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248.国王と対等なる種族

 アシャトがディールとオベールを送り出すにあたって真っ先に手を付けたのが、後宮の周囲の警備強化だった。

 ペテロをはじめとして、多くの者から側室の選定を突き上げられているアシャトは、これから後宮に側室を入れなければならない。

 後宮は国王と宦官以外は出入り禁止、である。とはいえ、アシャトは宦官を採用していない。


 作らなければならないのは承知の上である。そのうえで、彼は満面の笑みで言い放った。

「俺に子を作れ子を作れというが、皇帝の子供以上に民も役人階級も貴族共も、総じて国の民が足らぬのがこの状況ぞ?宦官なんぞ作って、国の生殖能力を奪って何とする?」

老人であればというが、老人を後宮で働かせるのもおかしな話である。貴族の子女を大量に雇い入れはしたものの、ついでに男どもも後宮に入れてしまった。人手が足らぬ以上仕方ないだろうという弁だが、裏には後宮なんぞ廃止してしまえという意図が見え隠れしている。

 『艶王』エドラ=オロバス=フェリス=ペガサシアが何十人も子をなしたのは、それだけ母体数が多かったからで、結局そのほとんどに『王像の王』足りうる資格は残っていない。


 政治は混乱し、200年の間に『エドラ』の名を関する一族は40近い数から7つまで数を減らした。あの『艶王』……女性に見紛うほどの整った美貌と圧倒的な精力を持つ王がやったことといえば、名だたる貴族の血を、家を、名を40近く乗っ取ったことくらいである。


 いいことでは決してない。むしろ最悪のことと言っていい。

 だが、王としては正しいことを為した。一人の人間としては、王としては正しいことを為した。

 重々承知の上でなお、アシャトは同じ道を辿りたくはない。のちに混乱を招くような真似を、繰り返したいとは思っていないのだ。


 幸いにしてアシャトは事実上の新興勢力であり、暗黙の了解や国のおきてなどはある程度踏み倒せる。人手がいないという事実もまた、宦官を取らない理由としては最適である。

 ……10年もすればその言い訳は利かなくなるだろうことは予想がつく。アシャトは何としてでも、10年以内に後宮制度を廃止したいと考えているが……まあ、無理だろう。

 誰も望まない。国王に妻を押し付けることが出来れば、それだけで権力争いは有利になる。押し出す大義名分が生まれ落ちる。それをアシャト自身が望むことはないが、アシャトが望まなくとも大勢が望む。

 今でさえそうなのだ。例えばコーネリウスはアシャトを正面から論破し、帝国化を諦めさせようと奮戦しているが。その妹、シャルロットはアシャトの側室に己が妹、クラリスを入れようと方々に根回しをしていた。


 そりゃあそうだ。『将軍像』がコーネリウスである以上、ペガシャールでは彼を超える権力者は少ない。

 今はデファールやペテロがいる。『元帥』『宰相』は『将軍』を超える。しかし、『宰相』はその身分を支える者がアシャトからの信頼しかない……明瞭なバックがない。爵位がない以上、『像』としての上下だけでは権力争いでいつ負けるとも知れない。

 『元帥』デファールの背後にはオケニア=オロバス公爵がいるが、その当主ミゲルは帝国化に関して中立だ。デファールがいなければ『帝国化』に反対していた可能性がある以上、デファールとて強く味方するようには求められない。


 そして、二人とも順当にいけば、コーネリウスより先に死ぬ。戦争の倣いという名の、不条理にさえ目をつむれば。寿命で先に死ぬのは『元帥』と『宰相』である。

 エドラ=ケンタウロス公爵家は最初から帝国化否定派。エドラ=ゼブラ公王改めアデュール=ゼブラ侯爵は新参者かつ元敵対者。同じ侯爵であろうと、彼を押さえつけるにはいろいろ足りない。

 抗しえるのはアファール=ユニク子爵改め侯爵のみ。いずれ最高権力者になれるであろうコーネリウスにさらなる剣を与える方法は、そりゃ、アシャトとバイク=ミデウスの子である。きわめて合理的な動きと言えた。


 少なくともペガシャール王国今上アグーリオへの返答まではコーネリウスとアシャトの対立が強く目に映る以上、その政略の成立は不可能だが……逆に言えば戦争が起きるにしろ起きないにしろ、決定してしまえば阻むものもない。

 シャルロットは賢い女だ。彼女は最初から、アシャトへ側室を押し込む時期を、戦争を終えてからとみている。

 『帝国化』の流れは避けられない。だから、戦争を起こすときの時期や状況については『護国の槍』が——コーネリウスが担えるようにしてしまおうという魂胆である。『帝国化』の流れも、三国統合まで戦争を繰り返すことも止められない。しかし、戦争を起こさなければよかったと、次代に思わせることは可能である、と。

 彼女はまさしく政治家だ。未来を手中に収めるために、妹を嫁に出すという手段に平然と手を出すことまで含めて、文句なし、百点満点の政治家である。


 エルフィールも、己がいながら側室を取るのかと冗談めかして言ったことはあるものの、基本的にアシャトに二人目の妻を取るように言っていた。

 自分は戦場に出る。そのためにも、二人以上の子は産まない。だから、より多くの血筋を残すため、そして何よりアシャトの心の平穏のためにも、あと二人は妻を取れと。

 それにあいまいに返事をしつつ……とにかく今はエルフィールを孕ませなければならないという事実を前に、アシャトは奮戦していた。そのための警備強化。護衛を寝室に近づけないための措置だった。


 ちなみにその警備の多くに、アシャトは老齢のエルフ族を多く採用している。夜目が効き、弓術と魔術に優れ、性欲はもとより少なく、かつ老齢である……そういう条件に合致したからである。

 一時的な採用であり、いずれ別部署に配属されるとわかってなお、彼らは命令に従わざるを得なかった。

 エルフにしてネストワ一族の者、マリア=ネストワが祖父ローグ=ネストワに突きつけた上下関係である。今更反故にするわけにもいかなかったのだ。


 その光景は、エルフが『皇帝』の下に従った象徴とも見える光景であり、今まで「あくまで王と対等である」などという状況であったエルフの地位が下がるものであり……かつ、アシャトの権威が上がる光景でもあった。




 そんなアシャトの眼下には、アシャトに服従する態度を示さぬエルフ族の集落の者が訪問に来ていた。

 アシャトは口を開かない。臣従しないものに聞かせる言葉はないとばかりに沈黙を貫く。対するエルフ族も身動きを取らない。じっと相手を見据え続ける。

「頭を垂れよ。」

ペテロが三度目の言葉を発した。それでも、エルフ族の者たちは身じろぎ一つしなかった。

「ペテロ。もうよい。」

この状態が始まって、政務の時間が減っていた。無駄なことはしないと、アシャトは立ち上がる。

「盟友たるわれらエルフに、礼を失する行い。今代の『王像の王』は友に対する道理を弁えておられないと見うる。」

言葉を無視する。アシャトは重苦しい衣装を纏ったまま、ゆったりとした足取りで歩を進める。

「ペテロ、マリア。あとは任せる。」

ゆっくりとはいえ急ぐように歩を進める王に、従属するのは護衛兵……ネストワに連なるエルフたち。

 その光景に肩を怒らせる。まるで見下すかのような瞳で己らを見た国王の姿を思い出し……歯を食いしばる。


 その激昂を王自身にぶつけないほどには、エルフたちも理性的であった。


 しかしそれも、アシャトが姿を消し、明らかに離れたと考えられるまでの間である。全員が、玉座の階段を駆け上がり、アシャトの傍で「頭を垂れよ」と繰り返していたペテロの胸倉をつかまんと手を伸ばす。

 そこが、宰相の席であることなどどうでもよかった。そこに上がることは、玉座の傍に近づくということ、国王の傍らにいるだけの権限の証明であることなど、エルフたちには知らぬことだった。

 正確には、知っていたが、どうでもいいことだった。だから、ペテロ=ノマニコの胸倉をつかんでたたき伏せようとまでし……

「やめろ。」

阻まれる。玉座に至る、その前の階段に壁が張られた。魔術によるものではない。性質的には、ディールの持つ『国の門番(おうのもりびと)』に近いものだ。見えぬ壁に阻まれてはじき返されるエルフたちが、その下手人の方を睨み据える。ソレは、純白の鋼鉄でその身を作り上げていた。

「王宮の守護者!なぜ、我らを阻むか!」

「王は人間とその他の種族をすべて同列に扱うと仰せられた。エルフという種族が、ペガシャール王国の国王と対等であった時代は陛下が終わりになされた。貴殿らは王へ忠節を誓わず、態度を大にし、陛下の立場と身分を軽んじる者。その身は玉座の間に近づくに値せぬ。陛下に臣従する者たちに、王宮で危害を加えんとするその横暴、阻むは我が使命である。」

アシャトがディマルスに来た時と比べ、流暢に話すようになった王宮の守護者がその権能を行使した。ディマルスという王都のなかで、もっとも強い力を持ち、それを王のためにしか用いない者。


 アシャトが自身の近辺の警備を強化する際、彼のことは忘れ去られていた。いや、今でも多くの者が忘れているが。

 こと王宮にあって、この守護者の目を盗んで『王像の王』を暗殺、あるいは脅迫が出来る者など、そういないのだ。

「問うことがあれば、その場より私に訊ねなさい、同朋のお客人。我らペガシャールは、あなた方をぞんざいに扱うつもりなどありません。」

「ふざけるな、エルフをペガシャールが国民のように扱っておいて、何がぞんざいに扱うつもりなどない、だ!」

「ええ、ペガシャール帝国が皇帝陛下は、人間、ドワーフ、エルフ、竜人、獣人……それらのすべての人種を同列に国民として扱うと決断なされました。今まであなた方だけが、王個人と種族として対等であった。しかし、陛下は国王ではなく皇帝です。名が変われば(てい)も変わる。エルフと国王は対等でしょう。しかし、エルフと皇帝は対等ではないのです。」

言い聞かせるような言葉遣いにエルフたちがいきり立つ。言葉選びや抑揚も、まるでわからずやに話すような代物だ。怒りを覚えても仕方がない。その上、それを話すのは幼い同朋の女である。愚弄されている、と感じてしまうのは仕方がない部分もあるだろう。


 だが、手は出せない。王宮の守護者がそれを許さない。隣に立つ齢30を超えるだろう『宰相』もまた、成り行きを見守ってはいるが何か動きがあれば介入するつもりであるのが伝わってくる。

「陛下の下につく気がないというのであれば、エルフ総体の助力など必要ありません。ペガシャール帝国内に籍を持つエルフは、ネストワのみとなるでしょう。」

「いいのですか、それで?国内にいるエルフの総数は5万を超える。それだけのエルフを敵に回すことになりますよ。」

脅す。エルフはペガシャールの臣民たちより立場が上だと、アシャトとのみ対等でありそれ以外は見下す対象だといわんばかりに傲慢に言葉を重ねる。

 それに対するマリアの返答は、実に単純だった。

「構いません。我が国の戸籍に名を連ねぬものに、わが国で在住する権利はない。時間は与えましょう。選ぶといい。臣従か、虐殺か、追放か。あなたがたが選んだものを、ペガシャール帝国は与えましょう。」

マリアの力強い宣言に、エルフたちは圧された。幼い女だ。同胞とはいえ、人間ごときと対等を謳う愚か者だ。


 だが、その意志と、知性を帯びた瞳には……そこから垣間見える議論を拒絶する彩には、これ以上の言葉を重ねる余地はなく。

 一週間後に次の謁見の予約だけして、彼らは引き上げるしかなかった。

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