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223.ホーネリス攻撃軍の痛み分け

 ピピティエレイにて、ペディアは事務処理に追われていた。

「なんで俺。」

「傭兵団を率いていた時より仕事量が増えただけでしょう。これ、クリス様からの報告書です。」

「ポール……お前、手伝ってくれよ。」

「俺、読み書き計算が出来ないですけど、いいですか?」

「戦力外。」

渡された報告書に軽く目を当てる。書いた日付と、要望等がないか。それだけ確認して、なければ後回しにする。

 トリエイデスが運んでいる糧食の残数を考えると、こちらに捕虜として向かってくる人員を把握する必要もあるが……まだ、このピピティエレイに合った食糧の残数も、捕虜にした敵の兵数も確認が終わっていない。


 ピピティエレイを分捕って早5日。あの国王が言葉を発して、まだ一日。

 申し訳ないが、あんなことより、処理の方が大事だった。

「一ヵ月で全て済ませなければならないのに、書類仕事が出来るのが俺とトリエイデス、あとミルノーの三人だけの時点で問題だろう……クソ、アデイルかヴェーダがいれば……。」

せめて、効率は最悪だがエリアスがいてくれればまだマシだったのだが。なぜ、これほど追い詰められる羽目になっているのだか。

「降伏した貴族どもの手を借りるか……?」

ヒリャン、カインキ、ヒャンゾン、トージ……彼らの手を借りることが出来ればどれくらい楽だろうか。だが……いくら降伏したとはいえ、元々敵。彼らの行く先がまず死刑で間違いない以上、書類仕事に携わらせるわけにもいかない。


 時間がない。食糧以下物資の仕分けと帳簿の作成は既にトリエイデスが行っている。それに、戦車部隊の三貴族が、仕訳が済んだ物資を王都に運び込んでいる。

 彼らも引っ張って来たいが、そういうわけにもいかない。実働部隊をそれなりに動かせる将校というのは、そういないのだ。

 傭兵上がりの『像』の副官という立場では、役人階級はともかく私属貴族は話を聞かない……というのは、この五日間で身に染みて知った。

 急がなければならない。ピピティエレイが終われば、デファール殿たちが次の書類を運んでくる。それまでに、済ませられることは済ませなければならないのだから。


 再び机に向き合って、書類と格闘すること1時間。扉がノックされる音が響く。

「失礼します。」

何がを答える暇さえ与えず扉が開く。無礼者という気にもならない。返事を待たずに入ってくる者は、ペディアは一人しか知らない。

「リーナ……。」

「お疲れ様ですわ、ペディア様。茶をお淹れいたしましたの。飲んでくださる?」

「いつもの話し方に戻してくれませんか。」

「いやですわ。いつまで経っても旦那様が敬語を崩してくださらないのですもの。」

そんなこと言われても困る。ペディアの表情には、誰にでも読み取れるほどありありと、困惑と苦悩の表情が顕れている。

「どれほど大きな感情の波があろうと、隠し通すものですわ。貴族とは、そういうものですの。」

貴族になる覚悟などどこにもないよ。そう言いたいのに、言えない。『像』に選ばれ、何の気の迷いかリーナ=フェリス=コモドゥスを嫁として迎えてしまった。


 彼自身、なぜそうなったかわかっていないだろう。ただ、己の父と、育ての親と、その他いろいろな役人階級時代からの仲間の墓参りをして、少々失ったものの大きさを感じ取っていただけだというのに。

 かかわりとしては濃くも薄くもない、「縁があった」程度の少女に再会し、救いたいと願ってしまったというだけで、己は結婚を選択してしまった。

「……俺は、役人階級上がりですよ、リーナ様。」

「ですが、あなたは『連隊長像』です。ペガシャール帝国という国で、たった57人しかいない、特別な方です。」

たった57人、されど57人。その重みは、彼も理解している。何より、役人階級以上は、『神定遊戯』の神話がごとき伝承を聞いて生きている。

 それでも、生来の育ちの方は、どうしようもない。身分の違いもまた、彼は叩き込まれている。


「まあ、いいわ。飲みなさい。」

机の上に置かれた茶色い液体を口に運ぶ。疲れているのは事実だし、かつては滅多に飲めなかった茶があれば手が出るのは、少々貧乏くさい性根だろうが。

 再び書類に向き合おうとして、筆を硯に運んで気が付いた。墨がない。

「持ってきているわ。そろそろなくなる頃だろうと思って。」

「お前……。」

水が足される。中で石が刷られていく。わずかに焼けた梅の香りがした。

「私も手伝うわ。」

「いや、それは……。」

「どうせ暇なのよ。それに、あなたはこれからも戦場に立ち続ける。私は、家のこと、軍のこと、領民のことを、担当するわ。」

領主としての働きまでこなせるほど、余力はないでしょう?そう問われると、彼は何も言葉が出せない。

 そうでなくとも、彼の領地経営の手腕は、せいぜいが役人階級が学べる最大値程度しかない。騎士爵程度の領地なら出来るだろうが、伯爵家規模ともなれば、学びなおさなければならない。

「じゃあ、任せていいですか?」

「もちろん。フフフ、夫に仕事を任せてもらえると気分がいいわ。」

ペディアが盛大に顔を顰めるのを……リーナはおかしそうに笑みを浮かべて眺めていた。




 リーナがペディアの執務室に来るようになって、二日が経った。

 楽になった、とペディアは思う。リーナはこと内治の能力に関して、ペディアとは比にならないほどに能力が高い。

 机の上に山と積まれ、ペディアなら一週間は軽くかかっただろうとすら思われるほどの書類が……もう、ほとんど処理されつくしていた。

「ヤバい。リーナが有能すぎてヤバい。」

「私は特に有能ではありませんわよ。三部隊分の物資の分配とこの砦の物資管理、あとレッド軍の再配備と捕虜の管理、と聞けば複雑過多に聞こえますが……良くも悪くも、物資の流れでしかありませんから。」

単純に数字で分ければ済む分、楽でいいですわ、というリーナの言葉に彼は唖然とする。確かにものの流れではあるが……それにしても、多いだろうに。


「ほ、報告!……奇襲!奇襲!ペディア様!奇襲です!“白冠傭兵団”急襲!」

「なに?」

「砦の門は開け放たれました。こちらに向かって……。」

どこに隠れているとは思っていたが、今出てくるか!逡巡ののち、判断する。


 もう、勢力は二つしかない。俺たちにつかないというのなら、王国側についているに決まっている。

「狙いは捕虜だ、阻め!」

慌てて立ち上がる。鎧をまとう暇が惜しいが……いや、“白冠傭兵団”は、兵の質も、量も、将校の質ですら“赤甲傭兵団”より上だ。『超重装』くらい纏わないと、戦いの舞台にすら上がれない。

「ペディア様?」

「リーナ。決してここから動くな。奴らはおそらく、戦闘要員ではないお前に手を出すことはない。」

慌てて完全武装になったペディアを見て声を上げた少女を、一声で黙らせる。戦場に行く男の顔になったペディアは、鈍重な鎧にしては速く、部屋を飛び出した。




 部屋に押し入ったとき、いたのは10人。

 俺の目的は四人。ミデウス侯爵家ヒリャン、コリント伯爵家トージ、テッド子爵家カンキ、ニネート子爵家ヒャンゾン。

 何か知らない貴族のおっさんもいるが、……なんとなく、こいつは連れていける気がしない。


 残りの5人は、知った顔と、遠目で確認した謎存在。

「久しぶりだなぁ、ペディア。」

「……お前が、来たのか。」

「俺以外じゃ、お前らとそいつを相手して勝つのは無理だからな。」

ペディアの顔が、引き攣るのが見えた。まったく、俺に勝つなら、あの騎馬隊長の男とミデウスの息子は必要不可欠だろうに。


「ミルノー込みでも、勝てると?」

「ああ、そのなんか魔術陣仕込みまくった鎧の中身は、ミルノーっつうのか。ああ。あと二人強いのがいたらさておき、この程度じゃな。」

ペディア、ポール、ジェイス、トリエイデス、ミルノー。ああ。無理だ。やっぱり、さっき挙げた二人が入ってきて、ようやく対等といったくらいだろうよ。勝負にならない。

 槍を握る。この人数を相手して勝つのは余裕だが。今回は目標がある。レッドに従っていた四貴族の回収だ。


「なあ、ヒリャンの叔父貴。」

「お前に叔父呼ばわりされる謂れはないわ!」

そう言われても、六歳の頃からの付き合いである。今更敬意を以て話すのは難しい。それに……俺は今、使者なのだ。

「貴様らの主は、誰だ。かつての忠節が未だに残っているのなら、行くべき場所は自ずと知れるだろう。行くべき道を行け。」

話す途中に、トリエイデスが飛び込んでくる。槍でいなしながら引き込んで、回転して壁に投げた。音がしないのを聞くに、辛うじて姿勢を制御して着地したのだろう。奴はそういう軽業が得意な男だ。

「誰の言かは、わかるだろう?」


 トリエイデスに続くように、ジェイスが棍棒を振る。棍棒は確かに打撃武器の中で使いまわしも容易で、補給もたやすく価格も安い、が。

「軽いんだよなぁ。」

槍の先で受けて棒を地面に叩きつける。ほとんど同時に飛んでくるポールの矢を籠手で叩き落し、そのままぶつかるようにミルノーの元へ走った。

「はああ!」

「まあ、そうするよな!」

人の身の丈より大きな盾がこちらを向く。ぶつかってくる勢いに合わせてこちらに向けてぶつかりに来る。


 だが、盾で攻撃するときの欠点は、正面が見えないことだ。そして、あの重鎧も含めると重すぎることから、最速で進める距離は、短い。

 直前で止まる。俺の急な全速に、握りを除いて置いて行かれた槍が、力の流れを止められて大きく弧を描いて宙に舞い……

 左手を添えた。一歩右に寄った。力の流れに逆らわず、むしろ己の力を上乗せする。

 その脛骨を兜ごと叩き折る!

「“絶対防御”!」

あと一歩、というところで、見えない壁に当たって阻まれた。なんとまあ、けったいな。八段階魔術やズヤンの“鋼鉄要塞”程度の固さならぶち破れるくらいの威力はあったはずなのだが。

「それが神の力か?」

「……ああ。俺の、力だ。」

なるほど。槍を軽く二度三度振ってみる。何かに当たる感触は、さっきの振り回し時のみだった。もう今はない。


 ふむ。攻撃に合わせて発現する防御。“絶対防御”というからにはありとあらゆる攻撃を防いでみせるのだろう。

 過去の歴史に則るなら、回数制限があるはずだ。そこまで戦い続けてもいいし、実際殺しきることくらいはできるだろうが……

「覚悟は決めたか?」

「決めた。私たちは陛下の元へ帰ります。」

ヒリャンが立ち上がる。俺の後をついてきた団員が、四人に武器を差し出した。

「『戻りの投槍』……?」

「これ、おい?」

「もうピピティエレイは実質占領している。二万も率いてきたんだ。簡単だろう?」

捕虜の兵どもも、もう外に出るよう指示している。あとは時間稼ぎとお前たちだけだ。言わずとも、伝わっただろう。


「どうする、ペディア?見逃すなら、お前たち5人、命は助けてやっていいぜ。」

にぎにぎと槍を持つ。形成逆転、ではないか。俺一人に対して五人しかいない時点で、こいつらの負けは最初から確定している。さらにヒリャンに槍が、トージに魔術書が、カンキに杖が、ヒャンゾンに弓矢が。

 泣きっ面に蜂というほうが、正しい表現だ。俺たちを黙って見逃すか死ぬか、二つに一つしかない。

「……。」

黙る。まあ、こいつの立場なら、見逃すというしか……


「てめえが親玉かぁ!」

突如、後ろから声が響いた。おや?うちの傭兵たちを切り抜けてくるだけの武人?

「し、ねぇぇぇ!」

跳躍からの一閃。猪突猛進。だが……これは、次の手も考えた突撃だ。姿勢がいつでも変えられるよう、体の筋肉が一定以上弛緩している。周囲に対する警戒、筋肉量。なるほど、彼は八段階格か。

「一人じゃなぁ。」

「“火球魔術”!」

槍を受け止め、払う。瞬間に放たれる魔術。うまい、動きの隙をよくついている。が。

「よっと。」

躰を半回転して回避。槍を引き戻すと間に合わないので、踏み込んで鎧ごと持ち上げ、放り投げた。

「噓だろ、これ、300キロ超えるんだが?」

「うん、ちょっと予想外に重かった。左手の筋肉かなり痙攣しているわこれ。」

プルプル震える左手を見せる。頭上を越えてぶん投げるつもりだったが、腰より上に上がらなかった。おかげでちょっと鎧が足に当たって、痛い。あとたぶん肩も痛めた。

「わかった!傍観する!さっさと行ってくれ!」

ペディアが大声で叫ぶ。まあ、その決断になるよな。おかしなことだとは思わない。むしろ、それしか択はないだろう。


 おおよそ今持てる最大戦力でぶつかって、このありさまなのだ。勝機などあるまい。

「よし、じゃ、行こう。」

レッド派にいた諸侯は味方にした。帝国派と戦うための戦力としては、十分だろう。




 ホーネリスを目の前にして、デファールは冷や汗を流していた。これは……不味い。

「よう、デファ。久しぶりだな!」

「ペレティ……!」

不味い不味い不味すぎる。なんでこいつがここに、いや、先代の声を聴いた時点で予想するべきだった。ええ、俺の視野狭窄め。

「お前の軍は……ふうん、二万か。どうする、俺とやるか?」

「やるか!」

どう見ても五万は超える軍勢。そのすべてが掲げる旗には白い冠と血染めの百合。……『白冠傭兵団』。

 あれと戦うなら、せめて同数の兵士は欲しい。あと、ペディアとクリスとジョン。それだけやってようやく、劣勢。こちらはただでさえ士気が低いのを、神の加護は消えていないという証明でもたせているのだ。

「エドラ=ラビット公を連れていくのか。」

「ああ。なにせ『帝国』反対派、最後まで戦う準備も整えていてくれたからな。うちが王都まで連れ帰る。」

「……わかった。」

「元帥閣下?」

コーネリウスが反射的に声を上げた。が、これをどうするというのだ。兵数も兵の質も士気も、指揮官の質ですらもあちらの方が圧倒的に上。そして、指揮官はペレティ=ナイト=アミレーリア。


 ヒリャンたち四人が指揮下にいるクシュルと戦うようなものだ。冗談じゃない。

「全軍撤退!」

「逃がすと思うか?」

「ここで俺を殺すことを、アグーが是とするのか?」

「……糞、本当にお前はやりにくいな、デファ。」

こんなところで待ち構えた意味も、わかるさ。お前が敵にいると伝える必要があるんだろう?アシャト陛下に。全身全霊でぶつからないと超えられない壁だと伝えるために。

 『審問像』とやらの能力が何かは知らないが。アグーリオに下った、つまり「国王」に降ったことでおよそ予想は付く。疑似的な『王像』化……『像』の、授与。


 誰だ。誰が何の『像』を与えられる?クシュルの『元帥』は確定だろう。あとは誰だ?

 ゲリュンあるいはエドラ=ラビット公爵に『宰相』?いや、ゲリュンなら『賢者』『魔術将』もあり得る。ペレティが『将軍』か?

「誰が、何を?」

「知らね。『元帥』だけは確定じゃね?」

「……はあ。」

嫌な気分にもなろう。一番敵になられては厄介な相手が、一番持ってはならない能力を持って立ち塞がるのだから。


「お前、息子は?」

「ああ、ビリュードはピピティエレイに行ったぜ。」

内心暴れまわる。ふざけるなという言葉がこれほど似合う状況もない。

 つまり、敵には。『護国の槍』という名を最大限発揮できる状況で最高の指揮力を持ち、『像』を得る『元帥』、それに並ぶ指揮力と一国に比する質の配下将兵を持つ傭兵、そして、遊びがあったとはいえ俺たち『像』相手に時間稼ぎをしてのけた『将校』たちがいる、

 そして、なにより。


 そのトップに立つのは、かつて、誰からも『王像』に選ばれることを切望された、優れた王器を持つ、国王だ。

「やりたくないな。」

「なら、『帝国』を諦めさせることだな。」

「それは無理だ。何せ、俺は『帝国』に全面的に賛成だからな。」

裏切られたという表情をこちらに向ける副将のことは置いて、思う。


 真面目に、どうやって、勝とうか。


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