。
「そこまでして『帝国化』を止めぬか!」
メンケント=エドラ=ケンタウロス公爵が叫ぶ。叫び声に、俺は笑みを堪えて頷きを返した。
初孫である。メンケントにとって、初孫を設けた報告が、この王宮で、極めて重要な会議を行おうという時の、その手始めに叩きつけられた不意打ちであった。
最悪の報告。喜ぼうにも喜べない事実。エドラ=ケンタウロス公爵は、己の娘が主張する『帝国化』に対して反対の姿勢を崩さない。もはや、崩せない。
「さて。これを以て、ペガシャール帝国の取るべき指針は定まった。コーネリウスよ、反論は?」
「は。でしたら、エルフィール様の子を王太子にすることはないと触れをだし、実家に押し込めてしまえばよいかと。妊娠しただけなら、生まれた子を殺せば済む話です。」
言うだろうと思った。『帝国化』を何としても阻みたいのならば、当然そう主張するしかない。もとよりエルフィールを国政から押し出すつもりの男だ。それくらい、平然と口にできるだろう。
良いことだ。素晴らしいことだ。だが、それを言い張るには、彼にはいろいろと足りていない。
「ふむ。生まれた子を殺す。それは、『王像の王』の子を、『継嗣像』を殺すという意味で合っているか?」
「『継嗣像』であるか否かは生まれてみねばわからぬでしょう。陛下の子を殺すという不敬に関しては、『王国』の健全な運営のため。今一時のみはご容赦を。」
問いに対して返答がいちいち適当だ。癪に障る。だが。
「妊娠した。妊娠させたのは余だ。すなわち、これが余の意思表示。さて、コーネリウスよ。余のこの、『決して帝国化は諦めぬ』『エルフィールを決して手放すことはない』という意思表示に貴様はどう対抗する?」
ここまではっきりと、『帝国化をする』と主張した。アグーリオのいう条件が、達成できない状況を作り上げた。
王国化の道を断つ。それが、俺の行った手段であるならば。コーネリウスが取れる手段もまた、一つ。
「我々『帝国反対派』総貴族軍。対『王国』への侵攻に参加せぬと表明いたします。」
『帝国化』を達成するための道を、断つことだ。
「バイク=ミデウス侯爵家率いる『護国の槍』がおらぬのは確かに痛いな。コーネリウス、そなたを指揮官として失うことも辛い。」
「エドラ=ケンタウロス公爵家軍、イーディス=フィリネス侯爵軍、ラムポーン=コリント伯爵軍、フラウディット=アルスベリアン伯爵軍、ガネール=テッド子爵軍、グラントン=ニネート子爵軍。また、傭兵軍もですね。彼らもまた……。」
「否だ。ラムポーン=コリント伯爵軍とグラントン=ニネート子爵軍は既に水面下で王国への進軍に同意した。」
コーネリウスが振り返る。ジョンとフレイが、彼から目をそらした。
ジョンは弱みを握られた。してやったりという顔でマリアが笑う。
フレイは考えを改めた。苦い顔で、しかし覆す気もない顔で、フレイはコーネリウスに視線を戻す。
「コーネリウス、私は意見を主張しませんでしたが、最初から帝国反対派ではありませんよ。」
バゼルが言う。これでガネール=テッドもこちらについた。イーディス=フィリネス侯爵軍は規模こそ大きいが、フィリネス候自身の指揮限界の低さがたたり、最初から数に含まれていない。
「だが!ペガシャール王国軍は我が父クシュル=バイク=ミデウスをはじめとして、叔父ヒリャン、ヒャンゾン=グラントン=ニネート、トージ=ラムポーン=コリント、カンキ=ガネール=テッド。アルシール=エドラ=ラビット=ペガサシア。アルス=ペガサス公爵軍の残党。“百芸傭兵団”までを持つ。『護国の槍』精兵やエドラ=ケンタウロス公爵の軍隊なくして、勝てるとお思いか!」
叩きつける言葉は鋭く、その内容は正しく、しかしそこに価値はさしてない。
なぜならば。
「むろん、勝てるとも!この私、パーシウス=アルス=ペガサスが陛下に忠誠を誓いさえすれば!」
そのために、ディールとオベールを、俺のもとから離したのだから。
闖入者にコーネリウスが目を見開く。メンケントが拳を震わせる。リュートが天を仰ぎ、ブロウス=フラウディット=アルスベリアンが地団太を踏む。朗々と響き渡る道化じみた高音が、王宮の中に響き渡る。
「『神権主義』貴族家が、神が望みし『帝国化』事業に手を伸ばしし初代皇帝陛下にはせ参じ、その腕を振るうからだ!」
『護国の槍』の軍勢は極めて多く、精強で、団結力も高い。確かに、他の追随を許さぬ軍勢である。
だが、その精兵たちは王国と帝国の間で二分している。それでもほかの家より数は多いが、複数の家を単独で超えうるほどの数ではない。
それを証明するように、俺の前で首を垂れる4つの頭。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。ティラム=シラー侯爵家次期当主、アルフィルクと申します。医術を継ぐ一門にございます。」
「同じくスルティリア=パーン伯爵家次期当主、ガイロウ。林業と製紙業、養蚕を営む一門にございます。」
「フラウディット=フグラウテイル男爵家次期当主、レイサン。普通の一地方の貴族にございます。」
「ジュディーヌ=フリングス騎士爵家次期当主、アニョール。シリル湖で漁業を営んでおります。」
四貴族。彼ら自体に特別優れた力はないかもしれない。増えたように見えるのはわずか5貴族。だが、その内約に、俺に謁見してきたのがこの5貴族であることに、極めて大きな意味がある。
彼らの父は。現当主は、その多くが反王太子派でありながら、『帝国化』に異を唱えてつく陣営を表明しなかった者たちだ。神に逆らうのをもってのほかだと謳いながらも、神が望みし『帝国化』をも望まなかった者たちだ。
だが、彼らの子が出向いたことで発覚する。
彼ら『神権主義』の貴族たちは、世代が交代した。『帝国化』を拒む貴族たちは隠棲し、『帝国化』を望む子供たちへとバトンが移った。
そして出てきたのは、有名どころの貴族。『神権主義』を謳った代表格。末端にまで手を伸ばせば、倍に増える。
モーリッツ=アルス=ペガサスは呆れるほどに王太子に金を注ぎ込んだ。『神官』としての役目を放棄しながらも、ペガシャールが国として立ちゆくために労力を尽くしていたようだとパーシウスは告げていた。
やったことは悪徳なれど、このまま『神定遊戯』が起きなければ、あるいは実が成った事業だったと。そう、彼は父を評した。
彼らと『神権主義』は、その本質からして道を違えた。『神定遊戯』を終わらせることに邁進したモーリッツと、神を崇め神を利用する『神権主義』では大いに道が異なったが。
俺と『神権主義』の間でも、道が大きく異なる。しかし、神を利用したい『神権主義』の権威である貴族たちの、現当主たちが顔を出さずに子が名乗りをあげた。『神官』パーシウスに率いられる形で。
その意味を捉えられない者はいるだろう。彼らは場を弁えて口を噤む。意味を捉えられるものは衝撃で口を開く。コーネリウスも、メンケントも。
「コーネリウス。貴様とその護衛200ほどは、デファールの傍で控え、その采配を学べ。パーシウスもまた、クシュルから学んだという。実際ほとんど経験から得る知見を学ぶことのなかったお前のことだ。実際軍勢を指揮出来ぬというのは、学ぶ機会として都合がよい。」
侵攻に参加しない。だが、指揮を学ぶためだけに連れていく。暴論でありながら宣言に違反していない以上、コーネリウスとしては従わないということも出来ない。
彼が望むのはあくまで『帝国化』の否定であって、王への反逆ではない。ないのだ。
「パーシウス。帰順早々だが、貴様らはペガシャール王国との決戦に出陣してもらう。あとでニーナに各所領へ『跳ばせ』るゆえ、早急に用意し、出陣せよ。」
「は。」
それが、結末。『帝国化』を望む俺と望まぬ大勢の弁論の結末。
エルフィールの懐妊により戦争の道を避けられなくした。
俺自身やマリアの働きにより、いくつかの家の弱みに付け込みこちらに転向させた。
コーネリウスたちは戦場に出る権利を、自ら放棄した。それが、俺たちの結末だった。
次の投稿は2/4(水)です。
エルフィールの統治の才覚については外伝『帝妃将軍、武を志す』を読んでくださいな




