188.『将軍』の軍隊
レッドと3人の貴族たちが戦を始めた二日後のことである。デファールたちの下に、彼らからの救援要請が届いたのは。
「しまった、失念していた。レッドは己から指揮を取れる頭領だった。」
己等の頭、アシャトの戦術の、……いや、戦争の才能はあくまで凡である。そしてもう一派の神輿、アダットに至っては指揮を取らせれば確実に自滅する。
だからこそ、デファールが見逃していた事実が、この段になって帝国派を傷つける刃と化しそうな予感があった。
「援軍か。」
ここで彼らを切るという選択肢はない。ヒリャンとの決着は急げない、あっさり勝てるほど彼らは弱くないし……何よりレッドの動きを、ヒリャンも知っているだろう。
それなら、彼はこちらが全軍で救援に出るのを防ぐべく、遅延、あと妨害戦術に徹することは容易に予想がつく。
何より……一度味方にしたものをあっさり切り捨てたとなれば、ペガシャール帝国の名に傷がつく。二度と、懐柔策が使えなくなる。
「誰を出すか……。」
デファールの悩みのタネはそこだった。相手はあのレッドである。彼自身の指揮能力がどれほどあるか、デファールは知らない。
だが、アシャトがいなければ最も『王像』に近かった男である。舐めてかかるわけにもいかない。
ペディアとクリスはダメ、貴族たちが言うことを聞くとは思えない上、戦略眼に難がある。
ジョンもダメ、彼の場合は戦車の使い手たちと連携を取るうえで不足がある。彼はあくまで魔法戦争の達人だ、混交軍の戦争をさせるには上にもう一人指揮官が要る。
「私が行きます、デファール様。」
コーネリウスが隣で堂々という。それに「考慮する」とだけ返事した。
一番正しい選択は、コーネリウスを援軍として送り出すことだ。それだけで、デファールはレッドに怯える必要はなくなるだろう。彼は、それだけ優秀な指揮官だ。
だからこそ、問題だった。デファールが、出来たら避けたいと思うのが、コーネリウスの派遣だった。
「マリアと逆であったか……。」
呻く。エルフィール様の方にマリアがいったのは、同じ女性指揮官の方がやりやすいだろうという配慮だけではない。端的に言えば彼女等自身の気質の問題だ。
だが、こうなれば……誰か任せられるものに救援軍を出させるとなれば、コーネリウスをエルフィール様に預けてマリアをこちらに置いておくべきだったかと思う。
だが、失言であった。思っても、喉の奥で飲み込むべき発言であった。
隣で立ち上がる音がする。コーネリウスが肩を怒らせている。当たり前だ、普通に聞けば、彼を侮っている発言でしかない。
「それほど信用出来ませんか、私は。」
「いいや、私は君の力を高く買っているよ、コーネリウス。」
「気遣わなくて、結構ですよ?」
気遣っているつもりは微塵もない。デファールは確かに、コーネリウスの能力を高く買っている。だが……先の発言のあとである。何を言っても、コーネリウスには嘘虚構に聞こえるだろう。
コーネリウスが若いから、ではない。状況を見れば、どれほど成熟した大人であろうと、同じ勘違いをするだろう。責めるとすれば、デファールの失言の方である。
「……。」
黙るしかない。何を言おうと聞こえない以上、デファールはこれ以上コーネリウスの心象を落とさないために、黙る以外の択を持たない。
勘違いであるなら真意を話せばいい?この状態のコーネリウスに?無理にもほどがある。そうデファールは結論づける。
黙りこくるデファールに何も言えず、怒りを抑えるにも抑えきれず……コーネリウスは立ち上がった。
足音こそ立たない。しかし、荒れた感情はそのままに。コーネリウスが天幕から出る。
「デファール様。」
「ジョン。怒るな、私の本意ではない。」
「これを怒らずして何を怒るのです。なぜ、あのような言葉を。」
「……逆の方が良かったかもしれない。この言葉が、全てを語っているんだ、ジョン。理由は単純……コーネリウスの気質の問題だ。」
気質。そう、気質だとデファールは言う。
「……話してください。聞いてから考えることにします。」
何をだ、とは言わなかった。デファールがこうしてやらかして、コーネリウスを宥められる者が、このコリント伯爵を覗いて誰がいるのか。
嘆息する。知っているのは四人で十分だとデファールは思っていた。
アシャトと、エルフィールと、デファールと、ペテロ。この四人がしっかり理解していれば、それ以上喧伝する必要はないと思っていた。
「わかった。話そう。」
しかし、今は。必要だったのかもしれない。
レッドから逃亡する。一戦も交えずにデファール様たちの本隊と合流するのは、本当に業腹だ。
とはいえこればかりは……己の力不足が原因ではない。足りないのもまた事実だが、それ以上に環境が悪すぎた。
怒りはまだある。が、それで判断を違えるような無様を晒すほど、コーネリウスは未熟ではない。
ああ、だからこそ。彼は、レッドがそれを読んでくることすらも予想していた。状況が読める指揮官なら、逃げの一手を選ぶことくらいは予想がつく。コーネリウスたちが正面突破を選ぶ可能性も踏まえ、元の陣から動かさない兵士もいただろう。
それでも。レッドは五万の軍を率いている。
コーネリウスたちの道を阻み、その兵力を削り、指揮官の首を狙うための別動隊を作る兵力など、容易に捻出できるのだ。
「敵数は!」
「約二万、混合兵団!」
「だろうな!」
駆ける歩兵に足を合わせつつ、ぼやく。普通に考えて単種兵団で来るはずがない。主に使われているのは騎兵だろうが……
「移動のために二人乗りできた、か?」
「おそらくは。馬の疲労が少しばかり目につきます。」
「それは……後方を確認したか?騎手のいない馬がいたはずだ。」
斥候が口を開く。そんなこと考えもしなかった、という目だ。軍用の馬だぞ、それくらい調教されているのは知っていように。
「まあ、いい。今回の目的は勝利ではなく突破だ、騎兵の価値は高いが数は重要ではない。だが、次回から馬の疲労が目立つときは代替になる何かの存在を念頭に探るように。」
『護国の槍』の中で、戦争経験のあるような兵士はコーネリウスの配下には少ない。斥候も然りである。経験ある老兵は、クシュル、ヒリャンと死ぬまで戦うことを選んだ。
「父上や叔父上について行けば死ぬ、それを承知であちらにつかれたら、どうしようもない。」
元より、ミデウス侯爵家が持つ斥候など微々たる数である。『護国の槍』は元帥であり、国軍を動かすことを求められている。だからこそ、私兵の八割以上があくまで実戦力であり、斥候、魔術師、騎兵等の専門家は別の家が受け持っているのだ。
ミデウスにはいない。エミル=バリオスにも、システィニア=ザンザスにも、アミアクレス=ペダソスにも当然いない。
「足りない情報は推測で埋めるしかない、か。」
槍を握る。敵の部隊が先回りして道を塞いでいる最中に突っ込んで、道をこじ開けなければならない。
「騎兵の突撃。読まれている。柵を用意する暇はない、歩兵で受け止めると被害が大きい。なら、弓矢で馬ごと撃つか、騎馬をぶつけるか。」
どちらもない。どちらも今敵が取り得る選択肢としてはあり得ない。
「騎馬を放置して通過させ、後方を駆ける歩兵との間を遮って歩兵だけを削る。あれは、俺たちが突撃する寸前で道を空けるな。」
平野である。夜闇に紛れて逃げに走ったとは言え、動けば見える。互いに斥候を出し合っているし、それは夜でも変わらない。妨害も、間に合うことも、目に見えていた。
「だが甘いな、レッド。私たちは『ペガシャール帝国軍』……『像』を持つ軍だぞ。」
『護国の槍』を構える。右手に持つそれを握り締めて、敵を見据えた。
「弩を用意しろ!最大まで引け!」
騎馬は出さない。読まれているものを使うほど、切羽詰まっていない。何せこちらには、『兵器将像』ミルノー=ファクシが短時間で作り上げた、きっかり一万の弩弓があるのだ。
その有利を、ここで今使う時だ。“天然要塞”の能力あってのゴリ押しではあるが、勝つためには必要不可欠である。
「脚は止めるな!こちらに準備があると敵に悟らせるな!」
そこそこに距離がある。騎兵が突撃してこないことに、レッドは疑問を感じるだろう。だが、それが弩に繋がるとは思えない。
「コーネリウス様。本当に、弩の存在がバレないのですか?」
副官に任命した私属貴族、ジフ=フラウスが問う。当然の問いは、答えも簡潔だ。
「ああ、存在自体はバレます。が、弩は作りが複雑です。機械的であるし錆びが発生する。用意も保持も難しい。どこぞの車みたいなものです。一万も、あるとは思いますまい。」
『兵器将像』の存在は知っているだろう。だが、コーネリウスと同時に移動しているとは思っていまい。実際、コーネリウスの軍にミルノーはいない。
弩ほど威力が高く射程の長い武器が、一万も用意されているとは、誰も思わない。これは一応、貴重品なのだから。
「“天然要塞”は、武器を瞬時に製作する力です。作り上げた武器の耐久はさておき……完成品が途中で塵と消える、などと言うことは、ありません。」
剣や槍なら、鍛冶師が『兵器将像』になった方がいい。ミルノーはあくまで兵器職人である。鍛冶師ではないゆえに、剣や槍を作らせれば、質は彼らより遥かに劣る。
だが、あくまで弩でいいのであれば。その構造を理解し、想像し、素材を加工するだけでいいのであれば。彼とて、“天然要塞”の力があれば、出来る。
「敵との距離、およそ千を切りました!」
望遠鏡を覗き込みながら兵が言う。それ専門の訓練を受けた兵士だ、信じていい。
「駆け続けろ!距離が800を切れば言え。」
弓兵も、歩兵も、そして騎兵も。駆ける速度を落とさず、一定の配分で足を動かし続けている。
後方を一度、確認する。戦車たちはついてきているのか。隊列を乱していないか。
「流石に、大丈夫だったか。」
こちらに合わせている。少なくとも、勝手に先走る無様は晒していない。なら、隊列の多少の乱れには目を瞑っても構わないだろう。
少なくとも、彼らはそうなるだけの理由がある。
デファールであれば後で軽い罰を下そうとしただろうが、その当たり、まだコーネリウスは甘い。
「距離800!」
「全兵士、弩、構え!止まるなよ!!」
精いっぱいまで絡繰りが引き絞られた弩が、構えられる。一万の兵士が、絶えず前進を続けながら、前方の敵を食い破らんと準備する。
「一列目!放て!」
二百の兵が、弩を撃ち放った。即座に次の矢を番えつつ、回れ右して最後尾に回る。
「一列目、放て!」
第二波が放たれる。歩きながらでも、しっかりと引き絞られた矢は真っすぐに敵方へとんでいく。
歩き続けている。即ち、一射ごとに矢を届かせなければならない距離は短くなり続けている。
「放て!」
歩兵と弓兵が、ただただ弩という武器を構えて撃ち続けている。だが、敵の混乱は目に見えるようだった。兵が、次々と倒れていく。
推定距離が200になるまで、ただひたすらに弩を放たせ続けた。間断なく襲い来る脅威というのは、嫌でも敵を浮足立たせる。
「騎兵、突撃!」
そして、浮足立った敵には。騎兵の圧は、大きく映る。どれだけ事前指示が徹底されていようと、逃げるよう、とおすように言われていようと、身体が動かなくなるほどに。
ミルノーからの贈り物を最大限に利用して、意気軒高たる騎兵たちが、レッドの軍に襲い掛かった。
バリスタをバリスタと書き続けることに違和感を覚えていたのですが、最近弩砲という表現を知りました。
今年中には全変換予定です。悪しからず、お願いいたします。




