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160.エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア

 “最優の王族”。エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア。

 「女でさえなければ、必ず王であった者」……神の使徒にそう告げられるほどの女傑。はっきり言おう。彼女は“最優の王族”などではない。“最優の人間”とすら言える化け物である。


 例えば、指揮能力。軍を率いた時の彼女の腕前は、『ペガサスの元帥像』デファール=ネプナスに匹敵する。デファール曰く、「軍での戦争でなら、対等なのはクシュル=バイク=ミデウスとペレティ=ナイト=アミレーリア、そしてエルフィール様くらいだ」と言っている以上、彼女は国内で四人だけしかいない最強の指揮官ということになる。

 なお、この話には続きがある。「コーネリウスが私たちに並ぶまでには、あと十数年かかるでしょう。しかし、マリア=ネストワはあと5年もせぬ間に私たちに並びます」とデファールは断言した。マリアの年齢を考えるに、彼女はエルフィールに匹敵する化け物である。


 例えば、武術。ペガシャール帝国において後年、『四雄将』と呼ばれる英傑がいた。その四人中、頭一つ抜けているのがエルフィールとディールである。

 一騎討で戦えば、エルフィールとディール=アファール=ユニク=ペガサシアは必ず五分の勝負に持ち込める。十回戦えば、よほど何かがなければ勝率は五割だろう……いやそもそも、決着がつかない。

 だが、ビリュード=ナイト=アミレーリアかアレス=ケルピー=ライオネスが二人と戦えば、必ず勝率は七三か八二になる。もちろん、数が大きい方がエルフィールたちだ。

 即ち、よほどの悪条件がなければ彼女は負けない、という意味になる。それは、彼女の怪物性の象徴とすら言えるだろう。


 例えば、魔術。……エルフィールとて、流石にそこまで人外ではない。“魔覆要塞”レオナ=コルキスのように絶対の魔力操作能力を有しているわけでもない以上……魔術に限れば、彼女の能力はせいぜい秀才程度にとどまる。

 というより、武術に軍学にと、学び続けてこれば、時間が足りない。彼女が斬り捨てたのは魔術の勉強だ。だからこそ、全ての『像』たちの中で、彼女の魔術の能力は圧倒的ではない。


 せいぜい、10本の指に届かない程度である。……58になる『像』の中で。


 最後に、政治。言うまでもない。

 『皇帝』になるよう、六国を統一するようにアシャトに願った。それが、彼女の政治の能力を物語っている。


 女でなければ、エルフィールは王であった。

 正確には、少々違う。王になる時点で、エルフィール自身に後継を生む義務が発生しない状態であれば、エルフィールは王であった。

 王には必ず後継者を、子を為す義務が発生する。女であれば、妊娠期間中、そして産後の一定期間は執務を取るわけにはいかなくなる。ゆえに、『神定遊戯』が発生した18歳の時点で、子供の一人もいないエルフィールには、王の資格は限りなく低くなる。


 ……仮定の話をしておこう。エルフィールが、『神定遊戯』が始まった時点で王になる手段は一つだけ存在した。

 レッドか、アダット。どちらかと結婚し、二人か三人の子供を産み落とし、かつ夫が死んでいる状況で『神定遊戯』が発生すれば、エルフィールは王に選ばれていた。アシャトを差し置いて。


 そのためには、エルフィールは14か15の時点で結婚し、一年に一人の子供を産み、かつ夫をその手で始末していなければならないわけだが……あんまりである。いくらなんでも、その条件はあんまりである。




 話が逸れた。エルフィールは、極まりすぎた才能を、そして努力の結晶を有していた。だからこそ、彼女はとうの昔に気が付いていたことがあった。


 『神定遊戯』は、終わらせなければならない。


 『神定遊戯』が起きなくなった。一部の貴族たちは贅沢を極め、彼らと対等であることを、格上であることを要求される貴族たちは必然贅を尽くすようになる。

 搾取されるのは平民だ。平民と役人たちが、擦り切れるほどに搾取され、貴族へ怒った彼らが盗賊になり、逃亡し、自死し……荒れた世界で、ペガシャールは、既に末期だった。


 だが、国民たちは決して反乱を起こさなかった。……もちろん、起きたことはある。鎮圧したこともある。だが、それはあくまで貴族に対する反乱で、国に、王に対する反乱ではなかった。民は、王家にだけは歯向かわなかった。

 多くの貴族が、多くの人がペガシャールを見限った。多くの人が国を離れ、新たな国を設立する中で、それでもペガシャールの国体は残っていた。


 なぜか。問うまでもない。

 『神定遊戯』が定まるまで、一時しのぎの独立であったからだ。一時しのぎの離別であったからだ。ペガシャール王国の設立、その勢力を興し、拡げ、定めたのは、神の力を得た王だったからだ。

 神が降れば、その力が振るわれれば、この苦痛もまた消える。この荒廃も必ず収まる。これまで千年以上にもわたって繰り返され続けてきた歴史が、神の力とそれによってもたらされる救済を、雄弁なまでに語っている。

 即ち。世界の歴史は人の歴史ではない。まだ、神の歴史だ。人が真に己の意思で国を造り、歩み、進むためには、『神定遊戯』が終わらなければ……神がその姿を、力を消さなければならない。そうしなければ、「神がいるから必ず何とかなる」と初手で信じ、盲目的に信じ続ける人の思考は、決して、消えない。


 そのために必要なのは、六国の統一であり、『皇帝』が選出されることであり……

 女であるエルフィールには、絶対に出来ない偉業だと、彼女はそうそうに気が付いてしまった。

 また、その時点で残っていた『王像』候補。アダットと、レッド。そのどちらもが『皇帝』になれる器にないこともまた、エルフィールは理解していた。


 彼女は、天才でありすぎたのだ。夢が叶わないことを、少なくとも現状、彼女の手ではどう足掻いても不可能であることを悟ってしまえる程度には。


 諦め、しかし世界を愛していた彼女は民を、人を救うことも諦めきれず、人々を助けながら日々を過ごし……




 『神定遊戯』発生。彼女は、予想だにしなかった新たな可能性、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアに出会った。




 あぁ、はっきり言おう。彼に会うと決めてもなお、俺は期待していなかった。

 アダットよりはマシで、レッドよりも努力してきたのだろう。彼の名を聞くことがなかった時点で、そこそこに『できる』ことくらいは俺もわかっていた。それでも、俺は期待していなかった。出来なかった。

 そのくらい。俺は、世界に、人に、王族に、絶望していた。


 彼がアファール=ユニク子爵の義勇軍に入ったと知って、待ち伏せして。

 まず驚いたのは、ディールという男の技量だった。国内では、ギュシアール師を除けば、俺に並べる猛者はいないと思っていた。だからこそ、彼が正解を選べた歓喜より、ディールという男に興味を抱いた。

 そして、その男を従える王に、興味を持って。彼を直視して、気付いた。気づいてしまった。

 

 彼は、足りない。だが、『皇帝』になる器は、ある。


「しばらく同行させろ。一兵卒扱いでいい。」

見極めようと思った。自分が夢を託すに足る相手なのか。一兵卒でも何でも、傍にいれば見極めるには十分だろうと。

 それに対して、彼の答えは単純で、そして嬉しいものだった。

「有能な人材を遊ばせておく余裕はないんだ。俺の同盟者になれよ、エルフィール。死ぬまで対等に扱ってやる。」

同盟者として、隣に立つものとして、彼の傍で戦えと、それを俺に要求した。


 いい。素晴らしい。アシャトは、思った以上にやると理解した。この男になら賭けてもいいか。そう、天秤が少しだけ傾くのは感じ取っていた。

「命令はしない。……エルフィール。俺の王道を助けてくれ。」

その言葉が、あるいは決め手だったのかもしれない。王道と言った。野望ではなく、王道と。

 その目を見る。じっと、見極めるように。


 野心はある。感情も豊かな人間だ。押し殺された不満がある。理不尽への怒りが、『王』に選ばれた事への歓喜が、“最優の王族”と呼ばれる俺への嫉妬が。

 わかる。どこまでもわかりやすく、どこまでも普通の男だった。

 野心があり、憎しみを持ち、非情な判断が出来る。必要悪を必要悪と割り切ることが出来る。同時に、優しさがあった。幸福を望んでいた。友を信頼していた。

 どこまでも現実的にものを見ている。そういう、境遇から来ていそうな何かはあった。つまり、夢がないという欠点こそあった。だが、その点を除けば彼はどこまでも人間で。

(決めた。)

夢を。託せるか。


「……おまえ、皇帝を目指す気は、あるか?」

「……いいな、それ。」「俺と共にあって、俺を皇帝にしてくれ。」

たった、二言だった。そのたった二言。俺の夢を、俺の望みを認め、共に歩もうとしてくれたその二言。

 彼の瞳に夢が宿る。夢、それは人が未来を歩むために重要な道しるべ。俺のそれを、彼は心の底から受け入れてくれて。


(あぁ、嬉しいな。)

俺はこの時、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアに、恋をした。




 アシャト派の行動指針は二転三転した。

 元々、アシャトが王になったと宣言するのは、一年近く先、アシャトという人間がいるという事実が、広く平民に、傭兵に、役人や貴族に浸透してからのはずだった。だが、俺たちはアダットたちの『王像』への……王への執着を読み違えた。だから、早くに皇帝宣言をした。

 元より、しばらくはアファール=ユニク子爵の許に留まるつもりだった。だが、敵の勢力の大きさに、急遽勢力拡大と本拠地の設定が必要になった。


 ネツルの山はもっと先に討伐する予定だった。ゼブラ公国への侵略が、思ったより好評だったがゆえに、アシャトは自身の名声もまた高めることが求められ、やむなく早くに討ちに行った。

 流されている。元来『王像』は流れを作る側の力だが、それでも流されている。

 だが、名だたる貴族が集まり、『皇帝』取り下げを要求されても……俺が知っているうちで10回を下らないのだから、実際は数倍はあるだろう……彼は方針を変えていない。

 彼が、アシャトが、軸を変えるつもりはない。私の夢は、まだ託されたまま、預かってもらったままだと知って、私は彼に惚れ直した。


「俺は、お前のことは好きだよ、アシャト。」

俺なのか、私なのか。同盟者として、政略結婚をした一貴族令嬢として……“最優の王族”としてアシャトが好きな『エルフィール()』の言葉なのか。

 一人の才人であり、どこまでも一人の人間であり……たった一人の、アシャトに恋した『エルフィール()』としての言葉なのか。わからないまま、呟いた。


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