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239.パーシウスの来歴(4)

 フェムには結構な数の子供がいた。

 どういう原理か日の光が差し込む建物の中で、エビエルが壇上に立って話している。

 しれっと授業に混じるようになったはいいものの、紹介もなければ自分から話にいくこともなかった。

「アルス=ペガサス公爵家の次男に対してこの仕打ち、少々無礼ではございませんか?」

フェティウスの問いかけに無言で首を振る。こんな打ち棄てられた場所で、身分もくそもあったもんじゃないだろう。

「聞いとかなくていいのか?経営論だ、お前の領地経営に役立つぞ?」

「どうせ私は三男、役人階級に落ちるかよそに婿に出されるかしか択はないのですから、学んだところで意味などありませんよ。」

道理ではあるが少々考えが浅い。こんなところに出てきて父上に逆らおうとしている時点で、長男次男の序列などあってないようなものなのに。


 なんとなくではあるが、完璧を求めない上に諦めを持っている姿勢そのものは、好ましいものではあるのだが……何か人の上に立つ役割を任せるには少々不安だ。

 こいつは戻ったら、クビだろう。どこかの部隊の副隊長とか、執政官の一人とかにするべき男泣きがする。

「そんな悲しいこと言っていないで、話を聞いておけ。お前にとっても価値のない話じゃないぞ、これは。」

1500年、いや、1300年か。その間に溜め込まれた経営のノウハウの、ほとんどがエビエルという男の頭の中にあるらしい。歴史書を信じるならば、彼は200年生きているのだ。学びを得る時間など、いくらでもあったのだろう。

「……しかし、なるほど。今の世には何の価値もない論法が多いな。」

話を聞いていて、より顕著に思う。『神定遊戯』による、豊穣の確約。それを基盤とした論調が多すぎる。


 というよりも。『誰も飢えることがない』という前提の経営論が多いのだ。領地で余った資源や特産を、どう売りさばくのか。どう使うのかという話が多い。資源が足りないことがあっても、それは娯楽の範疇で……結局、『誰も飢えないためにはどうするのか』という今切迫した状況に対する理論がない。

 『満ち足りている』前提の理論。『足りない』ことが想定されていない理論。そこには、現状を打破するような考慮は一つもなく。

「エビエルとやら。一つ聞きてえ。今この瞬間、そこらにいる村の連中は皆飢えている。今の授業に、それを何とかする方法はねぇ。あんたならどうするんだ?」

だからこそ、グランシェは問うた。彼も彼とて、ここまでに至る道で多くの飢えた農民を、神に縋る役人たちを、食糧を奪う盗賊たちを見てきた身。思うところがあったのだろう。

「待ちます。神を。」

即答。考える間すらなかった。神を待つ、確かに彼が教える手法を活かす治政を行うには、どうやっても神の力は、豊穣の確約は必要だ。が……

「今の時代にはあまりにそぐわない。その点に関して、エビエル殿が200年待っている間に出た結論が、『待つ』だというのは少々気になります。この国の誰よりも、神のいない時代を生きたのがあなたのはずだ。その生涯のほとんどを、神に裏切られてきたはずだ。なぜ、待つという結論になるのか。お教え願いたい。」

立ち上がって糾弾する。その言葉に、何人かの生徒が顔を見合わせた。

「……神に裏切られてきた。それを否定する言葉はありません。ですが、それをさしひいても、神はあまりに恐ろしく、また素晴らしい。見れば誰もがわかるでしょう。人の努力がいかに小さなものか。努力を重ねて農作物を作るより、神の恩恵に縋って豊穣を求めることの方が、何倍も楽であると。」

そうやって思考停止し、神に依存する形をアルス=ペガサスは是としない。依存するということは即ち、神を利用するということ。神の望みを叶えないということに他ならない。


「楽な道に逃げるのが是だと!だから、今何もしなくていいとおっしゃるか!」

驚いた。激昂するように立ち上がったのは、フェティウスだった。聞く意義がないと言いながら、話はきちんと聞いていたらしい。感情で動いたのは欠点だが、自分の聞きたいことを聞いてくれたから良しとしたい。

「……いいえ、今に対処する有意性は、私も認識している。ですが、再び神が降ったとき、その努力の意義はどこに向きますか?降らなかった神の使徒にですか?何ら対策をしなかった貴族にですか?私は断言しますが、そのどちらでもないでしょう。」

少し、考える。彼は何を言っている?いったいどんな主張をしているのか。それを理解できなければ、自分は彼から何も吸収できないだろう。

「何度も言うように、神は人智を超えます。敵対するどころか、恨みつらみを向けることすら誰もが躊躇う。今はよくても、『神定遊戯』が始まれば、誰もが必ず神への畏敬の念を新たにするでしょう。」

もはや予言だ、と言わんばかりの主張にクラッとする。だが、実際事実なのかもしれない。そうでなければ、それほど絶対的なものが『神定遊戯』になければ、200年もの期間降らない神に誰もが縋るという状況に納得出来ないからだ。


「神や神の使徒に、無駄になった努力の苦さを向けることは畏れ多くて出来ない。では、貴族は?……それも不可能でしょう。なぜなら、待った方が正しいのは他でもない神自身が証明している。神を引き合いに出されて否定出来るほどに、民は、人は、賢くない。」

言葉が耳に入って、しかし受け付けたくないとでも言うかのように理解を阻む。そんな無意識の壁を強引に突破して、頭に言葉を染み込ませて。

「他責が出来ないなら、自責ですか?」

「いいえ。神の力が降ったことで、己の努力が無駄になった……これに自責が導き出されるのは、随分と無理があるでしょう。あまりに強烈な無力感は押し寄せるでしょうが、それは自責にはあまりに結びつかない。なにしろ、自分を責めるような問題点は一つもないのだから。」

ただ、生き足掻いただけ。その努力が、あまりに無価値だったと、無意味だったと嘲笑われただけ。それを証明するのは、誰もが逆らう無謀を感じさせる絶対性のモノ。『神』なるモノ。


 なら、どうなるのだとグランシェが苛立ったように声を上げた。今の状況が変わらないから神に縋る、そうやっていることで未来に繋げなくなる『今』を肯定しろというのかと。

「いいえ。ですが、今をどれだけ変えようと、『神定遊戯』が降った時点で元に戻る。そんな情けない状態になるのが目に見えていて、今を変えろとは決して言えません。」

……ああ、気付いた。気づいてしまった。

「あなたたちは私を、神の力をよく知るものとして、諦めている者として見ているでしょうが。それに足るだけの根拠がある。」

彼の言葉に、理を悟ってしまった。そうだ、彼は最後の『神定遊戯』を知る者だ。200年前を知る者だ。それは結局のところ、それだけ生き、それだけ見たくない現実を突きつけられた者という事実に過ぎないのだ。

 

「私は、エビエル=ルフィエムは。『神定遊戯』を最も近くで見た者であり、同時に、神の力を失い権威が零落する王家を見続けた者だ。神なき王の言葉を聞かぬと忠誠から離れていく貴族たちに抗い、遷都を決行した王の嘆きを知る者だ。」

そうした先で、どんどん国は割れ、盗賊は増え、秩序は崩れ王は形ばかりになりはてた。

 それでも、だからこそ。今を変えても、神の力が戻れば元の世に戻るだけだと彼は言うのだ。神の力がなければ保たれない均衡を知るゆえに。神の力が失われて低迷する国を見続けているゆえに。


「変えるなら、神がこの世にある内でなければなりません。神の世を否定するのは、神のいるうち、身近にある内でなければなりません。そうでなければ、人々は、神に呑まれる。」

神がいないうちに行ってしまう改革は、神が降った瞬間に破綻する――言われれば、納得出来ないことではない。こみ上げるだろう無力感に抵抗できるものはいるかもしれない。だが、時間の問題だとも思う。

 200年ですっかり失われた神の威厳の実感、しかし伝承に残っている限りを読めば、それがどれほどのものか想像は出来る。

「……神がいる世の内でなければ、今を変えられぬと?」

「そも、神に依存し続けたこの国が問題なのです。……そして、神に依存することを是とした貴族たちと、彼らを否定できぬ王が。」

否定できぬ事実に口を噤む。わかりきっていた事実に対して返す言葉がない。

「神に依存するのは、おそらく止められません。今この瞬間に『神定遊戯』が起こっても、人は神に依存し、その力を逃すまいと願うでしょう。」

飢えが激しければ激しいほどに、誰もが神の力を手放さないことを望む。だが……『神定遊戯』があるせいで、ここまで酷い有様になっていることに対して、エビエルはどう思っているのか。


 パーシウスは睨み据えるようにして見つめると、ふっと彼は笑った。

「神の依存から脱却するのは、その時の為政者が考えることでしょう。今考えるのは、その時が来た時、私たちが何から、どうやって変えていくか、です。さて、前を見てください。そのために必要な歴史は、すべてこのフェムにあります。」

 エビエルが締めにかかる。納得いかない部分は多々あるが、主張としては筋が通っているように思う。


「パーシウス様の望む主張ではないのでは?」

小声でフェティウスが聞いてくるが、首を振る。確かに自分の求める答えではないが、自分が最も困る意見でもまた、ない。

「『神』への依存から脱却する必要性は彼も感じている、という時点で問題はない。神に依存しているべきだ、という主張よりは全然な。おそらく、依存からの脱却方法が『神定遊戯』の集結だと言い張っても、そういう意見もあるでしょう、ですませるだろうさ。」

それは、自分の厭う言葉ではない。パーシウスはその点に関しては納得した。……だが、納得しないものが、一名。

「今苦しんでいる者は、どうなります!」

「……これは二択の話なのです、グランシェ。向こう百年のためにここ十年を捨てるか、ここ十年のために向こう百年を捨てるかという。」

何言ってんだこいつ、とでも言うかのような目で、竜人がエビエルを見る。だが、これについてうまく説明することは出来ないとパーシウスは思う。その上で、納得出来ずとも話を切り上げ、次の話に移るにはどうするべきか。

 エビエルがこちらを見つめてくる。お前が連れてきたんだろう、なんとかしろと言われているようで気に障る。


 苛立ちを視線に混ぜてエビエルに頷き、竜人を見た。

「神の力に頼らぬ農耕生活を作りあげたとしてだ、グランシェ。『神定遊戯』が始まり、王が『子像』を産み落としたあと、国には豊穣が確約される。その時、必死になって作りだした農作物が、神の力一つで超えられてしまうものだって知ったら、民はどうするかという話なんだ。」

開墾をしなくなるだろう。農地に水を与える必要を持たなくなるだろう。土地に肥料を与えることを辞めるだろう。土を作ることを止めるだろう。

「そんなことはない!そこまで、極端な道には……。」

「盗賊になった者たちはどういう者だ?俺たちが道中で殺した彼らは、盗みや殺しを是としていたか?」

「……。」

竜人が黙り込む。彼らは食うに困り、盗みを働いたものだ。開墾を怠り、あるいはやり方を知らず、生きるために他者から奪うしかなかった者だ。

「人は、倫理で本能や衝動を抑え込めるほど強くはない。ましてや、『神定遊戯』は平均して20年続く。1年2年ならサボるなと叫べるかもしれないが、それだけ長い時間耐えられるように、そもそも人間は出来ていないんだよ。」

「……!」

「だから、対策を後にする。神の力の前には努力など無駄だった、と人々が絶望するのではなく、ただただ畏怖と尊敬、あとなぜもっと早く来て下さらなかったのかという疑義に留まるようにしてしまう。神が降ったときの為の『政治』を今から始めておこうと、そうエビエル殿は言っている。」

「なにもしないことが、『政治』だぁ?」

「正確には『対策』と呼ぶ方がいいとは思うが、まあ、前後関係も考慮すれば『政治』と呼ぶ方が適切だろう。俺も好きな考えではないが、筋は通っている。利も、そして理もある。ただ……情と責任がないだけだ。」

グランシェはそれでいいのかと怒りに染まった目をさらに細めた。奥底で煮えたぎる激情がこちらを焦がさんとしている気すらする。


「そこまで他者に強要することは、お前も俺たちにも出来ない。情と責任か、理と利か。それを選ぶのは、各々の意見であり、各為政者であり、社会情勢だ。『神定遊戯』が降っていない世でお前が『何もしない』為政者を咎めていいのは、おそらく俺たちアルス=ペガサスに連なる者だけだ。」

あるいは、直接王族を憎むか。その二つしか、許していいものではない。秩序的に。

「なぜ!」

「お前が他の貴族の領地に籍を持つ領民ではなく、他の領地に介入するほど役位が高い貴族でもないからだ。」

「……。」

グランシェが黙る。意味合いだけは理解したのだろう。納得は出来ていない、その瞳に謝意を持つ。


 だが、そうか。グランシェではなく、エビエルに対してパーシウスは憐れみを感じた。

 

 何もしないという主張の裏にある、何も出来ない無力感。これを、きっと彼は、200年近くの間抱き続けてきたのだろう。

「……圧倒的発言力と強権を持つ、『神定遊戯』にて選ばれた王が必要になるな……。」

大手の貴族が背後につかず、あるいは最大発言権がアルス=ペガサスになるほど無力な者が。『エドラ』の名を冠し、しかし後ろ盾に実家を持たない者が。あるいは……それらの意思を嗤って捨てられる王が。

 今『神定遊戯』が起きれば、必然権力は王に集中する。その程度には荒れている。

 だからこそ……あとは、『誰が』王になるかが重要であると、パーシウスは悟った。悟ってしまった。


 この時、パーシウス=アルス=ペガサス、10歳。神遊歴981年、春のことだった。

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