22.会敵した両王族
少し気まずい雰囲気が流れたものの、気を取り直して俺は次の説明を促した。
ペディア=ディーノス。与えられた力は『ペガサスの連隊長像』。
「簡単に言っちゃえば、指揮下にある部下たちの能力を底上げする力だね。」
軍として、兵たちの身体能力が上がれば戦術も大きく変わる。
敵に強襲をかけるための行軍が三時間かかるか一時間かかるか、というのは戦力面で大きな差になる。戦術面で言うなれば、もはや勝敗を左右できるほどの差にもなる。
「『将軍像』『連隊長像』『大隊像』の全てが配下の身体能力を上げる基礎能力を持つけど、倍率が違う。『将』は初期で1.6倍、『連隊』は1.4、『隊長』は1.2倍だね。」
兵士たちの能力が高ければ高いほど、その恩恵も高くなるよ、とディアは言う。そりゃそうだろう。地力の差はそのまま向上する身体能力の差だろうから。
「あとは人数かな。一個大隊が確か最大4000人、一個連隊が確か最大40000人編成だろ、この国は。将軍像は戦全体に動員されている兵士全体に効果があるよ。」
国によって効果人数が違い、編成によっても変化が出るらしい。ディアはそう語ると、正面を向きなおしていった。
「もちろん、重ね掛けはできる。ディールなんて、ペディアの指揮下に入ったら身体能力1.8倍×『連隊長像』効果の1.4倍だ。」
合計2倍以上の能力強化だった。それは、その先『将軍像』が任命されればさらに数値が増えることになる。
「ま、やめといたほうがいいけどね、それは。ディールくらいの隔絶した才覚の持ち主ならわからないけれど、多分そんな力は持て余す。」
そうだろう。そりゃ、そうでなくてはおかしい。
あくまで俺たちが撒いている『像』の力は、ディアという神の使徒から借り受けている力だ。人間がそんな膨大な力を借りて、平然としていられるのは、あくまでディアという『王像』が貸した、仮初の力でしかないからだ。
あとは、と逸れた話を修正しつつ、考える。『将軍』『連隊長』『隊長』『砦将』『騎兵隊長』。
もっとたくさんある、大量の『王の配下』たちの能力。代償はいったい何なのだろう、と。
「思い当たることはある、が。」
誰にも聞こえないようにつぶやく。そして、それが事実なら恐ろしい、と感じてしまった。すなわち。「二百年もの間、神様が遊戯を行わなかった理由と関係があるのではないか」と。
ここの砦にいる人間は、全部で3000人。三百人前後多いかもしれないが、その認識に間違いはない。
これを、ペディアが率いる一つの連隊と仮定する。
「アメリア殿、クリス。各自二百人ずつの騎馬隊を預ける。」
「ディール殿、あなたはこの中でも特に腕利きの百人を連れて、先鋒を切ってください。」
「エルフィール様、陛下の護衛をお願いできないでしょうか?」
ペディアはここまで矢継ぎ早に指示を出した。おおよその戦闘方式は出来ている。問題は、いかに自分たちが持ちこたえられるか、だった。
「ああ、わかった。アシャトには指一本触れさせねぇよ。」
「エリアス。その『砦顕現』、一度生み出してから次に呼び出すまで何分かかる?」
「1時間もあればいいはずだよ。」
エリアスの代わりに、ディアが答えた。それを聞いて、ペディアの目が少し細くなる。
「では、陛下。ディール殿に“身体強化”の魔法をかけると仮定して、どれくらいの距離を持たせられますか?」
俺は少しだけ目を上にあげた。自身は魔術六段階の魔術を操れる。その場合の基本魔力操作距離は、確か。
「一キロ。一キロ程度の距離だな。」
そういうと、ペディアは満足したように何度か頷いて、アテリオ、エリアスを見る。
「ディールが穿った穴を、俺がこじ開ける。陛下は真ん中で、我々の後を付いてきていただきたい。エリアスは殿、ただし信号弾が上がったら、その瞬間から指揮を放棄。全軍でアシャト様の元まで駆けろ。」
ペディアはそこまで言い切ると、立ち上がって言った。
「もし策が失敗したら、その時点でエリアスには砦を生み出してもらう。それまでは、ただ近づく敵を払ってくれるだけでいい。」
さっきのペディアの質問は、次善策の決定のために必要だったらしい。そして、すでにどうすればいいかを決定してしまったようだった。
「アメリア、クリス両騎馬隊は俺の左右へ。どうする?」
「私が左へ行きます。」
「なら俺が右ですね。」
そこまで話を決すると、ペディアは腰をあげて辺りを見回す。
「最善策は、アファール=ユニク子爵領へ逃げ込み、そこで一旗あげることです。そこまで、逃げ切ります。」
昼夜敢行して走り飛ばして三日間足らず。それだけ走りぬくとペディアは言った。
「何人が脱落するかはわかりません。ですが陛下。あなただけは必ず逃げ切ってください。」
「了解した。貴様らも、死ぬなよ。余の許可なしに死ぬことは、決して許さん。」
もちろん、夢物語である。が、その夢物語を語るかどうかで、臣下たちの生きようという意志は大きく変わる。
今は、有能な部下を減らすことなど決してできない。
俺たちは、最初にして最後の策を強行するべく、まだギリギリ日の昇らない時間に隊列を整えに行った。
時間にして、五時。この時間に攻勢をかけることには、大きな意味がある。
それは、敵兵たちの集中力だ。夜、見張りをしていた兵士たちは既に眠気を堪えられなくなりはじめ、交替の兵は目を覚ましたところである。
俺はそんな時間だからこそ、攻勢に出る意味があると知っていた。大半の兵が急な攻撃に反応できず、混乱するのだ。
何より大きな利点は、その眠気のためにこちらの異変に気づかれにくいということだ。砦がやけに静まり返っていても、そもそもエリアスが生み出したものだという認識がある以上、どんな異変があってもおかしくはない。
……これが熟達した将相手なら、むしろこの時間が一番警戒されるだろうし、油断など起きようもないのだが。旗がエドラ=ラビットのものであれば、話は別。
「突撃用意だ!ディール殿が会敵したら我々も出る!」
命令して、正面を見る。少しずつ、少しずつ。砦が内側から徐々に空気に溶けて消えていく。あとほんの少しで消える、という頃には、ディール麾下の百名は駆け出していた。
完全に砦が消え去ってから、10秒弱。それだけの時間で百メートルに満たない距離を疾走したディール殿達は、そのまま敵の先頭集団を切り崩し、奥へ奥へと進んでいく。
「かかれぇ!!」
俺の命令に、兵士たちが駆け始める。その表情は皆切羽詰まっていて、だが、どうしようもなく生きようという意志が垣間見える。
混乱する敵に直撃し、続いてさらに混乱が拡大した。
ディールの部隊の後を追おうと彼らの姿を目で探す。あまりに勢いが速すぎて、探さなければ見つからない。部隊を指揮する必要があって、ずっと目で追っているわけにもいかないのだ。
「ペディア!」
俺をアメリアが呼び、彼女が指さした方を見ると、次々と宙に舞いあげられる兵士たちと、その武術を披露するディールの姿が見えた。
「派手で助かる。」
そちらに向けて軍を動かす。どうやら方向だけは皆しっかりと認識している。ディールも正しい方向に歩んでいた。
しかしまあ……ディールと戦いたくはないな、と身を震わせる。どうやったら、遠目からもわかるほどに人を噴き上げることが出来るのだろうか。
さておき。軍の中には、いくつもの小さな陣がある。それは、眠るための場所であり、馬を休めるための場所であり、食事をとるための場所である。
ディールはそこを渡り歩き、兵士たちだけを次々と惨殺して、馬や食料には手を付けずに走っていた。
「乗り手のいない馬を奪え!作りおかれた食糧は一口だけ食べることを許す!」
そう言う場所を通るたびに、俺は命じながらただひたすらに駆けていた。
「敵の統率が執りなおされる前に、いったんある程度突破する!」
ペディアがそう言って正面を向いた時、ディール達は既に敵陣を突破していて、ペディアたちの突破ももうすぐだった。
敵が反撃に出た。報告を聞いて寝台から跳び起きたレッドの第一声は、怒号だった。
「被害を報告しろ!!」
半狂乱といった様相である。耐えがたい屈辱と情けなさに震える肉体がそこにあった。
最初に出た言葉が悪態では無く現状確認だった時点で、彼の貴族としての矜持が伺える。
しかし、本当は悪態を吐きたくて吐きたくて仕方がなかった。
敵は連戦に次ぐ連戦であるはずだ。だから、一晩くらい休まなければ、兵の士気も肉体も保たぬだろうと、高を括っていた。
その予想は凡そ正しい。アシャト達が『像』を持たなければ、神に選べ荒れたという事実がなければ、そもそも一晩で立ち直れたかどうかすら怪しい。
だが。レッドが真に舐めていたのは、神の影響だったろう。『神定遊戯』が起きれば王になれると信じていた人間のくせして、根本的に外的要因よりも己の才を信頼していた。
彼の、認識不足である。
彼は今すぐ剣を抜いて駆け行きたい衝動をぐっと堪え、被害報告を聞いていた。
しかし、聞いていられない状況……最後の敵部隊が、隣を駆けていこうとしているのを見て、指揮を執るべく立ち上がった。
俺はきっと、運が悪かった。ディールが突撃した穴を、七百名を率いたペディアがこじ開け、そこを悠々と俺達が通る。
それがまかり通らないくらい、敵の数は多かった。
それに、それだけの時間も軍を放置するなど、愚将以外に存在しない。
レッドの軍は、優秀な将こそ少ないなれど、凡百の将はいくらでもいた。
彼らが兵の統率を取りまとめ、第三波を通すまいと襲いかかるのは自明の理であった。
アシャトは、気づけばエリアスの軍と合流し、互いを補うような指示を出し合いながら、確実に前進していた。
そして、後半も後半、あと数百メートル駆ければ出られるというところで、敵の指揮官とぶつかったのだ。
最初は、ただの兵だと思った。唯一ペガサスに乗る俺を、軍の要だと見抜き襲いかかる兵は数知れない。
しかし俺は、一流とも呼べる生存の剣技をもってその悉くをいなしていた。俺が殺した人名は一つもない。だが、俺に届いた刃もまた、一つもない。
だから、気付かなかったのだ。その他大勢が多すぎて、自分に斬りかかってきたのがその他大勢ではないとは、気づけなかった。
「お前、お前が!」
憎悪の籠ったその声を受けて、初めて敵がその他大勢ではないと気がついた。
そして、その振るってきた剣の技倆を見て、その剣に宿った己と同じ形の装飾を見て初めて、敵が王族であると認識した。
「アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア!俺と、『王像』をかけて一騎討ちしろ!」
彼の悲痛な叫びは、地獄の様相を示す戦場に、悲しいほどに響き渡った。




