255.豊穣の友・ネツルの山賊
農作業は嫌いだ。
鋤鍬を振り上げ、振り下ろし、地面をえぐって持ち上げる。
この作業にどれだけの力が必要か。どれだけ腕の、腰の、肩の力が必要か。何時間も繰り返すと、どれだけ身体が重くなるか。
俺は、農作業が嫌いだ。
だが、これを必要技術として修めている。ネツル山の山賊は、足腰に不全が起きたもの以外は、誰もがこれをできる。
二代目のネツルの頭領が、生きていくために生み出したものだ。農夫たちが土地を維持するために行うそれを盗み、学び、未開の地を開墾するための技術として山賊たちに教え繋いだものだ。
山賊のくせに、というものはあるが、長く存続してきた盗賊団だ。
女子供がどれだけいるか。家族を抱えたものがどれだけいたか。
彼らを養うには、結局奪うだけでは足りなかった。生み出さねばならなかった。
ネツルの山では、頭領であろうと誰であろうと、最低限の開墾技術くらいは持っていなければならない。
「嫌いだ嫌いだという割には熱心だな。」
「生きるためには必要なことだ。それを忘れたものから、死んでいくのさ。」
隣でおなじように鍬を振る男の問いに、何とも言えぬ顔で返す。親しい男ではなく、そもそもかかわりが絶無である。
山から下りた山賊たちのうち、兵役を拒んだものに与えられた土地。
いつか来るかもしれぬとは聞いていたが、なぜ今日なのか。“豊穣の友”などと陛下に名を頂いたらしきエルフの男である。開墾地に出向いては農夫たちに問答を行い、わずかばかりの開墾の助けをしてはどこかへ去るらしい。
「私がいるのが好ましくないか?」
「いまいちよくわからねえ奴に人物評をされんのは、俺じゃなくてもいやだと思うぜ。」
鍬を振るては止めずに言う。熱心だという言葉が人物評なのか、などという疑問は心の端にとどめおく。話をさせないことが目的なのだ、内容など深くは考えない。
「人物評とはまた安直な。評価するほどに親しくないではないか。」
「そこまで親しくなる気がないから話しかけるなと言っている。」
鍬を振り下ろす。地面に突き立つサクッという音が、話を打ち切る鐘のように鳴り響く。しばらくは大地を割くザクッ、サクッという音が鳴り響いていたが……グイっとエルフの男が袖で汗を拭う。
その動きが皮きりにして何人かが汗を拭い、結果として開墾の手が止まる。
「ほんとうに熱心だな。お前の土地になるというわけでもないだろうに。」
俺が一生耕す畑ではないだろう?という意味合いの問いかけ。自分の土地ではない他者の土地を、どうして真剣に開墾できるのか……そういう意図の問いだ。その問いは問いになっていない。俺にとって当たり前のことを聞かれている。
「俺の身内の土地にはなる。ネツル山を中心に30キロ四方を、陛下は私に下さるそうだ。」
俺の領民の土地になるのだ。俺が開墾をして何がおかしい、という話である。
税の方は国の指示通りにかけなくてはならなくなったが、まあ、もとより山の治安維持やら住宅補助やらのために税に似たなにかは接収していた。それが税という名前に変わっただけだ。
俺としてはネツルから離されなかったことに深い感謝を捧げている。なにせ立地が立地だ。
軍隊で進軍して、帝都ディマルスから2週間。国から国を横断するために半年以上かかるペガシャールからすればあまりに都に近い位置に、ネツルの山はある。この山をもともと管理していたのはエドラ=アルズバーグ伯爵家。とはいえ伯爵家の土地の最東端であり、統治が及びきっていなかった地でもある。
この地に居つき、盗賊をやり、頭領指名制にて長々と生きてきた賊徒が俺たちである。
信じられないことだ。敵対していた、王に従おうとしなかった盗賊風情に与える場としてはあまりにも近すぎる。
とはいえ、あまりにも狭すぎるのもまた事実だった。30キロ四方と言えばおおよそ軍隊が一日で踏破しきれる程度の距離。あまりにも……そう、あまりにも狭い。
「お前はその程度の土地で十分なのか?」
「まさか。『像』に選ばれている。戦功をあげる機会などいくらでもある。いずれは領地をさらに拡大していただき、ディマルスに隣接する大領地にしていただくさ。」
再び鍬を振り下ろした俺に倣って、エルフの男もまた鍬を振り下ろす。隣でやるなよ。まるで仲のいい友人のようだろうが。
「そうはならない。陛下はこれから文官と武官をはっきり分けると申しておられた。武功で地方領主の座に就くのは難しいだろう。」
柔らかな声のわりに固い話し方をする男だが、話す内容も堅苦しい。夢のない話を淡々としてくる。
「知らねえ。それを目指すとしても今すぐの話じゃねえ。今すぐに改革するには、貴族たちの能力と学が陛下にゃ必要だろうよ。」
「む……。」
エルフが口を噤む。事実である。他国を侵略する過程で、時間をかけてじっくりと。人を増やさなければ、土地に根付いた貴族を土地から引きはがすことは難しいだろう。それが達成されるまでに、ネツルの土地をひとかどの大領地に仕立て上げたい。
「どうせ陛下はだれだれ領とかいう呼び方そのものの廃止を目論む。街、村と同じ区分に領地を分け、大都市や城を起点にした一帯を治める領主を選別し、かつその任命権を国が握る形にする。それでも、歴史や人望というものは切れない。なんだかんだいって、血縁に近い形になるだろう?」
「……。」
エルフが鍬を動かし始める。俺を言い負かすつもりで振った話題があまりにも効果をみせなかったからだろう。黙々と動かす手が早くなった。
日が中天に至る。全員が腕を止めて、小川で軽く手を流す。昼食をとるという文化は農夫にはない。だが、小腹は空く。
一人が木枝を集め、一人が鍋に水を入れ、一人が火種を起こし火をつける。水が湯になるまでしばし待ち……
「お前の分はない。」
「水さえいただければ結構。」
「それを拒絶されているのだということすら理解できんのか、エルフというものは。」
「その程度の度量しかないのか、これから一領地を治めんとする人間は。」
んぐぐ、と言葉に詰まる。飲料水の煮沸はペガシャール随一の医術の名家が国に徹底させたことだという。それはエルフ族にも周知され、彼らもまた飲料水は必ず熱を通す。
「濾過はしてないぞ。」
「井戸まで遠い。そこまでは求めない。」
濾過技術自体は、エルフたちが湧き水の原理を調べ上げることで理解され、人間にも伝えられていた。
とはいえ、もとより『神定遊戯』により土壌を弄る必要のなかった世。その技術が口伝等で維持されていた地域は極めて少ない。ネツル山でも濾過技術など知らない。相手がエルフの男であるから、気を使っていっただけだ。
なにより、だいたい山の中の水など、井戸水で十分である。
「煮えた。トリエイデス、冷ましてくれ。」
「あいよ。」
煮沸が始まって5分。湯気が立ち、泡が弾かれ始めてからさらに5分で火を止めた。消毒としては十分だろう。
鍋の取手に手を当て“急冷魔術”を使用する。なぜか消毒は“急熱魔術”では行えない。聞く限りでは、熱を伝え続ける時間が重要なのだとか。精度が高くないというだけで、効果がないわけでもないらしいが……そのあたりは、俺にはわからない。
なぜか隣に腰を下ろしたエルフの男が、獣皮から餅を取り出して口に運ぶ。中に入っているのは……葱だろうか。腹を満たすということしか考えていない、質素なものに見える。
「肉入りか。豪勢だな。」
「ネツルの山には畜産技術もある。猪だが。」
「生け捕ったのか?」
「まさか。強奪したのよ。」
エルフの問いは、野生の猪を生け捕って家畜化したのかというもの。それに対して、そんなわけあるか、俺たちは山賊だと返した。エルフの男が顔をしかめる。が、それが国の状態だったのだ。
「生き残るためだ。それに、その家畜どもの飼い主は死んでいた。」
「は?」
エルフの男が唖然とする。山賊業をやったと言い張るにはあまりにも雑な言い分に呆れかえる。それは、行き場をなくした家畜を保護したということではないのかと問いかけられる。
「いいや、強奪したのだ。なにせ俺たちは対価をもらっていない。」
その理由が生きるためであったとしても、生かすためであったとしても。それを得た方法が「無賃」であるというならば、それは立派な盗賊稼業だ。
「空き巣は立派な犯罪だぞ。それが主を10年前に失った家であってもだ。」
猪肉はまばらにしか餅に詰め込んでいないが、しかし体力回復には十分だ。命を食らえば、それだけ自分も動き回れる。
小腹は満たした。冷水を喉に流し込み、各自獣皮に残りを詰め込む。
ネツルの開墾。自領の発展。
トリエイデス……ネツルの領主にとって、それは一生持続する、財産なのだから。
エルフの男は見極めていた。
小腹を満たした後も、トリエイデス以外の農夫たちに声をかけ、祖の開墾作業の価値を、「なぜするのか」を問いかけた。
トリエイデスの配下、ネツルの元盗賊というのは、つまるところ食うに困った者たちの裔である。食うに困り、農夫を続けることが出来ず、他者から奪い逃げてきた者たちが、最終的に己たちで道を切り開くことを選んだ者たちだ。
生きるために、神に縋らず。開墾とは即ち生きるために必要なことで決して手を抜くわけにはいかぬものだと考えている。
その言葉に耳を傾け、頷き、そして。
「トリエイデス。」
「なんだ、エルフ族。」
「いい加減名前で呼んだらどうだ。それより、堆肥の作り方について教えてやる。」
長い歴史において、アルス=ペガサスをはじめとした一部にしか残されていない記録にして製法。アルス=ペガサスの持つ堆肥製法は1000年前、『神定遊戯』が世界を覆いつくす以前のものだが、エルフ族のそれはさらに洗練され、安全性をさらに高めたものだ。
「なぜだ?」
トリエイデスは首を傾げる。聞いていた話と違う。開墾の助けだけして帰る男だと聞いていたが。
「同じ鍋の水を飲んだのだ。名で呼ぶくらいいいだろう?」
「気持ち悪い。そしてそこではない。」
これまで何もしなかった男が、トリエイデス達には堆肥の作り方を教えるという。堆肥なるものが何か、トリエイデスは知らない。知見はない。だが、それが今の開墾作業にかかわる何事かであるということくらいは理解できる。
「陛下に命じられている。『神定遊戯』に頼らず、開墾を必要なことだと思って行うものには、農業にまつわる技術を授けよ、と。誰に授けるか決める権利は、俺がすべて保有する、と。」
ぎょっとする話であった。このエルフは、国の作物の増減、全ての量を独断で増やすも減らすも出来るというのだ。
「なぜ?」
この問いは、そのうえで、なぜ俺たちなのかというものであった。それに対して、エルフの男……ザック=ブローズが告げた言葉は簡単なもの。
「生きるために必要だから、やる。生きるための努力をやめたものから、死んでいく。きわめて当然の理で……『神定遊戯』に依存する者の口からは決して放たれぬ言葉だ。だから、『子像』による豊穣の加護に頼る気がないものにのみ教える。そんなところだ。」
単純な言葉だった。『神定遊戯』なくても歩く気があるものにしか、豊作のための手段は教えない。ありがたい、これで俺たちは他より抜きんでることが出来ると元盗賊たちは笑い。
「……陛下は、『子像』を、豊穣に使わぬ気か?」
「直轄領の一部でのみ使用し、食料需要を満たすとは申されていた。今はどこも食糧難だ。子を成せと推奨するには、飢えの心配を克服せねばならず、ゆえに豊穣の加護は必要である、と。だが、飢えを凌ぐことを目的とするゆえに、国内全土にいきわたらせることはない、とも仰られた。開墾までは手を貸してやる。しかし、作物を育てるところまでは神の力は与えない、と。」
『子像』の力を豊穣に用いない国は、今のところ不毛の大地が国土の七割を占めるヒュデミクシア以外に存在しない。国の安定に、豊穣を用いるのはもはや『神定遊戯』がある以上当然の流れである。
神の力による豊穣の力に依存した国が、その先どうなるかは今六国すべてが体現しているが……しかし、存在するものを使わぬというのは、なかなか難しい。
なにせ祀れば、近隣半径30㎞圏は豊穣が確約されるのだ。国土全体を覆おうと思えば、それこそ千や二千では足りぬ数が必要らしいが。それを一切使わない、なんていうことが可能かと言われると……『子像』の恩恵に慣れきって、200年経ってなお神の降臨に期待し続けた人間たちに可能だとは思えない。
「陛下は……正気か?」
「意識改革には痛みが必要だ、と。いずれはお前の望みとは裏腹に、堆肥製法が公開される日も来るだろう、とも。しかし、今は、自分の足で立つ気概があるものが他者より一歩先を行く状態を作らねばならぬと仰せられた。」
トリエイデスは押し黙るしかない。つまるところ、ザック=ブローズという男が来て、開墾の手伝いだけして去っていくという話は、事実であり嘘だった。
彼は開墾地に来て、開墾する者たちの気概を聞き取り、神に依存せずきちんと田園を維持するつもりの者たちのみに収穫量を増やす方法を教えるのだ。そして、神に依存する者たちには、何も教えず去っていく。
それはあくまで自力で立って歩く者に与えられた特権であるから、神に依存しないという意志の強さを持つ者が持たざる者に吹聴することはない。選ばれたといく自負が、漫然と神に縋ろうとする者たちに手を差し伸べる理由がなく、何より知識を与えたザックへの恩義が口を堅く閉ざさせる。
そして、神に依存するつもりである者たちはザックに何かを聞くことはないから、ただ開墾を手伝いに来て、いろいろと聞いてくるだけ聞いて去る変わり者だという認識にしかならない。
“豊穣の友”とはよく名付けたものである。人が友ことを話すとき、内容も、その相手も、選んで話すものだ。
「どうやってこのようなことを知ったのだ?」
堆肥の作り方を聞いた後、トリエイデスは最後に問う。それに対して、エルフの男は言った。
「植物の声を聞く。エルフの持つ特徴は知っているだろう。それはつまり、植物の歓びも、悲しみも、痛みも、すべて聞こえるということだ。」
若葉がその端を虫に食われる。若木がその幹を鹿に食われる。木の実が鳥に啄まれる。栄養が足りず、苗木が枯れる。ありとあらゆる断末魔を、耳にできるという意味だ。
「ゆえに我々は植物に詳しく、食物連鎖に詳しい。植物の痛みをなくすように努力して、嘆きの声を聞こえなくした森がなぜ数十年でその命を減じるのか、知り尽くしている。」
堆肥はその研究の過程で知ったものだとザックは言った。鳥の糞に混じった種子の発芽が云々、という話をされたが、トリエイデスは植物に詳しくはなく、あくまで元盗賊の首領である。賢くはない。当然のごとく聞き流して。
だが、得心はした。
アシャトが、なぜザックを、というよりエルフを配下に置いたのか。同盟関係ではなく、王の下であることに拘ったのか。
彼らが国の下にいれば、『神定遊戯』がなくとも飯が食える。
むろん、言うまでもなくペガシャール帝国の求める未来は国民が自力で飯を作ることだ、食うことだ。だが、そのやり方がアシャト一代で徹底できなかった場合の保険として、エルフと渡りをつけておく必要があったのだ。
「野郎ども!開墾を続けるぞ!国はいずれ食糧貧富の差が大きく出る!稼げるようにするぞ!」
「「「応!!!」」」
男どもが吠える。全員が再び鋤鍬を手に取った。
時間はかかるだろう。だが、ネツルがほかの領地と較べて一歩先んじるのは間違いない。トリエイデスは、確信した。
更新遅くて大変申し訳ありません。
2月からは更新頻度上がります。今回は上がる上がる詐欺じゃないです。
もう少々お待ちください。




