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229.恋人を救うために

 赤髪。女。弓と槍。

 ぐっと言葉を飲み込んだ。陛下に対する恨み言を述べたい気持ちと、当然の差配だと納得する気持ちと、相反する二つの感情が心の内から湧き上がる。

 『エンフィーロ』に手紙を託したのだ、返事も『エンフィーロ』が行うものだと考えていた。はっきりと俺が動き出すまで暗躍するという意味でも、『エンフィーロ』は必要不可欠だと思い上がっていた。

 だが、考えてみれば。国の暗部を、まだ統一できていない国内貴族の勢力争いの為に投入するというのもあり得ない話である。その決断が当然のものだという考えは、確かに俺の中にあった。


 そうとなれば計画を練り直さなければなるまい。

 とはいえ、まずは、目の前の客人である。

「やあ。よく来たね、“放蕩疾鹿”。まさか君が『跳躍兵』としてここに来るとは思っていなかった。歓迎するよ。」

「……なぜ、『跳躍兵』があたしだと思った。隣にいる男ではないのか。」

「俺も王国側……アダット派の陣営に滞在していたのは知っていないか?その時に傭兵たちが活躍したことくらいは知っているさ。」

もちろん、その中に“放蕩疾鹿”がいたという情報はない。彼女は基本的に陣営の強化や盗人業に手を出していて、戦場での活躍などほとんどしていなかった。『像』を持っていると知られるようなことを避けるためだ。


 それに、帝国派が動いた後は対レッド派で戦っていた。ニーナが『像』の力を行使して大々的に戦ったのは、そちらでの戦である。

 パーシウスがニーナの存在を知ることは、時間的に考えても不可能に近い。傭兵たちの存在からニーナがいることを予想したとして、『像』を持っていること、『跳躍兵』であることを読むのは少しばかり無理があった。

「……どっちかが『跳躍兵』なら、合理的に君だよ、ニーナ。オベールは『連隊長』だろう?」

いくらなんでも納得できない。そう言わんばかりの視線に諦めのため息を一つして、パーシウスは種を明かす。二人の顔も名前も、パーシウスは知っている。その二人なら、オベールに『跳躍兵』はない。あまりに……そう、あまりにも勿体ない使い方が過ぎるからだ。


 『跳躍兵』は、使い方はだいたい三つに分かれる。一つは諜報。一つは伝令。そしてもう一つは、使者。

 オベール=ミノスという男は、個人の武勇、兵の指揮力、政治への理解、どれをとっても一級品だ。その身体能力なら伝令役を十分に果たすことが出来ようが……伝令役では優れた指揮能力と政治理解力を活かしようがない。どう考えても役不足である。

 政治への理解力を、「使者」という役割は十全に活かすことができるだろうが、こちらも指揮力がもったいない。使者役はどうしても交渉決裂時の逃走という一面を有するから、可能なら武力に秀でた者が好ましいが……オベールである必要性もまた、ない。


 考えればわかる。オベール=ミノスは大きな一隊を率いるべき器の男だ。そんな男に『跳躍兵』を渡すような男が、適材適所を謡う『ペガサスの王像』に選ばれるはずがない。

「残念だったな。オベールは『近衛兵像』だ。」

「は?」

パーシウスが硬直する。自信満々に「『連隊長像だろう』」などといってしまった手前、気持の方でもよくはないが……いや、それ以上にオベールが『近衛兵』という部分が問題だ。

 どう考えても宝の持ち腐れである。何を考えている?


 パーシウスは名状しがたいものを見る瞳でオベールを見つめた。そんな目で見られたところで、オベールには『像』の任命権などないのだから、どう返事しようもないのだが。

「遅れながらご挨拶申し上げます、パーシウス様。私はニーナと言う通り、『ペガサスの近衛兵像』の役柄を賜っております。また、畏れ多くも陛下からは『近衛兵団団長』という役職を戴いております、パーシウス様。」

野生を感じさせる肉体から放たれる、慣れたような丁寧口調。ああ、彼はそういうちぐはぐな印象を与える男だったとパーシウスは軽く思い出しつつ……頷く。

「そうか。まあ、承知した。二人か?」

「いえ、もう一人。今は宿で待機しておりますが、ディール=アファール=ユニク=ペガサシアが来ております。パーシウス様がお呼びしたと伺っておりますが。」

「ああ、“個連隊”が来てくれたか!素晴らしい、これなら何とかなる!」

歓喜の声を上げる男に、オベールが疑問を顔に乗せた。知らない名前である。

「“個連隊”とは、ディール様のことでしょうか?」

「そうだろうよ、オベール。あの男だ、『像』の力ありきとはいえ、実に20万を超える大軍を一人で抑え込んで見せた男!おそらく八段階格上位、九段階格……国を見れば、おそらくギュシアール老、エルフィールの次くらいに強かろう男!ビリュードに比肩するだろう英傑!」

随分と大興奮した様子のパーシウスに、オベールとニーナはドン引いた。が、わからないではない。


 話に聞いただけだが、実際に20万もの相手を、たった一人で、30分にわたって足止めしてのけたディール。その状況をパーシウスが間近でみたなり、聞いたなりしたのなら……その武勇と胆力は賞賛する程度で済むような軽いものではないだろう。

 とはいえ、パーシウスのその言には明確な間違いが一つあった。言っておかなければディールの機嫌を損ねる気がして、オベールはやれやれと口にする。

「ディール殿はエルフィール様と匹敵する男ですよ、パーシウス様。互いに勝敗がつくまで戦えば必ずどちらかが死ぬからやらない、とお二人は言っておられますが。」

目をぱちくりと開いて驚きを示す男の姿に、オベールとしては苦笑するしかない。まあ、信じられはしないだろう。エルフィールが至る武芸のほどは、あのビリュードを抑え込んだことで証明されている。誰もが(ギュシアールという例外を除いて)ペガシャール最強と思っているエルフィールと対等の者など、信じられたものではない。


 だが、それでも。

 あの男が、エルフィールと肩を並べられる武芸の頂であることは事実である。

「それより、本題に入りましょう。私たちの仕事をお伺いしても構いませんか、パーシウス様。」

「ああ、それか。……それなぁ。」

パーシウスがオベールからニーナに視線を移した。その視線の苦々しさに、なんか文句あっかとばかりにニーナもまた睨みつける。

 エンフィーロが相手なら、「アルフェラッツをラーリッサから救い出せ」という頼みを躊躇なく出来る。だが、ニーナが相手ではそうもいかない。単純に能力と……使用する技術の問題である。


 薬物その他建物内で大いに動き回り、人の目を騙し、闇夜のさらに裏で戦う『エンフィーロ』の技術。アレであれば人ひとりを攫うくらいなんでもないだろう。が、ニーナはそうではない。

 先に挙げた『跳躍兵像』の3つの役割。このうち、彼女はおそらく『使者』に該当する『跳躍兵』だ。どうも、これはよくない。

「まず、オベール。お前は俺の陣営につく私属たちのところへこの手紙を持っていけ。それぞれ名前を表に書いてある。機を見て、旗を挙げる。」

まだ、出来ない。そう無言の主張をしつつ、ニーナの方を向き直った。

「今から一筆したためる。ティラム=シラー侯爵家、スルティリア=パーン子爵家、フラウディット=フグラウティル男爵家に手紙を届けてほしい。」

動きを切り替える。『エンフィーロ』の助力を借りて恋人を救い出すことが出来ないのなら、自主的に助けに行くしかない。自分の状況から考えて、それが一番の手だ。

「そしてその後に……俺がラーリッサへ行くために一度『跳んで』もらうぞ、ニーナ。“個連隊”を連れて、だ。」

今パーシウスが命を賭けるには分が悪いものではある。だが、彼がいなくなった瞬間、その情報は父に回り、父はパーシウスの叛逆を喧伝するだろう。そうなれば、一刻の猶予もなくなるのだ。


 仕方がない、仕方がないと……彼は己に言い聞かせた。

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