233.パーシウスの来歴(1)
パーシウスは、アルス=ペガサス公爵家の次男として生まれた。
彼は貴族の次男坊として、順当に育っていた。
満足に食べられる食事。次男坊として、長男に何かあったときの代わりとして叩き込まれ勉学と礼節、武術の数々。
当時の時勢として見れば、特筆して優れたる点があったわけではない。兄と比べて遜色のない能力を示す反面、兄と比して特別優れたる一面もない、理想的な次男坊として育った。
しかし、彼は7歳の頃、父に連れられて王都に出、時折同年代の者たちと接するようになって。とある疑問が生じるようになる。
なぜ、他の人物は父をまるで偉大な人のように崇めているのか。父はなぜ、他人の上に立っているかのように尊大なのか。なぜ、他の子供たちと己には、着ている衣装の質がこれほどまでに違うのか。
そしてなぜ、それは誰もが当然のように受け入れられるものなのか。
パーシウスの瞳には、父はそれほど偉大には写っていなかった。
もちろん、その当時の……幼少の者にそれを見極める能力がないのは当然だったろう。成長したパーシウスには、父の経済的な戦略眼と、着実に内政を回す技量の怪物性がよく理解できているのだから。
それでも、父がへこへこと他者に頭を下げられている姿は正直納得しがたい姿だったし、ましてや己が他者に頭を下げられるのはより一層理解できないものだった。
だから、7歳だったパーシウスは己のルーツを辿ったのだ。辛うじて先祖がすごいことをして、だから自分もすごいと言われていることを理解できていた少年は、自分の先祖がどれほど偉大だったのかを調べ上げて……父が決して己らに見せようとしなかった、とある本に行きついた。
そもそもにして、ペガシャール王国という国は、致命的に制度がおかしい。
『神定遊戯』が、『王像の王』を選ぶ条件が、先代『王像の王』の直系でなければならず、しかし『王像の王』の長男である必要はない……という理屈はわかる。
とにかく『王像の王』本人の子孫には平等に機会を与え、子孫たちを競わせるためのものだろう。神の力の化身直系の子供たちの保護という意味もあるかもしれない。
そして、その『王像の王』の子供のうち、彼らの長男にしか資格を与えない……というのは逆に、候補を増やしすぎないようにするための措置だ。ついでに、資格持つ者たちの子孫を残す能力を維持する……いや、守る能力を磨かせるためか。
ここまでは、神が定めた規則である。人の手でどうこうできるものではない。
だからこそパーシウスがわからないのは、その規則に伴って作りあげられた制度の方だ。
即ち、『王像の王』の長男、『継嗣像』になる者を除く次男以降の男子は、皆ペガシャール王国中の貴族家に婿に出される。その制度がなぜ発生し、受け入れられたのかがパーシウスにはわからない。
無論、彼とてその当時と比べて、理屈をこねる能力も世知辛い世への理解も高まった。当時理解できなかったものが、今となっては理解できる。
例えば、王家が王の資格を持つ者を他家に押し付け、育て上げさせたのは、事実上の血縁による国内統治を目指したからであること。そして、その言葉は建前でしかないこと。本音は、たくさん生まれる『王像の王になる資格を持つ者』たちの世話をし続けられるほどの資金を、国が捻出できなかったからだということ。
例えば、貴族たちがそれを受け入れざるを得なかったのは、自分の家から王家が生まれるという野望、その外戚として権力を振るうことが出来るかもしれないという夢に取りつかれたからだということ。それもまた建前でしかなく、本音は『神の威』を振りかざす王家に勝てる確信がなかったこと。あるいは、貴族たちはほとんどが「敗けた者」たちであったこと。
戦えば負ける相手に、一族郎党皆殺しを受け入れるか、一族が神の力を受け継げる者たちに乗っ取られるかの二択を迫られ、乗っ取られる方を選んだのだということ。
当時のパーシウスにはそこまで深い事情はわからなかった。文面上ではなんとなく読み取れても、それが体感としてどういう意味なのか、理解できていなかった。
だが、それでも目の引く異様な事実が、1つだけ。
ペガシャール王国が生まれてから1500年間もの間、アルス=ペガサスは一度たりともアルス=ペガサスから名を変えたことはない。王家から婿を受け入れたことはなく、要求されたこともない。
500年ほど前からそれが免除されたバイク=ミデウスやラムポーン=コリントと比して見ても、それは異常な話である。
指揮力や魔力量といった才能に拠るであろう技術を何一つ持たないアルス=ペガサスが、それでも1500年もの間公爵家を名乗り、国の筆頭貴族であり続けているのだ。
これに疑問を覚えたパーシウスは……そのくせ、なぜそれが起きているか一言も話さない父に疑問を抱き、その秘密を暴こうと奮起したのだ。
それを見つけたのは偶然だった。
当時からモーリッツは、子供たちをミケナに残してラーリッサで執務を執ることが多くなっていた。
彼の目標としては、代々1500年のうち1000年を公爵家の都として定めてきたミケナから、ラーリッサへ移すことだった。始まらぬ『神定遊戯』に痺れを切らし、神に頼らず人の手で政治を行おう、王権を維持しようとしてディマルスからディアエドラに遷都した王と同じことをしようとしたのだ。
それそのものが正しい行いか間違った行いかはこの際置いておくとして、パーシウスは父の書斎に頻繁に入ることが多くなった。
当然だろう。モーリッツが執務をしようと思えば、多くの腹心や彼のことをよく知る侍従も共にいなければならない。その大半がラーリッサへ移動するとなれば、モーリッツの本邸にいる侍従や侍女などはモーリッツの秘密や個人的な想いを知らぬものに集約される。
もちろん、モーリッツのことをよく知る者も何人もいて、パーシウスたちの面倒は見ていたが……所詮は子供のこと、ある程度「やんちゃ」が見逃されていたのは仕方がない。
そのうちのひとつが、パーシウスの書斎への侵入だった。
多くの侍従や侍女たちは、それを敬愛する父が帰ってこないことへの寂しさから、父親の部屋へ訪れているのだと随分微笑ましい解釈をしていたものだが。彼はただ、父の隠している秘密を暴き立てようと躍起になっていただけである。
パーシウスがそれを見つけたのは偶然だった。当時はまだ隠し扉や隠し通路という概念を知らなかった彼が見つけたのは、執務机の下にある物置。偶然見つけた扉はパーシウスが開けるには随分と重く、持ち上げることが出来なかった。
必死になって開ける方法を考え、彼がその扉を己が手でこじ開けるのに約一年の時を有するほどだったが……それだけの時間を費やしただけの甲斐はあったと、今のパーシウスなら思える。
そこには、父が息子に隠したがっていたアルス=ペガサスの真実が描かれていた。
なぜ、アルス=ペガサスは初代から続くとはいえ、王から子供を下ろされることがなかったのか。……言葉を言い換えると、一族として王家に血を乗っ取られることがなかったのか。
それは、初代国王とその弟による盟約があったのだ。
全てを知ったパーシウスは、己がそこに生まれ落ちたことへの盲目的なまでの誇りを抱き……その全てを蔑ろにせんとする父親に、軽蔑を向けた。
全てを知ったパーシウスは、当時9歳。
エルフィールが、世界を救うという目標に目覚めた翌年のこと。そして、アシャトが父を喪った直後の頃。
彼は従者を一人だけ連れて、ミケナの館を後にした。
そこには、こう書かれてあったという。
アルス=ペガサスとして恥じない己になるために、フェムへ行きます。
16になったら帰ってきます。それまで、決して迎えに来ないでください。
パーシウスが消えたと知って慌てたのはモーリッツであった。
それが、己の部屋の、床の下の隠し扉の中を見た後だと確信してからは、もっと焦った。
「奴を連れ戻せ!フランツ!手勢500をくれてやる、何としてでもパーシウスを連れ戻せ!」
「御意!」
パーシウスが領地を飛び出して一月の後。500の軍隊が、フェムに向けて駆けだしたのは必然の話で……。
当時の俺は父がなんだかんだと言いつつもあとを尾けてくることを読んでいた。
改めて思い返してみると、9歳と思えぬ思考だが……ただ、最悪を想定していただけである。
しかし、わずか二人、探す場所は広大。道のりは一つではなく複数。
決して道中で追いつかれることはないという確信があった。
「本当に大丈夫ですか、パーシウス様?私は追いつかれると思うのですが……。」
フェティウス……俺の従者はそんなことを言うが、正直な話「追いつく」ことは無理だろうとはっきりと断言できた。湖から一匹の魚だけを狙って吊り上げるような所業だ、というと、フェティウスは情けない声を上げながら
「それ、海じゃなくて湖なんですよねぇ?だったら可能性あるじゃないですかぁ。」
「そうかもしれないが、フェティウス。本当に恐れなければいけないのは追いつかれることじゃない。追い抜かれることだぞ?」
「……あ。」
目的地は定まっていて、自分は明確にその目的地を指し示した。父もあの時、それを疑う必要はなかったはずだ。
「別の場所へ行くということは出来ないのですか?」
「出来ない。必ずフェムへ行かなければならない理由がある。だから……父上の追手は、必ずフェムで待ち伏せているはずだ。」
「なぜそのようなことをするのですかぁ。:
行き先を知られなければもっと楽に逃げ切れたじゃないかと言いたげに僕を見ていたフェティウスに、あの当時の僕は……俺は、何と言ったんだっけか。
確か、そう。敵の数を限定しておく必要があって、俺自身が身軽に動けておく必要があって。
「いいや?場所を特定できず、なぜ出て行ったか知らなければ、父上は国全てに僕の捜索依頼を出したと思う。でも、その理由が完全に、父上の誇りを傷つけるようなものだと知れば……父上は外部に僕を探すことを委託できない。自分で必ず成し遂げなければならなくなる。」
そして、軍隊を動かそうと思えば国に申請が必要になる以上、申請が必要ないほどの少ない追手しか父上は動かせなくなる。僕がフェムに着くまでは、追手に捕まらない可能性が上がる。
そう考えたのだった。そう。
「だから、どこになぜ行くか、父上は知っている必要があるんだよ、フェティウス。」
僕はそう言いながら、徒歩でフェムに向かおうとしていた。
……子供の足で、徒歩でそんなところに行こうとすれば、一年なんて月日では到底たどり着けない遠い場所にフェムがあることなど知らずに。いや、知識では知っていても、それがどれほど過酷なのか、欠片も理解できないままに。
だから……それが起きるのは、ある意味、必然だったのだ。




