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207.青が猛る

 エルフィールへの熱狂が勝利を生み出した。

 クシュルの目には計算しつくされていたあの行為のすべても、偶然と捉える者は多い。

「エルフィール様がお強いのはわかりました!しかし、その強さを骨身に染みて理解してなお、我々は正面激突するべきであると考えます!」

エマリア=スキン子爵家の名代として出陣している将校が言う。当主は優れた兵器の発明家であるが……おそらく、部下も同じだろう。将としては使い物になるまい。


 とはいえ、エルフィールへの熱狂があの強さの理由であるのは間違いない。彼女は、あの働きで、確実に総指揮官としての立ち位置を確立した。

「否。正面突破は愚なり。然し、勢いを折らねば、ならぬ。」

言い換えればである。今この戦争に限って言えば、エルフィールへの熱狂を折ってしまえば彼女の指揮官としての立場は折れる。


 勝つにはそれが一番効率がいい。わかっているから、クシュルとしては何としても一度、次の戦で打ち破る必要があった。

「スキン子爵家は、すぐに作れる兵器はあるか?」

「弩であれば用意はあります。弩砲であれば、一日もらえれば20台は作って見せましょう。」

道具や人手は揃えてあります。そう言わんばかりの口調だった。パーシウスは困ったように微笑み、ベネットは呆れたように肩をすくめる。

「クジャタ伯爵家。攻撃性魔術陣の最大飛距離を述べよ。」

「100であります。しかし、使用者は200名を切るかと。」

距離を延ばせば遣い手が減る。魔術そのものの難易度が大きく上がるのだ、妥当なところだろう。しかし、コリントほどではないとはいえそれなりに魔術に傾倒した名家ですら、自軍の40分の1近くの兵しか長距離の魔術を使えないとは。中々困った話であり……


「エルフィールが信仰を挫折させうるには手が足りぬ。……負け戦であるな。」

今更ながらに口に出す。誇りを胸に考えれば逃げる以外に手が何もなく、任を考えれば戦う以外にほかの手がなく。実のところ、クシュル一人では「詰み」だった。

「フウオ殿が生きていればまだ可能性はあったのだが。」

フウオ=ケルピー=ライオネス。己が使い潰した『英雄』一族の末裔を、使い潰したのは過ちだったかと反省する。

 彼がいれば、エルフィールにぶつけられた。勝つことは逆立ちしても不可能だっただろうが、時間稼ぎであればいくらかは出来ただろう。……が。


 彼は、真っ先に殺した。己が主の命令であったのは言うまでもなく、やがて訪れる未来に対する明確な布石でもあった。

 ケルピー=ライオネスの一族を未来に残さない。早まった後悔こそあれど、行ったことへの後悔はない。

「ないものを悔やんでも仕方あるまい。大筋で方針は決めた。クジャタ伯爵軍。」

「は。」

「長距離型の攻撃魔術を用いられるものを、我が軍が内に散りばめよ。他家の隊列の中に入ることを気にする必要はない。此度必要なのは広さである。」

ヤクトが軽く首肯する。むしろほかの貴族が頭を抱えた。逆説的に。クシュルが次に命じるのは、その狙撃手たちの命の保証である。


「質問があります!」

パーシウスが手を挙げる。幾らでも問うていい。僅かに口元を綻ばせ、巌の男は頷いた。

「負け戦、と仰られました。しかし、聞く限り戦いからは逃げぬ様子。何故?」

ふむ。問われるまでもないことだとクシュルは思っていた。パーシウスならば、言わずとも理解できることだろう、と。

 場を見回せば、不安そうに『護国の槍』を眺める瞳が目に入る。なるほど。


 己は『護国の槍』ゆえに、こと軍において貴族がついて来ないことなどない。指示を聞かぬ者など基本居ない。ペガシャール王国の元帥職に当たるがゆえに、なおさらだ。

 ゆえに、配下のことを見ていなかったのは……否定しない。何しろ、手足がごとく使おうとしていても、彼らはクシュルの思う通りに動かない。脳の指示に対して、手足はその半分以下の力しか出してこない。

 そりゃ、クシュルが手下を見切るのも当然で……パーシウスはここで、一度それを清算しようとしたのだ。

 何が目的か。クシュルとパーシウスの内にあっては、互いに理解していることを知っている。


 負けだ、とクシュルは呆れた。溜息をついた。

 パーシウスの思惑に乗るしかない。クシュルの狙いを達成することは、今は不可能である。

 身内に敵がいないことはアルディエトの手によって洗いきられているが、それはパーシウスには当たらない。彼の目的を、彼の望みを、クシュルは知っている。知った上で傍に置いている。

 なにも出来まいと油断した、クシュルの負けに違いなかった。


「パーシウス殿は確か、随分と女性を囲っている、と聞き及んでいる。」

「ええ!誰が言ったんだい、そんなこと!僕は一途だよ!決まっているじゃない!」

先ほどまでの固い雰囲気はどこへやら、一気に口調が軽くなる。今この瞬間だけを切り取れば、誰も彼を出来る人物だとは思うまい。

 クシュルはこの瞬間に、パーシウスへの警戒度を二段階ほど上げた。お硬い口調だった間は、おそらくクシュルに方向を併せつつも上手く立ち回るつもりだったのだろう。存在感すら感じさせない、「客」のつもりだった。

 今のパーシウスは、「昼寝中の猛虎」だ。アルス=ペガサスだ。それを察されず、爪と牙を隠し、しかし存在感を隠さない。そういう奴だ。

「貴殿は美女が寝室で服を着ずに寝ていたら、どうする?」

「そりゃ抱くよ、据え膳食わぬは男の恥だと思うしね。」

「では、反撃の用意なく背を見せて撤退する敵がいれば、どうする?」

「そりゃあ、攻めるでしょ?だってそれは『据え膳』じゃないか。」

打てば響く返事。当たり前だ、クシュルはわざと性を引き合いに出した。男なら必ず食いつくし、即答しない方がおかしいから。それに即答してしまえば、次の質問にはぐらかしようがないことを理解して。


 パーシウス側も内心焦っていた。まさか、この生真面目一辺倒に見えるような男が猥談を振ってくるとは思っていなかったから。

 衝撃が反射的な答えを強制した。もっとうまい返し方があっただろうに、それらすべてを思考に乗せる間もなく返事をしてしまったのだ。

(これは、失敗したか。)

もう少し客でいるべきだったかと、若人は呻く。しかし、もう賽は投げてしまった、己の手で振ってしまった。

 もう少し遅ければ、クシュルの望みは……ペガシャールの国民をわずかでも減らすという内なる目的が、実行されるところであった。


 先に、表の理由だけでも話させて、貴族たちに戦意を上げさせなければ。主力の七割近くを王都に置き、どちらかといえば使えない類の貴族連合を率いている彼の目論見を止めなければ。

 ペガシャールの未来が、パーシウスの望みから、外れてしまう。

「ゆえに、反撃を入れねばならぬ。ただでは負けぬと、甘く見れば痛い目に合うと伝えねばならぬ。さもなくば、王国軍は一兵残らず、追撃に来る帝国軍に蹂躙されるのみである。」

無論のことであるが。パーシウスも、クシュルも、帝国派が出来る限り敵を殺さぬ方針を取っていることを知っている。むしろ生捕を推奨していることを知っている。

 ゆえに、エルフィールの用いる戦略の基礎の部分が、敵を殺して勝つではなく、敗走させるに寄っている。士気を挫くことに力を注いでいる。


 クシュルのやり方は、敗走を許さないというだけのやり方だ。己が殿に立つことで貴族側の戦意を奮い立たせ、心の折れた兵士を前線で動かぬ木偶の坊になり下げる。

 勝てぬなら勝てぬで、エルフィールのやり方を失敗させる。今の……主力の七割近くを王都に残したクシュルの、即ち『アダット派』のやり方である。

「では、パーシウス殿。寝室に転がる美女がアダット様の妹君……ヴァンナ殿下であれば、如何する?」

「脱兎のごとく逃げる。裏があるに決まっているだろ、そんなもん。」

「同様である。敵に「備えがあるぞ」と思い込ませるためにも、ただで逃げるわけにはいかぬ。逃げが誘いかもしれぬと思わせなければ、我らに安全無事な撤退はない。逃げ延びたければ、戦うしかあるまい?」

まず貴族たちが納得した。なれば戦わなければならないと、生き延びるためにも戦おうと、気力が充実するようであった。


 そして、パーシウスが一礼する。聞きたいことは聞き終えた、というように。

「他に何か質問がある者は?」

ベネットが問う。集う貴族が、揃って首を横に振った。


 生存のためにようやく一致団結を見せる、切り捨てる予定だった貴族たちの前で。

 クシュルは、今回の戦術について話し始めた。




 遠距離から魔術が放たれているのを、ぼうっと見ていた。

 いや、関心がないわけではない。だが、五秒前後に100発程度である。ここからは来るなとでもいうように、敵先頭からきっかり100メートルほど飛んでは消える。

 その境界のギリギリ外側に立っているグリッチの軍としては、焦る必要がない。

「聞いていた話と違うな、イディル?」

「ですね。見かけだけの統率、内情は今にも逃げ出しそう……とは見えません。」

エルフィールは軍議の場ではっきり言った。敵は逃げそうになる心を、命令という恐怖で抑えつけて戦おうとするだろう、と。だが……

「統率が見事に執れている。」

「戦意がないのに自滅覚悟で特攻してきそうな雰囲気がありません。」

ホッとしたように言う己の副官に、俺もだ、と返しそうになった言葉を飲み込んだ。


 統率が執れているということは、きっと、敵の中で何かの意識が変わったのだろう。

 兎にも角にも、己の命と敵の命を等価交換してしまおう……なんて恐ろしいことを考える死兵がいないのであれば、それに越したことはない。

「敵を生かして逃がす。やりやすくなるな。」

「死んでも殺す、という敵を生け捕りや気絶に持ち込むのは難しいですからね。」

それが仮に恐怖に引き攣った顔、折れた心、武器を持つ手が震え、へっぴり腰であったとしても。「死んでこい」と言われている兵士を、それに従わねばならないと感じている者を生かして捕らえるのは難しいのだ。


 そういう奴ほど、死の間際に、敵の命を一人殺したという「生きた証」を欲しがる。窮地にあってはそれしか求められないとわかっていても、大概哀れに見えるものだし……

「死に際の一撃には、無視できないものがあるからな。」

「どれほど実力差が隔絶していても、死ぬ気の敵ほど怖いものはありません。長い傭兵生活で嫌というほど身に染みました。」

重税に耐え切れず、夜逃げし、盗賊に身をやつした奴ほど。その傾向は強くなる。

 クシュル=バイク=ミデウスはそれを自軍内に意図的に作り出すだろうと聞いていたが……。

「これなら、気絶でいけるな。」

「は。十分可能でしょう。」

自爆覚悟の奴は油断できない。気絶させる程度の攻撃でも、意識を失っていても殺しに来ることがある。だが、今の敵なら、多少、油断できる……素直に気絶してくれるはずだ。


 あとは、この弾幕を抜け、途中で増えるだろう弾幕も抜けて、敵に突撃を仕掛けるだけ。

「だけでいいのですか?」

「お前たちで十分だろ?と。エルフィール様は仰られたな。」

「ええ……期待が重いなぁ。」

イディルが呻く。確かに、少しばかり期待が重い。

 まだ、地に足の着いた敵より浮足立った敵の方が、生かしにくいが戦いやすい。


 士気はないが退路もない敵は、個人の最期の力は恐ろしいし生かして捕らえるも逃がすも難しいが、勝つという一点に限れば実に容易なのだ。

 士気があり、グリッチたちは知らないが「生存のための戦い」という退路を示された兵士たちは、生かして捕らえるも生かして逃がすも容易いが、勝つという一点が実に難しい。

「さて。どうするか。」

イディルは何も言わなかった。己の役割が、俺の副官である……俺の同僚ではないという役割に徹している。


 だが、その考えはこれから困りものになる、と俺は思う。

 俺は『連隊長像』になった。最大四万人近くの兵士を強化しえる『像』だ。俺はそれを出来ると確信している。

 だが、そうなると。俺の隊の外で、俺と息を併せて戦える将がどうしても必要になる。いつかきっと、必ずだ。

「イディルは、どう崩す?」

かつては、その役目をヴェーダが果たしていた。ゼブラ公国では、ブレッド叔父上と彼がその役目を担うはずだった。


 もう、ヴェーダはいない。ペガシャール帝国はいずれ、世界中に戦争をまき散らす。

 使える将校を、一人でも多く育て上げなければならない。

「そこまで大それたことをしなくともよいでしょう。“円盾魔術”の使い手さえいれば、あの遠距離魔術程度であれば凌げましょうから。」

頷く。武器で魔術攻撃を防ぐのは容易ではないが、魔術であれば魔術を阻める。ましてや範囲も広くない魔術の分散攻撃程度であれば、その芯さえ受け止めてしまえば、恐れる必要がない。

「途中から攻撃手段が増えることは想定できます。が、微々たるものでしょう。無視して駆ければ、被害が少なく敵に至れます。」

その通りである。正直な話、この戦は完全にこちらの勝利で確定している。兵の練度も、質も。軍全体で見ればさておき、ことグリッチの部隊だけで言うなら、突出して高い。

「そこで止まるな。如何に自軍の被害なく、敵に被害を与えるか。それを考えるのが上の仕事だ。イディル、敵の長距離魔術への対処はそれでいい。中距離魔術への無対処はダメだ。」

100人200人の被害なら出てもいい……それは最後の手段だ。

「減らせる被害は、減らせ。」

円盾魔術を使える魔術師を用意し、防ぐように。その指示を伝令兵に伝え、走らせる。


 前傾走りで走る妙な男が目についた。走るのが本当に早い。自分がこれまで見た中では、一番。

「グリッチ様なら、どうなさるのですか?」

しかし、その目も、副官の言葉によって強引に引き戻された。そうだ、こいつの教育中だった。

「……敵が魔術を放って攻撃するのは、こちらの突撃を阻むためだ。少しでも勢いを減じさせたいから、魔術で牽制を放つ。だが、魔術の飛距離は、魔術陣への記載に依る。」

長距離で魔術を放とうと思えば、それだけ腕のいい魔術師が必要だ。とはいえ、敵にいるのはペディット=クジャタ伯爵家。元来なら、あと10倍どころか20倍くらい、長距離魔術の使い手がいるはずだが……どれほど戦力を出し惜しんでいるのか。

「腕のいい魔術師は少ないらしい。……ガジに伝えろ。距離70の時点から魔術砲撃開始!狙いは雑でいい、とにかく前へ撃て!」

ゼブラ公国が誇った魔術使いの公属貴族家……今は私属貴族になったガジ=ゲルティア子爵に伝える。


 敵の魔術を無視する?受けるに任せる?それは、無駄な命の浪費だろう。

「こちらも同じように、魔術を撃てばいい。敵兵は減る、魔術師を巻き込める可能性もある。そうでなくとも、陣形を崩せる。悪いことはあまりない。」

言い切る。ガジから、用意が出来たと連絡が入った。

「俺たちの損耗だけでは割に合わない。敵も損耗させて初めて等価、それ以上の価値をもてば初めて優位、だ。忘れるな。」

槍を振り上げる。“拡声魔術”を起動させる。

 ゼブラ……ゼブラ侯爵家の誇りにかけて、今回の小競り合いは勝利に導く。

「全軍!突撃!!」

歩兵を先頭に、全部隊が敵に向けて駆けだした。




 残距離70を切った時点で、ガジの魔術兵部隊が魔術を放つ。

 自分たちが安全に魔術を放てると油断でもしていたのだろうか。ほんの5秒ほど、敵の魔術が沈黙する。

 5秒。僅か100メートルの距離を駆ける兵士にとって、5秒は短いようで、長い。

 一般の兵士は、何も持たなければ100メートルの距離を20秒も経たずに駆けられる。よほどの鈍足でなければ、平均的にそれくらいだろう。


 が、戦争となれば話は違う。剣を、槍を、武器を持っている。兵士たちはほとんどが鎧を着るほどの財も力もないが、それでも軽い木の胴当てくらいは着ている者もいる。

 ましてや集団行動である。ある程度、周囲に併せて駆けねばならない。


 実のところ、わずか100メートルを駆けるために、兵士たちは40秒前後の時間を要するのだ。

 そのうちの、5秒。敵の攻撃に晒されず、駆けることが出来る。それが何を産むか。

 加速と、自信。そして、敵を一方的に、魔術師が攻撃できるという状況。……無抵抗が新たな被害を生み出すのだ。

 先陣を愛馬で駆けながら、俺は頬が引き攣るのを感じた。

 敵は、多少の動揺があれど、健在。5秒で立て直し、中距離の魔術を放ってきている。


 馬に鞭を打って速度を上げた。槍に“抗魔魔術”を施し、己に向けて飛んでくる魔術を一発打ち捨てる。

「まとまれば、ここまで強くなるか、人は……!」

最初からある程度連携が取れる兵士、調練が進んだ兵士しか扱ってこなかった俺には、烏合の衆と団結の取れた一軍の違いを実感として感じ取れたことがない。

 感じ取れたとしても、それは基本別々の集団を相手したときだ。今回の様に、「同じ相手なのに、前回と比べて強さが違う」敵と遭遇したことはない。

 ゆえに、士気の多寡さ、目的に向けて団結する兵士の強さの違いを、今初めて感じ取っていた。

「なるほど、勉強になるな。」

齢25を超えてから、将として学ぶことがあるとは。

 槍を振るう手を止めずに、そう思った。




 他方、帝国軍本陣。

「なぜ、グリッチ様に今回のことをお任せになられたのです?」

他の方でもよかったでしょうに、というマリアの問い。眺めるは前方。300ほど先で、グリッチの部隊と敵の前衛が激突している。

「マリア。前回、クシュルや他の敵将は、俺を脅威に思った。わかるか?」

「はい。私たちの軍もですね。エルフィール様がいれば勝てると味方は思い、エルフィール様が強いことが敵に意識されました。」

それは、エルフィール様だけが脅威であると思わせるほどに。そういうマリアの言葉に、エルフィールは強く頷く。


「そうだ。それはいずれ、俺さえいなければ戦争に勝てるだろう、という楽観になるだろう。」

エルフィールが派手に暴れているところを放置して、全軍でそれ以外を相手するそうされたら、単純な数の利で帝国派が負ける……ということにはならない。

「テッド子爵家が、ユニク侯爵家が、ニネート子爵家が。それ以外のあらゆる兵士たちも、俺が前線で槍を振り回す限り戦うだろう。その先にあるのは、決して折れない者同士の削り合いだ。」

自分が討ち死にしない前提で話を進めるエルフィールに少しだけ、少女は笑った。どこから湧いてくる自信なのか。だが、真理でもあるだろう。

 マリアも、エルフィールが斃れる姿を想像できない。

「だから、ここで、その慢心を崩す。俺がいなくとも、強いのはいるのだと。」

グリッチが槍を一つ振るうたびに、一人が倒れているように見えた。やはり、強い。


 殺していないだろうな、とぼやくエルフィール様を見る。威を魅せるために必要だったとはいえ、先日ド派手に殺しまわった人のセリフではない。

「あいつは弱いが、強い。クリスやコーネリウスには劣るが、まあそれでも……強烈な印象を残せる程度には、強い。」

妙に強気だった敵が、少しずつ浮足立っていく。逃げるなど考えもしない、予想外にもそんな雰囲気すら漂わせていた敵が、死を目前としたかのように恐怖する。

「誰がやったかは知らないが、よくやってくれた。逃げたくても逃げられない、という敵とは違って、今の奴らは逃げるという択があるみたいだ。」

「それはどういう……?」

見てみろよ、と言わんばかりに顎を動かすマリアが見る先。エルフィールが戦っていた時とは違う光景が目に入った。


「撤退、している……?」

逃げている、ではない。敵が、撤退していた。

 グリッチの武威を浴び、『青速傭兵団』と呼び称された一団の攻撃を受けて敵が下がる。それはいい、予想通りである。

「なるほど……生かして逃がす、という点では確かに。生け捕らないのですか?」

「そんな食い扶持あるか?」

ない。エルフィール以上に、マリアは国庫状態を把握している。一年後二年後ならまだしも、今は、ない。

「生かして逃がす。俺以外にも脅威がいることを知らしめて、兵士の心から折る。脱走兵が出れば万々歳。」

なるほど。個人の武勇という意味では、エルフィールの次に強いのは、こっちだとグリッチになる……汎用性込みなら。

「次回はアメリア様ですか?」

「いいや、バゼルだ。アメリアはその後。」

死体があまり転がっていない戦場から、グリッチが帰ってくるのを眺めながら。怪物公女は、もう次の手を指し示していた。


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