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189.『像』の力は信仰の根源

 妨害できるとは思っていなかった。

 正直に言おう。騎兵の突撃を「流す」ことが出来る自信も、なかった。敵大将がコーネリウスであることは知っていた。予想も容易についていた。だが、まさか、彼らだけが来ているとも思っていなかったのだ。

「あっちにはデファールと『魔術将』さえいればいいだろう。だから、他の『像』は援軍に出されていると思っていた。」

『騎馬隊長像』があれば、騎兵の突撃を一度「流す」ことが出来ても、引き返してくる可能性すらあると思っていた。挟撃になるから、こちらの被害は大きいだろう、とすら考えていた。


 まさか、コーネリウス一人で万軍を指揮するとも、他に『像』がいないとも思っていなかった。そうとわかっていれば、レッドは最初から、『像』が先に準備できる有利……『兵器将像』の能力を読み取っておくことが出来ただろう。

「まあ、被害総量は変わらない。問題はない。」

バタバタと死んでいく兵士たちを遠目で、冷静に眺めながらレッドは言う。いくら弩という強力な武器があろうと、それで兵士たちを撃ち抜かんとされていても。そして、間断なく矢が放たれ続けているとしても、だ。


 撃たれたから即死はしない。死んだ兵士に当たる矢とてある。そんな環境下で、弩の威力など、指揮官からしてみたら軽微な話だ。

「だが、兵士は浮足立っているな。」

「仕方がないかと。目の前で友が死ぬ。昨日まで語らいあった仲間が死ぬ。いくら戦争とはいえ、平然としていられるものではありません。まして、一方的なものなら。」

「そうか。……敵が来るぞ!騎兵による突撃だ。殺さねば死ぬ、死にたくないなら武器を取れ!」

叫ぶ。兵士たちが決死の表情をにじませながら、剣を、槍をその手に握る。


 首を振る。喉元まで、「今覚悟を決めるなよ」というセリフが出かかる。

 戦車たちとの戦ではこうではなかった。突撃する兵士たちが、皆一様にためらいなく武器を取った。

 勝利がはっきりしている戦と、そうでない戦での、兵士の覚悟。あまりに露骨に、動きに出る。

「職業軍人を増やす気にもならぬしな。」

「徴兵の方が数は増やせますからね。とはいえ、エドラ=ラビットの私兵は公属貴族全体から見ても多い方ですが。」

私兵は全て、あちらの本陣に置いてきた。今彼らを消費する気はない。


 騎兵が迫る。圧が、やはり重い。だが、兵士たちは恐怖に打ち勝ち剣を振るう。

「打ち勝ってませんからね、レッド様。」

「無粋だろ、マティアス。何より、その方が美談に思うだろ。」

「あなたの感想なんて知りませんよ。」

恐怖に背を押され、破れかぶれに剣を振るう。その先が敵か味方か、徴兵された彼らに見る余裕はない。


 だが、だからこそ、効果がある。そこを稀に見る死地に作り替えるために、敵を混乱させるのではない。

 味方を混乱させ、慌てふためかせ、そして、破れかぶれの行動を起こさせて、敵味方関係ない死地を生み出す。

「いいのですか?」

「俺の狙いは、アシャトの『帝国化』妨害だ。敵だろうが味方だろうが、人が死ねばいいんだ。」

「それは……そうですが。上手くいきますか?」

「いっているじゃないか。」

目の前では、騎兵たちの多くが、その足を止められていた。




 勢いよく突っ込んでくる騎兵の正面に立つ兵士は、いるだろうか。

 コーネリウスの常識では、そんな奴はいない。結果的に「正面に立ってしまった」場合はあれど、覚悟を持って騎兵の前に躍り出て、命と引き換えに馬を刺し貫く真似をしてくる兵など、いない。

 ペディアの部隊ならやってくるだろうが……あれは、騎馬に突撃されても鎧がへこむ程度の傷で済むことが前提の無茶ぶりだ。

 だから、死兵というものの悪夢を、コーネリウスは考慮の外に置いていた。

「嘘だろう!」

『護国の槍』が、馬を刺し貫こうとする兵を突き殺す。己が愛馬が脇から突き出された槍を躱す。人馬一体となって、命知らずたちから逃げ回りつつ……突撃しているはずの自分たちが、どう見ても逃げの一手に入っていることを苦々しく思う。

「斬りぬけろ!」

それでも、前進を止められない。止まれば後続の歩兵が、弓兵が困る。救援対象の戦車たちを救わねばならない。この妨害部隊を突破しなければ、それは叶わない。

 ここで撤退、という手段だけは取れなかった。それは、戦車の三家たちの落ちすぎた士気が、さらに落ちることになる。それは、深い谷底に突き落とされるようなものだ。……死ぬようなものだ。


 ここで、こんなところで敗北するわけにはいかない。

「使う気は、なかったんですが!『ペガサスの将像』よ!」

胸からその象徴を取り出す。ペガサスに乗る、槍を掲げた白き戦士。コーネリウスの、『将軍像』。

 乱戦の中で、主張するかのように輝くそれが、敵味方を問わず視線を呼ぶ。味方には高揚を、敵には畏怖を。そして、戦場には、鎮静を。

「ユーザァァァァ‼‼‼」

「突撃ぃぃぃ‼‼‼」

即座にレッドが命令を出す。受けたユーザが、騎馬隊を動かしてコーネリウスに仕掛ける。

「弓!」

後方、コーネリウスの騎馬隊に追いついてきた弓兵たちが矢を放ち、騎馬隊もまた歩兵から受け取った弩を放つ。

 そうだ。コーネリウスは『ペガサスの将軍像』に任命された男である。


 即ち。この世界で二千年以上の長きにわたってその姿を晒し、信仰を得、世界を形作り彩ってきた『神』の力を振るう神輿の一人である。

「そこを、どけ!」

ペガシャール帝国と正面切って戦うということが、どういうことか。その日、レッドの軍に徴兵される民たちは知った。レッドの我儘によりアシャトに抗うことがどういう意味か、力ではなく目で、その輝きで知った。

 道が開く。その光に頭を垂れるように、兵士たちが無意識に道を空ける。

 阻もうとするレッドの軍の将兵は、棒立ちの味方を乗り越えることまでは出来なかった。味方を殺してまで進めば、評判に傷がつく。


「っちぃ!」

これが、レッドの、エドラ=ラビットの私兵であれば話は違った。何と戦うか納得ずくの戦をしていたし、何より忠誠が、練度が、教育が違った。だが、徴兵によってきた者たちは、違う。

「う、わ、」

言葉にならない動揺が、慟哭が出る。どうしても誤魔化せない、アシャト派とレッド派の違いがそこにはある。


 兵士の質で勝っている。兵士の数でも勝っている。領地の広さでも、勝っている。

 それでもレッドには、『神の加護』がない。『王像』に選ばれてはいない。それに選ばれたのは、アシャトという男であり、レッドではない。

「……撤退だ。」

吐き捨てるように言う。自分の才能に増長した。もしも『神定遊戯』が起きたなら、必ず自分が『王像』に選ばれると過信した。その結果が、これである。

 過去は取り戻せない。それでも諦められないから、王になることを望んでしまうから足掻くのだ。だが。


 それは、決して王になることなく。恩恵が大きいわけでもなく。王に忠誠を誓うわけでもない一兵士たちには、関係のない話。

 ただ、それだけの話である。


 レッド達は、コーネリウスと、戦車を率いる三将の、デファールとの合流を見送るしかなく。

「レッド様?」

「もう、いい。ヒリャンと合流しよう。さっさと戦争を終わらせるぞ。」

「まさか?」

「するわけないだろう!こんな屈辱、何度も何度も受けてたまるか!民兵を解散!うちの私兵だけで十分だ、私属貴族たちを呼び寄せろ!」

紅い馬の旗が、最前線へと向かう準備を始める。


 彼がピピティエレイに到着するのは、それから二ヵ月後のことである。




 自分たちが負けたのだから、コーネリウス様とて、いくら『護国の槍』とて負けるだろう。

 グラスウェルはあれほどコーネリウスに言われた事を根に持っていた。心が折れれば、自然怒りは外に向く。自分の敗因も、コーネリウスの主張が正しいことを無意識に認めていながらも、表立って認められない。

 グラスウェルの反応は極めて自然だ。陰口をたたいていない分、むしろ彼は自制が素晴らしい方ですらあるだろう。


 まあ、彼の内心はいい。とにかくグラスウェルは、コーネリウスが敗北して撤退を余儀なくされると確信していた。

 だが、その予想は大きく外れる。弩によって浮足立つ敵の姿は、風によって動きを止められた自分たちの姿を思い出すかのようで、コーネリウスに対する劣等感が湧き上がる。

「ああ、嫌だ。」

口に出た。口に出る自分が嫌だ。口に出さないとやってられないことを自覚している自分が嫌だ。

「……戦争か。」

戦車の価値を上げたかった。局所でしか戦えないという欠点が、猛将名将の下でなら欠点にならないことを示したかった。

「俺は名将ではないらしいな。」

コーネリウスの戦を見れば、わかる。レッドと戦ったから、わかる。


 グラスウェル=システィニア=ザンザスには、致命的に知性が足りていない。

「なら、猛将として駆けるだけだろ!」

意識が浮上する。戦争の熱気にあてられて、沈み続けた一週間から急激に心が燃え上がる。

「歩兵が抜ければ俺たちだ!出番を見せるぞ!」

いい笑顔で彼が叫ぶと、兵士たちが顔を見合わせる。今更どの口が、という思いがある。本気で言ってんのかこいつ、という呆れが見え隠れする。


 だが、兵士たちは根本的に、グラスウェルについてきた者たちだ。主がグラスウェルであること、そしてアシャトに、『王像』に仕える気になった貴族という点を考慮して選んだ『私兵』たちだ。

「お、おお!」

将の士気が戻ったのに、兵卒の士気が低いのはいかがか……という心理が働いて、兵士たちが強引に士気を戻していく。

 人の気持ちは移ろうものだ。何かしらきっかけさえあれば、よい方向にも悪い方向にも向くだろう。グラスウェルとその部下たちは、あまりにもきっかけがおかしいだけで。


 だが。その戦う準備は、実にあっけなく無意味なものに成り下がる。

 先頭で光り輝く一人の人物。『神定遊戯』における王の代理人。『将軍』の力が、乱戦の中の兵士たちを落ち着かせ、道を開けさせる。

 光があまりにも神々しかった。グラスウェルが思わず目を逸らすほどに。一時たりとも直視したくない、そのあまりにも強い存在感に、彼の心がさらに揺れる。

「……行くぞ、お前たち!約束された栄達はすぐそこだ!」

叫ぶ。そうだ、グラスウェルはこれから、ペガシャール帝国派になる。


 システィニア=ザンザスは『戦車将像』の家系である。ゆえに、彼は己が『像』に任命されると信じて疑うことはない。

 馬に鞭打つ。自分が、あの力を、あの神々しい力を放つことが出来る日は近い。


 無抵抗なレッド軍を横目に、彼らは戦場を駆け去った。その車に、全ての夢を託して……己らの拠り所、領地を背後に残したままで。


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