24.次の目的地
レッド=エドラ=ラビット=ペガサシアは優秀だった。
そう俺が確信した理由は、あの後一度も追撃がなかったことだ。
あれほど攻撃されて追撃してくれるような敵なら、とても楽だったのだ。頭が緩く、部下たちをまとめる能力がないと判断できるから。
だが、実際は兵の士気が下がっていて部下からの信用が落ちるということを受け入れてでも、レッドは勝てないという事実の方を重要視した。今攻めても、自分の求心力と、何より兵の損失が増えるだけということを受け入れた。
負ければ何も残らない。しかし、今レッドが撤退すれば、今の戦力では勝てないという情報を持ち帰り、態勢を立て直す余裕を与えてしまう。
「簡単に立て直せないほどに追い詰めるか?」
今度はこちらから追撃をかけるか?とエルフィは問いかけてくる。
「そうしたいのは山々だが、出来るのか?一歩間違えれば、こっちが逆に追い詰められるぞ。」
この状況と、俺の手駒と、手腕。レッドはおそらく、もうすでにこちらが追撃に来るかもしれないということは読んで、迎撃姿勢は整えているだろう。
「じゃあ、態勢を整える余裕を与えてやるのか?」
おもしろくないな、というように鼻を鳴らすエルフィ。まあ、わからんでもない。というか、俺も面白くない。
彼女に機嫌を損ね続けられているのは困る。めっちゃ困る。
機嫌を取る意味合いも込めて、別の視点から言葉を発する。
「だが、逆に好機だ。」
そのセリフに、彼女は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「まず、敵の離間策だな。正直な話、国全体を相手どれば勝ち目はない。」
今まで、ペガシャール王国内にはおおむね三つの派閥がある。主義主張には……まあ、一定の義がある派閥集団だ。
血縁を護りアダットを王とするべきだという、アダット派。国王は最も能力が高い者、つまりはレッドが治めるべきだという、レッド派。
そして、あくまで国王に仕えるだけだと主張する、第三勢力。
反王太子派のほとんどがレッド派、都に近い方に住むのはアダット派。貴族勢力の八割は、このどちらかに所属している。
アファール=ユニク子爵はアダットを王として戴きたくないものの、王となれば仕えるというスタイルをとっていた、第三勢力派閥だ。
そんな第三勢力であれば、ディアの存在を主張すればこちらについてくれるだろう。何せ……血統でも才覚でもない、『王像』という絶対の旗頭がここにあるのだから。
「今から俺たちと戦うために、レッドは部下の徴用を開始するだろう。それは、王太子派の貴族も例外ではないはずだ。」
「アダット派だからと言ってなりふり構うほどの余裕はないと気づいたはずだからな、レッドは。」
「となれば、俺は噂を流すだけでいい。アダットの支持者を減らすべく、レッドが動いている、と。」
「そうだ。そうすればアダットは勝手に勘違いしてレッドを糾弾し、二人が反目しあって戦い合い、消耗する。」
「そこを俺たち『王像』軍が占領すればいい。」
阿吽の呼吸とはこのことを言うのだと思う。息つく間もなく、俺とエルフィは互いに言葉を交わしあう。
今思ったが、どうもここには謀略を理解出来る奴がいないらしい。下で聞いていたペディアたちは、知らない言語でも聞いているのかのようにポカンと話を聞いていた。
いや、戦士としての力量は疑うまでもなく高いのだが、どうも政略謀略になると話にならないようだった。
俺とエルフィだけでその辺やっていくのかぁ、となると気が遠くなる。何人か人が欲しい。
「さて、そうなると、考えるべきことが一つだけあるな。」
「噂の流し方か?」
「いや、それはいらない。」
既にこの結論を予想して準備は整えた、と言う。
「どちらが国王かわからないな。」
俺がぼやくと、エルフィはは甘ちゃんめとでもいうように鼻で笑った。
「いきなり一人で背負うには、国王って言うのは重すぎるだろ?」
そんなセリフは、最も優秀な王族である彼女だからこそ言えるものなのだろう。さながら太陽のようなまぶしさである。大樹の根のような頼もしさである。
まあ、比較するとちょっと沈むが。
「だがまあ、正直なところお前はとんでもなく優秀だよ、アシャト。私に劣っているのは、その武勇と智謀と頭の回転くらいのものさ。」
それ以外は私と並んでいる。お前は十分素晴らしい王だ、と彼女は笑った。いや、逆にそれ、何なら並んでいるんだろうか。
しかし、なんだかんだエルフィが俺を認めているという事実。それが聞けるなら、俺は嬉しい。もう年は20を超え、そんなことで喜ぶ年齢ではないにも関わらず。
「ありがとう。」
素直に感謝する。彼女といると、何か心が救われるようだった。
「さて、アシャト。」
時折後方を気にしつつ、エルフィが言う。
「アファール=ユニク子爵領には、もう辿り着くな。」
目の前の、大きな壁。城下町を目前に、エルフィが言う。
「次の目的地は、もう決まっているな?」
「ああ。西方……旧都ディマルスと、その周辺の第三勢力派閥の説得に行く。」
王国内三派。これは、大体地域ごとに集っている。
現王都ディアエドラ周辺には、親王太子派が、王都の東方、エドラ=ラビット公爵領公都ホーネリス周辺には反王太子・親レッド派が。
そして旧王都ディマルス周辺には、第三勢力派閥が、並んでいた。
「あっちに行って、勢力を整える。国家機密資料も、結構あっちにあるんだろう?」
「ああ。あとは、私の実家があるな。」
俺と私をよく変えるエルフィに、どちらかにそろえて欲しい。慣れというものがあるから、もう厳しいというのはなんとなくわかるのだが。
「旧王都の守りの任、エドラ=ケンタウロス公爵が就いていたか、そういえば。」
「ああ。わが父は喜んでお前に協力するだろう。」
父はアダットとレッド、両方嫌いだからな、と彼女は呟き、俺はそれを聞き逃さなかった。
「どうしてだ?」
「簡単さ、忠誠を誓うには足りなかったということだ、器がな。」
俺がそれで受け入れられるのだろうか。という心配はしなかった。エルフィールに認められているのだ。彼女の父なら、俺のことを認めるだろう。
「まず、三日休みだ。その次に、七日ほど、調練。騎馬兵団が欲しい。」
門に入る前に、エルフィと方針の打ち合わせについて済ませておきたかった。
彼女がいるなら、俺は愚王にはならない気がする。彼女であれば、俺の仕事も請け負ってもらえるだろうから。折れる前に、きっと支えてくれる。
「……隊長は、クリス。ペガサスは全てゲイブ子爵に預け、アメリアを置いていく。」
ヒトカク、ソウカク両山の賊徒討伐、第1・4・5義勇軍の崩壊、レッドの軍から奪った馬……何人かが引き連れてきたおかげで、馬やペガサスがそれなりの数手に入った。
……アメリアめ、あの戦の最中に、どうやってレッドの軍からペガサスを強奪してのけたのか。というかどうやって一人でペガサスを百頭同時にいうこと聞かせているんだ。
初めて見る少女の才覚にあきれ果てる。あと、ちゃっかりクリスは馬車をパチっていた。敵が逃走した跡地からだったらいくらでも盗む余地はあっただろうが、手癖が悪い。盗賊の本領発揮といったところだろう。
ペガサスの数を思い出したかのように頭を押さえつつ、納得と苦渋を重ねたようにエルフィは言う。
「アメリアをペガサス隊の隊長にするのか?」
「ああ。今回、ドラゴーニャ王国が出てきた。あの国で最も恐ろしいのは、空戦部隊だ。」
ちなみに次点で戦車部隊だ。それぞれの国に、それぞれの誇りとする部隊がいる。ペガシャール王国は騎馬隊が有名であった。
「対策を立てないと、すぐに負けるからな。それに、おそらくアメリアは、地上戦に向いていない。」
「ああ、それはわかるな。貴族どもから乱獲したペガサスを彼女に預けよう。半年あれば、実戦にも出せるだろう。」
他の人材不足をどこまで補えるかわからない。しかし、とりあえず、おおよその人材配置は、彼女と二人で定めたのだ。
王都ディアエドラでは、ぼろぼろに敗退してきたレッドに、アダットが激高していた。
「レッド!どうして勝ってもいないのに帰ってきた!」
無感情な瞳で二人を眺める国王の前で、癇癪を起こす子供のような叫び声が部屋に響く。
アダットならそう言うだろうと思っていた。レッドは心の中で嘆息する。
「勝てるわけがないだろ。協調もない、指揮系統も統一していない、優秀な武官もいない!俺の想定以上のクソ軍隊になっていたわ!」
それを聞いて、アダットがニヤリと口角をあげる。
「そうか。なら、責任を取って死ね。」
「いいのか?俺の支持者たちが喜び勇んでお前に戦争を仕掛けるだろう。アシャトと同時に相手どるだけの余裕があるといいな。」
う、と固まる。そうだろう、貴様に、この国に、もはやそのような余裕はない。
「ドラゴーニャ王国からの援軍。王都の戦力、両者纏めて返却する。指揮が執りにくくて仕方がない。」
互いの思惑が違い、指揮がバラバラになる。俺は、出来る限り俺の支持者たちで戦いたかった。
だが、数日の王都滞在はしておきたい。やるべきことがいくつかあった。
「アダット、今回お前は俺に兵を預ける命令書に、俺に従えとは書かなかったな?その責任はどうとるつもりだ。」
「余の配下だぞ!貴様にいいように使われてたまるか!!」
また癇癪を振りまく子供のように見えた。だが、これがペガシャール王国の王太子なのだ。
こいつに忠誠を誓うのはいやだ。そうはっきりと思い、だが軽く頭を下げて言う。
「では、そのことについて言及するのはやめましょう。俺が王都で数日滞在する許可をいただけますか?」
責任を問われることから解放されたからか、俺が頭を下げたからか、一瞬でアダットは機嫌がよくなった。だから、その勢いで「いいぞ」と口にした。チラリと視界を上げて玉座を見ると、ヒラヒラと王も手を振っている。あれは、勝手にしろというやつだな。
ほんと、扱いやすい愚物だ、アダットは。自分が国王に操られているとすら思わないようだ。
侮蔑の念は決して表情に出さず、上がりそうになる口角を必死になだめる。バレると面倒だから、なるべく早くと、さっさと彼の前から退場する。
「兵たちを休ませよ!五日後に領地に帰る、それまでゆっくりしていろ!各々三万ニエまで報奨金を出してやれ。マティアス!!」
「は、ここに。」
兵たちに休みの支持を出し、報酬を渡し、それから執事を呼び出す。
「デット子爵家、ニネート子爵家、コリント伯爵家、ミデウス侯爵家に使いを出せ、明日伺うとな!」
軍は、人だ。有能な人材をいくら味方に引き込めるかだ。
俺はそう確信し、次々と指示を出していく。
敗北は、人を成長させる。今のレッドは、立派な王族の一人、貴族の棟梁であった。




