21.エリアスの砦
エリアスが創り出した砦は、とんでもない防御力を誇っている。
難攻不落の砦であるが、しかし、籠城するには条件が悪すぎた。
「どうだ、食糧は。」
「きっかり四千人計算で、五日。そう言ったところですね。」
ペディアから返ってきた答えに、歯噛みしつつも下を見る。そこでは、壁を遠巻きに眺める敵一団がいた。
「これしか手がなかったとはいえ、苦しいな。」
眼下の光景は、絶句するに余りある。その数が自軍の何倍いるのか、全くわからなかった。
「ペディア、もう一つ士気をあげるのに協力してくれ。」
『ペガサスの近衛兵像』ディール。『ペガサスの砦将像』エリアス。この二人だけでは、現状打破に難があった。
「承知いたしました。」
彼が頷いたのを見て取ってから、アメリアを探してその場を発つ。いったん全員を集める必要があった。
兵たちが集まったのは、それから二十分後。俺はその全員の前へと演説のために向かう。
正直、足取りは、軽い。重く捉える必要はないと知っていた。ディールやアメリアをはじめとして、自分には味方がたくさんいることを、俺はよく知っている。
同時に致命的に人数が少ないことも知ってはいるのだが……わずか半月足らずで集めた味方としては、上々だろう。
「敵について話しておこう。敵は、ペガシャール王国貴族五公が一、エドラ=ラビット公爵だ。」
それを聞いて、兵士たちがわずかにざわめく。ざわめかれるのも当然だ。敵はこの国きっての大貴族なのだから。
「敵の人数はわからない。その質も未知数だ。」
あまりに救いのない現実を突きつける。それでも、勝てるのだと。そう伝えるためには、非常にインパクトのある演出が必要だ。
(ディア、もうすぐだ。)
(うん。わかった。)
この方法、ディアにはものすごく面白がられた。彼のように桁外れな年月物事を見ている身としては、正攻法でない方が面白いのだろう。
同時に、何か懐かしんでいるような趣も感じられたのだが……「長く存在しているからね」とはぐらかされた。
とにかく、演説だ。何としても兵士の士気をあげ、敵の攻撃を凌ぎ、生き残ることが出来ると思わせなければならない。
「だが、我らは勝てる。宣言できるだけの力がある!!」
言う。兵士たち約4000名近く。その前で、俺たちの運命を決するための宣言を。
「余は、ここにいる『ペガサスの王像』ディアに選ばれし王、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアである。」
(今。)
ディアの体が発光し、巨大なペガサスの姿になる。大きさは調整できると聞いていたからこそできた策。
二メートル近い全長の大ペガサスが、俺に忠誠を誓う様に、その傍らで跪いていた。
兵士たちが動揺を見せる。跪くディアの姿は疑う余地のないくらい美しい。
誰もがディアを『ペガサスの王像』だと信じ、誰もが俺を『ペガサスの王』だと信じただろう。
「そして!」
まだ話は終わっていないとばかりに声をあげ、同時にディールに目くばせする。
その意味を読み取ったディールがすぐさま俺の隣に並んで文言を唱えた。
「『ペガサスの衛像』よ!」
ディールが懐から出した小さな像に呼びかける。それに応じて、『ペガサスの衛像』はディールに力を貸し与える。
白銀の鎧を身にまとった騎士。ディールは、そんな立派な姿を俺たちに魅せてきた。
「ディール=アファール=ユニク=ペガサシア。『ペガサスの近衛兵像』の力を与えし者と。」
エリアスが目配せせずとも前に出る。打合せ通りの仕事をしてくれていることに感謝した。
「『ペガサスの砦像』よ!」
急いでいたから、彼の姿について注意していなかった。だから、力を解放した彼の姿を見て感激する。
それは、文献で読んだことのある『重装兵』を思わせる姿だった。とんでもなく分厚く、堅く、重い鎧。俺が望む、いつか作りたい部隊の姿。
しかし、その姿は俺だけではなく兵士の姿も惹きつける。今いるこの場所は彼によって造り出されたものなのだと、兵士たちは無意識のうちに気がついた。
少しずつ興奮が伝わってくる。それは、今までの敗戦を目前にした雰囲気を払拭するにはまだ至らない。
「余が直々に姓を与えた、エリアス=スレブ。『ペガサスの砦像』を与えたものがおり!」
最後に、ペディアが俺の前に進み出て膝をついた。同時に、ディアが手のひらサイズまで小さくなっていく。
「ここにいる、ペディア=ディーノス!彼に、『ペガサスの連隊長像』の力を授ける!」
本来は、襲ってきたドラゴーニャ王国の将ソリュンのように『将軍像』を与えるべきなのであろう。ここで生き残ることだけを考えるのであれば。
しかし、まだ人材が十分ではない。彼より優れた指揮官が現れるかもしれない以上、今『将像』を与えるわけにはいかない。それに……戦術で『将軍像』は与えられない。『将軍』の役割は、戦の決着の方針さえをも定めて見せてくれないと困る。
(ディア)
(うん。まさかこの儀式を、兵の士気の上昇のために使うとは思わなかったけれど)
心の中で軽口を言い合いながらも、俺たちは互いに必要な文言を確認する。
「ペディア=ディーノス。」
俺が声をかけ、ディアが引き継ぐ。“赤甲将”と呼ばれる彼を配下にできる。非常にありがたい。
「汝、『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアの下で忠誠を誓い、天下泰平の援けを為すか?」
「誓います。必ず、腐敗貴族の一掃を。」
聞くところによれば、傭兵は貴族からの依頼を受けることもよくあるらしい。
たまたま腐敗貴族の依頼を受けて、報酬を踏み倒された、などのことはあったのかもしれない。彼の貴族の憎しみの根がどこかはわからないが。
「できうる限り、そなたの望みを叶えよう。」
もちろん、政治状況にもよるのだが、それでもできうる限りは粛正するつもりであった。
「ペディア=ディーノス。汝、命ある限り王に仕え、王の敵を排除すると誓うか?」
「誓います。能力の続く限り、私は朝敵と戦いましょう。」
「『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアが、汝を『ペガサスの連隊長像』に任ず。早速だが、この状況を打開せよ。」
「承知した。全指揮権を預かれますか。」
「エルフィとディールに関しては指揮権は譲れん。それ以外なら、預けよう。」
それを聞いて、ペディアは満足したように頷いた。
「これより、王から『ペガサスの連隊長像』の力を預かりし俺が指揮を執る!いいな!!」
茶番である。士気を上げるためだけに行われる茶番である。
だが、それに乗っかるのが人というもの。目の前で魅せられた神の威と、それを授けられた者たちと。
そして今渡された、国でも特に有名な“赤甲将”に与えられた『連隊長像』という力。
これがほかの無名者なら、あるいはここで頭角を出しただけの者なら、士気は沈んだままだったろう。ペディアでなければ、ここまで士気は上がらなかった。
なるほど、有名人というのはそこにいるだけで輝くらしい。
兵士たちが、勝利を目指して声を上げる。砦の外に響くほどに、野太い声が空を震わす。これで、敵に勝るための矛と盾が揃った。
地図に記載のなかった、唐突に現れた砦に、レッドはイライラしていた。
国王、アダットから直接出兵の権利をもぎ取って、近くまで他国の『跳躍兵』に飛ばしてもらうまで恥も外聞も捨てたというのに。
陣営を気にすることなく、それこそなりふり構わず貴族軍から兵を借りた。腹立たしいほどに恥ずかしい真似をしてフィシオ砦を落としたというのに、すぐさままた砦攻めだ。
「アシャトとやらめ、決断が早い。」
その能力自体は認めたうえで、それでも思い通りにいかなかったことにレッドは苛立ちを隠せない。
「魔術師どもは来ていないのか!」
「いません!!いえ、いるにはいるのですが、あの壁を破壊できるほどの術師がいません!」
当たり前だ、壁を突破するんじゃなくて壁を超えるんだよと吐き捨てる。『砦将』の砦は『像』以外の攻撃では不壊だというのに、そんなことも知らないのか。
どちらにせよ厄介な、と思う。こうなるとレッドにとれる手は一つしかない。兵糧攻めだ;
放置していても、糧食がなくなれば奴らも降伏せざるを得ないだろう。
だが……一筋縄ではそりゃいかないだろうな、とレッドは思う。なにしろ、『王像』に選ばれその権利を放棄していない時点で、アシャトが王になろうとしているのは一目瞭然。ここで食糧が尽きるまで座して待つ玉ではない気がする。
「火球魔術、着弾!三名死亡、二名重症、七名が軽傷です!」
なにより、向こうからチマチマと送られてくる巨大な火球魔術が厄介だった。どういう原理か、本来の魔法陣で作り出せる限界以上の大きさの魔術を30分に一回、放ってくるのだ。
その定期的な『被害』が、あちらの意思を目に見えるほど盛大に伝えてきている。
「二万も兵を出しているんだ!負けるなどあってはならん!」
だが、出てくるとはっきりしているなら、それはそれで話は早いとも思う。
明日には敵は砦から出てくるはずだ。それを待って、数で覆って殲滅すればいいだろう。
「しかし、エルフィールまで向こうにいるとは。」
アダットのところのゲリュンが、アシャトとエルフィールを会わせてはならないと言っていたらしい。あの二人は同格に危険だと。
「それに、あの剛の者。」
とんでもないと言える武術の使い手。一人いるだけで戦場を左右できるほどの能力を持つ、優秀すぎる家臣。
これだけ見ても、己と相手の差は察せられる気がした。同じ状況であったとして、自分がそこまで人を用意できるとは思えない。……エルフィールにされた拒絶を忘れることも、ない。
「エルフィールと並んで両者ともに危険だ……。それらを使いこなすアシャトも。」
正直な話、自分の敵としてアシャトが優秀だということは納得した。天才たる自分をはるかに凌駕する天才エルフィール、それと肩を並べられるくらいの努力家だ、と。
「努力か。」
ギュシアール=ネプナスに足りないと言われたこと。そう言えば師はどうしているだろうか、と思う。
「お前たち。俺は寝る。明日の七時に起こせ。」
攻め込む前に地盤を固めるべきだった。今更ながらに、アシャトと自分との差、優秀な武術家の有無を見て取って、反省するために彼は天幕に帰っていく。
本当の差は、臣下の忠誠度の差であることに、彼は今でも気付いていない。
俺とエルフィを上座に、ディール、ペディア、エリアス、アメリア、クリス、オベールの六人が下座につく。
ディアがその間に立って、アシャトの方に向き直った。
「本当に王族間で戦争をするとはね。レッド=エドラ=ラビット=ペガサシアの気配がするよ。」
ディアはおそらく、王様候補が近づくとわかるのだろう。そうか、と俺は軽く頷いた。
「さて、ディア。俺が与えた『将』たちの能力について教えてもらおうか。」
「もちろん。でも、いいの?クリスとか、オベールとか、正直部外者じゃん。」
「どうせ部内者になる。……そうだな。お前たち、余に忠誠を誓う気はあるか?」
そういえば聞いていなかった。その確認が大事であったと思い出し、問いかける。
真っ先に答えたのは、細目赤髪の青年だった。
「むろん!喜んで配下にさせていただくよ!」
クリス=ポダルゴスの笑顔がなんか憎めなかった。まあ、お前は最初からそのつもりだっただろう。強かな男である。降伏してきたときはとてもおとなしくしていたのに、予想外の明るさだ。
「……そうか。オベールは?」
「私は、ペガシャール王国の貴族ですので。」
義務で縛られている。そこに感情の入る余地はない。そう言うかのように宣言した。
とはいえ。表情はその限りではない。ベルツに仕えていたときの仏頂面とは打って変わった、充実した笑みを浮かべている。
まあ、建前というのは必要だろう。彼がそう言うなら、そのつもりでもよかろうとは思う。
「そうか。では国への忠誠、しかと受け取った。」
国への忠誠を誓う彼なら、俺が間違った道へ入ろうとしていても諫めてくれるだろう。
とても貴重な家臣である。そう思った。
「じゃあ、言うよ。まずエリアス。」
「はい。」
エリアス。『ペガサスの砦将像』の能力。
「君は、力を解放しているとき、自分自身の身体能力、魔力が1.2倍になる。もちろん、初期倍率だ。」
それから、ディアの講釈が始まった。
根本的に、『砦将像』とは結構単純な能力らしい。というか『像』に複雑な能力は滅多にない。
要は、彼が解除しない限り砦を顕現させる能力。その砦の形は一人一人違っていて、遠征先の拠点として使われるか国境沿いの守りに使われることが多いらしかった。
「あとは、砦に備え付けの装備もある。それはさっき確かめたところだね。」
エリアスの砦の装備は、地面から強制的に水を吸い出す装置と、魔術の能力をあげる砲台である。
確認した瞬間から、ペディアは魔術陣を扱えるものに火球魔術を何度も使わせていた。
「あとは固有能力だけれど……何か、わかる?」
各個人に与えられる能力のことらしい。問いかけられたエリアスは、ほんの微かに頷いた。
「農作物の育成の早期化。私の砦内で作成された農作物は、米であれば二週間ほどで食べられるまでに育成できます。」
この機能性に満ちた小さな砦では微妙な能力だった。しかし、可能性に満ちた能力でもある。
もっと広い砦であれば、もっと人数が多い籠城戦であれば。ただ守ればいい戦において、負けはないだろう能力だった。
「うーん、『像』に力を与えないと意味がないね。」
「『像に力を与える』だって?」
ディアの呟きを俺とエルフィが拾った。それを聞いて、ディアが「あ」という表情で固まる。
「ま、まあ、それは領土を取ってからということで、後にしよう、後で。」
どうせ真っ当に国にならないと意味のない能力なんだし、と、ディアはさらりと恐ろしいことを告げたのだった。




