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219.ペガサスの審問像

 アダットが死んだ。両軍は離れ、ルウリャの外と内で互いに陣容を整えなおすわずかな時間が設けられた。

 主君アダットの首を、クシュルは帝国派に差し出した。その代わりとして、ルウリャにとどまって軍の再編を行うこと、その期間を三日とすること、その後下がるとき、追撃をかけぬことを要求。

 エルフィールは基本的に了承した。ついでとばかりに、国王アグーリオに対する、王都ディアエドラの無血開城を要求する手紙を送り届けるように依頼。

 最初から決められていた流れのようにあっさりと話が進み……実際、両軍のトップはこうなるとわかっていたわけであるが……両軍は、ほんのわずかな、盗賊への警戒程度でとどめる小さな休息期間を手に入れた。




 久しぶりにゆっくりと飯を食う……ということもない。

 もともと勝利がわかっていた戦だ。ルウリャに敵が引きこもってからは、奇襲の心配すらしていなかった。

 隊列の再編自体も、やることがない。アダット直々の出陣で負った被害はゼロである。バゼルも無事だった。……というかこいつ、『像』を顕現させた位置から自陣まで、軽く一キロを超える地下道を掘っていやがった。

 報告くらいしろ、と一つ叱りこそいれたが……よくやったと思う。


「三日再編に待つといったが、アダットの首は送られてきている。追撃をしないといった時点で、こちらが待つ必要はない。」

「では、戻りますか?」

マリアが無邪気に首をかしげる。ちょっと最近わかってきた。こいつ、自分が14歳なの承知しているだろ。ついでに言うなら、次の言葉を承知の上でわざとやっている。


 俺以外の奴にはやるなよ、と口にだそうとして、やめた。そのあたり、この天才が弁えていないとは思えない。

「いや、こいつらがディアエドラに向けて帰還したという証明が必要だ。帰りたいけどな、帰るわけにもいかない。」

ずっとルウリャに居座られたら、残る22万あまりの軍がいつ攻め込んでくるか知れたものじゃない。帰るまでは見守る必要がある。

「マリア。」

「はい、エルフィール様。」

「おそらく、これからだぞ。」

「はい?」

俺も、デファールも、はっきりと覚悟していることがある。


 アダットとレッドの戦いが終わった。あとは王都をもらえば、俺たちの勝ち。

 だが、王国の国王が、アグーリオが、そんなに素直に玉座を明け渡すはずがないことを、俺たちは知っている。その肌で、嫌というほどに。

 問題は。『王像』を抱え、神の加護を受け取っている俺たちに対して、どういった手で出てくるのかということだ。

 何もないのであれば、二つに分かれていた各10万の軍が一緒になるだけで、単純に規模が大きく、強くなった俺たちと王国が戦う構図になる。


 数で勝る王国とはいえ。神の加護なく、将の質も低い彼らが、対抗できるとは思えない。

「何が、ある?」

これは。おそらく、『神定遊戯』が始まったころから仕掛けられていたであろう。

 戦略の、領域だった。




 アグーリオは玉座に身を預けきっている。

 指し手は己とアシャト。二人のあいだで結びついた盤上に、追加された神の一手。

 勝てるとまでは踏んでいない。だが、状況を五分五分までは持って行ったと確信している。あるいは、こちらが七分の領域まで踏み込めたかもしれない。

「俺がここに来ることを予期していたか、国王よ。」

「ああ。『神定遊戯』の目標が『帝国』を目指すことであるならば、なぜ、1500年もの間、一度も自称『帝国』を名乗るものが現れなかったのかという問題が浮上するからな。」

アグーリオは嘆息する。


 単純な話だ。

 『神定遊戯』の目標は、徹頭徹尾、六国のいずれかが『帝国』になることにある。そして最終的には、六国全てが合併することにある。

 だが。その『帝国』化のための方法は極めて単純にして難題である。同じ『像』を持つ国、同じ神の加護を得ている六国を、自国を含めて三国合併することが目標になる。

 難題だ。同じだけの力量を持つ国を、合併するのだから、難題だ。

 軍事的に難しいその難問を、さらに政治的、心理的な問題が複雑にする。実のところ。『神定遊戯』の恩恵を受け取る国は、その恩恵を知れば知るほど『帝国』を目指せない。そういうものになっている。


 しかし、『帝国』を自称する国があってもよかったはずである。

 何かが起きると確信していたのなら、おきて破りをしてでもその恩恵を受け取ろうとしたものがいたはずである。

 なのに。1500年もの長きにわたって。

 六国は、『帝国』を、一度たりとも名乗っていない。

「何かあるのは確心していた。まさか、こういう代物だとは思わなかったが。」

「間違っちゃ困る、国王。神は『帝国』になってほしい。掟破りをやめろと言っているだけだ。」

翼をはためかせながら『像』が言う。うむ、と軽く頷く。

「構わん。それがどういう意図であろうとも、構わん。」

「なぜ?」

「貴様がこの地に降りたことで、アシャトの帝国化への道はほとんど潰えた。」

「潰えるのかい?それは困った。」

対して困っていなさそうな声である。本当に困ってはいないのだろう。


「ペガシャール唯一の『帝国化』の機会かもしれんがな。余が、それを阻む。」

「俺程度で阻まれるような『帝国化』なら、叶うことはない。他の『像』を相手取らねばならないのが『神定遊戯』だ。その前に訪れる障害に転がされるようなら、意味がない。」

「貴様はそれで構わん。貴様の意図も、余やアシャトは理解できるだろう。しかし……只人には、不可能なのだ。神は、神の使徒は、その程度のことも理解できん。」

ふん、とそれは鼻を鳴らした。理解できない、というのは、互いが承知の上だった。

「さて、始めようか。デューラ。その威を、ペガシャール中に示して見せよ。」




 見たこともない魔術だった。

 それがどういう代物か、知らない。神が作り上げた、国中に言葉を伝えるためのものであることだけはわかる。

 軽く、吸気。長かった。心底、長かった。


 『神定遊戯』を志して、諦めて。もう齢40を超えてしまった。

 余が歴史に何かを残せるとすれば。これから始まる一年が、おそらく最初で最後だろう。

「『王像』を巡る争いは終結した。これを以て、神は『ペガサスの王像』及びそれに選ばれた『王』の行う欺瞞を裁かねばならぬと判断した。」

アシャトという男が、それを決断することは予想の外だった。ましてや、堂々と宣言してのけるとは思いもよらなかった。

 同時に、それこそが、余のつけ入る隙だった。

「『ペガサスの審問像』に選ばれし者、ペガシャール王国現国王アグーリオ=エドラ=アゲーラ=ペガサシアが、三国統合ならずして『帝国』を詐称する勢力の者どもに告ぐ。」

気分がいい。『神定遊戯』、『王像の王』に選ばれる可能性があった20代後半までは、貴族たちも余の政治にある程度迎合しながら私腹を肥やしていた。


 だが、余が『王像の王』に選ばれないだろう、『神定遊戯』が起きることはないだろうと確信した瞬間、余の政治を無視して私腹を肥やすようになった。

 為政者は着服をある程度は無視しなければならない。というより、政治家である以上、それをしない、してはならないなど、間違えても口にしてはならない。

 着服も、私腹を肥やすこともなく、あくまで給金のみで最大限の為政を執り行う為政者。これ以上、信用のならない者はおるまい。


 ゆえに、王は。その程度を調整しなければならない。懐に入れるのをある程度見逃しつつ、やり過ぎれば止めねばならない。

 だが。ペガシャールにおいて王の言葉は『神定遊戯』あってのもの。なければ、その言葉に重みはなく、価値はなく。

 資格がなくなる三年前あたりからは、ほとんどの貴族が余の言葉にそっぽを向いた。


 あれから、10年余り。余とクシュル以外の貴族たちが最低限の政務のみを執り行うように戻った王宮で。余は無力をかみしめ続けて。『神定遊戯』の不在と、神に認められなかった己を呪い続けて。


 ああ、その『神定遊戯』に、『王像の王』に選ばれたアシャトに、神の目的に、余は、今、逆らっている!

「規則を無視し、皇帝を僭称する王よ!神は貴様に、他国侵略、併合の覚悟を問うておいでだ!規則を破ってまで『皇帝』を騙るならば、果たせなかった場合の利息を貴様の死後の未来で取り立てると仰せである!」

話を聞いたとき、そりゃそうだろうという思いと、そりゃないだろうという思いが同時に去来した。


 アシャトの夢のつけを未来の国民や子孫が支払う。元来あり得てはいけないようなあり方だが……ままあることだ。

 親の罪を子が支払う。子の罪を親が償う。よくあることだ。

 親の借金を子が支払う。親が築いた富を子が引き継ぐ。金銭の問題に異を唱えないならば、罪もまた同様でなければならないのだから。

「それでもなお『帝国』を名乗るというのであれば!『ペガサスの審問像』と、その力の使い手であるこのアグーリオを打ち倒せ!その首を獲り、その覚悟を見せてみよ!」

これは最初から、明確に見える抜け穴がある。それを選ぶだけで、無用な戦いは起きえない。ゆえに、それを喧伝する。

 アシャト、エルフィール、デファール……彼らは帝国化をめざすだろう。だが、彼に付き従う貴族たちはそうではない。

 味方全てに嫌厭されてなお帝国化を目指そうとするのか。なぜなのか。彼らには、しっかりと道を示してもらわねばなるまい?


「『帝国』を目指す、大いに結構!神の望みは言うまでもなくそれである!ただし!先に名から入るのではなく、確実に三国を統一してから帝国を名乗れと、先に『帝国』を名乗るのならば、未来に負債を負う覚悟はあるのだろうなと、そう神は問うておられる!」

ゆえに。アシャトは、余との戦いを避け、帝国を目指すにはただ一言紡げばいい。それだけですべてが解決する。

「『帝国』を名乗るのを止め、再び『王国』を名乗るのであれば、我らは戦場から手を引こう!今この瞬間にでも王都ディアエドラを開放し、無用な争いは止め、完全降伏して見せよう!」

もう、貴族たちは戦争をしたくないだろう。兵士たちはわからない。だが、アシャトは神に糾弾されているという事実があれば、おそらく、兵の気も、厭戦に傾く。

 きっと兵たちにはその内容に興味はない。ただただ、平和と豊穣を約束してくれている神からの糾弾と聞けば、理由は如何様であれ、アシャトを非難するに違いない。


「『帝国』に与する全ての貴族どもに告ぐ。『帝国』を望む王の臣下たる者どもに問う!貴様らは、王が神に審問を持ちかけられる状況をどうとるか!王はどう捉えているか!」

余は、最初から王と戦うつもりはない。アシャトの気持ち、エルフィールの気持ちなど、理解しているつもりだ。なぜ『帝国』を僭称しているか、その理由も、そうせざるを得ない環境も、知っている。

 ゆえに。勝つためには、アシャトが『帝国』を諦めるためには。

 攻撃するのは、王ではなく、配下である。


「貴様らが主に、『皇帝』たる是非を問え。我らは王国。貴様らの主が『王』であるならば、我らはその道の邪魔はせぬ。しかし、『皇帝』足らんとするのならば。」

まあ、『皇帝』たらんとするだろう。確信している。アシャトは、あのアンジャルードの息子であるならば。意思も意見も曲げないだろう。

「余が、『国王』として、『皇帝』の覇道を阻んでやろう。」

『王国』対『帝国』。あくまで貴族同士の対決から、一気に国同士の対決へ。……確か帝国派はゼブラ公国とは戦争したのだったか。だが、あれは一応、元ペガシャールの公爵領でしかなかった。


 今回は、正真正銘、国同士の正面衝突である。

「とはいえ、『帝国』から『王国』を名乗るといったところで、証明をもらわねば話になるまいな。よし、『帝国』が『王国』に名乗りを戻す場合、『帝国』を勧める急先鋒は隠居せよ。二度と政界に出てこぬ、程度でよい。首までは欲さん。」

王以外であることは誰にでもわかる。ゆえに、次点が誰かもまた、誰にでもわかる。

「エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアが、王太子の母になる立場を放棄し、実家エドラ=ケンタウロス=ペガサシア公爵家のもとへ帰省せよ。それを以て、貴様らの『王国』に戻ることの証明とし、余らは降伏すると約束する。」

ペガシャール帝国の首筋に、剣の刃先を突き付けて。


「では、よき返事を期待する。……ああ、クシュルよ。命令だ。奴らが『帝国派』を名乗るうちは我らの敵だ。視界に収まる場所にいるなら、殺せ。いないなら、帰ってまいれ。」

死刑宣告も、口にした。


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