161.彼女の答えは
好きだ。
エルフィのその言葉が、胸に染み込むように広がっていく。
歓喜の声を上げそうになるのを、エルフィは手を挙げて制してきた。まだ、話は終わっていない。
「だが、俺は……お前の唯一になる気はない。」
王の妻になる女としては当然の発言。しかし、かつて妾の話が出た時に苦言を呈した女の発言ではない。
それに、その言葉は、俺の『好きだ』という言葉に対する、ある種明確な拒絶だった。
「な、ぜ。」
「俺はお前の子を産む気が、ほとんどないからだ。」
ピクリ、と肩が跳ねるのが分かった。
俺の子を、産む気がない。それは……王と王妃という関係性にあって、最大級の政争の火種になる。
「もちろん、義務をないがしろにはしない。お前が求めるなら、行為には答える気がある。だが、俺は、多くても二人以上の子は孕まない。」
一気に語ったエルフィの目は、真剣そのものだった。
「待て、少し考える。」
彼女がそう言ったということは、何か理由があるということだ。他に好いた男がいたとか、結婚する気がないとか……そういう次元の話ではない。
子を産まない。王子を、王女を産まない。そして、俺の唯一になる気はない。この言葉から推測される事実は一つだ。
『王像』に選ばれた者として与えられた、多くの子を為す義務。それは、他の女との間で為せという意味。はっきりと多妻を拒絶していながらも、多妻を強要する言葉。
「たとえ、その生まれる二人が共に女であったとしても?」
三人目は産まないのか?という無言の問い。しかし、それに対してエルフィは何の躊躇もなく頷いて見せた。
「ああ。」
『王像』と『妃像』の間で男が生まれない。『継嗣像』が、与えにくくなるということ。その枠が、政争によって選ばれるかもしれないということ。
いいや、違う。そこは、今は重要なことじゃない。エルフィが子を産まないことで生じるデメリットばかりを考えていても意味がない。メリットを、考えろ。
「妊娠期間の縮小?」
簡単に考えられるのは、それだった。何人もの子を孕むということは、それだけ、産むために時間が取られるということだ。
歴代でも最高の『妃像』……唯一の、「戦える妃像」になるはずの彼女には、身動きの取れない時間が伸びることは戦える時間が減ることに繋がる。確かに、エルフィが動けるのは子を産まない事のメリットであるはずだ。
「惜しい。近いが、違う。」
惜しいのか。なら、産む期間ではなくその後の期間か?
「まさかと思うが……子育ての方か?それなら、お前は王妃になるのだ、人に任せればいいだろう?」
「それはそれで怖いから嫌だが……遠くなったな。」
遠くなった、ということは、なんだ?妊娠期間の縮小、から、子育てに時間を取られるという部分に焦点を当てた。彼女という戦力が減るということに焦点を当てた。そのどちらも違う……いいや、きっと、子育ての方だけが違うのだ。
「なぜ、子を二人以上孕まないという言葉が、お前の戦力減衰に繋がる?」
「お、ほとんど正解だ。俺が子を産めば、『戦える妃像』の戦力は確実に落ちる。だから、俺はお前との間に、男であれ女であれ、二人以上の子は産まない。」
わからなかった。わかるはずがなかった。
俺は未婚の、男だ。18歳で未婚というのは、流石に王としてもまずい気はするが、それからは目をそらさずに言うなら……俺は、女をよく知らない。
だが。女であり、子を産むということを考えれば、意味合いはなんとなく伝わってくるというものだった。
「妊娠とは……それほど身体に負担をかけるのか?」
「当たり前だ、人の身体を何だと思っている。新たな命を産み落とすという行為に、代償がないはずがないだろう。」
例えば、体力。例えば体質。例えば感情。不安定が続く生活を強いられる、とエルフィは言う。
「俺自身経験したことはない。だから、確実なことは言えないが……一人目を産むだけなら、俺はあまり変わらないだろうと思う。」
リハビリすればすぐ元通りに動けるようになるはずだ、と断言した。おそらく、産む以前からの徹底した身体管理の上での話なのだろう。
「二人目を産んだ後に元の通り動こうと思えば、それ以前からも、それ以後も、かなりの無理をする必要がある。だが、……無理さえすれば、おそらく今と同じくらいには動けるようになるはずだ。」
人を見てきたゆえの知見か、それとも、その天才性で己の限界を察しているのか。とにもかくにも彼女は、2人目までは何とかなる、何とかして見せると言い切った。
「だが、三人目は、無理だ。三人目を産むとなれば……私はこの18年の間に築き上げた、“最優の王族”としての武技、軍略、何より心根が大きく変わるだろう。私は、己で得てきたこの人生を棒に振る気も、夢を投げ捨てる気も……投げさせる気も、ない。」
皇帝になるという宣言。三国を統一するという在り方。それを曲げる気は、エルフィにも俺にもない。……が、人は変わりゆくものだ。出産、育児が絡むと、その傾向は強くなるだろう?とエルフィは言った。
「わからない。俺は両親の記憶はほとんどないからな。が……そうか。」
わかっているなら大丈夫だろうと言いかけて、やめた。いくら頭に危機感があってもどうしようもないことなど、人間、いくらでもある。実際、俺にもあった。
「それに……俺が戦えるということ、“最優の王族”であるということ。俺の武技は、ペガシャールが帝国に真の意味でなるために、必要なことだ。違うか?」
「違わない。」
それだけは確かだった。そして、それだけで、俺とエルフィの確認は、終わる話でもあった。
「俺は、お前の子を産めない。二人までしか産めない。それでもいいと、受け入れると断言できるなら、俺はお前の『愛する妻』になってやる。」
フ、と笑みがこぼれた。どこまでも傲慢だった。恩着せがましい女だった。そして、それに文句のつけようのないほど、いい女だったと思う。
「もちろん。俺の夢はお前の夢だ。二人の夢を己で手折る真似は、しない。」
言わなければわからなかっただろう?と瞳が語っているようだった。それに、俺は意図的に無視をする。
「……ディア。」
「はいな!……ひどい話だったよ、アシャト。」
「うるさい。」
神の視点から見てもひどい話なのだろう。だが、エルフィにとっては絶対に必要な工程だった。
「夢の為に子を完全に諦める、とかじゃない分まだマシだね。」
ディアの呟きは無視した。神の目から見れば、子を遺さないという行為は生命への冒涜に他ならないのだろう。気にすることは、避けた。
「とはいえ、僕はまだ君に『妃像』を渡さない。アシャト、既に渡したから空きがない、といいたいのはわかるけれど、ダメだよ。君は堂々と、みんなに向けて、『妃像』の授与をやらないといけない。」
「……わかっている。」
ディアを呼び出した理由をはっきりと批判された。少し、告白を受け入れられて舞い上がっていたようだ。
「どちらにせよ、まだ『妃像』を渡していない方がおかしかったんだ。さっさと婚約式でもしてしまおう。」
「せめて気持ちを伝えた上で、くらいはしておかないと嫌だったんだよ。わかれよ、神の使徒なんだろ?」
「はいはい。」
ぶ、とエルフィが噴き出す。俺の気持ちを聞いたからか、余計に笑いが止まらないらしい。
「ほんと、お前は完璧なやつだよアシャト!面白い、面白いったらない!」
「何がだよ。」
わからない。わからないが、エルフィが面白いならいいかと思った。完璧なやつ、という言には物申したいが。
「ああ、笑った笑った。どっちにしろ、『妃像』をくれるって言うならちゃんと結婚式にしてくれ。それくらい、夢見てもいいだろう?」
「ああ、もちろんだ。明日中にとは言えんが……少し待っていてくれ、準備する。」
半年でなんとかなるだろうか。ペテロを盛大に巻き込もう。……あ、ダメだ、あいつは忙しい。ここはシャルロットなんてどうだろうか。
頭の中で人選を決める。ペガシャールの一大事、俺の人生の一大事だ。大ごとにしない理由もない。
「アシャト。」
舞い上がっている気分の中、真剣な声音に振り返る。そこには、俺を睨むように見るエルフィの姿。
わずかに、竦む。舞い上がりすぎて引かれただろうか。硬直した俺に、エルフィは一歩踏み込んで。
「俺と俺の夢を頼むぞ、旦那様?」
唇に、感触が一つ。恐怖ではなく驚愕で、身体が完全に硬直する。動き出したいのに動けない、なぜ俺は、目と鼻の先にいる好いた女を抱きしめることが出来ないのだろう。
「じゃ、おやすみ。」
エルフィの背が遠ざかる。彼女に「おやすみ」と返せたのは、エルフィールの背中が見えなくなってからだった。




