221.個人で連隊に匹敵す
『審問像』の存在。想定外の存在。
神の使徒がこの地に再度降臨した。
「なるほど。……今の今までどの国も『帝国』を僭称することがなかったのは、このためか。」
いままで見逃されていたのは、建前が、『王像の王』の座を取り合う争いだったからだ。他の二派閥と区別をつけるという建前を許されていたから、俺たちは帝国を名乗るのを許されていた。
本質的な意味合いでは、『神定遊戯』が始まっていないがゆえに。
『神定遊戯』は、『皇帝』の座を手に入れるための神が定めた儀式である。残り二国の併合が『皇帝』になるための条件であると、定めたのは神だ。
ゆえに。他国と相争う状況になれば、国と国との争いになれば、それは『王国』と『王国』、『王像』と『王像』の争いになる。
帝国になるための規則は、守らなければならない。
その上で。神は制約を設けているのだ。
勝手に帝国を名乗るのは許す。名は体を表すことがある、目標は必ず『帝国化』でなければならないのだから、先に『帝国』を名乗るのは許されてしかるべきだ。
だが、名から入るのなら、先に名前を前借するなら、実行できなかったときの罰も示せ。掟破り自体は許すが、実行できなければそれに見合う不利益を受け入れろ。
理に、適っている。貴族たちは、受け入れたがらないだろうが。
「陛下!このままでは、エルフィール様が危険です!」
「なぜ?」
「エルフィール様の進退を質に入れられた状況で、どの貴族が、エルフィール様の命令に従うのですか!」
「……だが、逃げるくらいは、」
「ほとんどの貴族は!『帝国』化を!望んではいないのです!」
ペテロが叫ぶ。その言葉にハッとした。そうだ。いくらなんでも、この状況でエルフィールが総指揮官なら、誰もがそっぽを向く。国力が低下すれば『帝国』化は難しい。わかっている者ならば、ここで、兵士が減らすことを選びかねない。『像』が消えれば、万々歳だろう。
そしてエルフィールが死ねば。俺を『皇帝』ではなく『国王』であるように説得できると、貴族たちは思うかもしれない。
「そう思うように、アグーリオは、話をした!」
「そうです!」
そして、エルフィールは……この状況なら、一人でも多く命を救って『帝国』の礎に出来るよう、死ぬ直前まで戦う気がする。
結果、不意な事故で死ぬ気がしてならない。本当に。エルフィールに死なれては困るのだ。彼女は俺に夢を託したかもしれないが、その夢の達成には彼女の力が必要で……。ああ!いや。俺の妻をこんなに早く失ってたまるか、まだ子の顔すら見ていないんだぞ。
「だが!ここからルウリャは遠いぞ!騎馬だけで走らせても一月ほどはかかる!」
しかも昼夜を問わずに全速にして、だ。それでは、どうやっても間に合わない。
「俺が行くぜ、兄貴。」
「お前が行っても!」
遅いだろう。そう言おうとした俺に、義弟は軽く手を翳し、振った。
「ムルクスを貸してくれ。」
「は?」
「ルウリャまで『跳ぶ』。」
……出来る。『跳躍兵像』は、会ったことのある『像』の近くまでなら座標がわからなくとも“長距離転移”で跳ぶことが出来る。そして、ムルクスは、エルフィールに会っている。
「それじゃ、お前が。」
「おいおい、誰に向かってものを言っているんだ、兄貴。俺だぜ?」
わかっている。ペガシャール中を探しても、お前に匹敵する猛者はそういないだろう。お前が化け物じみて強いことは、重々に理解しているが。
「俺は、兄貴が死んだというまで死なねぇよ。」
「……死ねというまで、じゃないのか?」
「ありゃ?そうだっけ?」
とぼけた顔をしている。どうでもよさそうな顔。……ああ、わかった。そうだな。お前は、死なないだろう。
「どうやって帰ってくる?」
「俺が『跳ん』で40分経ったら、わりぃんだけど兄貴、“強制転移”使ってくれね?」
「ああ、40分だな。……40分なら、相手が20万越えの大軍でも、一人で生き残れるんだな?」
「余裕余裕。俺は兄貴の義弟、ディールだぜ?」
全く、こいつ。そうだった、初対面の時の、俺のこいつへの印象は『殺しても死にそうにない男』だった。
本当に、頼りになる男だよ、ディール。
「よし、任せる。ムルクス、聞いていたな!」
「……いつから存在がバレていたのです?」
「『審問像』が出る前にはいただろう。さしずめ、セキトに施した整形と罪人に使った整形がバレていないか確認しに来た、というところか。」
「……そうです。陛下は、本当に。」
意地の悪い。風に溶かすかのように小さく呟かれた言葉は、少し仕事量を増やすことで対処しよう。
「じゃ、行ってこい。」
「陛下?」
「ペテロ、戻るぞ。貴族どもの陳情を聞く用意をせねばならん。」
「聞く気、あるのですか?」
「ない。」
なんでそんな面倒ごとをしてやらねばならんのだ。だが、どうせ奴らはやって来る。帰ってきた俺の軍勢たちも、俺に詰め掛けてくるだろう。
あちらが言ってくるであろうことを一つ一つ推測し、潰すための反論を考えねばならない。
「ですが、仕事もお忘れなきように。」
「わかっているわ。」
筆まめだらけの手を見て、頬が引き攣るのがわかった。痛い。考えたくもない。
仕事から解放してほしいと、深く、深くため息をついた。
ムルクスは足手まといだから置いてきた。
死地に赴く覚悟をしていたバカ女は、おとなしく撤退した。
「20万ともなれば、さすがに多いなぁ。」
“王の守人”の効果によって俺の身を包み込んでいる鎧兜が、答えるようにわずかに輝く。一人で戦うのも味気ない。言葉はなくとも返事があるなら、少しマシかもしれないな、などと嘯いてみる。
「ダメだ、どう考えても変な奴だわな。」
槍を三度、頭上で軽く振り回す。必要なのは、負けないこと。必要なのは、時間を稼ぐこと。
兄貴のところから『跳ん』で、多分今で七分。戦を始めるまで、あと三分は耐えねばならない。
「我らが行く手を阻むか、武人。名を、問おう。」
「聞いてなかったのか、聞いてなかったのか。それほど耳が遠いほど爺だったか、あんた。」
厳つい顔の男が微かに、しかし柔らかく笑んだように思う。なんだ、こいつ意外と気さくなやつか?
「貴様!我らが『護国の槍』に何を言う!」
「ああ、あんたがコーネリウスの。なるほど。あいつもあと20年くらいしたらそんな厳つい顔になるのか?」
「父は、さほど、難い顔はせぬ漢であった。」
なるほど?副官らしき男が、愕然とした顔でコーネリウスの親父さんを見た。ふむ、軽口を言うところをそんなに知らない?気分がいいのか。
「俺の名はディール=アファール=ユニク=ペガサシア。ペガシャール帝国皇帝アシャトの義弟だ。」
「貴様、僭称する皇帝の名など、」
「だまらっしゃい!兄貴は皇帝になると宣言した!ならやるんだろうよ!」
フフフ、という笑いが貴族たちから起きる。ただただ何も考えずに兄貴を心棒する俺の気持ちがまあわからないのだろう。
だが、『護国の槍』は、嗤わなかった。ただ、柔らかい笑みが崩れないだけ。それが、俺や兄貴を嘲笑する笑いではないことくらいは、わかる。
「なら、我らを、止めるか。」
「ああ。」
「たった一人で。」
「ああ。」
「如何して?」
「こうやって。……“国の門番”。」
掌に載せた、俺の『像』を握り込んだ。玉座に座る男の前に立つ槍兵。わざわざ握りつぶす必要はない。なんとなく、こうした方が気分が上がる。
掌の中で光が輝く。漏れる光でさえ、目を焼くかと思うほどの眩さだった。直視していたら、どれくらい視界が戻るのに時間を要しただろうか。
同時に、俺の左右から音が聞こえた。何かがせりあがる音。しかし、何も見えず、何も生えてこず。せりあがる何かは、透明らしい。
「“国の門番”は俺の固有能力だ。自分の居場所を中心とした、『城壁』を生み出すらしい。」
せりあがる音は、長い。あのちんまいのが言うには、高さは優に100を超えるだとか。跳躍で超えられないようにというが、跳躍で飛び越えられる壁など、20くらいが限度だろう。100も必要か?
「さて。通れる場所は、俺のこの位置から、左右に2メートルだ。意外と広いだろう?……通ってみろ、王国軍。」
「突っ込め!」
『護国の槍』が命令を発する。横に20メートルくらいに広がった部隊が、俺の横をすり抜けようと突っこんでくる。
「ちゃんと、通れる場所は、伝えたぜ?」
目の前に躍りかかってきた三人を瞬時に突き殺し、次列にいた三人も薙ぎ払いながら呟く。唖然とした副官の顔が見えた。何人が、後続の兵士に潰されたのか。
「見えない壁だと!」
「言っただろうが、『城壁』を生み出す能力だって。」
俺の周りに散らばった屍が、瞬時に通路の外へと排出された。都合のいい能力だ、神の力は。本当に……気味が悪い。
「来い。ペガシャール帝国は兄貴の国だ。ペガシャール帝国軍は兄貴の軍だ。兄貴の軍は、兄貴のものだ。……兄貴の物を守るのが、義弟にして近衛の役目ってもんよ!」
槍を掲げ、構える。次に踊りくる三人、次の三人、さらに三人。
左右2メートルの距離の通路を通ろうと思えば、それ以上は通れない。無理すれば5人でもいけそうだが……動きづらいから、やらない。一番身軽に動けるのは二人、俺のミスを狙うなら三人といったところか。狙いが分散すれば、たしかに、一人二人なら通す可能性が、なくはない。
「三人同時、敵は正面限定。30分ただ生き延びるだけでいい。簡単だ。」
「成程。それは、30分しか、発動出来ぬか。迂回路は如何に?」
「『王像』が言うには、左右それぞれ20キロだとよ。馬で駆けても、1時間はかかるな?」
情報をペラペラと話す。問題ない。こんな能力、敗戦時に、味方を逃がすときにしか使えない。そしてそんな状況……そうそうない。そう、ペテロが言っていた。
「なるほど、待つが正義、か。」
「おうよ。黙ってそこで待ってな。俺を抜けると思わねぇことだ。」
自信満々に言い切る俺を、『護国の槍』はじっと見ていた。どこまで真実なのか、どこまではったりなのかを見極めるように。
はったりなんかじゃねぇんだが。いくらなんでも、20万の軍勢を相手に30分なら一人で耐えられる、なんて言葉、信じられるものでもない……のか?
この能力あって初めて出来ることなのだが、
「……ベネット。今こそ、『武連隊』を用いる時だ。連れて参れ。」
「……エルフィール様に使うべきだったのでは?」
「エルフィール様にけしかけても、奴らは時間稼ぎにしかならぬ。」
どうせ勝てぬのだから。そう言わんばかりの言葉だった。だが、ベネットはそれもそうかと頷き……。
「あれなら抜けると?」
「試す頃也。」
確信に満ちたクシュルの言葉に、ベネットは頷いて、空に魔術を発した。
少しばかり特殊な音程の、五秒ほどの旋律が流れる。空に揺蕩うように流れた音に従い、後方で待機していた二万が前進する。
ペガシャール王国、『護国の槍』の切り札、『武連隊』。
武術五段階以上の者で構成された部隊であり、5人に一人は六段階格という、王国中を見回してもそうそういない、あまりに個人の能力に特化させた部隊である。
とはいえだ。武術五段階格は、なろうと思えば誰でもなれる。鍛錬と時間さえあれば、10年か20年かかければ至れる領域だ。
だが。六段階格以上になるなら話は別である。そこまで至れるだけの最大限の才能と努力が必要で……それだけの才があるのは、武具を握るもののうち、100人に一人。
二万もの、それだけの腕の武人を集めている『護国の槍』という一族はつまり……役人階級どころか農夫一人一人に至るまで、ある程度才能の多寡を判別できるほどに武具を握らせ、鍛錬させたということ。
その所業にかかる人手と費用、時間を考えれば……あの家の軍にかける執念は並大抵のものではない。
「あれを、抜けるか?」
彼ら二万を率いるのは、ミデウス侯爵家に仕える私属貴族、マーレウス=ナイト=バイコニアス。あと一歩で八段階格になる、そんなところで才能の限界が来てしまった……天才武術家だ。
「アレ?……閣下、もしやあれは、彼の左右2メートルの範囲しか通れないというものですか?」
「あの男が言うには、そうだ。」
10秒ほど見て、察した。武人はやはり、目の付け所がいい。武人でなくとも、わかっただろうが。
それでも、連隊を任せるには、勘と観察眼に優れた男でなければ。
疲労のひの字もないかのように次々と兵士たちを屠り続けている男。かれこれすでに10分になる。死者の数はもう千を超え、最初の方はやってやると意気込んでいた指揮官たちが、引くに引けずに死に物狂いになって兵どもを突っ込ませている。
たった一人にこれだけの被害を出し、これだけの足止めを喰らっている。誇りにかけてでも躍起になるわけだ。
が。その光景を見ていたマーレウスは違った。呆然唖然といった顔でその姿を目に映す。
「閣下。時間切れがあるなら、待つことをお勧めします。彼の今の身体能力は『像』あっての力だろうと考えますが……それでも素はおそらく、“黄餓鬼”よりは強い。今の彼と渡り合うためには、ビリュード様がいなければなりません。」
断言した。ここにいる二万が同時にあの『門』に殺到しても、おそらく時間制限がなければ全滅して終わると、そう言い切った。
「な、に?」
兵の殺到速度があがる。人が少なくとも一秒に一人死ぬ。それをなす超人以上の化け物は、まだ息すら上がっていない。
愕然とした。マーレウスが、ミツバチが如く集って勝てないと言ったのは、三人目だ。ビリュード、エルフィール、そして彼。
「化け物。」
「です。……せめて、ライオネス子爵がいらっしゃれば。」
ここで奴が出てくるのか。奴が出てくるほど、強いのか。
「アシャト様は、一体、何を考えている。」
そんな男を『近衛兵』にしておくとは。これは、今は、隊を使えない。
「個人で連隊に匹敵する怪物が。一国に三人も存在するとは。」
これは、どう足掻いても、抜けない。“個連隊”などと敵のことを賞賛交じりの罵倒を吐き捨てつつ。
クシュルはようやく、残る20分足らずを、待つ決意をした。
なんかちょっと骨のある部隊が前に来たなと思ったら、その場で止まった。
よかった、と安堵する。あれがこっちに来るなら、全力を出さなければいけなくなるところだった。
『像』の身体能力強化倍率というのは、基本的に自力で調整できる。俺はなるべく、身体強化を使わないようにしている。
「よ、と。」
今もそうだ。『像』の力は、味方に兄貴の言葉を聞かせ、敵の進路を阻むために使ったが。たった計5メートル前後の城門を阻むためには、身体強化をする必要はない。何なら、全力を出す必要もない。
全力を出して動き続けるのは難しい。いくら俺でも、五分間くらい全力を出せば、息が切れて動きが鈍る。
だから、鍛錬をするのだ。全身全霊で動かずとも、3割くらいの力で凡なら押し返せるように。疲れない動きで、疲れないくらいの力で、なるべく長く敵を圧倒し続けるための鍛錬を、俺とエルフィールは積んでいる。
槍を振るう。そろそろ20分になる頃だ。兵士が襲い来ることもない。ただ淡々と、俺の城壁が消えるのを待っている。
「いいのか?来なくて。」
「構わぬ。勝てぬことは、納得せり。貴殿はその狭い範囲でなら守り切る覚悟在り。故に、ここまで、出向いたのだ。」
その通り。兄貴に行かせろと言ったのも、条件付きで、30分なら余裕だからだ。
兄貴のものを守るための門。人を阻み、守り抜く門番。
門番として戦うだけなら、俺は、『像』の力も、素の全力すら出さなくとも、戦い続けられる。
「来い!俺はまだ、戦えるぜ!」
だが。敵は、動かない。決して動こうとはしない。
よく見れば兵士たちが怯えていた。一息ついて、俺に恐怖を覚えていた。
まったく。骨のない奴らだ。が、勝てない敵にがむしゃらに突っかかってこないだけ、ましだろう。
「全く。じゃ、頼むぜ、兄貴。」
後方を一瞬振り返る。30分の間に、自軍は地平線の彼方へ消えていて……
ディマルスと別方向に、一瞬砦が新たに立つのが見えた。バゼルだろう。
次の瞬間。俺は、兄貴の隣に、立っていた。




