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235.アルス=ペガサスの来歴(2)

 深い森の中だった。狩猟と採取の日々に新たに農耕というものが生まれて、もう何百年経ったかという日々ではあったが。

 しかし、農耕を行うには土地の開墾を行わねばならず、そのためには樹を伐らねばならず、数をこなすには人手が必要で、その人手はペガシャールにはまだなかった。

 そうだ。ペガシャールにはそんな余力はどこを探しても見つからなかった。


 最初にあったのは『王像』と『近衛像』、そして『隊長像』の3種類だけ。

 アルスは自分を『近衛』とし、幼馴染二人……ユピとファルを『隊長』にした。そこに不満はない。兄貴を全霊で守って許される弟なんて、ありがたいことこの上なかった。

 この世で、兄を目の前で殺されていない弟は探せばいくらでもいるだろうが、その危機を感じなかったものはそういない。誰もが老いたもの、年嵩の者から死んでいく世界で、有角の馬が、空舞う蛇が、嘴持つ獅子が猛威を振るうたびに次は自分の番だと戦慄した。

 次は自分が死ぬ番だ。次は自分が死ぬかもしれない。もちろんそんな恐怖は常にあったが。


 「次は自分が遺される番だ」という恐怖、それが一番怖かった。

 家族の中で最後の一人になってしまう苦しみ。悲しさ。乗り越える時には、支えてくれる身内は誰もいない。そんな中で生きることが、自分が死ぬことよりも怖かった。

 そんなの、誰が先に死んでも同じだと気付きながら……ディノスはそれでも安堵し、歓喜したのだ。

 兄だけは、先に逝かない。兄が逝くときには、己もまた死んでいる。……そういう役柄に、就けたのだと。


「悩んでいるのかい、ディノス。」

「……はい、ディア様。」

まるで、全てを知っているかのような態度で問う彼に、逡巡せずに答える彼。空いた間は、なぜ今なのかという言葉を飲み込むための時間。

 『神定遊戯』とこの『神の使徒』が呼ぶナニカが始まってから、約10年。兄と『神の使徒』、人とナニカの日常を、兄が『神の力』に振り回され、持ち上げられ、崇められて苦しむ姿を最も近くで見ていたのもまたディノスであり。

 この『神の使徒』が持つ能力に、当事者以外で最も詳しいのもまた彼であった。


 無言で二つの熱が森の中を歩いていく。

 カン、カン、と、暗がりの先で石斧が樹に叩きつけられる音がしていた。ミシ、ミシ、と、切り株が大地がら持ち上げられる音がしていた。『隊長像』の力によって、兄の友二人が率いる大人たちが開墾速度を大きく上げている音だ。

「やっぱり『像』は、素晴らしいです。たくさんの人が、一時的とはいえ力を大きく増し、開墾に力を籠められる時間も伸びる。この力で私たちは、生存圏を大きく広げることが出来るでしょう。」

地面を強く強く踏みしめる声が、苦々しい色を帯びていた。足だけに留まっていない情動を見て見ぬふりしつつ、ディノスは言葉を奔らせる。

「兄の懸念を理解できぬではありません。確かに、『神の力』は、私たちにとって魅力が過ぎる。しかし……。」

だからといって、神を蔑ろにするだろうか。『神の使徒』がもたらすあまりの超常に、兄は振り回されているのに。だが、『神の使徒』はただ、首を横に振るだけで、明確な答えを返そうとはしなかった。


 答えを返さぬのになぜ目の前に来たのか。

 どうせ彼がろくな言葉を持たないのは、ディノスも経験で知っていた。

 コレは別に神ではない。『神の使徒』とかいうわけのわからないものだ。そのわけわからないものも、事実かどうか証明するものがない。このわけわからない『像』とかいう力だけだった。

「あなたは、兄の懸念が正しいと思われますか?」

「さあね。君が自分で見て、聞いて、考えるしかないと思うよ?」

その声に籠められる、面白そうな響き。それを聞いて、弟はなんとなく、兄の懸念が当たっている、少なくともこの『神の使徒』はいずれそうなると考えていることを知った。

 だからといって、子孫代々まで、兄の子供たちを守れるのか。いや、人ではなく神側の立場で、王に提言し続けることが出来るのか。


 悩んで、悩んで……無理だと思った。

 自分はいい。まだ兄の弟だ、どこまでも身内だ。

 だが、子孫代々となれば話が違う。息子の代ならばいい、だが、孫の代ともなれば赤の他人も同然ではないか。


 そこまで、兄の面倒を見きれない。うっすらとそう思ってしまったのが、彼の運の尽き。

「もう少し様子を見る。」

口にした時には、ほとんど意思は決まっていた。




 開墾速度が大きく上昇した結果、ペガシャールという小さな小さな村は一気に人が増え始めた。

 碌に交流もなかった遠くの村から、森の中の害獣たちに追い立てられるのも構わず、命がけでペガシャールに駆け込んでくる人々が増えたのだ。

 情報を回したのは、命がけに慣れていて、色々なところで狩りをしている猟師たち。開墾一つとっても常に死と隣り合わせである彼らにとって、「急開拓」という状態がどれほど驚嘆することか、アルスたちこそよく知っていた。

 だから、人が集まりだすのは自明の理で……同時に、アルスが与えられる『像』の数も増えた。

「人口か?」

「国の規模だよ。」

ディノスの主語のない問いかけに『神の使徒』が答える。なるほど。これから人が増え、土地が増えれば増えるだけ、兄は神の力を見せられる数が増え続けるらしかった。


 そういう彼もまた、兄の弟として相当の敬意を受けていた。

 というのも、ペガシャールが開拓した土地に恐怖を覚え、襲い来た巨大な鷲獅子を撃破したがためである。

「……恐ろしいな、『像』の力というのは。」

「君も大概だけどね、ディノス。まさか“身体強化”ありきとはいえ、20メートル越えの木登りに10秒とかけず、木々を飛び移りながらグリフォンを狩るとは思っていなかった。」

「グリフォン……と呼ぶのか、アレは?」

「神世では、ね。……こっちに合わせた方が良かったかな。」

「もう遅いでしょう。『神』がその名を口にした以上、他が改めることになりますよ。」

「僕は神じゃないよ。」

「そんなもの、あなたの主張でしょう。他から見たら変わりありません。」

麦粥の蒸気を挟んで一人と一頭が淡々と話し続ける。差し出された椀に入った、味の薄い粥を啜りながら『神の使徒』は言った。

「まあいいか。他の『像』も、同じような状況だろうし。」

命名してしまう分には諦めるか、という呟きを聞いて、愕然とする。彼の言葉を汲むなら、他にも『神の使徒』が存在することになる。


 自分たちの特権だと思っていたそれが、決して自分たちの特権ではない。どころか、いずれぶつかれば、特権同士のぶつかり合いになるかもしれない。

「ディノス。」

「なんですか。」

「このことは言っちゃだめだよ。君の胸に仕舞っておくんだ。もしも話そうとしたら、君の持つ『像』が、君を殺す。」

そう言った『神の使徒』の声音は、真剣なものではなかった。面白がるような、試すような響きがあった。


 だからこそ、ディノスはそれが事実だと悟り……続いて、もう一つのことも悟った。

「わざと言いましたね?」

「まだ君は『神官』になるともならないとも言っていない。ならないつもりでいたんだろうけれど、アルスの先を見通す力と、防衛策は僕らにとっても都合がいい。成功するとは思えないけれど、試すだけの価値もある。」

ここまで聞けば、『神官』になるしかないだろう?とでも言わんばかりの言葉だった。神の意に従う道を選ぶしかないだろうと、そう言わんばかりの声音だった。

 そして、それを否定する言葉を、ディノスは持ちえなかった。


 今でさえ、「王」という重圧に苦しみ始めている兄を見ている。これから土地も広がり、人も増えていく。

 子孫代々、その苦しみを味わい続けることになるのだ。それを、兄の一族だけで背負っていくことになるのだ。

 その先に待っているのが……同じ『神の力』を持つ、別の集団だなどと。それとぶつかり続けるのだ、などと。

 人ひとりの背に、負わせられるものではなかった。

「僕は『神の使徒』、『ペガサスの王像』。“適材適所”の王の冠。これは、最も優れたる『王の資質』は何かを示す物語だよ。」

「……あなたの意思が、人の総意に上回られることのないよう立ち回る。それが『神官』の責務という認識でよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだね、あるいは、王に常に諫言を続ける、でいいさ。」

そういう彼の声音は面白がっていて。

「そうすれば、『神定遊戯』が起こり続ける子孫代々、この『ペガサスの王像』ディアが君たちの身分と生存を保証しよう。」

その言葉がどれほどの価値を持つのか、今日までの、そして今の彼の発言の中で理解できてしまった。

「わかったさ。……俺たちは、俺の子孫たちは『神官』の地位に就く。それでいいんだろう!」

『像』が、与えられた人間を殺すことが出来るなら。『王像』は、神の意に完全に従わなくなった『王』の命脈を絶つことが出来る。


 その真実こそが、ディノスという男に突きつけられた、何百年後に訪れるかわからない、国の破綻を示す予兆であった。





 それから500年余りの時が過ぎた。

 『神の使徒』とそれによって与えられた命を頼りにした国土の大幅拡張は、順当すぎるほど順当に進み、『神定遊戯』が起きていない間の政治体制についてもそれなり整いきった頃だった。

 これはペガシャールのあずかり知らぬことではあるが……その日、フェルト王国がようやくドラゴ―ニャ王国とフェニクシア王国に隣接した。“信念踏襲”を旨とするこの国は原則として、領土を広げることにさしたる意義を持たない。

 ゆえに、周辺国が『像』を持つ可能性が浮上した時点で領地を拡大する気を持たず……両国に挟まれた小国が、フェルトの庇護を求めたことでようやく、その大地は『神の使徒』に権力が保証された六国のみが統治する大地へと変貌し……。


 そこで初めて、神の意思……この世に『王像』が降った理由が明らかにされた。

 『皇帝』を目指せ。他の王を押しのけ、他の『王像』を倒し、ただ一つの『王像の王』を産み落とせ。

 それこそが、『王像の王』に選ばれし王たちの宿命である、と。


 ペガシャール王国当時の王、28代目国王にして8代目『王像の王』アマリウス=ユニク=ビリッティウス=ペガサシアはその意見を無視は出来ず、隣国ヒュデミクシアに侵攻をかけるための会議を開催した。

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