238.パーシウスの来歴(3)
関門だった。
国内にある多くの関所はもはや関所の体を成しておらず、法外な通行量を求める場所から放棄されて廃墟と化した場所、盗賊の根城となった場所まで様々だったが、それらは抜け道を使ったりして切り抜けてきた。
だが、その関門だけは、抜けるのが大変に難しかった。即ち、フェムに入る門である。
「パーシウス様、お待ちしておりました。さあ、帰りましょう。」
親の顔よりよく見た顔が多くあった。剣術師範、ミケナの衛兵、屋敷の守衛。総勢7名に渡る追手が自分の前に立ちはだかっている。
「……フェムに入って待っていると思ったが。」
「ここの管理人が淹れてくれなかったのですよ。」
妖精フェムが活動しているのか?という疑問はいったん胸に仕舞いこむ。今の話からするに、彼らは恐らく。
「何ヵ月野営して待っていた?」
「なに、三ヵ月には満ちません。」
髭の処理や手入れが為されていないと、随分人の印象は変わるらしい。剣術師範は元よりそこそこに髭を生やしている男だったが、それにしたってぼさぼさであった。
三ヵ月。それほど待ったとなると、昼夜を徹して走ってこなければならないはず。父の本気度が垣間見えて、少し引け気味になってしまう。
「顔見知りしかいないのも、父上の狙いか?」
「どうでしょうね、そのあたりのことを考えるのは我々の仕事ではありません。」
それもそうだ。改めて、前にいた七人が武器を構える。
「信号弾!」
「は!」
一人が空に向けて、赤い光を打ち上げた。これは、もしかせずとも。
「四方の門全てに人員を割いたのか?」
「ええ、そうですよ!」
先端が布で覆われた棒が振り下ろされる。槍の代わりだろう、自分を殺さないために、あえて加減した武器を使っている。
「っ!」
剣を抜いて弾き返す。いくら木製とはいえ安物ではないのだろう、流石に切り落とすとはいかないらしい。
「グランシェ!」
「ああ!」
躍り出た護衛が槍を折り、木剣を割り、飛んできた矢を弾き飛ばす。流石は竜人、いくら頑丈とはいえど鋼鉄に劣る武器を叩き壊すのは難しくもないようだ。
だが、彼は肉体的には強すぎる。気絶させるに留めるような手加減をするのは、なかなか難しい。
わかっているから、武器破壊はしても直接手を下そうとはしていない。
「通してもらおう、ビーディア=ロダン子爵。」
「お断りいたします、パーシウス公子。アルス=ペガサスが長は、モーリッツ様でございますので。」
私に命令をしたければアルス=ペガサス公爵になれと言うか。わざわざ口にせずとも、そんなものわかっているさ。
「押し通る!」
「決して通すな!」
武器を抜いても、おそらく彼らは道を阻む。今彼らを殺せば、パーシウスが公爵家に戻ったとき要らぬ禍根を残す……
「ねえ、そこどいて。邪魔。」
声が、聞こえた。ペガシャール大学校フェム、その門の内側から。
女の声。しゃべるのが億劫そうな、ダルそうな声。
しかし、確かな存在感と、何より鬱陶しいという感情がありありと籠められた、ある意味大物である。
どう考えてもいざこざの場に、「私が通る、邪魔だ」と言い張れる人間だというのだから。
「黙っていろ!お前にはこの紋が目に入らないのか?」
「紋?紋って何?」
知らない、とでも言いたげな、いや、実際そうなのだろう声に苛立つように追手の声も力を帯びる。
「このハスの中心で優美に羽ばたくペガサスの姿が目に入らないのかと聞いている!」
「……ああ、確か昨日エビエルが言っていた絵に似ているような……えっと、なんだっけ。アルス=ペガサス公爵?」
「そうだ!今貴様の目の前で起きていることはアルス=ペガサス公爵家の家内問題だ!部外者が口を出すな!」
「そう。私、欲しかったものが手に入ったから、出て行きたいの。邪魔、道を空けて。」
唯我独尊が過ぎる女だ。公爵家と聞いて、何の反応もないのはいっそすがすがしい。よく見れば、パーシウスたちよりも幼かった。年の頃は……5つか、6つか。
追手たちも気づいたのだろう。流石にそれくらいの幼子に強い言葉を投げるのも拙いと思ったのか、勢いが削がれる。
「邪魔したのはごめんね。でも、ちょっとおじさんたち忙しいから、中で待っていてくれると助かるな。」
本当に毒気が抜かれた。なんだそれは。……強い言葉や難しい言葉を発しても、伝わらないと思ったのだろう。それは、わかるが。
「おじさんの都合なんて、知らない。どいて。」
しかし、少女にとっては、人様の都合など本当にどうでもよかったらしい。話を聞こうという姿勢がどこにもなかった。
「こいつ。」
兵士たちのこめかみがピクピクと動くのを幻視した。はいそうですかと言ってどけるような状況では決してない。
「はあ、もういい。“電撃魔術・十連”。」
「なに?」
目を瞠った。仕方がないだろう。掌に描かれている魔術陣が光り輝いていた。それが、一番近い追手に向けられる。
一人目が、落ちる。二人目、三人目と次々に電撃が放たれる。
「フェティウス、グランシェ、下がれ!」
棒を魔力で覆った。十連、と彼女は言った。つまり、十撃分の電撃が来る。
あの魔術は、一撃一撃の間に1秒ほどの間隔があるらしい。放たれてから次に移るまでに、掌の位置を変えている。つまり、掌の向きか、魔術陣の向きを起点として、そこから等距離に電撃を打ち出す型の“電撃魔術”!
魔力を纏わせない武器で、魔術を迎撃することは出来ない。グランシェの鱗が魔術を跳ね返せるものかはわからない。追手は七人、10発分の魔術となれば、3発分は自分たちを狙うだろう。
7人が、倒れた。自分たちが後に回されたのは単純明快、彼女により近い者から狙われたからだ。つまり、次は自分に来る。
「はあ!」
案の定、飛んできた。振り切る、まずは一撃。続いて、二撃目は……一振り一振りの間が1秒しかないのは、短すぎる。間に合え!
「上へ。」
一撃目を相殺する直前にそんな声が聞こえた気がしたが、意識にも残らなかった。二撃目を相殺することは、辛うじて成功した。そして……三撃目は、来なかった。
それを撃っていた少女の方に目を向ける。彼女は魔術陣が描かれた掌を空へと向けていた。
「エビエル……なんで?」
「そこな少年は、おそらく私の客です。邪魔者はもう避けたのでしょう?まだ続ける必要がありますか?」
「ううん、ない。」
少女はそう言うと、小脇に抱えた絨毯を広げた。
「もう一度言いますよ、レオナ。あなたは今から、ラムポーン=コリント伯爵家に向かいなさい。今のあなたの才能を殺さずに育てられるのは、ペガシャール広しと言えどあの家だけです。あなたが15になるまで、あの家から出てはなりません。」
「わかった。今は、そうする。」
「『ペガシャール魔術研究棟』ベルスには、まだ行ってはなりませんよ!」
「わかった。」
いそいそと絨毯に乗る少女が、こっちを見た。
「入らないの?」
「……ああ、入る。ありがとう。」
「どういたしまして。」
魔術において、彼女は文句なしに天才だと思った。“電撃魔術・十連”……難易度だけで言えば、六段階格に相当する魔術のはずだ。それをあっさり実戦で行って見せるなど、あの歳の子供が出来る事ではない。
常識の疎さ……というか、常識など知らぬと言いたげな態度の方は、どうかと思うが。
「パーシウス=アルス=ペガサス殿ですね。入ってこられよ。」
門の向こうから聞こえた声は、決して門の外に出ようとはしていないようだ。なぜかはわからないが、礼を失しているにもほどがあるが……何か理由があるのだろう。
グランシェとフェティウス、三人で踏み出す。後ろにいる追手は放置した。入ってしまえば、彼らは入ってこれない……と信じたい。
「お初にお目にかかります、パーシウス=アルス=ペガサス公爵公子。我が名はエビエル。エビエル=ルフィエム。……罪人としてフェムに幽閉されたケンタウロスです。」
ああ、なるほど。彼が、遷都の時にフェムに幽閉されたというケンタウロスか。存在は知っていたが、まだご存命だったとは思わなかった。
「フェムに入りたい、出来るか?」
「不可能です。フェムは既に大学校としての機能を失っておりますれば。」
さっき、レオナという女が中にいなかったか。どういうことだ?
「ひと月に一度だけ、門を通過することが出来ます。彼女はその時に中に入って、調べ物を全て済ませたらしいですね。」
「……これは、門ではないのか?」
「違います。門前に設えられた、いわゆる洞窟ですよ。」
いつ作られたものかと聞けば、遷都直前に生えてきたものだと言った。
「どういうことだ?」
「神の力の一端が披露されたのでしょう。」
有難いとばかりに手を擦り合わせつつ話す彼の言葉に、素直に頷いてやることは出来なかった。
だが、とにかくもどうやら……遷都前にはなかった施設が出来たらしい。
「ちなみに、『ペガシャール大学校』の中には、一ヵ月以上滞在することは出来ません。弾き飛ばされます。」
どういう意味だと聞きたくなったが……飲み込んだ。聞いても意味のないことなどいくらでもある。これは、そのうちの一つだろう。
「パーシウス様は、何用でここに?」
「アルス=ペガサスの責務を果たすべく、学びに来た。」
即答する。これだけは違えてはいけない。何を聞かれたとしても、である。
それに対して、エビエルはじっと俺の方を見下ろし……。
「それが、何を意味するか、理解しているのですか?」
「重々承知ですよ。」
彼は、神の望みを叶えることに反対の立場なのだろうか。そうすれば、計画が一気に瓦解するのだが……。
「かしこまりました。歓迎します、パーシウス様。」
彼はあっさりと踵を返す。なぜ聞かれたのかわからないが、困るようなことでもない。
歓迎されたのなら、ついていこう。
フェティウスとグランシェに手ぶりで伝えつつ、彼の後を追う。
ペガシャール大学校、通称『フェム』。
ここは、未だ……旧い考えの抜けない貴族たちが、子供を送り込む地である。




