254.国にとってのグラントン=ニネート
じっと、背中を見つめてくる視線が痛い。
彼が、俺に聞きたいことがあるのは知っていた。知ったうえで、無視していた。
ようやく、声をかける気になったらしい。
「陛下。」
男にしては高い声。いつも見たくちゃん付けしてこなかったことは褒めてやる。
「どうした?」
「今、いいかしら?」
口調は変わらないのか。だが、それでいいだろう。こいつはそれくらいでないと張り合いがない。
「むろんだ。ここに残った最後の『近衛兵像』だ、お前は。お前の機嫌を損ねて、刺客の一人でも通されたらかなわんからな。多少のご機嫌取りくらいする。」
「近接戦闘なら私より強い兵士をたくさんオベールちゃんが置いていったわよ。それでも私を近衛として置いているってことは、わかっているんでしょう?」
私が、グラントン=ニネート子爵家として取るべき道について、迷っていること。そう言い放つ彼に、頷きを返す。
グラントン=ニネート子爵家は、いや、フレイ=グラントン=ニネート子爵は、『帝国化』に反対している。
コーネリウスのような積極的な反対派ではない。しかし、消極的ではあるものの明確に反対派に属する。
「陛下の理想は理解するわ。このまま神が降るのを待つままでは、私たちは同じことを繰り返す。コーネリウスの、「待てばいい」という言葉にどれほど信用がないかも、理解するわ。それでも、帝国化を目指すのは早いと思う。」
「国力が低く、全盛のペガシャールと及ぶべくもない新興国が、グリフェレトやヒュデミクシア、ドラゴーニャの三国相手にどれだけ持つか、という話だな?」
「ええ。『帝国』を騙るということは、それだけで三国に戦争をかけているようなものよ。これから王国と……アグーリオ陣営と戦うのでしょう?そうして国力を減らしていった果てに、どうやって戦争の準備を整えた他国と戦争出来るのかしら?」
フレイが『帝国化』を否定する理由など、大した理由ではない。
現実的に、自国の全盛期と同じ国力の国を三国同時に相手取るには、現状どうやっても不可能であるという、ただその一点に過ぎないのだ。
「もとは違ったのだけれどね。」
傷ついた自国のことを考えれば、自力で食料を賄うことすら覚束ないペガシャールの国民たちを考えれば、戦争なんて言語道断だった。あたしは、少なくとも自領の運営に関しては優秀だ。そう自認している。だからこそ、民の生活を考える。
だが、その「民の生活」が『神定遊戯』ありきのものである危うさについて、理解した。
これから30年はなんとでもなるだろう。だが、同じように200年にわたって『神定遊戯』が行われなかったときに訪れる惨状が、実にあっさり想像できてしまったのだ。
毎週のように翻意を促すべく王宮に訪れるコーネリウス。それを迎え入れ、弁論を交わす陛下。
弁論の中で、陛下は決して意見を違えない。芯がぶれることはない。陛下は常に、50年後100年後の国を見据えて方針を話している。
対してコーネリウスは、50年先よりも今だ、今この瞬間に国が追い詰められている現状についてどうにかするべきだと話している。
どちらも間違いではなく、少なくとも陛下の理想を現実にするためにはコーネリウスの主張を多少受け入れた方がいいのは事実だろう。
それでも、互いに平行線の対話をしていて……そんな中、明らかな違和感が3つ。
“並槍馬”デファール=ネプナスが調練をやめず、そして若者との顔合わせが増え始めた。
“王妃将軍”エルフィールが表舞台に出てこなくなった。
“個連隊”ディールと“豪斧牛”オベールが陛下の護衛をしていない。
何かが裏で動いている。しかも、大きく動く時期はそう遠くない。
はっきりと、陛下の気持ちを、動きを聞いておかなければ。
「……コーネリウスが凋落することはない。」
「……え?」
「『帝国化』を目指すにあたり、いずれ元帥になれるほどの指揮官をあっさりと没落させられるほど、ペガシャール帝国という国は人材の宝庫ではない。ゆえにコーネリウスは没落せぬし、お前も同様だ。」
そもそも『像』を与えた家を没落させて、俺に何の得がある。そういう陛下は実に国主らしい発言だ。だが、邪魔になるのではないだろうか。
「決まったことを覆すことは出来ないだろう。コーネリウスがどれだけ侵略をしたくなくとも、国を護るためには戦争をしなければならない。」
『帝国』称の固定はすなわち宣戦布告の確定だ。他国とて黙ってみているわけもない。そして、『護国の槍』は、敵の侵略を許さぬがゆえに『護国の槍』である。
繰り返される侵略。決して改められぬ『帝国』称。
そんななか戦争を止める方法は、侵略してくる国を叩きのめすことが最適解になる。なるほど、コーネリウスはいやでも戦場に出、その働きによって没落は免れるのか。
「とはいえ、フレイの場合は別だ。『近衛兵像』という能力は替えが効かず、わずか6名。そなたは間違いなく死ぬことはない。グラントン=ニネート子爵家は、騎士爵家くらいに降爵するかもしれんが。」
「……なぜ、あたしは『近衛兵像』だったのですか?」
理不尽だ、とは言えない。国の基本方針に真っ向から反対しようとすれば、爵位が下がることくらいは受け入れなくてはならない。
それに。爵位が下がる理由は、陛下にたてついたからではなく、おそらく戦功が立てられないからだ。『近衛兵像』という言葉に、戦功の有無が強く押しかかる。
「『兵器将像』の一枠はドワーフ族にあたえた。ミルノー=ファクシの『兵器』は、それ単体で戦場の様相を変えうる。フレイよ、そちに『兵器将像』を与えた場合、その二人より優れた変化を起こせるのか?」
ドワーフに与える方は、ドワーフ伯の息子に与えるだろうもの。高品質の武具の生産、高品質の防具の生産。きわめてすぐれた能力であり、前線で武器の摩耗に気を付けながら戦う必要が減るというだけで、将校からしても兵卒どもからしてもありがたいことこのうえないだろう。
ミルノーにしたってそうだ。彼と、彼が指揮する兵器部隊だけで、戦況を大きく変えられる。
巨大な鉄玉に轢き殺された人数は何百人だったか。彼が生み出した弩砲が、どれだけ強烈な変化を与えたか。
あたしは書類の上でしか知らないが、しかし並大抵でなかったことくらいはわかるつもりだ。だからこそ、同じだけの働きが出来るのかと問われると、答えられない。
鍛冶と弓術のニネート子爵家。その名称の本質は弓術の方にある。あたし自身の鍛冶の技術のほどはと問われてしまえば、あたしには返答の言葉がない。
「『隊長像』は与えられない。そなたは良くも悪くも、弓術部隊しか指揮できぬ。一部隊の指揮官としての運用は任せていいだろう。弓部隊の隊長としてなら、万軍規模の軍隊を指揮してもよいはずだ。が……こと『像』となれば話は変わる。弓兵部隊の指揮しか出来ぬものに、『隊長像』や『連隊長像』は与えられぬ。」
言葉を、飲み込んだ。陛下は一目見た時点で、そこまで見抜いていたということに戦慄した。
「まったく出来ぬということはないだろう。だが、弓兵部隊以外の指揮能力はエルヴィンやスティップに遠く及ばぬ。近接戦闘を行った際も、自衛以上の能力を持たぬ。それでは、『近衛兵』として個人の能力をきわめて高くする以上に、何がそなたの能力を伸ばす?」
黙り込むしかない事実だと、思う。反論の言葉が、思い浮かばない。
「フレイ。『像』を与えた時点で、その方が直接余を殺すことは出来ぬ。刺客が来た時に余を守らず置くくらいしかできず、それではどうやっても余を殺せぬことは知っての通り。余にとって、そなたを脅威として対処する理由は、実はないのだ。」
そして、家としてどういう道を選ぼうと、陛下にとって取る道は変わらない。そう言いたいのだろう。
何が、鍛冶と弓術だ。何が武の名家か。己の武術が高い程度では、自分の身の安全しか守れぬというのだから。
だが、道理である。フレイは弓術の名手ではあるが、それ以上にはなりえない。帝国を目指す陛下にとって、そんな武人はそうそういらない。
「弓術において最高戦力は必要だ。だから、お前は没落しない。だが、家を守るという点についてはお前の実力では足りぬのだ。」
どっちについてもいい。陛下は、才能や能力さえあれば採用し、どんなところにでも配置する。
だが、それは。陛下の意に沿うか否かは関係がない。陛下はきっと、これから家の都合を考えない。
「貴族家を滅ぼすつもり?」
「まさか。形骸化はするかもしれないが。」
家に気を使わなければならない政治環境を、打破するのだと言わんばかりの発言。その意味、それが齎す混乱を理解できない王ではないはず。
「なぜ?」
「今の貴族たちはペガシャール帝国に仕えていない。『神定遊戯』に仕えている。ペディアやエリアスはペガシャール帝国に仕えていない。『王像の王』たる俺に仕えている。ディールはそもそも仕えていない。俺と一緒にいるだけだ。さて、この状況は、国としてまっとうと言えるのか。……このくだりは幾度も繰り返したぞ、フレイ。コーネリウスを相手にな。」
コーネリウスはまっとうだと言い張った。『帝国化』に反対する者たちは、『神定遊戯』を崇め奉る者たちは、それが普通の立場だと主張した。
だが、王としてはそれでは困る。国を背負う責任を負うものとしては困るのだと、陛下は何度も主張してきて、コーネリウスやエドラ=ケンタウロス公爵に一蹴され続けてきた。
「グラントン=ニネート子爵家としてどう道を取るべきか迷っている、と言ったな?取るべき道は見えたか。」
陛下は、ただただ判断材料だけを放り投げていた。何をしたいのか、どうすればいいのか、決めるための現状と陛下の考えだけを聞かせてきていた。
ようやく、あたしは。自分が陛下に何を言ってほしいのかを理解して。
「申し訳なかったわ。」
「わかったのなら、それでいい。」
グラントン=ニネート子爵家が、陛下から無碍にされることはないと考えていた。国を立て直すためには、なくてはならない存在だと思っていた。
あたしたちは、それを固く信じていたから、親から離れて陛下に、『王像の王』に降ったのだ。
その傲慢が崩される。あたしたちがいてもいなくても、陛下は『帝国化』を目指すだろう。
陛下がグラントン=ニネート子爵家に助力を乞うことなど、決してない。
「あたしは、『帝国化』に助力するわ。」
「そうか。」
喜びの姿勢の一つも見せず、陛下はそう呟いた。




