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187.南の端への援軍

 それから、一週間。両軍は膠着状態でとどまっていた。

「なぜ、攻めないのですか?」

レッドの新しい副官、ブエンが問いかける。なぜ、なぜか……とレッドは呻いた。

 問われるまでもないことである。レッドは、ペガシャール帝国軍からの援軍を待っている。

「今攻撃すれば、たった五千しかいない敵を蹴散らせます。その方が楽なのでは?」

「各個撃破の方が楽か、と言われるとな。確かにそうだが。」

言うまでもない。援軍が来た時に援軍もろとも撃破するより、ここで敵を蹴散らしたうえで援軍を相手取る方が、戦は楽だ。


「援軍の将は誰だと思う?」

「それは……むろん、コーネリウス=バイク=ミデウス様でしょう。」

自明の理のことのように思える。ペガシャール帝国軍に、援軍を率いて独自に動ける力量がある将などそういない。実力だけならまだしも、権威的には。

「ああ、そうだ。だからこそ、待っている。」

ブエンが首を傾げるようなことを、レッドは言った。待っている?なぜ?

「もし彼らがここに来るまでにあの三人を撃破していたら、コーネリウスならどうすると思う?」

「その連絡を断てばいいだけなのでは?」

「不可能だ。いくら戦に勝ったとしても、兵卒が散り散りに逃げるのまでは阻めない。全て殺しつくすことは難しい。」

その前提にたって、レッドはモノを考える。兵卒が逃げたら、そしてコーネリウスの軍に行きつき、その現状を伝えたら。

「俺なら撤退を選ぶ。援軍が出ていることが前提だが……ペガシャール帝国は、ああ、援軍を出さざるを得ない。」

それは確定だ。今彼らを見捨てれば、それこそ国家の信用に関わる。だが、援軍が到着する前に三貴族が崩壊していることを知ればどうだろうか。決まっている、戦う必要なんて、どこにもない。


「だから戦わない?」

「ああ。ペガシャール帝国の軍が援軍に来るのを待ち、纏めて叩き潰す。」

「しかし、相手は『護国の槍』です!」

「そうだな。どれほど多く見積もっても一万以上の援軍を引き連れてこれぬ、若い『護国の槍』だ。」

一言で状況を言い終える。彼にとっては悩むまでもない正論。だが、ブエンには、そして周囲で話を聞いている多くの部下たちには、意味がわからない。


 わかっているのは、きっとこの場ではレッドだけだ。

「勝てる戦だよ、これは。」

笑う。赤みがかった髪がたなびき、日が照って輝く。

 彼の笑みは世界を燃やす炎の様で、その力強さに部下たちは安堵する。

 レッドが「勝てる」と言えば、勝てる。それが、エドラ=ラビット公爵家の理解だった。




 沈黙する三貴族の前で、コーネリウスは溜息をついていた。

 これは、如何ともしがたい。まずそもそもにして、先日の戦の模様からして論外だ。

「エミル=バリオス子爵令息。」

「は。」

勘当されているから令息ではありません、という言葉は飲み込まれた。賢明な判断だ。今はそんなくだらないことを会話する時ではない。

「なぜ、戦った?」

「援軍が来るまでに戦功の一つもなければ、我々を歓迎してくださることはないだろうと考えました。」

気持ちはわからないでもない。確かに、何もできなかったヘタレだと言われるより、戦果を挙げるべきではあっただろう。


「では、なぜ戦車だけで突撃した?」

「それが、最も勝率の髙いものであったがゆえに。」

即答。それが、なぜそう思うのか、コーネリウスにはわからない。

「アミアクレス=ペダソス騎士爵令息。」

「は、はい!」

「レッドが『戦車』迎撃の対策を用意していることくらいはわかったはずだ。なぜ敵の絵の上に筆を重ねた?」

せめて新しい画版くらい用意しろよ、という意味合いで聞く。対して、ペアトロの返答も単純だった。

「私に絵を描く才はないゆえに、色を変えようと試みました。」

意味はわからなくはない。なるほど、ペアトロに絵を描く能力は……戦略を組む力も、広い戦場での戦術を作る才もないのかもしれない。コーネリウスには、まだ見分けがつかないが。


 どちらにせよ、聞く敗北はあまりに手痛すぎた。それを指し示すようなものが、目の前に一つ。

「いつまで死にそうな顔をしている、グラスウェル=システィニア=ザンザス。」

「……。」

敗北を引きずっていることを悟らせてはならぬ『将』が、敗北を引きずっていた。誰の目にも明らかなほど、顔色が悪い。

「……何か言え。」

「……申し訳、ありません。」

そこまで落ち込むくらいなら最初から戦うな!と言いたくなった。そんな理性が働くなら、あの敗北はなかっただろうが……。


「ふぅ。……よい、許す。今、お前に敗戦の責を問う気はない。」

彼の心を静めなければならない。一週間近く行軍し、そこそこ疲れもあるんだが、いきなりこれかよ。そう言いたいのを、コーネリウスはグッと堪えた。

「ペガシャール帝国軍に呼応し裏切ったとはいえ、お前たちはまだペガシャール帝国の仲間として軍に迎え入れられたことはなかった。ただの在野の武人の敗北に、ペガシャール帝国は興味を持たぬ。」

強引な理屈のこじつけだが、それで押し通すことにした。ずっと死んだような目をする指揮官を引きずって戦場に出すくらいなら、最初から『公式では』見なかったことにすればよい。

「しかし。」

「貴様は猪突猛進な男と聞く。己でも知っていよう?ゆえに、これから私の軍の指揮下に入れ。一軍の将としては扱うし一隊を任せることはあるだろうが、最終決定権を三人のいずれにも預ける気はない。それを今後の罰だと思え。」

罰も何も、最初からソレの決定権はアシャトにある。そして、エルフィールとデファールにある。ぶっちゃけコーネリウスにも三人にもないのだが……『護国の槍』の断言は、多少彼の心を落ち着けたらしい。


 レッドに勝てぬ、という確信を彼は抱いたのだろう。少なくとも己らの連合軍では。

「安心しました。指示に従います。」

だからこそ、上位命令者が出てくれたことに安堵したに違いない。グラスウェルの顔が、多少マシになった。

「では、敗因を教えてやろうか。」

だが、それで終わるようなコーネリウスではない。死体に鞭打つかのように彼の口は言葉を紡ぐ。


 言わない選択肢も、少し頭に浮かんでいた。敗北した、と聞いて、その戦のありようを聞いて、あまりの無様に怒りを覚えても……コーネリウスはまだ多少の甘さを残していた。

 だが、グラスウェルの余りの精神の脆さ、ペアトロの開き直り、グリードの傲慢を理解すれば、彼は甘さを捨てるしかなかった。

「お願いいたします。」

ペアトロが顔を上げて頼んでくる。向上心はいいのだ。だが、その向上心はすぐに反発心に変わるだろう。

「戦車部隊のみを稼働させた。よりにもよって敵地に突っ込んだ。バカか、正面にしか突っ込めない部隊でくると予想できるのに対策がないわけなかろうが。」

「それを書き換えようと思ったんですよ!」

「自分の能力を過信しすぎだ、と言いたい。が、口にするだけで本心は別だ。」

本心が別なら口にするなよ、とペアトロがコーネリウスを睨む。客観的評価が出来ていないからだ、と彼は視線をあらぬ方向へ流した。


「そもそもにして戦車の対策などあってないようなものだ。足を止めればいい。戦車そのものを横転させればよい。その対策を、戦車に乗った兵だけでやってのけようなどと、傲慢にもほどがある。」

最初から一万の兵力があるのだから、他の兵種と連合させろとコーネリウスは断じた。

「汎用性のある騎兵ならさておき、汎用性のない戦車は切り札にしか使えない。」

普段使う丁寧な口調すらかなぐり捨てて、コーネリウスは断言する。怒っている。元は別にあれど、彼は三将の余りの考えなしに怒っている。

「己らの強みにしか目を向けず、それ以外を唾棄して顧みることすらなかった。それが貴様らの敗因だ。」

コーネリウスは、言い切った。




 そもそもにして、戦車を率いる将に戦車以外の兵を指揮する才が必要か、と言われれば、ない。

 なぜなら前提として、戦車を乗りこなす将校が総大将になることはないからだ。総指揮官の命令の元で敵と戦う、それこそが『戦車将』が最も活躍する場面である。

 歩兵で敵を阻み、弓兵で敵を削り、魔術兵で読み合いを難解化させ、騎兵で敵を攪乱し、戦車で止めを刺す。滅多に起きないが理想の戦争のセオリーとは、そういうものだ。そして、基本であり基礎であるからこそ、戦場の様相は普通それから遠ざかる。


 歩兵で道を阻めないように軍を動かす。弓兵で兵士が容易に減らないよう、武装や陣形が整えられる。読み合いの単純化のために魔術の出番そのものを減らし、騎兵で攪乱されないよう柵や堀を、そして迎撃態勢を整える。

 それらさえ揃えておけば、戦車で止めを刺されることはない。

 そうだ。だからこそ。『戦車だけ』の戦など、最初から勝機がないのだ。


「第一、第一だ!お前ら三将揃っているんだったら、他兵種で数隊作れただろうが!」

魔術師がいて、槍兵がいて、弓兵もいて、バリスタもあって、馬も過剰なほどにいる。戦車の名家という割には、戦車以外の兵種に充実しているのだ。コーネリウスが最初からこの軍を指揮していれば、レッドに勝てた。正直な話、自信がある。

「なら!今から勝ってくださいよ!コーネリウス様が連れてきた軍は1万。僕たちの軍と併せれば二万の大軍になります!これで兵力差はたったの三万、レッドの軍が相手でも勝てるでしょう!」

「ふざけるな、ペアトロ=アミアクレス=ペダソス!この様で、指揮官ですら勝てないと確信して沈んだ軍隊のままで、どうして勝てるというんだよ!」

一週間だ。一週間、よりによって兵士たちを元気づけなければならないグラスウェルが、死にそうな顔で兵士の前に出ていた。

 それでも気丈に励ましていた、とかなら同情の余地はあっただろう。だが、敗北を知らない若い指揮官には出来なかった。


 ああ、そうだ。話にならないのだ。

 三貴族の兵隊たちはもはや勝機はないと諦めている。彼らの希望は、『王像』麾下の将と共に戦うこと、神の意に沿って戦うのだというただそれだけにすぎない。

 士気の落ち切った一万をかばう一万、総計二万。対する敵は、初戦に勝って意気軒高、次の援軍とて打倒しよう!と言わんばかりに雄たけびを上げている五万の軍勢だ。


「ですが、『像』があるでしょう?」

「『像』はある。指揮官の力量としては、おそらく私の方がレッドより上だろう。」

身体能力1.6倍化。それを使えば、きっとレッドの軍相手でも渡り合える。最初はそう思っていた。

 指揮官としての力量が上。それも疑う余地はない。コーネリウスの上にはデファール、エルフィール、クシュル、ヒリャン、そしてペレティといった化け物が揃っている。が、彼自身の力量はその次点である。レッドやパーシウス、あるいはペディアやグリッチ、ズヤンたちと比べれば、格差があるとまでは言えないものの、明確に力量自体は上なのだ。

 今の彼と対等なのは、おそらくマリアくらいであろう。


 『像』と指揮官としての力量。それだけで、勝てると最初は見込んでいた。本当に、勝てると見込んでいたのだ。ここに来るまでは。

「グリード=エミル=バリオス。協力を要請する。」

「何の?」

無理だ。勝てない。コーネリウスは即断した。

 兵力差がある。倍以上の兵力差が。

 指揮官の質に差がある。エドラ=ラビットという大貴族が抱える多くの指揮官と比較して、こちらで見どころある指揮官はいない。見どころがあっても将来の話だと思う。

 ペアトロは己の才に自覚はあれど天井を見誤っている。グラスウェルは見どころがあれど心が折れている。

 今、はっきりと、『1部隊を預けるに足る将』としてコーネリウスが見ているのは、グリードだけだった。


 そして最後に、士気の差がある。おそらく、元々ここにいた、3貴族麾下の一万は元来の力を発揮できまい。おそらく、半分出ればいい方だろうという確信がある。

 そんな兵の身体能力を1.6倍したところで、何の気休めになるというのか。せいぜい逃げ回る距離が増える程度だ。

「……本当に、本当に業腹ですが。ペガシャール帝国の本体に合流します。あなたには殿をお願いしたい。」

「いいのですか?」

「一番戦車としての足が遅い、と言っても、戦車にしてはという話。歩兵と比べれば速いでしょう?」

「無論です。」

本調子が帰ってくる。怒りを覚えたからといって、指揮官としての力量が落ちるわけではない。彼は『護国の槍』である。それが出来る程度の教育は受けている。


「他二人は私が指揮します。おそらく戦闘にもなるでしょう。エミル=バリオスの戦車は殿に……。」

「皆まで言わなくて、構いません。」

言葉を重ねようとするコーネリウスを、グリードは阻む。ただ一言、言葉を返した。

「あなたは、『護国の槍』です、コーネリウス殿。」

「……ああ、そうですね、私は『護国の槍』です。」

重い腰を上げる。本当に、本当に業腹だとコーネリウスは呻く。


「ここから北西へ。レッドの軍を無視して、ピピティエレイへ向かう。デファール様の目指す次の戦場は、そこだ。」


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