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220.すべては神の意に沿って

 『審問像』?なんだ、それは。

 考える前に、口はもう動いていた。どうしても。そう、どうしても、あの神からのお告げとしか言いようのないアグーリオの宣言を聞いた時点で言わなければならない言葉があった。

「全、軍!撤、退、を……開始しろぉぉぉ!!」

叫ぶ。“拡声魔術”まで使って、もうなりふり構わずに。


 喉が、動かない。振り絞った声は、この世の終わりのように震えている。

 俺の叫びが切実であることなど、聞けば、わかるはずだ。


 だが、動く者は、いない。

 いや、グリッチは真っ先に動いた。続いてフレイが、バゼルが続く。

 アメリアは部隊に空に向かうように指示したのち、滞空。その中にメリナがいるのは確認できた。

「エルフィール様!」

「マリア、今すぐ逃げろ!もうこの軍は終わりだ、勝負が出来ない!」

「なぜですか!敵が来たとしても、『像』の力を使えば!」

「誰も俺の指揮を聞く気がないからだ!」

断言した。断言せざるを得なかった。


 ペガシャール帝国軍、対アダット派侵攻軍の総大将はエルフィールだ。他の誰でもない、アシャトからそう言明された総大将である。

 だが、問題が、三つ。


 一つ目。アシャトが帝国派における最大の権力者、皇帝を名乗ることが出来ているのは、彼が『ペガサスの王像』に選ばれた王だからである。

 『審問像』の存在、アシャトが勝手にルールを破り、皇帝を名乗っていることに対する糾弾の使者が来た。その事実は、それだけで、アシャトの権力に罅を入れるに足りる。

「アシャトが王に選ばれたとはいえ、その行動が神に糾弾されている。神によってアシャトの権力は保証されているんだ。その権力が、基盤からして揺らいでいる。」

「それは、わかりますが!エルフィール様の命令を聞かない理由になりますか!どうあれ、今の総大将はエルフィール様で、陛下は『王像の王』です!」

そうだな、そこは変わらない。そこだけは変わらない。だが、それでもだ。


 アシャトの『帝国』称が咎められる理由になるなら、俺の言うことを聞かないことに大義名分が出来る。建前的にも、心情的にもだ。

「二つ目の理由は、貴族どもはほとんどが『帝国化』を望んでいないことだ。三国を併合するような戦争を繰り返すというなら、最初から平穏に、穏やかに『王国』でいたい。『帝国』称を糾弾されるなら嬉しいんだ。」

心情的な理由。最初から貴族たちが帝国を望んでいないことは、俺も、アシャトも、デファールもペテロも、重々承知の上だった。それでも帝国化しなければいけない理由があって、俺たちは貴族たちの反対を封殺している。


 だが。それが、神によって咎められている。王の目的は神にとって喜ばしいものだろう。だが、達成していない事を勝手に先に名乗るなと言われているのだ。

 貴族にとって、これほどうれしいことはない。これを理由に王を強請れる。そして、『帝国』から『王国』に名乗りを戻したら途端に言うつもりだ。


 名称を変えたんですから、目標も変えますよね。絶対に帝国にならなければいけない理由は消えました。ほら、平和を謳歌しましょう、と。


 それでは困る。だが、困るのは俺たちだ。国の治政の八割以上を司る貴族たちではない。彼らは今こそ己らの意見を通す時だと立ち上がるだろう。


「最後に、『審問像』という名の神の使徒に認められた者が、俺の存在と権力の座からの撤退を要求したからだ。」

それはつまり。『王像の王』から賜った『妃』という名の権力が、有名無実になるということだ。それが、建前的な理由。俺の命令を聞く必要がないと貴族たちが判断する理由。あるいは、俺に「権力がない」「その価値がない」という札を貼るに足るだけの理由。


 神が王を批判しているという事実があり、貴族が『帝国化』を望まないという想いがあり、叶えば俺は確実に権力の座から転がり落ちるという予測がある。

 『像』を除く貴族たちが、誰一人として俺の命令に従わない。撤退命令すら、生き残るために渋々動き出そうとしているという様である。

「今この軍の総大将は俺だ。その総大将が、総大将足りうる器でなくなった。……少なくとも、多くの貴族はそう判断した。勝負にすら、ならない。」

マリアが唖然として俺を見る。そうだろう、そうだろう。そんなバカげた話があるものかと思うだろう。

 だが。これが、この国が荒廃した、本当の理由である。


「マリア、覚えておけ。『神定遊戯』がある限り、王の権力というのはそういうものだ。」

「……何ですか、それは!……!」

何か言葉にしようと口がパクパク動いている。想いはあっても言葉が出ないのだろう。理不尽だろう?俺は諦めるつもりはない、が……アシャトは、どうだろうか。

「陛下が帝国化を諦めると!そんなわけが、ないでしょう!」

響き渡るような大音声だった。“拡声魔術”に拾われないような小声で話していたのだが、そんなもの無視するほどの大声だった。

「アシャト様は帝国を目指す!諦めることはない!ゆえに、『帝国』称を改めることもない!なら、総大将がエルフィール様であることに、問題はない!」

ガツン、と鈍器で殴られたような気分だった。ああ、何を弱気になっていたのか。俺は、夢をアシャトに託したのに。そうでなければ夢を叶えることは出来ないから。


 だというのに、アシャトを疑った。アシャトが夢を叶えてくれないだろうと諦めた。……万死に値するようにすら、思う。

「だというのに!エルフィール様の命が聞けないなど!驕るのも大概にしてください。そんな簡単なことが!なぜわからないのですか!!」

それは。アシャトを理解できる者の言葉だ。帝国化に賛同できる者の言葉だ。


 賛同できない者にとっては、聞く価値のない、妄言に過ぎない。だが……

「マリア、いい。」

「でも!」

「そうだな。アシャトは帝国化を諦めないだろう。だが……貴族どもが帝国化を望んでいない以上、今、状況を変えるのは無理だ。」

ヒラリと馬に跨る。貴族たちも撤退を始めた。ルウリャの門は徐々に開き始めている、完全に開き切るのも時間の問題だろう。

「お前のおかげで、自信が持てた。お前の言うことは、正しい。でもな、正しさだけで回せるほど、国というものは優しくないんだ。」

頭をぐしゃぐしゃと撫でる。助かった。本当に、助かった。

 アシャトはきっと、何があっても帝国化を目指す。

「マリア、ありがとう。」

万感の思いを込めて、呟く。アシャトがくれた槍を握る。ああ。なぜだろうか。暖かいように、思う。

「エルフィール隊!用意はいいな!」

己の部隊に声をかける。呆れに近いような、笑いが籠った嘆息が聞こえた。悪いな、世話をかける。


 槍を、脇に抱える。マリアが焦ったように、「何を」と呻く。

「時間稼ぎさ。」

言葉にした次の瞬間。


「ディアエドラ侵攻軍全てに命じる!今すぐ、全速で、逃走を開始せよ!」

聞き間違えるはずもない大声。使えぬはずの“拡声魔術”が使用されていることに目を瞑ってもなお信じられないこと。

 アシャトからの救援が、来た。




 ルウリャは大歓声に包まれていた。

 今こそ敵を倒すべき時と、貴族も兵士も息巻いていた。

 『審問像』の力が大きい。大きすぎた。

 誰の目にも、アシャトが神に糾弾されているという事実が、神に否定されているように写っている。


 きちんと順序だてて考えれば、そうでないことなどわかる。

 だが、一国に王は二人はおらず、アグーリオに神からの遣い『審問像』が降りたという事実がある。見たいように見るならば、帝国派は神の加護が失われ、己らは神の加護を得たかのように錯覚できる。

 人は見たいものしか見ない。そも、『王像』とほかの『像』の区別だってついているか怪しいだろう。ただ、人の理を外れた力を持つがゆえに、誰もが『王像の王』を崇めたのだ。


 愚かな兵卒どもはさておいて。現状を、客観的に眺めてみる。


 今までクシュルたちが敗北していた理由は三つ。

 自軍と敵軍の士気の差、調練の差、そして総大将の勝利への意欲の差だ。

 それでも、パーシウスがありとあらゆる手段で士気を最低限維持し、戦いの中で調練を積んでいた元アダット派の将兵は、強いとは言えずとも弱くはない域に仕上がっている。

 そして、今。


 クシュルの軍とエルフィールの軍の士気の差は逆転した。神に見放されたような気分にすら陥っているエルフィールの軍と、神の意を得たような気分になっているクシュルの軍。士気の差は明白。

 総大将の信頼が失墜し、連携を完全に失った帝国派と、長年にわたって繰り返した内乱で築き上げた連携を持つ王国派。調練の差もまた、明白。


 その存在そのものが賭けの商品にされているようなエルフィールに対し、本当の主の手の内に還り、その手によって振るわれることに歓喜する『護国の槍』、この二人の勝利への意欲の差もまた、明白だ。


 即ち!

「我ら『ペガシャール王国派』、敵『ペガシャール帝国派』ごときに負けるに値せず!全軍、突撃!!」

隣でベネットが大声で叫ぶに合わせて、クシュルもまた槍を高く掲げ、振り下ろす。

 瞬間、ルウリャの門は開き切り、ペガシャール王国軍は一人残らず前進を始めた。

 厳つく、表情の変化が乏しかった槍の口端が上がっていく。勝利の確信に、クシュルの戦意が大いに昂る。

 ここで多くの兵を殺す。そうすれば、アシャトの望む『帝国』化は遠ざかる。あるいは『像』を殺してもいい。先ほど力を示した『砦将』か、あるいは多軍を率いる力を持つ『連隊』か『将』の名を冠する『像』。

 一つ落とせば、それだけで、帝国派の未来の動きを阻害できる。帝国化は、遠ざかる。


「可能ならば、エルフィールを落とす。」

ペガシャール帝国を目指す。いくら宣言したとて、容易ではない。

 自国を除く二国を侵略しなければならない。ペガシャールは、その国土の都合上、ドラゴーニャ王国、ヒュデミクシア王国、グリフェレト王国と隣接する国だ。

 いずれかを攻めれば、いずれかに攻めこまれかねない。『元帥』が率いる軍隊が敵であれば、阻めるのもまた『元帥』軍が一番確実だ。侵略にせよ、防衛にせよ。

 つまり……侵略、防衛、どちらにも『元帥』があった方が望ましく、あるいはそれだけの頭脳指揮力を有する人材が『元帥』以外にいた方が良い。

 デファールと対等の指揮官。コーネリウスはまだ未熟だ。マリアが天才である可能性をクシュルは察知しているが、会ってもいない少女の能力は確信できぬ上……若すぎ、後ろ盾もない。


 普通であれば、不可能なのだ、『帝国化』など。一万の指揮官に一人クラスの天才指揮官が、国に二人など、望むべくもないのだ。

 クシュル、デファール、ペレティ。ペガシャールはただでさえ、過剰なほどに指揮官に恵まれている。そのうち二人は、明確に帝国化を否定しているが……あと一人。

 エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアという大天才。デファールに匹敵する指揮官にして、傭兵最強の男ビリュード=ナイト=アミレーリアを超えうるほどの武才を持ち、ゲリュンやアグーリオが認める政治の天才。そして、誰もが認める絶世の美女。


 天に二物どころか、三物も四物も与えられた怪物公女。彼女がいなければ、逆立ちしたって、『帝国化』の夢は目指せない。

 正面。長い黒髪を靡かせて、こちらに突っ込もうとする女と騎兵たち。

「幸運は、ここに。」

勝てるという、確信。帝国化を阻めるという、確信。


 逆襲の時は、今、ここに。




 踏み出そうとしたときに聞こえた声に、なぜだ、と声に出かかった。

 男の声を受けて、敵ですら一瞬足を止める。誰が来たかは分からないだろう。あいつの存在も、あいつの実力も、知っている者は少ないだろう。

 だが、そいつが、現状をひっくり返せる手なのは、両軍に伝わった。

「お前、なぜ。」

「エルフィール様。『エンフィーロ』が、います。」

マリアが指さした先。男の背、馬の上。保護色になる服を着て、男の背にしがみつく男がいる。

「ムルクスか!」

「はい!『跳躍兵』が、彼をここまで運んでくれたのだと!」

歓喜するマリアの頭をぐりぐりと撫でた。だが……悪手な気がしてならない。

 確かに俺の死ぬ確率はグッと上がる。だが、ペガシャールで最も強い個体戦力を同時に失う可能性が……


「兄貴からの命令だ!総大将はエルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアからバゼル=ガネール=テッドに変更!全軍、バゼルの指示に従って今すぐディマルスまで後退せよ!」

あ、と口を開いた。言葉が漏れた。そうか。

 アシャトは、全員を生かすつもりで、彼を寄越したのか。


「何の権限があって!」

貴様が命令する。そういう言葉が、帝国派貴族たちの口から洩れた。聞く気がない、あんな男の命令など。そういう意図が見え隠れしている。

 まあ、そうだろう。貴族の一員とはいえ当主でもない男の言葉など、建前的には聞くに値しない。


 だが。だがである。彼の発する言葉は、彼の言葉では、ない。

「俺の言葉は兄貴の言葉だ!俺は兄貴の指示でここに来た!貴様ら、『ペガサスの王像』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアが義弟ディール=アファール=ユニク=ペガサシアの言葉を疑うか!」

貴族たちの口が噤まれる。ディールの言葉はアシャトの言葉、その文句が疑われることはない。公的、立場的に国王に最も近い人物と言えば、誰もがエルフィールを挙げ、次点でデファールとペテロの名前を挙げるが。

 私的な近さで言うならば、義弟を名乗り、常にアシャトの護衛についている、ディールであることを疑う者はいない。

 何せ、アシャトは、貴族たちに対し、「『近衛』にして心の義弟の」ディールだと紹介しているのである。アシャトの言を運ぶに最も足る男であることを、誰もが否定しない。出来ない。


 ゆえに。アシャトの命令だと謳って放ったセリフが、まず間違いなく王の言葉であることを、ここに至って帝国派貴族たちは容認した。

 ……まあ。王都にいるはずのディールがここにいる時点で、察したものはいたのだが。


「しかし!」

「だまらっしゃい!……うぜぇなおい。我は『ペガサスの近衛兵像』に選ばれしもの也!」

それでも反論を重ねようとする貴族を一喝して黙らせる。何が問題なのか、おそらくアシャトから最低限の講義は受けたのだろう。

 舌峰を重ねようとして、彼は言葉を止めた。百の言葉より一つの神威であるというかのように、『像』の力を顕現させる。

 神々しい光。収束して、彼の身を包む、白銀に輝く鎧兜。……『近衛兵像』が権能、“王の守人”。

「『審問像』がなんだ!神からの糾弾がなんだ!見てわかるだろう、今も兄貴は、『ペガサスの王像』に選ばれた王だ!」

敵軍がたじろいだのが見えた。自軍が驚いたのがわかった。

 なんて愚かなのだろうか。『審問像』が『王像』を名乗らなかった。その時点で、アシャトが『王像』の力を……神の加護を失っていないことなど、少し考えたらわかるだろうに。

 まあ、貴族たちも自分の信じたいものを信じただけだ。否定するのも哀れだろう。が。


 これまた、強烈な「真実」を突き付けたものだ。

 俺が同じことをやっても効果は少なかっただろうと思う。『王国』と『帝国』の決意表明の品である俺が『妃』の力を振るっても、そんなことは誰もが承知の上だった。

 この場合、アシャトの「神から加護を賜っている」という信頼だけは取り戻したかもしれないが、総大将としての俺の権威は失墜したままだ。味方の指揮を俺のもとに結集させるのは、不可能に近かった。


 だが。ディールは違う。

 彼はアシャトの代弁者だ。その立ち位置を疑う者は誰もいない。その彼が、総大将の座の変更と、現状の目標を指示したのだ。

 俺では出来ない。仮に俺が総大将の座をバゼルに譲っても、その行為の主体は俺、バゼルは従属者になる。俺を信用していない者たちが、俺の進退を見たところで、バゼルの指示に従うことはないだろう。心情的な問題だ。

 だが、アシャトの言であれば話は別。主体はアシャト、従属が俺とバゼルだ。こうなれば、貴族たちは下がる。下がらざるを得ない。


 ペガシャールは神の加護ありきで成り立っている。

 神の加護を受けたものの命令が、神の加護の証明と共に示されれば、神の加護に従っている貴族たちは従属せざるを得ない。

「ディール!」

「エルフィールは何もせず、レオナと共に、黙って撤退しろ。」

「しかし!」

敵が再起動する。いくらアシャトの命令があれど、隊列を整えなおさなければならない帝国派相手ならば、今すぐかかれば削れるといわんばかりに。


「バゼル!30分だ。30分だけ、抑えてやる!その間に、視界から逃れろ!」

それが、ディールの最後の言葉だった。馬腹を蹴って、駆けだす。強引にムルクスが馬から叩き落されたのが視界に映る。

「ディール!」

「任せろ、エルフィール!俺は、兄貴が死んだというまでは死なねぇよ!」

いくら強いとはいえ、20万もの大軍を前に、一人で行くのか。自分ですら、500ほどは連れて行こうとしたのに。

「アシャト様が、ディール様を死地に追いやるはずがありません!任せましょう、エルフィール様!」

「……わかった。マリア、戻ろう。」

「はい!」

後方に不安はある。が。

 ディアエドラ侵略軍は、アシャトとディールに救われる形で、撤退を開始した。


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