208.鉱山国
帝都ディマルスにて。
俺は、玉座の前に跪く3人を、冷たい目で見下ろしていた。
「で、降伏した後一年、何の連絡もしなかった無礼者が、何用だ?」
眼下にいるのはドワーフだ。彼らが独立して作りあげた鉱山国は、ゼブラ公国が降伏したのを契機に帝国へ降った。
問う俺に対し、彼らは妙に自信ありげな表情をしている。
「陛下に納めるべく、剣を打って参りました。こちらをお納めください。」
脇に置いてある箱を差し出す。なるほど、自信ありげなわけだ。献上物さえ与えておけば自分たちを赦すだろうと……舐められている。
受け取らずに罵るのは簡単だ。こいつらを無礼者として追い払ったとしても、こいつらの素行上、何一つとして問題はあるまい。
それゆえに従属を拒否して独立を謳うようであれば、こいつらを纏めて殺し、鉱山国跡地に向けて軍を出せばいいだけなのである。
かつて10伯が1をドワーフに与えるという取り決め通りに、伯爵位を与えてもいいが……流石にこの態度はいただけない。
とはいえだ。無用の戦争は避けたいというのが本音である。帝国軍のほとんどはレッド派とアダット派に対して出兵し、人数が減ったことで戸籍の作成速度も遅くなっている。兵士は、この二ヵ月の間にせいぜい500程度しか増えていない。
それに、出すなら指揮官が必要だ。今残っている『像』の内で軍として出しうるのは近衛兵団のみ。彼らを出すなら、護衛都合で俺も出なければならなくなる。
なるほど、よく考えたものだ。
「持って参れ。」
「は!」
オベールが近衛の一人を階下に下ろす。五段階格の武術士になった、それなりの腕の兵士である。
侍従を行かせるか一瞬迷ったが……剣は重い。兵士の方が適任である。
近衛がまず木箱を開ける。中身を見て、剣を手にとって、立ち上がる。
中身が何本あるか知らないが……バーツが作るみたいな煌びやかな装飾はない。普通の鉄で作られた、普通の剣であった。
「どうぞ。」
「うむ。」
三歩ほど離れた距離で近衛が一度剣を鞘から抜き、中と外を確認する。変な魔術陣がないか、実は鞘の中に暗器が仕込まれていたりしないかを点検した後、握りと剣身、鞘を布で軽くふき取って、鞘に戻してから俺に差し出した。
よく躾けている。オベールを一瞬見ると、満足そうに頷いていた。顔の全周髭面という厳ついというかおっさん面なくせに、随分礼儀は叩き込んでいると見える。
受け取った剣をそっと抜く。なるほど、これは、ドワーフたちが自信に満ち溢れているのもよくわかる。
「唯一無二の名剣ではない。高品質の量産品か。」
「は。これが、木箱一つに付き10本。全て持ち込むことが出来なかったために外に置いてありますが、さらに木箱が10個。合計、100本、献上いたします。」
オベールを傍に寄せ、剣を見せた。どう思う?という言外の問いを察して、眺めて言う。
「なるほど。素晴らしい品質です。全軍がこれを装備できるなら、戦争における武器の損耗は著しく下がるでしょう。」
なるほど。オベールがそう断言するほどの質か。戦争においては、食糧の確保と武器の確保が一番難しい。それを補うために『糧食隊長像』『兵器将像』が存在するくらいなのだから。
「だが、要らぬ。」
剣を投げる。抜き身のままで投げられた剣は、自信ありげに俺を見上げるドワーフの目の前に突き立った。
「な、なぜ?」
「そんなものなくとも、ペガシャールでは名剣が作れる。これを見よ。」
俺は玉座の横に置いてある剣を掲げる。緑の宝玉があしらわれた、父の形見。それを見たドワーフの訝しげな表情が、さらに深まった。
「継承の剣が、どうかなさりましたか?」
「これの作り方を知っておるか、ドワーフの使者よ。」
「知りませぬ。」
だろうな。先代王像エドラ=オケニア=フェリス=ペガサシアが設けたペガシャール王像継承資格を持つ子は、28人。合計28本もの『継承の剣』の打ち方など、知らんだろう。
「『王像』の中に、『兵器将像』という『像』がある。この中に、“天然要塞”という能力が、これを作るのだ。」
“天然要塞”。『兵器将像』という名称と相まって、よく勘違いされることがある。
『兵器将像』は、俺がミルノーという「戦力」に与えてるのが珍しいくらいの『像』だ。この『像』の本質は、鍛冶にある。
正確には。剣や槍といった『兵器』を、量産、あるいは修復するための能力が、この『像』であった。
時に攻城兵器や守城兵器を作るために使われる『像』であるが、その本質は武器の補給である。
「そしてこの“天然要塞”の能力があれば、鍛冶師が己の手で作り上げることが出来る武器は、全て複製可能だ。そして“継承の剣”は、全てこの“天然要塞”によって作られている。」
ドワーフたちがプルプルと震えだす。奴らは意味を理解している。この『兵器将像』があればお前たちの武器はいらない、とそう言い張る理由を。
「お前のところにいる『兵器将像』は!鍛冶師としての誇りもないのか!!」
一点物の名剣魔剣。それを大量に量産することが出来る、それこそが、“天然要塞”の悪意ある使い方である。
だが。だがである。
過去、多くの『神定遊戯』にあって、それを実際に実行した国はドラゴ―ニャ王国のみである。他の国は、それを為していない。
なぜなら、全ての鍛冶師には誇りがある。一点物の名剣魔剣を作りあげる腕を持つ鍛冶師ほど、その唯一性を量産品に貶めることに嫌悪を覚える。
ゆえに。この像はこれまで、ドワーフの一族と、ニネート子爵家が受け継いできた。
如何に早く、高品質な武具を打つことが出来るか。ドワーフの基本思想は、高品質な量産品の作成と技術継承だ。言い換えるなら、一点物の作成を進んで行うことはない。
「ああ。我が国は荒れに荒れてきた。一点物の武具を作るものもいるが。同時に、生存の為なら高威力の武器の量産も辞さない、という姿勢を崩さぬ者もいるよ。」
嘘だ。バーツは一点物の一点であることに拘った。彼が『兵器将像』ではなくただの鍛冶師であり、それゆえに『超重装』の生みの親たるミルノーが『兵器将像』になったのだ。
ミルノー自身、相当に優れた鍛冶師であるが。広義の意味での兵器作成ではなく、狭義の意味での兵器作成に拘る職人である。俺の子孫に残す用の『継承の剣』を打つ役割は彼になるだろうが……彼がそれ以外の魔剣名剣を量産することは、おそらくない。
「我らには『兵器将像』がある。高品質の量産武具がなくとも、戦える。」
プルプルとドワーフの肩が震えている。震えぬはずがあるまい、自分たちの優位が一気に崩れたのだ。
武器防具を作れる鍛冶師が多い方がいいから、自分たちを拒絶するはずがないだろうとでも思っていたのだろうなということはわかる。
そうでなくとも、“天然要塞”には一日に何度まで、といった使用制限があるのだ。確かに、武器も防具も、あった方が助かる。が。
「自分たちの状況を過信し、国を舐め、余を舐めてかかった罪は重い。余はそちらを処分する用意がある。」
オベールが斧を構え、ディールが槍を抜いた。この二人の武も腕前は折り紙付きである。いくら鍛冶の過程で鍛えているとはいっても、本職の武人に勝てるほど、彼らとて強くはないだろうし……何より逃げ切る自信があるまい。
「で?使者よ。もう一度問おう。降伏した後一年、何の連絡もしなかった無礼者が、何用だ?」
脂汗が浮いているのが見える。ぽたぽたと絨毯の上に汗がしたたり落ちている。……また絨毯を洗わねばならない使用人の苦労が偲ばれる。
「ふ、ざ、けるな!」
右側にいたドワーフが立ち上がった。恐怖のあまり狂乱するしかなかったのだろうか。
「オベール。」
「は。」
スッと、その剛体からは信じられぬほどの静かな動きでオベールが動く。ドワーフも反応こそしたものの、綺麗に手刀ひとつで意識をとばされた。
まず、一人。
「悪かった!」
ほとんど反射の様に左隣が叫ぶ。申し訳ないというより、恐怖でそう言うしかなかったのだろう。わかる。わかるさ。
だからこそ。
「五発くらいでいいか。オベール。」
「は。」
一発目で壁まで吹っ飛んでいく。まっすぐ一直線に。……壁まで軽く5メートルはあるんだが。
壁に大きな罅を作りながら、そいつが気を失って倒れ伏す。一発で気絶させるとは、流石剛力のみならディールに勝る男だ。……残り四発は起きてからだな。
「お前は何も言わないんだな?」
「判決は貴様の胸先三寸だろう?なら、わしは何もせんし、言えん。」
貴様、という言葉にディールがピクリと反応する。お前、そこまで俺信者じゃないだろうに。
「胆力は認めてやる。」
尊大に、言い放つ。本当のことは、内心は語らぬ。その上で。
きっと、こいつには伝わるだろう。おおよそ今の胆力を見てわかった。こいつ、鉱山国の国王だった男……ガレリウス。ドワーフ伯だ。
「言い訳はもうせんよ。わしらが間違えたことはようわかった。処罰はいかようになるかの?」
「働け。武器の方はどうとでもする、国内の鉱山探しをやれ。」
即答である。あまりに早い即決であった。
瞬間、ガレリウスはニカッと笑む。
「その程度でいいならいくらでもやろうではないか。ただ働きになるのは何年じゃ?」
「五年。それくらいあれば、国中を巡るには足るだろう?」
「十分じゃ。後は?」
「武具の無償提供。ずっととは言わん、これに関しては三年でいい。」
三年あればこの戦争も終わるだろう。そして、俺の望みはドワーフの奴隷化ではない。
「……普通の降伏条件になっているように思われるのですが。」
「そうだ。貴様らの処罰は、五年間の鉱山探索という無償労働で終わっている。言うまでもないが、その探索期間中の旅費は貴様らの懐で補え。」
追加で条件を増やしながら、俺は冷や汗を流している。バレないか?バレていないよな?
「……承知いたしました。残りは?」
「貴様の息子をディマルスで預かる。半年以内に連れてこい。」
ガレリウスの息子の鍛冶の腕は、それなりに高いと聞いている。唯一無二の剣を打つのではなく数打ちの量産品を生産する鍛冶師の、『腕がいい』。
ペガシャール帝国がどうしても欲しいもの。『兵器将像』に求める、条件。
本来の用途の鍛冶師が、欲しい。
「人質、ですか?」
「不服か?」
嫌なら戦争だ、そういわんばかりに睨みつける。すると、ガレリウスは諦めたように項垂れた。
「奴隷化は、避けていただきたい。息子一人人質とすれば許されるならば、そう致しましょう。」
「なら話は終わりだ、去ってよい。」
賠償金を、俺は要求しない。向こう三年の武具の無償提供によって、その代理となるだろう。
気絶したドワーフ二人を抱えてガレリウスが退出していく。
「陛下、あの二人、残り四度殴らなくてもよかったのですか?」
「一瞬で気絶するのに、殴る意味がないだろう。恐怖を覚える間もなく意識がなくなっているじゃないか。」
「それは……私以外がやるべきでしたか?」
「お前以外ってディールかペテロくらいしかいないぞ?ディールじゃたいして結果は変わらんし、ペテロはほら……俺より弱いし?」
「……ですね。」
締まらない。が、目的は一応達したと思う。
「あとは、『兵器将像』の確保だけだな。」
大きく一つため息をついて、俺はこの席から立ち去った。




