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245.アルス=ペガサス内乱

 ギリギリのところで間に合った。アルフェラッツに死なれてしまえば、その瞬間アルフィルクが自分に味方をする理由が消える。

 正確には、俺が、ティラム=シラーの盟友である理由が消えるのだ。賄賂か、女か。どちらもない政治的信頼なんてものは、砂上の楼閣よりもなお信用に足りない。

 わかっているから彼女は俺に近づいて、俺は彼女を受け入れた。彼女のことを恋していようと愛していようと、その奥底に徹底的な政略的打算がある。あるからこそ、俺とアルフェは愛し合えるのだ。

「よくも俺の女を殺そうとしてくれたな?」

「パーシウス=アルス=ペガサス!……お前が武に強いと、寡聞にして聞いたことがない!」

「そりゃ知られていないだけ、隠し通していただけだ。知らなかったか、剣術七段階格だったアダットを殺したのは俺だ。」

蹴りとばし、アルフェと距離を取らせる。槍を引き抜いて、彼女を地面に降ろした。

「大丈夫か?」

「ありがとう。……これを。」

差し出された布の包み。中に入っているのは、見覚えのある草。


「火にかけます。」

ポウッと点けられた火が草を燃やして煙を立てる。たった煙が真っすぐ進んで、立ち上がる戦士の鼻腔へ潜り込む。

「竜牙草は……薬ではないのか?」

「薬ですよ。複数の薬草とかけ合わせる種類の薬草です。そして、彼の吸った視覚付随……とはいえ、視覚を歪ませるくらいの薬ですが、これとかけ合わせれば、『石化薬』と呼ばれる強力な痺れ薬になります。」

視線の、先。竜国製の革鎧を着た男が、硬直していた。身体が、これっぽっちも動かないように。

「なぜこれほど薬の周りが早い?」

「酒精を吸わせました。血の巡りが早いからです。今なら、時間をかけずに殺せます。」

私には、革鎧を貫通させて人を殺すほどの腕力はないですが、パーシウス様ならできますよね?という無言の問いかけ。


 期待に応えるように立ち上がる。沓の音を響かせて、その首筋に剣を押し当てた。

「ケートス殿。八段階格の槍術士であり、七段階格の拳術士であったとも聞いている。ゆえに、これほどあっさりとした結末は貴殿は望まなかっただろう。が。私は次に行かねばならぬ。悪いな。」

首が落ちる。実にあっけなく、その鎌は首を掻き斬った。




 抱き合う二人の様子を眺めた。露払いとばかりに、20人ばかり殺した。

 医務室での再会とはまた、色気の欠片もない話だが。しかし、随分と体が動かしづらい。

「視覚不全の薬ですな。ほれ、解毒剤です。」

バルグリンドという男が、せっせと薬を配っていた。ニーナや、パーシウスの傍にいた男たちの大半が体の不調を訴える中、自分はとにかく迫ってくる敵を突き殺していた。

「パーシウス様はアルフェラッツ様に戴いた万能の解毒剤を口に含んでらっしゃいましたが、ディール様もですか?」

「ああ、あいつが不調を訴えていないの、そういうことか。」

そう言いつつ、もう一人、二人。あの女を確保しておきたい理由があるのか、パーシウスを殺したいのか。とにかく、人が、敵が多い。

「いんにゃ、俺はもらってない。実際、なんか距離感変だなっていう感覚はあるぜ。」

一人を槍の石突で打ち、もう一人を槍の柄で押し返し、近づいてくる兵に押し付けつつも槍を構えなおして二人纏めて貫き殺す。その様子を見ながら、バルグリンドは気味の悪いものを見る目でディールを見る。


 目がちゃんと見えていないのにこれだけ殺せるのか、という思いが乗せられているようだった。とはいえ、ディールには彼の目の形がいまいち見えてはいないのだが。

「空間は目で見るんじゃねぇ。記憶と、気配と、理屈で見るんだ。」

そんな話は聞いたことがない、とばかりにバルグリンドは首を振る。しかし、言っても無駄なのだろうとも理解した。常軌を逸した怪物だ、視覚不全をものともせずに戦い続けるような男に、なぜ戦えるのか聞いたところでわかるはずもない。 

 わかるのは、戦えているという事実と、おかげで己らは生きているという結果のみである。


 ひとしきり再会を楽しんでから、パーシウスは医務室から外へ出た。その間、一人、暗殺者を退けている。

「バルグリンド、ホーラン、マーシェラン。アルフェを連れて外へ出られるか?」

「ご命令とあらば。」

覚悟を決めたような顔で、斧槍遣いが言い切る。同意を示すように、短剣遣いも頷くが、待ったをかけたのはディールだった。

「やめておけ、そいつら三人じゃ、その女を連れて門から出て、さらに逃げるのは荷が重ぇ。」

悔しがるように、二者が唇をかんで俯く。間違いのない事実だった。ここまでの道のりも、ディールとニーナがいなければ、何度パーシウスが死んだかわからない。

「ニーナが一人で連れて行け。『跳べ』ばいい。セリポスの屋敷なら行けるだろう?」

「出来る。が、こっちはどうなる?」

「俺がのこりゃ、問題ねぇよ。わかってんだろ、ここに、俺に三手使わせるような武術家はいねぇ。」

断言するディールに苦笑するニーナ。事実ではあった。本当に、ディールを相手に相手になる武術家がいないことは、ニーナほどの腕を持つ者なら承知済みである。

「他の三人は俺と来る。パーシウスも、お前ほどじゃねぇが強い。十分だろ?」

「……わかった。」

納得して、ニーナが『跳ぶ』。『跳躍兵』の跳躍を阻む魔術陣は、そう広い範囲を覆わない。女二人が消えたところで、バルグリンドが解毒薬をディールに渡す。

「行こう。」

パーシウスが前に出る。護衛対象が前に出るなど言語道断ではあるが、一番道に詳しいのも彼である。


 次々と襲い来る刺客を片付けながら、パーシウスはひたすらに邁進した。




 槍は貴族の嗜みである。

 剣より、槍だ。剣は護身を前提にすれば覚えておいて損はないが、実のところ得もない。良くも悪くも、『戦争』の武器は『槍』なのだ。

 しかし、アルス=ペガサスは剣を使う。それも、鎌状の剣を、だ。


 一農夫であった頃。まだ、ペガシャールが国という形を保っているのかすら怪しかった頃。その頃から、ペガシャールという国を維持してきた国ゆえに、当主が鎌剣という、農夫擬きの武器を使う伝統が残っている。農夫の暮らしが如何に国にとって重要か。己らのルーツが、ただ神に選ばれただけの『農夫』でしかなかったことを忘れないために。

「ゆえにこそ、神に依存し、神を至上のものとし、それまで待てばいいという姿勢に腹だった。終わらせるべきだと思った。」

モーリッツが語る。アルス=ペガサスから王が出ないことを不満に思っていたとされる……王家を輩出するために策を弄し続けていた男が言う。

「何を……。」

パーシウスが鎌剣を向けた。モーリッツも同様に抜き、睨みあう。一触即発の空気に、パーシウスとモーリッツ、両者の付き人も対峙する。


 仕掛けたのは、パーシウス。振った剣はモーリッツに受け止められ、互いの首筋に鎌剣の切っ先が向けあわされた状態で拮抗する。

 互いに力の入れ具合を間違えれば死ぬ状況。そんな中、互いに込められた力は揺るぎない。

「1500年もの長きにわたり、王を輩出しなかったアルス=ペガサス。ここから王を輩出されたら、どうなると思う、パーシウス?」

「国を維持していた、神と王に対する絶対的な不文律が……崩れる。」

「ああ、アルス=ペガサスは王にならない。必ず『神官』であり、王の監視者であるという暗黙の了解。これが崩れれば、さて。国は、貴族たちは、どうなるだろうか?」

パッと思いつくだけでも二つ、三つはある。それがもたらす影響を考えた時、パーシウスが狙う、モーリッツの本当の目的に思い至った。

「あなたの狙いは、『神定遊戯』の、終了か。」

「ルール違反に伴うペガシャールからの『神の加護』の喪失。私が求めた、『神定遊戯』の終わらせ方だ。」

なるほど、それならモーリッツの動きには、徹頭徹尾利が通っている。薄らと予想はしていたが、祖父の言う通り、確かに父は優秀だった。


 『神定遊戯』の監視人が、『神定遊戯』のルールを無視して終わらせようとしているという最悪の状況にさえ目を瞑れば、目的に対する最適解を彼は選び続けている。

「『神定遊戯』に頼った政治を行い続けることで苦しむのは私たちでは無い、国民だ。農夫たちだ。私は、それを是とする考え方を厭っている。ゆえに……アルス=ペガサスを、ペガシャールの『神官』の地位から引きはがす!」

力が、上がった。全力でなかったことへの驚愕、父の武芸への嗜みそのもの。予想を上回るそれらに対して、それでも彼は、平然と剣を押し返し……押し飛ばす。

「あと20年早く、父上が生まれてらっしゃれば、それも叶ったかもしれませんね。」

「不可能だ。今上が王でなければ。」

『神定遊戯』が起きなければ。そういう皮肉を込めて言えば、モーリッツは否定しつつも魔術を放つ。


 “魔纏”の魔術陣を起動させて切り払い、沓裏に仕込んだ“小風噴射”と跳躍で宙を駆け、剣を振り降ろす。柄で防がれた、窓に向けて衝撃、吹き飛ばされる。

 すんでのところで脚を壁に向けて蹴る。“小風噴射”の向きを合わせる。ディールの背中まで吹き飛べば、彼は兵の相手をしながらも背中の向きをパーシウスに合わせる。

 猛将の背中を蹴る。近づけば、軌道上に鎌剣が置かれている。盾で払って、無防備な胸を切り裂こうとした。

「“突風噴射”」

真下から、風。吹き付けられるそれに態勢を崩し、されるがままに遠くへ飛ぶ。


 なるほど、空中で殺せるほど、彼は甘くないのだろう。

「暗殺者と戦ったことがあるのがお前だけだと思うな、パーシウス。私は弟プロイトスとの政争、それ以上に父アバスを隠居に追いやった後。何度も、何十度も命を狙われている。」

正面からであれ、不意打ちであれ。即死さえしなければいくらでも生き延びる方法を持っている、と断言する父。ならば、仕方がないかと割り切った。

「長期戦だ、耐えてくれよ!」

“爆破魔術”を使って小規模な爆発を起こし、モーリッツと距離を作りながら、パーシウスは叫ぶ。




 嫌な戦いだった。

 『神定遊戯』の集結。互いが望んでいるのは同じモノなのに、その手法で明確に善悪を区別し、戦っていた。

 正攻法を是とし、他国を侵略して『帝国』を築くことで『神定遊戯』の終結を望むパーシウスと、邪道を使ってでも……人と神との繋ぎを外し、神に人を見捨てさせる方法をとってでも『神定遊戯』を終結させようとするモーリッツ。

 結局目的は『神定遊戯』の終結なのだから、どちらに転んでも問題はない。

 神の望みを叶えるのか、神に人を見捨てさせるのかの違いでしかない。


 アルス=ペガサスとして正しいのはパーシウスだ。そんなもの、モーリッツとて重々承知だ。

 しかし、その『神の望みを叶える』ことをしなくなって、千年。アルス=ペガサスが正当に『神官』を始めて、千年。積極的な戦争をしなかった。『帝国化』を目指さなかった。その果てにあるのが、たった200年神が降らなくなるだけで国体の維持すら危ぶまれる程度には崩壊したペガシャール王国だ。

 正しさは、正解ではないことを、他でもない歴史が証明し続けている。ゆえに。

「『神定遊戯』を終わらせるのは、私だ!」

大きく息を吸い込む。パーシウスが使った“爆破魔術”は都合三度。部屋中に充満する煙は少々苦しいが、それは恐らくパーシウスも同じ。

 剣を振り下ろす。覚悟の決まった、力強い一閃がねじ曲がった光を放ち……振りかぶった姿勢で、硬直する。

「視覚付随の薬と竜牙草。かけ合わせれば『石化薬』。三度の“爆破魔術”の中に仕込んだ、アルフェラッツ謹製の薬だ。」

動けない。普通固まったら倒れ込むものだろうに、それすら起きない。

「私、は。毒には、耐性が。」

「ケートス殿は口を開けなかった。あれだけ動き回って戦ったのだ、毒の巡りも早いだろうに、よく話せる。」

耐性そのものに対する、確かにあるという事実を暗に示しつつ、剣を向ける。

「ピーネウスはどの隠し通路から出した?」

「お前の知らぬ、通路だ。」

「なるほど。父上が当主になってから作ったもの。もう十分です。死んで、」

「待て、俺の質問がまだだ。」

剣先を肉に食い込ませると、ディールが口を挟んだ。素直にパーシウスが一歩下がる。


 壁を思わせる出で立ちに、石のように動かないモーリッツから汗が一筋。

 あまりの存在感と、恐怖に、閉じ切っていた本能でさえわずかに開く。

「アブルストルク=ネリーティア子爵の長男は、どこだ?」

「ゆくえ、ふめい、だ。」

「こっちに匿われてんのはパーシウスから聞いてんだ。言えよ、俺はアファール=ユニクの嫡男だ。」

槍をちらつかせながら、脅す。言葉に、モーリッツが閉口する。


 その因縁は、彼も知っている。アダット派子爵家のうち、問題を起こした者の大半は、アルス=ペガサス公爵家で匿われていた。

 本人が出てきた。それも、パーシウスに連れられて、『神定遊戯』が起きてから。

 どうしようもなく匿いつづけられないと判断して、モーリッツは笑む。

「ピーネウスと、出た。もう、ミケナ、だろうさ。お前自身の手で、殺せると、いいな?」

煽る。どうせ死ぬなら、煽って、怒りを育ててやろうとばかりに。だが。

「あ、そ。ならいい。パーシウス、いいぜ。」

あっさりと。実にあっさりと、武人は去り。

「さらば、父上。」

何故か疑問に思うモーリッツに答えぬままに、モーリッツの首は落ちる。


 準備諸々込みで4か月近くかかった内乱にしては、実にあっけない、父子の幕切れだった。

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