253.エドラ=アルズバーグ
グローク=アメシアスが臣従を誓った。
ネストワに続いてアメシアスもというのはありがたいことこの上なく。
ついでに特別問答もなく、心折れたかのように臣従してくれたのでありがたい話だった。
メリナの家に談判に行ったと『エンフィーロ』から報告を受けた時は大いに焦ったが、どうもうまくやったらしい。
メリナに政争はまだ早いと思っていたが、そんなことはなかったのか。あるいは、ただ己の信念を貫いただけなのか。もっとメリナを信じていいだろう、という心の声が聞こえた気がする。
信じているつもりではあったが……成長を、考慮していなかったのは俺の失態か。
エルフの臣従を見届けたあとは、いったん昼食をはさみ、そして面会である。
面会、面会、面会。いやになるほど面会続きだが、それだけペガシャール帝国の存在が元より国に住まう者たちから認められたという意味でもある。喜ばしいことだろう。
問題は、次の面会相手は竜人族で、かつ、度重なる俺からの呼び出しに応じなかった者たちだという点だ。何かあるのか、何もないのか。叛意があったのか、なかったのか。問い詰めなければならない。
とはいえ、叛意があれば俺たちが弱小勢力であった頃にしているはずだった。ゼブラ公国との戦争中に戦争をかけられたら、正直なところ俺たちはかなり危険だった。あの頃は軍を率いられる将校もきわめて強い武人もたくさんいたが、兵士はほとんどいなかった。あの時に攻め込んできていないのであれば、叛意はないだろうと思うのだ。
「が。再三の呼びかけに応じず、なぜ今になって我がもとへはせ参じたか。答えられるか、ブログラの竜人族よ?」
「は。説明のためにも陛下。我々は陛下に紹介せねばならぬ方がおりまする。」
荒れ果てた草原に住まう竜人らしく、肌が砂のように茶色い竜人が言う。その言に、惑うことなく頷いた。
これから先、ペガシャール帝国は人材難に直面する。
というか、今も昔もずっと直面し続けている。『帝国化』を志すならばなおのこと。
5公5候10伯14子29男34騎。歴史書に一文残ることが確約されているような人間が、文武両面併せて、戦時下でわずか97人。
少ない。少なすぎる。先日一騎打ちを見たヒルグス=サンティラですら、あのまま成長しなければ歴史書に一文たりとも残るまい。あるいは、すでに名のあるアメリアのために、一度だけ敗者として名が残るか。
人を紹介してくれるというのであれば。今は、多少の厄を持ってくるかもしれぬとしても受け入れるしかなく……
「エドラ=アルズバーグ伯爵家が裔、アルジオ=エドラ=アルズバーグ。及びその長男エイシュウ=エドラ=アルズバーグ、長女シャーリア=エドラ=アルズバーグ。」
眼下に来たのは、50代も後半に見えるほど老け込んだ男と、顔に生気を漲らせたいかにも武人然とした男。そして、現在のペガシャール帝国派で早々見ないような、おとなしい顔をした少女。
名を聞いて、理解した。そりゃそうだ、こんな特大の爆弾を抱えていて、竜人たちが俺の招集に応じるはずがない。
エドラの名を正式に冠している。つまり、『王像の王』に選ばれる資格を持っている。
幕に遮られた玉座の端でセキトが揺らぐ姿が映った。何か隠しているだろうとは思っていたが、爆弾の威力は高すぎた。
「ディア。」
「確かに、資格はあるよ。本人の資質的に『王像の王』に選ばれる可能性は極めて低い。8番目だけれども、確かにエイシュウ=エドラ=アルズバーグは『王像の王』に選ばれる資格を有する。」
8番目。俺、レッド、エルフィールと続いて、その後の資質が8番目に該当する候補者。……残り4人とまだ面会していないことも思い出す。彼らは俺と会うのを避けている。その立場を鑑みれば、当然と言えば当然だ。
「余が勢力を固めた今であれば、神輿に担がれる可能性も、そちらを恐れた余によって殺される可能性も、きわめて低いと?」
「不敬極まりないことなれど、是であります、国王陛下。かつてアンジャルード様によって齎されたエドラ=アゲーラ王家の『エドラ』への不信。これを以てアグーリオ今上陛下は、ペガシャールに過去存在したすべての『エドラ』に関する情報を洗いなおしておりました。我らの命は、常に危機に晒されていたのです。」
父の名を、出してきた。俺は父の顔もよく知らない。だが、その経歴だけは知っている。
彼らが、俺の前に顔を出さなかったのは……政争と命の危機を恐れたのは、極めて自然な流れであったことを、俺に受け入れさせようとしてくる。
死にたくはない。俺と争うつもりはない。それを証明するには、彼らの出自は、不都合なことこの上ない。
だから、彼らは引きこもった。『エドラ』の名を冠していようとも、『王像の王』を望まないと証明するために。己らに宿る『王像の王』の資格が形骸化するまで、待ち続けたのだ。
「それで、アルジオ=エドラ=アルズバーグよ。そちに叛意がないことは理解した。しかし、再三の呼び出しにブロガスの竜人どもが応じなかった理由がそちにあるとして、余はそれでも不敬を咎めなければならぬ。」
捉えようによっては、虎視眈々とエイシュウを擁立する機会を伺い、不可能であったから俺に降ったと捉えることも出来るのだ。それこそ、捉え方次第によっては、である。
だが、同時にはっきりと違うと言える理由がある。
「我が娘、シャーリアを陛下に献上いたしまする。言うまでもなくブロガスにて育った娘、人質としての価値は極めて高く。」
また、王の外戚として権力を与えられる可能性がある限り、我らはそれ以上の欲を抱きませぬ。そういう副音声が、聞こえた気がした。いやかなり望んでいるではないか。
しかし、彼らに忠誠の証として差し出せるものなど、年頃の身内しか残っていないのも事実なのだろうと思う。家が取り潰しになったのはアグーリオが即位するはるか以前。取り潰しになるまでに失い続けた家財や財宝は喪われ売り尽くし、こうして俺の前で礼儀を整えることですらやっとだったはずだ。
今日まで生き延びたこと、そして貴族教育を与え続けられてきたことの方が、奇跡に近いのだ。
それに、きっとだが。
「マリア。」
「は。」
「『エドラ』の血族は、確か残存するすべての者が余に面会を求めていたな?再来週までだったか?」
「はい。エドラ=アゲーラを除くすべての資格持ちが、陛下への謁見を求めていたと記憶しております。」
彼らに、俺に差し出せるものがあるだろうか?兵力?人材?それとも金か。
そのどれも、今の俺達には絶対に必要なものではない。
兵力は貴族軍の集合体ではなく、『帝国軍』という体を形作りつつある。今でこそ体制の移行が実施できる余力はないが、いずれは頭を変えても問題なく機能する国軍を作り上げることが可能だろう。
今更、万軍が加わったところで。その貴族が頭でなければ機能しない軍隊では、決戦の時に使える確証はない。なにせ、進軍時間を含めても、俺たちが彼らの特性や気質を理解するまでに、8か月もないだろう。進軍時間を除くのならば、2か月もないかもしれない。それでは、完全に信じ任せるとは、言い難い。
人材?貴族家の当主及び次期当主以外の?それを俺がどれだけ熱望しているか、俺がはっきりと口に出したことはない。優秀な指揮官や政治家を求めていることは知っているだろうが、それは生まれ育ち有木だろうと考えるだろうし……なにより、自分の部下が自分より出世するかもしれぬ未来を、彼らが許容するはずもない。よって、人材を差し出される可能性は絶無に等しい。
金。今ペガシャール帝国は自家製通貨である。旧態依然とした王国通貨などいらぬ。食糧。かつてのペガシャール王国にあって、どこに食糧が余っている土地があるのか。
結局のところ、彼らが一番簡単にさせだせるのは娘であろう。
人質としての価値があり、臣従のあかしとしてよくやり取りされた歴史があり、最も俺に近づきやすい。
だが、エルフィールが身重の今、新たな女を囲い込みたくはない。
不貞だからとか、エルフィに悪いから、とかではない。エルフィが妊娠していることが外に気取られる可能性は、極力避けねばならないからだ。まだ、その札を切る時ではないのだ。
であれば。
「その覚悟、受け取ろう。エドラ=アルズバーグの一門には、ディアエドラの屋敷の一つを与える。そこで暮らすように。エルヴィン=エーレイ=ビリッティウス。そちの方から何人か貸してやれ。不慣れなこのっ地で最低限やっていけるように。そうだな、2か月ほどでよい。」
アルジオが悟ったように硬直する。エルヴィンが承知したと首を垂れる。
今の命令の意味を両者ともに理解したのを確認したうえで、玉座から立ち上がる。
人材が一人二人増えたところで、現状に変化は起きないだろうが。将来的には大きく変わる。
決戦の後、国内平定処理に追われる前に会える限りの人と会い、その能力や資質を見極めなければならない。大仕事だ。
後宮に入ると、エルフィールが書類の山から顔を覗かせた。
「何時だと思っているんだ、身体に触るぞ。」
「まだ日が暮れてすぐだろう。戸籍の再登録、ペガシャール帝国領土となっている貴族領でも行うように指示を出しているが……遅いな、どうする?」
「『小像』の配置の優先権は戸籍登録とその正誤の差によって決定する。」
「割合か?」
「ああ。俺の眼鏡に適うほどの正誤差であることを祈る、とも告げておけ。こちらには“国様管理”がある。なあに、誤差の程度はわかるさ。」
頭はすごく痛くなるだろうがな、と付け加えつつ、エルフィールの横に座り込んだ。
「エドラ=アルズバーグ元伯爵の子孫が、出てきた。」
「そりゃまた。竜人族のもとに身をよせたとして、奴らは竜人との間に子を成せたのかな。」
気になるのはそこかよ。半エルフは聞いたこともあるが、半竜人とか歴史書を紐解いても出てきたことがない気がするが。
「いや、いるぜ。ギュシアールとデファールの曽祖母は竜人だったと聞いている。」
三代でよくもまあ、ずいぶんと人間らしい姿になって。いや、ギュシアール師の腕力も眼力も、人間の者とは到底思えないほどだが。
そのまま、書類を一枚、また一枚。
紙は高級品である。あまりに使いすぎて、国庫を圧迫しているとペテロが歎いていた。理解はするが受け入れてほしい。こいつが一番資料としてはかさばらない。
「人質として愛妾にでもするよう申し込まれたか。」
「ま、そうだな。」
返事はせず、屋敷を一つ渡してエルヴィンに監視させたといえば、それでいいと彼女も返す。
「これから、『エドラ』が増えるぞ、アシャト。雪崩れ込んでくる。そいつらのすべてを保留しろ。愛妾を増やすなとは言わん。だが、臣従・忠誠のあかしとして受け取ることだけはやめろ。」
「わかっている。一度やれば、もう誰もかれもがそれをやる。俺はそんなに多く女を囲えん。」
覚えられそうにないしな、と言いつつ、貴族の名鑑が載った書類をめくる。
これから面会するすべての貴族に、娘がいた。
正妻の子、愛妾の子。ペガシャール王国が記載したすべての血統図に、多くの男女の名前が綴られている。
「俺の愛妾より、ディールの正妻がなあ。」
「お前の最側近だ、婚約の申し込みくらいはあるんだろ?」
「見合いな、見合い。あるけどな、ディールが蹴っている。」
「なんでまた。」
「俺に子が出来たら、弟が跡を継げなくなる、だとよ。」
あれだけ武勇が凄けりゃ、色事にも興味津々だろうに。ましてや俺たちは22歳。さすがにそろそろ子の一人もいない方が咎められるような年齢である。
「そりゃあ、また。アファール=ユニクの次男は今10歳になったところだったか?」
「らしいな。頭の出来はいいと聞くが。」
「ディールじゃ領地経営は出来ん。あいつは、ただただ強い男だ。それだけで価値が生まれるほどの男だ。しかし、政治に疎いわけでもない。」
領地経営を弟がするためにも、自分は子を作るべきじゃない。そう考えるほどには、政治への正しい理解があるのだ。だからこそどうするかという話でもあるのだが。
「ま、見合いと結婚はさせる。アメリアのためにもな。」
「あいつはあいつで引く手あまたすぎて騒動が起きそうだが。」
「……聞かなかったこととする。」
手を引いて立ち上がらせた。いずれ他の女を抱かねばならない日が来るとして、今ではない。
今はただ、俺の妻を愛していい時間である。
同じ布団にくるまって寝る。それだけが、今の俺に許された贅沢なのだから。




