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218.アダットの奮戦

 翌朝、日の出とともにルウリャの扉が開く。総大将は、口元を笑みの形に歪めながら、隙だらけの姿をさらす王太子。

 男が、銀色の剣を空に掲げた。鉄よりも銀に近い光沢を放つ継承の剣。それを、大きく振り下げて、叫んだ。

「突撃せよ!」

うおお、と兵士たちが突き進む。神の力や続いた敗戦によって落ちていた士気は、アダットの到来によって持ち直して……はいなかった。


 だが。王太子が来たということは、これが決戦だということだ。言い換えるなら、これで戦が終わるということだ。

 王太子を最前線にまで出してしまえば、アレが死んでしまうのなら、戦争は終わる。神と戦う必要はなくなる。

 なら、全霊で前に進もう。……軍に携わる私属貴族や役人階級たちがボソボソと語ったことであれど、彼らはそこに希望を見出した。


 進め、進め。少しでも前へ、王太子が気分よく進めるように声を上げて、前へ。

 彼さえ死ねばすべてが終わる。彼さえ死ねば、彼さえ死ねば!

「アダット殿、お覚悟!」

そんな中で。剣を片手に馬に躍りかかる兵士が一人。


 テッド子爵の間諜が、その本性を顕して斬りかかり……

「王太子に剣を向けるか。この、無礼者。」

あっさりと斬り捨てられる。

 舞うのは赤。赤の花が、華麗に咲く。

 あまりにも一瞬のことだった。己の身を守ろうとすら、しなかった。しなくとも、アダットは敵を瞬殺してのけた。


 鮮やかすぎるあかが大地を染める。

「進め!俺は、強い!」

次にとびかかるつもりで王太子を盗み見ていた刺客が、あきらめて進軍に戻る。周りを守る兵士たちは、彼の強さを始めてみて戦慄する。

 仮にも、次期国王予定だった男。性根は腐りきっていて、豪遊を楽しむ畜生ではあれど、かのギュシアール=ネプナスの指導を得た男。

 あっさり殺されるほどに、弱くはなかった。




 ルウリャからだいぶ離れた。まだ敵の足が止まらないということは、テッド子爵家の刺客はおそらく殺されたのだろう。

「テッド子爵、どうやらお前は失敗したらしい。……まあ、敵はあのクシュル相手だ。あんな雑な手では、バレて当然だろう。」

それでも打てる手を打っていたというだけ。彼は悪くない。どちらかといえば、もっと早い段階で仕込みが出来なかった、その力も余裕もなかった俺とアシャトが悪いと独白。


 どうせバゼルはテッド子爵家軍を指揮するために別の場所にいた。あいつの失敗ではないのだから、聞かれても困らないが……いや、今の内容なら聞かれたら拙い、か?

「いいえ。テッド子爵家の間諜は、三割ほどは殺されたと思いますが、七割ほどは生きていると思われます。」

「……誰だ?」

「ペガシャール帝国が妃殿下にご挨拶申し上げます。私の名はヌント。ヌント=アニマス=エンフィーロと申します。」

「なるほど。」

指揮官を父親に戻したのか。そしてどうやら、『エンフィーロ』はルウリャの中で戦ったらしい。テッド子爵家の間諜を守ったのだろう。……『影の軍』は?いや、『影の軍』とこそ戦ったのか。なら、七割もの間諜が生き残ったのにも納得がいく。


「ムルクスは?」

「陛下のもとに帰しました。一両日中に決着がつくと報告しろ、と。」

「重いな。」

期待が。だが、実際できるだろう。クシュルも同じはずだ。今日決着をつけることを望んでいる。

「何が起きているかはわからんが。まあ、待つか。」

フレイがうまくやるだろう。そう思うことにした。




 なぜあたしは『近衛兵像』なのか。

 考えることがある。陛下は「遠距離攻撃の手段が欲しい」と言っていたが、本当にそれだけなのか。

 グラントン=ニネート子爵家は代々、『兵器将像』の力を授かる一族だ。当然毎度毎度というわけではない。が、『鍛冶と弓術』と称される一族だけあって、汎用武器を望まれる戦場にニネートの鍛冶師がいることは多い。

 あたしは確かに、鍛冶の技術は拙い。でも、もしも『兵器将』に選ばれたら、鍛冶の技術を上げなければとも思っていた。なにより、ニネートの『鍛冶』は剣や槍が主ではない。


 鏃である。矢は消費量が多い。『像』の持ちえる権限と道具の限りにおいて大量に武器を生産できるという特徴は、矢の大量生成という分野で必須項目である。ゆえに、ニネートは多くの時代で『兵器将』を担ってきた。

 それでも。『近衛兵像』を任せられたのであれば、全霊を尽くそう。

「あたしは、『ペガサスの近衛兵像』に選ばれた者なり」

呟く。神々しい光ともに胸の内側から現れた、馬に跨り矢を構える長髪男の『像』。真っ白なところ以外あたしにそっくりね、と思う。

 細い顔の線、引き締まった筋肉。ゆったりとした服装の端から見えるそれが、本当に、あたしにそっくりだった。

「……解放しましょう。『ペガサスの近衛兵像』よ。」

能力は、“強制転移”と“王の守人”。今あたしが使うのは、“王の守人”の方だ。神の力による鎧と、武器。


 手元に輝く弓が出る。そっと引き絞ると、ギリ、と中々力強い音がした。

「“視力強化魔術”。」

じっと見据える先。馬に乗ったアダットが見える。距離は約一キロ。これなら、当てられる。

 精一杯引き絞る。1.8倍ギリギリまで、身体強化の倍率を上げる。届けば、殺せる。確信のもとで矢を放つ。

「届いた。」

手を離した瞬間に確信した。これなら当たる。これなら殺せる。これなら、2キロ先の距離だって飛ばせると。


 その先。矢を視認して、慌てたかのように剣を振り上げて、捌いた王太子の姿を見た。




 勝利条件は俺を殺すこと。油断はしなかった。

 とはいえ、予想外の距離で矢が飛んできたのはたまげた。

「う、そだろおい。」

思わず、化けの皮が剥がれるほどの腑抜けた声が出る。気づけたのは偶然。捌けたのも偶然。とはいえ、一キロもの距離で矢を届かせられるというのならば……それは、九段階格の弓術師。本当に、はあ。

「あいつが一番の予想外だったわけだ。」

アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。彼のもとに集った臣下たち。化け物ぞろいである。

継承の剣(クリファード)!」

魔術式を発動させる。この剣の特徴は、剣身が伸びること。さながら水がごとく、銀の鋼が矢をはじく。


 負けるわけにはいかなかった。無様に矢で死にたくはなかった。魔術を維持したまま、馬を走らせる。

「とぉつぅげぇきぃ!!!!」

叫ぶ。そして周囲をみて……

「あ?」

途中で、兵士が減っていた。明らかに半数以下に減っていた。いや、むしろ、ディアエドラから来てくれた2万以外の兵士たちが、軒並みそっぽを向いて立ち尽くしていた。


「あ?」

これは、嵌められた?この戦場の真ん中で、俺は10万に置いて行かれる?


 たった二万の兵隊で、十万の軍勢と戦わねばならないのか!?


 矢が止まらない。間断なく放たれる矢は、来る方向がわかっているから捌き続けることは出来る。

 が。威力が高い。あまりにも高い。桁が一つ、違う。

 『継承の剣』がなければとっくの昔に競り負けていた。そう断言できるほどに、アダットは厳しい戦いを……

「あぁ?」

ゾロゾロと己の周囲に集う兵。皆が一様に剣を持っている。その柄に描かれている紋章は、象と、金と、杖。

「ガネール=テッド……!」

ということはあの弓術はグラントン=ニネートか。揃いも揃って、あいつらはレッドについて行ったのではなかったのか。


「お命頂戴!」

その数50。矢を捌くのではなく回避する方向に切り替える。いや、馬からまず降りる。

 考えている間に迫りくる兵士たちを、蹴り飛ばして飛び降りた。矢。盾、馬。剣を首へ、二人三人。反射で体が動く。

 死ぬ覚悟はしていたはずだった。それでも死にたくないというように体が動くのは、本能なのだろう。

「獲れるものなら、獲ってみろ!」

常に飛んでくる矢が視界に入るように動きながら、アダットは剣を構える。


 残念ながら、敵とぶつかることすらできなかった。己の死地は、きっと。




 ひどい兵たちだ、と思う。敵兵の八割以上が、アダットの進軍を尻目に撤退していく。対して、アダットが連れてきたと思わしき兵士たちは、アダットが殺されそうなのを尻目に直進してくる。

「バゼルは?」

「アレです!」

眼前。何もないところから、砦が大きくせり立つ。

 いつの間に敵地に移動したのか。……いや、一人で移動すれば、あの二万の兵士たちに殺されていただろうに、いつどうやって。


 まだ自軍と敵軍との接敵はない。まだ、200ほど前方を、わずかに速度を上げてかけてきている最中だったはずだ。いつの間に?

「おそらく、地中かと。」

マリアが額に手を当てて言った。地中?……地中だ?

「『砦将像』は、その人がいる場所から半径指定で砦を呼びます。そこに、地中空中の縛りはないはずです。……つまりバゼル様は、昨夜のうちに人一人が籠れる穴を掘り、その中に身を潜め、敵が上に来た時点で『像』を発現させた。」

それはつまり、バゼルは今、敵軍の真っただ中にいるという意味ではないか。

「これが『砦将像』の能力だと知れるまでにそれなりに時間がかかるはずです。それまでに敵を討ちとってさえしまえば……!」

「そうか。……フレイ、頼むぞ……!」

バゼルが死ぬまでに戦争を終わらせなければならない。焦りが、俺の心を包み込んだ。




 歩いていく。

 ルウリャに帰っていく兵士たちとすれ違いながら、ただただ、ツカツカと、前へ。

 鎌の先端のような、ククリよりなお曲がった剣を腰に。数百メートルほど向こうで、テッドの刺客たちがアダットを取り囲むのが見えた。

「その距離を飛ばすのか。さすがだ、フレイ。」

一キロ先から飛んでくる矢を、アダットは回避し続けている。全く。死の覚悟を決めて戦うものは、どうしてこうも力強いのか。

 50を超える兵を捌き、矢を避け、時に刺客を盾にしながら戦い続けるアダットの動きは軽快だ。しかし、一撃一撃は重い。


 たしかアダットは、ギュシアール=ネプナスが匙を投げる程度には無能……というより性根から傲慢だったはずだが。その割には強すぎる。

「ギュシアール老め。弟子に望む力量が高すぎるだろうよ。」

七段階格を優に超える剣士としての動きだ。あれで無能を謳うのだ。あるいは能力ではなく性格の面でアダットを厭ったとしても、もう少しきちんと向き合ってやればよかっただろうに。


 だが……ギュシアールから手ほどきを受けておいて、七段階格でしかないというのも解せない話だ。政治経済の話も深めたうえであの能力というならまだしも、その領分においてはアダットは凡以下だ。

 つまり……本当に、人の話を聞く態度が絶望的になっていなかったのだろう。理解はする。境遇。才覚。どのどれをとっても、確かにアダットの目から見れば、努力するほどばかばかしい話もあるまい。

「無名の兵に殺されるより、ましだろう?」

「裏切り者に殺されるのも、どうなんだろうな?」

アダットの前に立つ。転がる屍は20を数え、落ちる矢は……ひとつ残らず消えていたが。

 矢の出ていた方向に、止めろという合図を送る。あちらは俺の顔が見えているのだろう。戸惑うような弱い一射ののち、完全に止まった。


「アルス=ペガサス公爵家次期当主、“神官公”パーシウス=アルス=ペガサス。」

「次期当主はケートスだろうが。二つ名も含めてだ、勝手に騙るな。」

「いいじゃないか。どうせ勝つ。父上と兄上じゃ、『神定遊戯』には勝てない。」

「お前もな。」

そうだな。今の俺では、当主の座を奪い取ることすら怪しいだろうと思う。それでも、勝たなければならない。

 アルス=ペガサスの存在意義を守るために。


「名乗らないのか?」

「……。」

何と名乗ればいいのか、わからない。そんな間だった。

「ペガシャール王国王太子、アダット=エドラ=アゲーラ=ペガサシア。」

長くない葛藤ののちに発された言葉。なるほど。最後は、その己で死ぬか。

「行くぞ、アダット。」

「舐めるな!」

伸びる剣が俺の剣に弾かれる。危ない、危ない。


 エドラ=アゲーラの継承の剣(クリファード)は、当たれば毒が回る剣だ。

 すぐに効果の出ない毒だが、寿命が減る。そういう質の、毒をもっている。当たるわけにはいかない。

「“小風噴射”!」

足の裏に仕込んだ魔術を起動する。飛ぶような勢いでの前進。跳躍や、ある程度の高さからの軌道をすれば、やり方次第で飛ぶことすらできる魔術靴。

 そのまま首を落とそうと剣を振りかぶって……視界の端に、俺の剣速よりも早く俺を殺さんと向かってくる、銀の線。

 盾を翳す。鏡面が如く輝く盾は、突き進む銀の線を受け止め切った。

「アダット。じゃあな。」

「パーシウス。……ああ。頑張れよ。」

ああ。こいつは、きっと、役人階級としてなら。それなりに使える人間でいられたのではないだろうか。王太子として生まれなければ、腐らずにいられたのではないだろうか。


 無責任な、とは言えない。

 彼がそうなる社会を生み出したのは。王家と俺たち公爵家である。

「ああ。」

慰めなどかけようがない。俺は、アルス=ペガサスの職務に忠実になる。彼の苦悩を、再び生み続ける側に回るのだから。

 だから。そぎ落としにそぎ落とした、ただ一つかけられる言葉が、それだった。


 アダット=エドラ=アゲーラ=ペガサシア。享年30。その短い生涯は、戦場で。


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