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237.パーシウスの来歴(2)

 深い山にある、開けた場所。

 こんな不自然に開けているのなら、遠目に見たらわかるだろうという場所にあったが……遠目にそこが見える場所からでは、ここが開けていることなど小さすぎてよくわからないらしい。

 百歩譲って開けていることがわかっても、家やら何やらを組んで生活をしている者がいるとは思うまいよ、

とその竜人は語った。

「父は、アルス=ペガサスの来歴を否定した。六国を統一する王を生み出すでも、そんな者が現れるまで貴族たちを諭し続けるでもなく、己らが王になって皇帝の道を閉ざすことを選んだ。『神官』としての役職を、放棄した。」

1500年、家が保ち続けた伝統を放棄しようというのである。


 歩み続けた歴史を否定するのなら、それに見合った成果を為してあるべきだ。例えば、六国ならずとも一国くらいは征服に成功したというのであれば、停滞から一歩踏み出したとして『神官』の役目を下ろしても、肯定は出来ずとも納得はしただろう。

 だが、他国を侵略するどころか、国が著しく後退している中での役職放棄である。パーシウス納得せぬのも仕方あるまい。

「隠されていた秘密を暴き、知ったがゆえにか?」

艶のない鱗の竜人が問う。くすんだ彩に相応の歴史が見てとれる。敬意をもって、パーシウスは答えた。

「ええ。ですが、アルス=ペガサスの歴史は、『神官』として務め、神に護られたゆえに存在する歴史。私たち自身がそれを否定しては、ならないと考えています。」

少なくとも、公爵という絶対的な権力の上から神の御意思に添うべしと貴族たちを煽り罵り、彼らの望まぬ発言を繰り返した千年の歴史の中でアルス=ペガサスが滅びなかったのは、偏に神が護っていたからだ。神の望みを代弁する者として、ディアが彼らを滅ぼすことを認めなかったからだ。


 だからこそアルス=ペガサスは今日まで生き残っている。目の上のたんこぶでしかなくとも、4公5公10伯14子29男34騎の全てを敵に回していてなお滅亡・衰退がなかったのは己らが徹頭徹尾『神官』としての務めを果たし続けてきたからだ。

「僕は『神官』としての務めを果たします。そのために、『神官』としての学びを得なければなりません。」

遠回しに、いずれアルス=ペガサスになると、兄を蹴落として爵位を継承すると力強く言い切る少年の瞳に、老齢の竜人は納得の彩を浮かべた。

「我らはペガシャールに降った折、神の望みを叶える『神官』としてのアルス=ペガサスを支持すると決めた一族だ。責務を果たせぬモーリッツとは距離を取ったが、そうか。まだ、希望は繋がったか。」

国内にある竜人の血族は公的には4つ、彼らも含めて5つ。アルス=ペガサスの彼らは複数の村を形成しているらしいが……一族としての扱いであるのは変わるまい。

「手伝っていただけますか?」

「そなたが、きちんとアルス=ペガサスの本懐を遂げるならば。」

モーリッツに反旗を翻すときには手伝ってやろう。そう言う彼の姿勢に、当然だという納得と、それでは遅いという焦燥が少年の瞳に映った。


 なにせ追手が来ている。フェムに到着する前に捕まってしまいかねない。

 どうしても、補助が必要だ。

「お前に竜人の護衛をつければ、モーリッツの攻撃の矛先が我らに向く。わかって言っているのか?」

「父上がここに攻撃をしかけようと思えば、国に申請が必要となる。僕が父に逆らっていることを、父は周知したくないでしょう。きっと、軍の差し向けはありません。」

「物資の流通に我らが入れなくなる可能性はあるな。食糧事情は?武器の調達すら出来なくなろう?」

「先ほど父と距離を取ったと明言した長の発言とは思えませんね。とっくに備えはしてあるのでは?」

ほう、と竜の長は思わず零した。これがわずか9歳の少年の言葉だというのだから、感嘆のひとつくらいしようというものだろう。

「なるほど、モーリッツが隠したがっている家の秘密に気が付き、己で探し求め、答えを見つけた者だけのことはある。その割に旅の過酷さを想定できなかったのは……まあ、最初の頃はそんなものだろう。」

旅支度などしている暇はなかった、というのは竜人の長にも察せられるというものだ。モーリッツという男は、『神官』という役職から脱却を図ろうとするに足るだけの能力は十分に持ちあわせているのだから。


 追手が来ている、フェムまでの旅路に護衛と、手伝いが必要だという理屈は竜人の長にもよく理解できるものだった。

「グランシュ。」

「は。」

「彼らをフェムまでお送りしろ。」

先ほど、パーシウスとフェティウスを捕らえ連れてきた、光沢持つ竜人が前に進み出る。パーシウスの前に立って槍を地面に突き刺し、両腕を組んで見下ろした。

「承知した、長よ。パーシウス=アルス=ペガサス。私が貴様に同行する。いいな?」

機嫌が悪いわけではなさそうだ、素の態度だろうと少年は感じ取った。難敵だ。難敵が護衛に就いた。

「ええ。よろしくお願いする。」

立ち上がって、右こぶしを左手で包み込む。グランシェという男はただでさえ細い目をさらに細めて、数えられるほどその様子を見ていた。

「ああ、お前たちの命は、守ってやる。」

腕組が前から後ろへ、一尺ほどの長さの首がピンと伸ばされ、たたまれた翼が半端に広げられる。


 竜人の礼節、拱手に当たる挨拶。なるほど、背中から斬られる恐れだけはなくなった。

「だが、お前の肉体は休養を必要としている。2日は休め。その間に、馬を調達する。」

ぶっきらぼうに吐き出される言葉に頷いた。一週間の歩き詰めは、肉体に相当な負荷だった。

 別な竜人の手にひかれ、寝床に案内されつつも……その時点で少年は、軽く意識を失っていた。




 世界には山のように魔獣の類が存在する。いいや、していた。今やその数は両手の指ほど……とまでは言わないが、数えられる程度である。

 なぜなら、『神定遊戯』によって与えられた『像』たちが、おそるべき魔獣たちの大半を駆逐した。そして、残っている魔獣たちもまた、絶対的な脅威ではなくなっている。

 例えば、エルフィールが対アダット派戦……クシュルとの戦で戦った、竜戦車。アレを牽いていた全長10メートルにわたる巨竜たちもまた、かつては魔獣と呼ばれたもののひとつであり、ドラゴ―ニャでは戦車を牽く動物として飼っている。

 そして、戦車を牽く巨竜たちとは別に、ドラゴ―ニャが『騎馬』として……あの国の言葉に倣えば『騎竜』として使っている竜がいる。

 そのほとんどが人の手によって絶滅させられたがゆえに、残っている小型双脚竜の竜種はわずか3種。その中でも、人と意思疎通が図れる『騎竜』になりうるものはたった一種。小型双脚竜種『乗走竜』と呼ばれる竜種である。


 それが、今。パーシウスたちの目の前にあった。

「……馬ではなかったのです?」

「馬が竜人を乗せると思うのか?」

質問を質問で返されて、フェティウスが黙り込む。まあ、否定の余地はないだろう。鱗に覆われた肉体はただ固く、乗れば馬を傷つける。

 まして竜人は基礎的な重さからして人とは異なる。軍馬に乗せられる人物物資の最大重量は150に満たないほどだが……竜人は全身分厚い鱗に覆われていることも相まって、150キロを超えるものは少なくない。

 竜人の騎馬と言えば、『乗走竜』か……中型双脚竜種『脚甲竜』くらいである。ちなみに、四足竜種は人型を乗せることは出来るが走るに適さない。

「乗り方はわかるか?」

「……馬と同じ要領でよければ。」

「馬はわからん。やってみろ。」

グランシュに言われて、パーシウスが『乗走竜』に足をかける。鞍もない竜に乗るのは難しかったが……いったん上に上がることは出来た。


 首筋に伸びる毛は決して掴んではならない。辛うじて読んだ本の文言を思い出してそっと首筋を掴み、腹を蹴る。

 応じるように、竜が走り始めた。視界の隅に、首の毛を思いっきり掴んで振り落とされるフェティウスの姿が映る。岩に叩きつけられそうになって、グランシュが介入しているのが見えた。

 身体を後ろに倒して騎竜を止める。ああ、馬と同じでいいのかと判断した。要は手綱を使わないだけである。ペガシャール貴族にとっては、そこまで難しいことではない。嗜みである。

「フェティウス。そこまで難しくないぞ。」

「パーシウス様は、そうかも、しれませんが!」

フェティウスが叫ぶ。何を難しがっているのかわからなかった。馬術五段階にもなれば、鞍はさておき手綱無しで馬に乗れるようにくらいなっているはずだ。

「その鞍がないのが問題なんですよ!重心が、取れない……!」

「ああ……。」

良くも悪くも馬に指示を出すとき、騎手の重心が重要になる。鞍無しで器用に馬に乗れるほど体幹がよくないのだと言われると、納得できる話ではあった。


「これは出発まで時間がかかるかな……。」

騎竜用の鞍は探せばいくらでもあるだろうが、おそらく全て竜人用だろう。人間用のものではあるまい。まあ、ここなら多少の時が過ぎても問題ない。

 大事なのは、フェムに到着することなのだから。




 時に盗賊に襲われた。

 貧しい村の人びとから、食糧をと懇願された。

 僕が高位貴族だと気付いた商人から、詐欺に遭いかけた。

 武力に関してはグランシュが、詐欺やなんやらの金周りに関してはパーシウスが全力で向き合うことで難を切り抜けてきた。人々の懇願は、フェティウスが懇々と説得する形で話をつけた。


 武術の稽古もつけてもらった。

 グランシュは、強い。馬術に関しては五段階格……辛うじて戦場に出られるほどの技量ではあったが、武術は比ではなかった。

 まず弓。500メートルは先を射られる。竜人の並外れた膂力と、硬度の高い弦から生み出される弓威は針葉樹のひとつを貫通せしめるほど。

 八段階格と呼んでも差しさわりのない腕を持っている。実際のところ、曲射や走りながらの射撃に難があるため七段階格らしいが。


 そして、槍。こと、外から見た時の圧を鑑みた時、槍を持っていた方が怖く見えるということで彼が普段持ち歩く主武装だが……これは専ら鈍器らしい。槍としてよく扱われる突きや流動的な動きが全くできない、と彼は嘆いていた。

 こと、槍だけを使った武術段階は三段階格。即ち、基本的な動きも出来ない。

 彼の戦闘時の様式……最も得意な武器は、拳らしい。

 全身が硬い鎧に覆われているようなものだ、殴れば下手な武器よりも硬いし痛い。しかもその爪は竜のもの、鋭くないはずも無し。

 槍などよりよっぽど楽に人を殺せる、とはグランシュの弁である。

「拳術七段階格だ、パーシウス。実は、七段階格以上の武器の遣い手は俺の鱗に傷をつけられるものも多くてな。勝てない。」

身体能力頼りの技術無しかと思ったが、そんなこともなかった。盗賊に襲われた時、厚い装甲で覆われた胸当てに拳を当てて普通に貫通させていたのだから。破壊力、それを生み出すための技術には並々ならぬものがある。


 ただ、肉体が傷つく恐れがない鱗を持っていたがため、武器をとにかく鱗で弾き、腕で受け止め、殴っていただけ。

 ……傷つくことを知らない猛者は、傷つく危険性を初めて知って、ようやく回避を意識した立ち回りも覚える必要が生まれただけだ。

「まだ、グランシュは伸びるでしょうな。フェムに行くまでに、あるいは彼を送り届けた後も、それなりの努力を積めば、竜人でも上位の武人になるでしょう。」

そういう長の表情は、随分と期待した顔をしていた。


「余所見厳禁!」

元来の速度と比べれば幾分落ちた拳が飛んでくる。竜の村でもらった鉄棒でその拳を受け流しつつ、踏み込んだ。

「が。」

「人型には手だけではなく足もあるのだ。蹴りの存在くらいは考えておけ。」

眠る前に火の傍で行われる鍛錬。グランシュは公爵家の武術を詳しくは知らない。拳以外の武術を学んだことも、あまりないらしい。

 だから、武器を使って戦う方法ではなく、拳の戦い方への対処方法を教えるに留めている。


 だが、それでも役に立つことは多いとパーシウスは思う。

 武術の基本は足使いだ、と剣術師範は言った。剣であれ、槍であれ、弓であれ。ありとあらゆる動作の基本は足回りで、だからこそ見極める必要があるのは重心なのだと。

 拳術というのは、目を惹く武器がない分、それがわかりやすい。もちろん、グランシュは見てわからないような、重心が見極めがたいような戦い方も出来るのだろうが……パーシウスたちの前では一切しなかった。

「やめ。もう遅い、眠ろう。」

翌日に疲れを残さない程度に扱いたあと、グランシェはそう告げる。パーシウスは彼が眠る姿を見ることがほとんどないが……フェムに着くまで、持つのだろうか?

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