25.人の利用方法
アファール=ユニク子爵領ユニクで俺達義勇軍を迎えたのは、熱烈な歓迎の騒ぎだった。道行く道で人が立ち並び、感謝の念を全身で表している。
そういえば、彼ら領民にとって俺達はまだ義勇軍だった。途中から義勇軍というより『王像』軍としての動きをしていたから、自分たちがどういう経緯で出兵したのかを忘れかけていた。
その騒ぎは、ゲイブ=アファール=ユニク=ペガサシア直々に、俺を『ペガサスの王』と紹介することでさらに大きくなった。『王像』ディアやその力を預けられたバカ息子の姿を見れば、さらに民の心は感激に震える。
彼らは歓迎したのだ。新たな王の誕生を。
彼らは歓喜したのだ。自分達の生活の、安寧を。
彼らは安堵した。まだ、人は神に見捨てられてはいなかった、と。
いかにアダットが嫌われているか、いかにレッドが王として不安がられていたのか。そして、いかに神が人々に敬い恐れられているか。それを、民衆たちが教えてくれたのである。
「余はこの国から、腐敗貴族達を一掃し、新たに貢献した者共に爵位を与え、この国、最後にはこの大陸を平和に導こう!」
出来るかわからないことでも、とりあえず言っておけとエルフィに言われ、とりあえずそう挨拶した。
腐敗貴族の一掃。その、民衆が望むものを確約したことで、さらに騒ぎは大きくなった。悪い気はしない。
俺を王として最初に認めた民衆が、アファール=ユニク子爵領の領民たちであった。
彼らに望まれているのであれば、俺は、なるべく望まれるままの立派な王であろうと、改めて決意した。
アファール=ユニク子爵領の住民たちはその日、お祭り騒ぎであった。俺たちもその熱気に当てられて、無礼講として宴会を楽しんだ。
ディールが、アメリアが、ペディアが、エリアスが。
俺の麾下に集ったものたちは、俺たちの勝利、生還とこれからの俺の覇道に栄光あれと、願ってくれた。
しかし、日も改まれば忘れていた現実もみなければならない。初日の大騒ぎを咎める権利は俺たちにはない。俺たちもその騒ぎにのっかったのだから。
だが、何も連絡をいれていないに関わらず昨日あれだけ大騒ぎできた理由に問い詰めなければならなかった。二日酔いで鳴り響く頭痛を無視しようと努めながら、俺は彼に問い詰めた。
「レッドが義勇軍を討ちにいくと大々的に発表していたからにございます。」
ゲイブは俺の前で形だけの臣下の礼をとりつつ、言った。
「つまり、それでも生き残った俺たちというのが、民衆には受けたのか?」
「は。何せ、敵軍は一万名ほどいましたから。」
元出兵した時の兵数は4500名。倍近い数の兵と戦い、脱落した兵も少なく生き残った、ということを評価されたわけだ。
実際のところ半数は捕虜だし、義勇軍自体は壊滅と言っていい被害が出されているわけだが、そんなもの市民が知るはずもない。
ありがたい話だ、と分かりやすい功績につられやすい民衆に涙が出てくる。
義侠心溢れる街の民は、素直で本当によかった。
だが、それに対して政治野心溢れる貴族が、目の前に一人。
「で、これからどうなさるおつもりでしょうか、アシャト様?」
ニコニコと、巻き上げられる限り巻き上げようという思いを隠さず、彼は言う。
だが、その裏で彼はこの交渉で落ち着けるところをすでに定めているのだろう。
でなければ、こんなあからさまな表情で俺に警戒心を抱かれようとはしない。……出来る男だ。出来る男だからこそ、今、俺に対して強すぎる影響力を与えるのは不味い。
この内戦、三派閥の戦争が終わるまでは、権力は俺が完全掌握しておきたいのだ。
「最初に言っておくが、すでにアファール=ユニク子爵家に与える報奨は決めてある。」
ピクリと彼の頬が動いた。それから瞬時に、物欲に駆られたような顔から真顔に変わる。搾り取れるとでも踏んでいたのだろうか。
「ほう?どのような?」
「敬えよ、我が臣下。ここで貴様を斬っても構わんぞ?」
「不可能だ。そうすれば後ろ楯はなくなろう?」
敬え。その台詞をいった途端に腹の中のものを見せてくるゲイブ。だが、もう『王像』を公言したのだ。後ろ盾など、これから勝手に増えるだろう。
俺の足元を知っているとでも言わんばかりの台詞。実際、アファール=ユニク子爵からの支援がなければ、今この一瞬に関しては俺の軍は立ちいかない。
だが、未来まで見ればその限りではない。それに、彼は肝心なことを見落としている。
「いや、必要なのはアファール=ユニク子爵だ。貴様ではない、ゲイブ。」
その台詞の意図を察して、『衛像』として彼の横に控えていたオベールが、そっと斧に手を添える。
「ディール!父を守らんか!」
「無理だね。アシャトに力をもらった時点で、彼はアシャトに刃を向けることはできないよ。」
青ざめたゲイブの台詞に被せるように、ディアが答える。そう、これは最初から結末の決まっていたゲームだ。
「現アファール=ユニク子爵としてアシャトに忠誠を誓うのと、死後に逆らった愚者として記されるの、どちらが望みだ?」
被せるように、俺の後ろで全身を覆い隠れていた彼女が言った。今この正式な場で俺のことを呼び捨て出来るものがいることに、ゲイブは驚く。
己でさえ、建前上に近いとはいえ敬う態度を示していたのだ。それをせぬほど豪気かつ傲慢な人物など、そうそういるはずがない。
声のした方を見る。そこにいたのは、黒髪長髪の美女。
「エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア……。」
その姿を認めると、彼は膝を折るかのように俺の前に崩れ落ちた。
ポツリと、彼女が認めるほどの王なのか、という呟きも聞こえてくる。
「アファール=ユニク子爵家にはどのような報奨が確約されるのでしょうか……。」
おそらく、彼女が決め手になったのだろう。観念したかのように、俺への敗北宣言の代わりに、絞り出すように彼は尋ねる。
真に恐るべきはエルフィの影響だな。それなりの力がある貴族があっさりと引くくらいの名声と実力とは。もし彼女が男だったら、俺は間違いなくこんなところにいられなかった。
決定事項は淡々と。力なく俯くゲイブに伝達する。
「まず、アメリアの『ペガサスの騎馬隊長像』への任命。」
不敬罪で、罰の要素が強いと思っていただろうゲイブにとっては、救いのような言葉に聞こえたはずだ。思わずといった様子で俺の顔を見上げてくる。
「同時に、貴様の侯爵への陞爵。平行して、近隣の諸領の併合。」
そこまで言われて、希望あるから一転。愕然とゲイブは目を見開く。
「俺たちは旧王都ディマルスに向かう。貴様はここで、敵を足止めし、併合し、あるいは勝て。」
一家から『王像麾下の像』に選ばれるものが輩出されるということは、栄光への道の近道だ。その役割を与えられるということは、最低限の一族の安泰が約束されるとともに、それだけの責任を負うことでもある。
(しまった、こういう使い方もしてくるのか、この王……!!)
二人目の『像』に任じられるものの輩出。それは、二階級陞爵と釣り合う功績だ。
同時に。そこまで爵位を上げられてしまえば、相当の仕事をしなければならない。
ゲイブは歯噛みしながらも、俺の発想を認めたのだろう。この王は、思った以上に強かだ、と。
「………………承知いたしました。ではひとつ、進言致します。」
「許す。話せ。」
この話し方は傲慢だ、と思う。だが同時に、その強がりが、王として求められているものだということに、気づいていた。
彼の進言がこの王にどのような影響を与えるか、わからない。だが、その行く末を見てみたい、とゲイブは感じた。
「旧都ディマルスまでの道のりに、ペガシャール大図書館があります。行ってみてはいかがでしょうか?」
「勧める理由は?」
「…………国の歴史が詰まった場所です。訪れるに、それ以上の理由はないかと。」
あえて理解しがたいであろう言い回しを使う。それで、俺はなんとか意味を悟った。
「言いたくないのか。よかろう、貴様が怯えるものには興味が湧いた。」
俺はニヤリと笑う。強がりである。さっきあれほど叩いたのだ、何かしら意趣返しがあってもおかしくはない。
あるいは。それ以外に、理由があるのかもしれない。公になっていない1500年の歴史か……俺たちに致命的に足りていない何かか。
「候爵。生き残れよ。アメリアはここに残していく。」
三日ほど休んだのち、最後にそれだけ言い残して出発して……さらに、7日。
荘厳な、建物だった。大きくて、灰色をした、暗い建物だった。
「あれが、か?」
「ああ。……あれが、ペガシャール大図書館。通称、クカスだ。」
エルフィが言うそれは、すでに寂れた雰囲気を放つ、歴史のありそうな巨大図書館だった。




