241.パーシウスの来歴(6)
スルティリア=パーン子爵家、フラウディット=フグラウティル男爵家、ルードレスト=ナクヴィラ男爵家……ティラム=シラーを始めとする、総数10もの公属貴族の次代を担う貴族たちと顔を合わせた。
5公5候10伯14子29男34騎。総数にして97もの公属貴族、そのうちの一割弱。そう聞けば少ないようにも思えるが、5公も5候も一角は崩れている。それ以下など言うに及ばず。
実際のところ、ペガシャールに残っている貴族家など60前後であり……六分の一の貴族家を味方につけることが出来れば、少なくともアルス=ペガサスの座を継ぐための公爵家騒動に限れば、敗北など想像しがたいほどの戦力になる。
パーシウスはアルフィルクからの紹介でその全てと顔を合わせ、会話をし、その全てを味方として引き入れることに成功した。
「……化け物だな、貴殿は。」
一年満たず、である。アルフィルクは動揺しつつ、彼を再び部屋へと招き入れ、そう告げた。
その言葉は何の裏もない賞賛であり、手放しで彼を認める言葉に相違なく。
「私も貴殿の味方に……。」
「今日はそのことで参ったのではありません、アルフィルク殿。」
なる、という言葉を、パーシウスはいきなり遮った。言葉を遮られた不快感よりも、何が飛び出てくるかという興味に駆られた、少年と呼べない年になったアルフィルクは身を乗り出す。
だが、少年の発した本題は、青年の興味を吹き飛ばして余りあるものだった。
「妹御との婚約を許可、後ろ盾になっていただきたい。」
「は?」
顎が外れるかというほどに大きく口を開き、青年は疑念の声を発する。いきなりなぜ。一体何が。言葉にならない衝撃に身を攫われながら、ゆっくりと後ろに控える侍従を見た。
アルフィルクの侍従は、言うまでもなくティラム=シラーの動向をある程度把握している。己が後にここに来た妹の動向も知っていようと、問いかけようとして。
首を振る侍従の姿に、失望した。その失望が無意味であると悟りつつも、失望してしまう己がいた。
「いつからだ?」
「アルフィルク殿と会った翌日。竜牙草の礼をしに参られてから、少しずつです。」
唖然としながら、しかしアルフィルクは納得する。竜牙草は、弟と妹に渡した。誰に渡したかは言っておらずとも、アルフィルクの動きを見れば一目瞭然ではあったろう。
きっと、礼を言いに行ったに違いない。他でもないアルフィルクの妹である。好む好まざるをおいて、礼節の大切さは叩き込んでいた。
「……妹は、私たち三兄妹の中で最も薬学に優れ、医術においても私を凌ぐ。弟は三兄妹の中で最も医術に優れ、薬学も私を凌ぐ。ゆえに、弟妹に竜牙草を渡すのは必然であった。」
「ええ、アルフェに聞きました。しかしあなたは政治に優れ、経済を読め、人徳を持つ。医術の名門としての役割は弟御ルクバー殿が担うだろうが、貴族が出来るのは貴方だろうと。」
「ああ。それは否定せぬ。弟は医者は出来ても貴族は出来ぬ、為政者にはなれぬ。私は貴族の当主になれるだろうが、代わりにティラム=シラーにはなれぬ。」
吐き捨てるように出される言葉。それが、最初の「本題」に対する答えを含むことを少年は悟る。
後ろ盾にはなれない。なぜなら、彼はティラム=シラーとして相応しくないからだと。後ろ盾になるだけの実力を、侯爵家の内で得ることは叶わぬだろうと。
否定は、出来なかった。医者の家系である。医術にてその地位を得た家である。なら、その当主が医者として優れていた方が良いのは自明で……。
「魔術は?」
「はい?」
「人類が挑み、1500年もの歴史の中で一度も成立させたことのない“治癒魔術”。それは理論上不可能だということは、重々承知であるが。『医術』を執れる医者が現れるまで命を繋ぐ『魔術』であれば、貴殿にでも出来るのでは?」
延命を施す魔術。そんなことをいきなり言われても、大層困るのだが。
しかし、青年はその言葉にわずかな光を見た。
「“治癒魔術”が成功しないのは、現象の工程と結果をすべて記載せねばならない『魔術』に対し、『医術』の工程が複雑すぎ、記述が足りぬからだ。仮に全て記述を終えたとして、その魔術陣を扱うには最高難度と言われる4難9段階魔術以上に繊細な魔力操作が必要になる。……しかし、それは“治癒魔術”だけの話だろう?」
「傷口を焼き、薬を煎じ、身を浄めるだけなら魔術でも出来るだろうと?」
「ああ。そういう役柄なら、出来よう?」
「魔術である必要はないな。それくらいは覚えれば誰にでも出来る。」
「では、それらが出来るようになった『魔術戦争部隊』となれば?」
「……。」
衛生兵の役柄。確かにそれは、ティラム=シラーの領域であった。しかし、衛生兵が抱える問題の最たるものは、戦場での価値の低さにある。
彼らの真骨頂は停戦期間中や、進軍中。戦争時は後方支援という名で、一部隊護衛に割かなければいけないという足手まといっぷり。もちろん、無ければ戦争が出来ないのだが……扱いに大変困る。
その枠を、戦争が出来る部隊に変えないかという誘いであった。
「以前、それを考えたものは多くいた。その悉くが衛生兵自体によるサボタージュという結果に終わっている。その理由を、貴殿は知らぬと申されるか、パーシウス殿?」
「もちろん、承知している。軍事行動と衛生兵としての役割との両立は多忙を極めた。双方ともにやってはいれぬと匙を投げた。それくらいは、把握している。」
「では、なぜ?」
「戦場から野戦病院に至るまでの間に、死亡する兵士の数を知っているか?その中で、応急処置が正しくなされていれば、命を繋ぎ止めることが出来た者の数は?後遺症が残らない可能性が高かった兵士の割合は?」
問われて、黙り込む。衛生兵が戦場では邪魔になるということは、野戦病院が築かれるのは戦場から見て遥か後方になる。徒歩で二時間程度かかるような後方だ。
それも、健全な兵士が歩いて二時間、である。負傷兵、四肢欠損すらあるような兵士を運搬するともなれば、二時間では済まされない。
それだけの時間があれば、肉は腐る。傷は膿む。病原菌は体の裡を食い始め、治療しようという免疫力や体力は著しく落ちるだろう。
「対症療法でいい。戦場から野戦病院に着くまでの間に、それが出来る軍隊の必要性は何度も議論されてきたはずだ。衛生兵未満の衛生兵、しかし戦争が出来る部隊。それを魔術でやれと言っている。」
「……。」
アルフィルクは黙り込む。間違いなくティラム=シラーの領域にあり、間違いなく己の仕事であるが……裏を感じるような。
パーシウスが善意でそれを伝えるとは思わない。他でもない彼への信頼が高いからこそ、彼が彼の利益を考えていないとは思わない。
「アルフィルク殿が戦力を持ってくれていれば、私が反乱を起こした時に兵士を出してくれると信じているからだ。」
「……。」
それは、当主になるだけの地位を得ていたらという話だと言いかけて、やめた。アルフィルクが医者であるための話をしたところである。
「ついでに言うならば、だ。私が『アルス=ペガサス』になるということは、国が積極的に戦争を起こすということだ。医術というと釘だけで侯爵家の地位にしがみつけるとは、私は思えない。」
「本音はそれか。既にある侯爵家を残す方が、後々の争いの種にもなりにくい、と?」
「ああ。国内平定にかかる時間が短ければ短いほど、外と戦える時間、神の望みを叶えるための時間を長くとれる。それは、貴殿にとって望むところになるだろう?」
望むところだろうではなく、望むところになるだろうという言葉にアルフィルクは冷や汗を流す。一年前に言ったあの言葉を使うなら……ティラム=シラーが『パーシウスの掲げる王像の王』の派閥になるためには、戦える時間を短くすることを『望まなくてはならない』のだ。
考える。考えて、考えて、考えて。
「応急処置ができる魔術部隊という考えはお断りする。」
下せるような結論は、それしかなかった。
「だが、戦争が出来るようになっていた方がいいという意見には賛成だ。私は魔術部隊を創る。」
驚いた顔を、公爵家の少年はした。お前が導いた結論だろうに、と言いたいのを侯爵家の青年は必死にこらえる。
「医術に優れた名家であるという部分は弟が継ぐだろう。私は侯爵家を継ぐ。家を守る戦力を、私は作ろう。」
「いいのか?」
つまり、ティラム=シラーとしては落第になるということだろうという今さらな疑心に、アルフィルクは嗤う。
「お前が父を排除するとき、私も父を排除する。それだけの話だろう。それより、妹との……アルフェラッツとの婚約だったな?」
少年が急激に態度を変える。先ほどまでの高慢な態度は鳴りを潜め、背筋を伸ばした姿勢へ。ことこれに関しては、爵位が何だろうがパーシウスが立場は下だ。
「アルフェラッツが望み、私が後ろに付けば、ティラム=シラーの家は抑えられよう。だが、アルス=ペガサスはそうはいくまい。お前の父は、お前がティラム=シラーの娘と婚姻を結ぶことを望まぬはずだ。」
暗に、勝てぬ戦はしたくないと主張するアルフィルクに、パーシウスは、それはそれは生意気な笑みを浮かべた。我が意を得たり……今にも聞こえそうな笑みであった。
「まだ、我が祖父は存命だ。父モーリッツに監禁されてはいるが、祖父は紛れもなくアルス=ペガサス。祖父の決定は、父も、まだ無視は出来んのさ。」
一年後、セリポスに帰ったとき。必ず連絡すると、彼はそう言い切って。
パーシウス率いる『神権脱退派』は、1500年以上もの歴史を誇る公爵家と、医術にて国内で右に出るものはいない侯爵家、二大巨頭にて形成された。




