249.サンティラの竜人族
竜人族の里は公的に4つある。
パーシウスがフェムに行く前に合流した、アルス=ペガサスの『神官』を見定める役割をもつ竜人の里は非公式のものだ。国は承知した上で黙認している……が、これは肝心なことではない。
重要なのは、公的に存在する4つの竜人の集落、その場所と規模である。
1つはペガシャール王国王都ディアエドラ、その側にあるコリントス山の隘路にある。ペガサスキングが生まれる地への侵入者を追い返し、時に殺す役割を持っており、その里の人数は200年前時点で8千人。彼らへは“外交魔商”の販路を伝ってニーナが会いに行った。『像』の力を見せた上での協合交渉の返答は、「『王像の王』の下に馳せ参じるには我らの役目と立地が邪魔だ。盗っ人どもからペガサスを守るという任務を果たすため、アグーリオ今上の敵にはなれない」であった。
まあ、彼らの立場上当然の答えである。職務に忠実というのは実に好ましいものだ。
アシャトは彼らに関しては、戦後に戦争の遺恨を残さないことを条件に、戦後は協調することで合意した。
難しいことであろうとは思っている。出来ないことではないとも思っている。アシャトは現実主義ではあるが、だからこそ悲観はしていなかった。
ちなみに、ラムポーン=コリント伯爵家の所有する「コリント」の名は、いつの世だったかの『コリント=テッド=エライ=ペガサシア』の裔であるという証左であり、その『コリント』はコリントス山から名を借りたといわれている。
はや1000年以上以前の話。真実を知るのはトージとジョンのみである。
話が逸れた。二箇所目はペガシャール王国と隣国グリフェレトの境界に存在し、襲撃に備える役割を担っている。最後の記録は30年前、住人数は1万5千人であある。
ここはアルス=ペガサスの勢力圏のさらにさきにあり、通過するにはアルス=ペガサスのみならずエドラ=アゲーラの勢力圏の突破も図らねばならない。さすがにそこまでの力を、アシャトは割くことが出来なかった。
三箇所目はディマルス近辺にある。旧エドラ=アルズバーグ伯爵領に住まっている一族である。彼らは再三のアシャトの会談要求をあれこれ理由をつけて拒絶していたが、ついに応じた。なぜ応じなかったのか、今になってなぜ応じる気になったのか。アシャトとしては追及したいものは多いが、それは別日に追及することと決まっている。確か、次にエルフ族の者が面会に来る日。五日後のことだ。
喫緊の問題は、今目の前で会談している、最後の一箇所の竜人の里である。というより、そこでアシャトに『像』の授与を迫る一竜人である。
概要から行こう。最後の一箇所はペガシャール王国とドラゴーニャ王国の境にある。
ドラゴーニャ王国の民がもつ、竜人の風習……「とにかく人間よりも強くあれ。人族の精鋭を、一人で10人程度は瞬殺できる強さを身につけよ」という文化に耐え兼ね脱走したものたちが集落を作り、住みついた。定期的に脱走者がいて、受け入れているともいう。
最後の記録は22年前、住人数は3万人。交流を目指すにはエドラ=ラビットの勢力圏を抜ける必要があり——アシャトは彼らとの交流もまた、延期していた。
そんな彼らは、エドラ=ラビットの脅威が晴れたことによってアシャトとの対面を望み、元来軍勢が徒歩で半年かかるような距離を、わずか2か月で突破した。……まあ、空を飛べばそのあたりはいくらでもごまかせるのだが。
彼らは今日、訪れていた。その情報自体はエンフィーロから聞いて知っていた。手続きも正当なものを踏んでいた。
だが、その目的まではわかっていなかったのだ。恭順を誓うか、そうでないかすら。
「すまぬがサンティラの竜人の代表よ。いきなりの申し出で余は少々動揺しておる。同じことを繰り返させて悪いが、もう一度言ってくれ。」
「俺に『武術将像』を与えていただきたいと申し上げております、陛下。さすればサンティラが竜人総数3万、そろって陛下に恭順を誓い、陛下の大願がため、全霊をもって力をふるいまする。」
『像』を与えられれば恭順を誓う。昔からよく取られた手法だ。国を荒らしたくない王は、戦争を始めれば貴族たちに抗命されることを知っている。
王自身には軍権はあっても軍隊がいない。兵をどこにどう動かすか、その部隊の人数や誰に出させるかという権限は王が一手に担っていたが、同時にそれを動かすのは貴族たちだ。
貴族の権限を、権力を、信任を、『像』という形で担保する。逆に、『像』や軍隊を動かす将校が王命に対して抗えば、王には打つ手がない。王が『像』に罰を与えることはできるが、そのあとのことを考えれば王は罰を与えられない。
なにせ貴族のほとんどが、戦争を望まなかった。他の貴族に軍隊を出させようとしたところで、辿る結末は同じだった。
ペガシャールは広い。国王一人がどれだけ神に認められるほどに優秀でも、国一つを独力で治められるだけの能力はない。
そして、国に仕える知識人たちは、王を補佐する立場の者たちは、神の力が人間から離れる可能性を許さない。認めない。
戦争をしようとすれば、それだけで国の機能は停止する。百歩譲って王に追従するものがいたとして、そんなわずかな数では結局国は収まらない。
貴族に仕事をさせるために、『像』は必要だった。『子像』は必要だった。だからこそ、王に対し「指示に従うから『像』をくれ」という奏上は、不敬でもなんでもなかった。
「サンティラの恭順、その忠義。余としては確かに欲しいものであるな。しかし、代表殿。貴殿が『武術将』たる器であるように、余には見えぬ。」
なにせディールやエルフィールと比較しても明らかに弱い。いや、間違いなく一騎当千の猛者ではあるのだが、逆にその程度なのだ。
「なにを!エドラ=ラビットより貴様らと戦うことを命じられ、抗い、レッドが死ぬまでサンティラの地を踏ませることすらさせなかった俺が、『武術将』足らぬだと!」
たしかにそういう話はセキトから聞いた。サンティラの竜人たちがレッドの軍に加わっていれば、戦況は全く別だったろうにとも。
否定はしない。だが、彼らがいたら彼らがいたでデファールならうまく戦ったろう。デファールの軍隊には特記戦力はニーナとミルノーくらいしかいなかったように思うが、それでも彼を抑えている間に戦争を終わらせるくらいのことはやってのけられるはずだ。
「見たところ、武術の技量自体は七段階格の三人級相当。扱う武器は剣と爪。竜人の特性である固い鱗と飛翔能力をもとに、一撃必殺を長時間出し続ける持久戦型。趙火力と防御を捨て去れるほどの肉体強度は素晴らしいと思うが、『武術将』に足るほどではないな。」
「では、俺以外に『武術将』足りえる者がこの国にはいるというのですか、陛下?」
今はいないさ、今は。エルフィールは国一番の武術使い『武術将』足りうるが、彼女の汎用性の高さと魅力、なにより俺と対等であってくれないと困る心情から、『武術将』足りえず。ディールはその戦術眼のなさ、何より戦場で戦うものとして部隊指揮が出来ぬだろう性格から『武術将』にはなれない。
どうあがいても、国には彼ら二人以上の技術を持つ武人は出ないだろう。だが、彼らに一矢報いられる程度の技量を持っていることが、俺にとっての『武術将』の条件だ。
眼前にいる彼は、その条件に当てはまらない。二人と戦えば、千回戦っても千回殺される。武術将には出来ない。
無言の俺に向けて、竜人の男の目に灯がともる。怒り、いや、闘志。気持ちいい男だ。なぜかなぜかと問いをあげ、己の意見を曲げようとしない頑固者より、こちらの方がわかりやすく、何よりともにいて不快にならない。
「では証明して見せましょう!俺と戦うものを、陛下が指名していただきたい!」
闘志を見せ、俺に実力を誇示し、要求を通す。『武術将』は『王像』一人に対し一つしかない。一時代一国に一人しか現れない『像』。手に入れた時の名誉は計り知れず、自分の腕に、実績に自信があればあるほど欲しい『像』だろう。
自分に自信があるのだ。磨いた研鑽に自負があるのだ。そういう男は、やはり見ていて気持ちがいい。とはいえ、誰を対象にしたものか。
ディールはまだ帰ってきていない。“強制転移”を使って引き寄せるのもいいが、ほかに手がないならまだしも、今やるのは違うだろう。
エルフィールを出してはならない。まだ『審問像』への返事が公的には決まっていない以上、中心に位置する彼女を使うわけにはいかない。俺が彼女の傀儡であると捉えられるような行動は出来ないし、いなければ何もできないと捉えられかねない行動もとれない。
しかし、ミルノーも出せない。彼の極めて優れた武勇は『超重装』あってのもの、あれを纏った彼を相手にして、目の前の竜人が文句を言わない保証がない。
次点となれば、いないオベールを除けば……クリスとコーネリウス。
クリスはゼブラ侯爵領から届いたペイラを部下に使えるようにするために調練中。それがやつの仕事だ、招集するまで使者を待たせるわけにもいかない。
コーネリウスはエルフィールと同様、渦中にいる人間だ。しかも俺の『帝国化』に反対する派閥のトップ。竜人を下し、俺に恭順を誓わせた功績を増やしてやるわけにはいくまい。それに、彼に任せて彼が負ければ、貴重な『武術将』の枠があの竜人にわたる羽目になる。そうすれば、『帝国化』自体も遠のく可能性がある。
コーネリウスに一騎打ちを任せれば、勝っても負けても、俺にとって都合が悪い。
さて。そうなると、八段階格級の武術士は……オベールは出せない。セキトはさすがに表に出すには早すぎる。
「陛下!ここは私にお任せいただきたい!」
八段階格、八段階格と悩む俺に、階下から上がる数多の声。勇名のあるもの、文人、数多が己が名声を上げん、己が代理を建てんとする中、超然と立ち声をかけられるのを待つものが一人。
この状況であれば、自分に声がかかるだろうと、政情を鑑みれば己しかいるまいと、自信をもっている男。
ああ、彼ならば確かに、俺にとって都合がよく、八段階格級の武術を持ち、野心はあれど『武術将』を望まない。その立場の危うさからコーネリウス派につくことも出来ず、俺を立てなければ生き残れないほどには家の影響力が小さい。
実家の父たちの行方が知れていないことも大きいだろうし、父に逆らった後自領に戻れていないため、家の実権を握り切れていない。
『帝国化』がどっちに転ぶとしても、今はなにより俺からのお墨付きが欲しい。そういう家の状況だとわかっているから、俺が遠慮なく頼っていい……八段階格の武術家。
ペガシャール帝国新規参入した、レッド派からの反逆者。
「グラスウェル=システィニア=ザンザス。こいつに『武術将』にはなれぬことを教えてやれ。」
「承知しました。」
彼が、適任だ。




