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252.ネストワ姉妹の出生の秘密

 メリナの前には同胞。

 アシャトへの謁見を前にして、エルフたちがメリナに与えられた屋敷に押しかけてきていた。

 ペガシャール帝都は、広い。多くの貴族が屋敷を持つ中で、当然のように『像』はそれぞれの屋敷が与えられている。

 マリア、メリナの姉妹もまた同様に、それぞれに屋敷が与えられていて。マリアは自分で人を雇い、孤児のエルフを探し出して教育を施しつつ管理を任せ、メリナといえば同じネストワ家のエルフに管理をお願いしていた。

「陛下の意見を翻意させていただきたい。」

「それは、何の?」

アシャトと会って、2年と少し。16歳になったメリナは、政治のイロハを学び始めた。


 彼女がそれを望む気はない。政治家になるつもりも、そんな立ち回りをするつもりもない。

 だが、妹がマリア=ネストワで、今後ペガシャール帝国の将来を担う立場になること。ネストワ一門の直系であること。その血筋をもとに、屋敷の管理者を借りていること。

 なにより、己が『工作兵像』という能力もちであることが、政治能力の必要性を実感させたからだ。


 だが、メリナ自身には政治の才能はない。

 彼女は自分の周りを守り、自分の家を守り、軍隊を勝利に導く『罠使い』だ。実際のところ、それ以上になる未来が見えていない。

「むろん、我らと陛下の対等性。エルフという種族が陛下と肩を組むに足る種族であり、決して人間のように陛下に使われる存在ではないと陛下に言ってください!」

「妹は何と言っていましたか?」

「あの種族の裏切り者のことはどうでもよろしい!我々はあなたに依頼をしているのです、メリナ!」

ああ、大方マリアは、国王と皇帝は別物だとでも言ったのだろう。彼らがいきり立つにはたる理由だが、妹もずいぶんお優しいことだ。

「なら陛下のことを陛下とつけて呼ぶのはおやめなさい、エルフの皆様。『陛下』とはすなわち敬称にして尊称。相手を格上と捉えることでしか、その呼び方は出てきません。あなた方のエルフ族の歴史において、ペガシャール王国国王のことを何と呼んでいたのかは存じ上げません。しかし、陛下という尊称は、あなた方が自ら国王を上だと認める発言でしょう。もしも、謁見の際に一度でも『陛下』といアシャト様を呼ばれたのでしたら、対等であるなどとは口が裂けても言えぬでしょうね。」

眼前の老人が口を噤んだ。一瞬の間に謁見の状況を思い返す。一度たりとも、公的な場で彼らが『陛下』と呼んでいないことを確認すると、再びメリナの瞳を見つめ返した。

「ではアシャト王と。それで、陛下を翻意させるのに、協力してくださいますね?」

王というのは尊称ではなく役職。相手のことを役職で呼んだことは、相手を立て己を下にしたことにならない。そう言わんばかりの主張だが、理があるためメリナは何も言わない。


 だが、その瞳の奥に静かな怒りがあることに、妖精の裔たちは気付かない。

「私とあなたですら対等ではない。私は神の使徒の力を行使できる。なぜ、私に敬意を払わない?」

「あなたが『工作兵像』の力を持っていても、あくまで同胞。王に選ばれたその豪運を誇り、羨みこそすれど、敬う理由にはなりえない。」

神を、重視していないわけではない。だが、神が齎す恩恵に、エルフ族はさしたる利点がないと妹は言っていた。


 神が齎す豊穣の確約は、植物の声を聴き、最も望む環境を整えることで農作物を作り上げられるエルフには関係がない。

 労力が減るといった恩恵こそあるものの、その労力を惜しむ理由もまた、種族的な人数の少なさとそもそも常に環境を整えているゆえの必要性の少なさが邪魔をしている。


 だから、エルフ族にとって、『神定遊戯』が齎す恩恵は『像』による能力向上くらいしかなく……。

 人間に種族が滅ぼされないために人間と肩を並べる必要性があるだけで、『神』にそこまでの期待や信仰をする必要性がないのだ。

「では、言い換えましょう。私はペガシャール大図書館を守る大妖精クカスに愛されたエルフだ。時の妖精が、私たちの保護を王に頼んだ。私たちは妖精に保護を依頼されるほど愛されているし、陛下は私たちの保護を任されるほどに信用されている。あなたたちは大妖精が愛した者が立てる主を、立てないつもり?」

エルフたちは『神』を信仰しない。しかし、妖精を目上の者として立てる。


 その理由は、エルフという種族の成り立ちにある。

 エルフたちの祖は、妖精である。いや、そういえば意味は異なるか。

 エルフたちの祖は、妖精であった。


 例えば、フウオ=ケルピー=ライオネス。彼はアダットとレッドの小競り合いの最中、レッド派に両足を射抜かれ死にかけのまま三日三晩さまよい、妖精に見初められて子を成した。

 生まれ落ちる子供は人間ではない、半妖精と呼ぶべき生き物になる。

 姿かたちは人間だ。だが、寿命は妖精のように無限の時を得る。内臓器官は人間だが、肉体そのものの頑丈さは熊にも勝る。そして、妖精界と現実、どちらにも存在できる。

 しかし、半妖精はエルフではない。


 エルフとは即ち、交合を終え、出産を、あるいは受精を終えた後の妖精が、その半永続的な寿命と妖精界にいる権利を子に分け与えた後の出涸らしのことである。あるいは、その子孫。


 生まれからして人間と子作りをなした後の謎存在であり、かつエルフとして種を繋ぎ続けたということは、祖が人間の後同胞との間にも子を成したという意味合いにもなってくるのだが、ここは割愛。


 なぜ、妖精界に留まり半永遠の時を生きることをエルフの祖たちが拒んだのか、エルフたちは知らない。

 だが、己の祖が妖精であること。また、妖精の世界に己たちが帰れぬこと。その権利を、祖自らが捨てたこと。

 憧憬と、羨望を込めて。エルフたちは妖精を崇めている。己らがかつてソレであったことに、神に力を与えられなければならぬ人間ではなく、そもそもが超常の力を力を持つものであったことを、誇りに思っている。

 エルフたちが、『王像の王』と、種族的に対等であることを望むのはそのためだ。最初から神に近いものから堕ちただけの己らと、神に選ばれただけの国王。かつて純金だった金の装飾品と、純金製の装飾で飾り立てた木片。そこに差異などないだろう、といわれれば、超理論でも多少の納得は行く。


 だからこそ、妖精に愛されたエルフというのは、彼らにとって極めて価値が高いものであり。

「つまり……メリナ様は、『王像の王』よりも立場が上ということですね?」

「私は陛下を己より上の者としてお慕い申しております。心より忠誠を誓っております。ケンカを売るのはほどほどにしていただきたいところ。」

そう返ってくることを薄らと予想していながらも、予想通りの返答だとがっかりする。己もわがままだ、とメリナは思う。助言を受けていたとはいえ、ここまで子供の掌で踊らされて、彼らはいいのだろうか?

「陛下に臣従せぬというのであれば、その旨、大妖精クカス様にお伝えしましょう。さあ、どうする?」

『クカス』『ベルス』『ニルア』『フェム』。現存する、エルフになっていないままに千年以上の時を過ごす大妖精。それらに悪しき者として名を覚えられることを、エルフたちは恐怖する。

「本気ですか?」

多少は話が出来る雰囲気から一変、ぞっとするほどに冷たい雰囲気に転じたメリナに、交渉に来たエルフたちは戦慄を禁じ得ない。


 それほどの腹芸を、どう見ても10代を超えない少女が覚えていること。その技術を、同朋たる己らに向けていること。その二つともが信じられなくて、信じたくなくて。

「あなたたちは、かつて、私の父が望んだ食糧の援助を、拒絶した。あなたたちは忘れたみたいだけれど、マリアもきっと覚えていないけれど、私は覚えている。」

言い放った言葉に、何人かが目を見開いた。代表として話していた男だけが、思い出したかのように一歩下がる。

「グローク=アメシアス。思い出しましたか、私の両親の名を。」

「……ああ。思い出した。ローグ=ネストワとラティーナ=ネストワが子、フロガス=ネストワとラーラ=ネストワ!兄妹婚を拒まれ駆け落ちし、ネストワの森を出禁にされた男女。」

そうだ。私たちの両親は、兄妹だった。私たちの両親は、だから森を出た。私たちの両親は、その果てに私たち姉妹を生み落とし、果てた。


 人間とは異なる種族でも、妖精の血を引くエルフであっても、近親婚は好まれない。理屈の上では従兄妹の結婚は可能だが、実際それが許されるのは血を守る責務がある族長くらいだ。

 血を濃く残そうと考えていた千年前の人間族の王族ですら、異母兄妹でなければ子を成せなかったのだ。ましてや植物の声を聞き、種や花粉を遠くに飛ばす理由の一部を知るエルフが、同親の兄妹の恋愛・結婚・出産など、好ましく思うはずがない。

 マリアとメリナ。ネストワを姓に持つエルフの姉妹。その正体は、兄妹という濃すぎる血のもとに生まれた嫌厭されて当然とすら呼べる子。

「あなたたちが私たちへの支援を拒み、結果両親は死亡した。憐れまれた大妖精のおかげで私は生きている。」

「しかし!」

彼らの反応は当然だった。他の家を追放された兄妹を、禁忌を犯しその上子まで成してしまった悪徳者二人に、食料など恵んでやれるはずがなかった。

「殺さなかっただけ、温情だろうが!」

事実である。彼らにとって、それはまさしく温情であった。


 罪の重さを考えれば。ネストワの一族が、メリナの両親を「追放」したのが悪い。殺さなければならなかった。

 追放刑まで罰が軽くされたのだ。グロークの……アメシアスの一族が殺す道理はなかったが、殺しておくのが正しい罰であったし、実際そういう意見が多かった。

 子供に罪はなく、しかし悪徳の子をアメシアスで預かるわけにもいかず、両親を殺してしまえば子も殺すか、預からねばならず。

 生かしたのは、温情だった。親を殺して子供を放置するのは後味が悪いという理由はおおいにあったが、それでも状況から考えれば温情であった。


 だが、私にその理屈は通らない。

 それは、困窮の果て、子を生かすために食糧を子にあたえ、方々を旅して支援を望み、力尽きて死に絶えた両親を持つ私には通じない。

 親の罪の重さを、私は承知している。兄妹結婚が悪いことだとも、なぜ悪いのかも。クカスで、本を読んで知った。それでも、それでもだ。

 支援があれば両親は死ななかったことも、私は知っている。きっと親に愛された子でいられたことを知っている。最後まで父さんと母さんが、私たちを愛してくれていたことを知っている。

 13で陛下に保護されるまで、妖精の愛を受けていることも知らず、マリアを守るために奔走しなければならなかったという過去がマシになったかもしれないことも、知っている。


 グロークにとっては、そんなことはどうでもいいことだ。己の行動が過ちだったなどと、兄妹の間に生まれた子を前にして言えない。言えるはずがない。

 今重要なのは、アシャトが『アシャト』と『エルフ族』を対等に扱うように説得することだった。それが出来る可能性があるのが、同朋たるメリナ=ネストワしか、私しかいないという事実だった。

 マリア=ネストワ()ははっきりと言葉を以て拒絶した。アシャト(陛下)の護衛として近辺を守るネストワの者たちに、彼らはエルフの誇りを期待できなかった。人間たちは、貴族であるの有無にかかわらず対等ではなく、頼み込みに行く相手ではない。

 つまるところ。彼らの誤算は、最初から詰んでいたのだという事実で。

「お前の両親の真実を、陛下に告げてやる!」

「大妖精クカス様が『保護してくれ』と頼んだという一事が、私たちの過去の出自を帳消しにする。『智将像』『工作兵像』として挙げた成果戦功が、私たちの立場を揺らがさない。国が安定したら、それは武器になるかもしれないけれど。私は、今、その事実(出自のこと)で進退が左右されるような状況じゃない。」

それが、それだけが私にとって事実だった。大きな戦争を控えた今、陛下は何が何でも私を守ってくれるとわかっていた。『帝国化』を目指す彼が、天才の妹の心象を悪くするような決定を下すはずがなかった。


 妹に守られている情けない姉だけれど。それでも、私は陛下から、元帥から、宰相から。守られるエルフであることを、知っている。

「私は、恩を知っている!恥を知っている!私たちを保護し、守ってくれている陛下を非難し、私たちを拒絶したエルフたちを守る道理が私にないことくらい、知っている!」

立ち上がった。300年もの時を生きるエルフでも、20歳くらいまでは人間と同じような成長をする。この3年で伸びた身長は、老エルフたちに届きはしないが、かつてほど舐められることももうない。

 掌を胸に当てる。そのまま胸の内から引っ張り出すように、円匙を地面に突き刺すエルフの白像を呼び起こす。

「私は恩知らずになる気はない。マリアの為したことを無に帰す姉になる気はない。陛下の目標の障害になる女になりたくない。なにより、妹を裏切り者だと切り捨てた奴らに、姉として怒りを抱いている!」

腰の後ろに手を回す。投げナイフが5本。一投一殺では足りない。もしかしたら、死ぬかもしれない。

「帰るか、力ずくで屈服させるか。選べ。」

最初から、そうする気だった。そのうえで、彼らの未来も断つつもりだった。


 翌日。いやいやながらも、陛下に臣従を誓うエルフ族がいたという。

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