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159.それは、いつか決めるべきこと

 俺の直属の配下たちは、全てを聞き終えた。

「そうですか、“黄餓鬼”が逝きましたか……。」

グリッチがほうっと、吐き出すように呟く。

「あぁ。俺の手で、殺した。悔いはない。」

「そうですか。殺しても死にそうにない男だと思っていましたよ、私は。」

同じような感覚を抱いていたのだろう、ペディアとエリアスが頷く。そうか、こいつらは対面済みだったか。


「“黒秤将”は在野に放った。あいつは契約を破ると思うか、ペディア?」

「ギャオランの名に懸けたのなら、破ることはないでしょう。あいつが何を思って『黄飢傭兵団』に居続けたのかは窺い知れませんが、慕っていたのは確かでしょうから。」

でなければ、“白冠将”の誘いを蹴ってまで『黄飢傭兵団』に居続けた理由がわからなくなる、とペディアは言う。

 その通りだと思った。『黄飢傭兵団』の話を聞けば聞くほど怖くなることがある。


 団長は“黄餓鬼”ギャオランだった、ということになっている。だが、ギャオラン自身が『団長』を名乗ったことは、ほとんどない。決して負けられない、負けてはならない、『黄飢傭兵団』の矜持がかかっているような戦でしか、彼は代表者にすらならなかった。

 つまり、よほどのことがなければ、『黄飢傭兵団』という傭兵団には身分差や上下関係がなかった、という意味である。それは、一応出来るからという理由で傭兵団の指揮を執っていたズヤンにしても同じだろう。

 “白冠将”に誘われ、上の身分としての優遇を約束されていてもギャオランに付き従い続ける誇り……それは、無欲だというだけでは成立できないナニカがあるという意味だ。

「一人盗賊の長を捕まえた。それでこの件は手打ちだろう。」

「しかし、食料を大量に得たとはいえあまり出陣する意味はなかったのでは?」

コーネリウスが言う。そのセリフもあながち間違いではない、が……惜しい。


「俺が出た盗賊討伐で、勝って帰った。そのアピールが大事なのさ。」

ペガシャール帝国派閥はこれからも人を集め、賊徒を倒し、勢力を拡大していく。そのために、俺の名声と実績は必要だ。

「俺が名前を挙げる前に、俺は王になってしまった。国民も貴族も俺を知らない。人が、アシャトという名前に不信を抱く。それを早期に解消したい。」

とはいえもうしばらくは無理なんだが、とポツリとぼやくと、コーネリウスは納得したように引き下がった。


「名声工作の一環として、得た食糧は平民に多く分け与えることになります。無償で。もちろん、本当に無償ではなく国民からの支持と、いずれの兵力、労役という対価は戴くわけですが……それを対価だと思う国民はいないでしょう。」

ペテロが笑みを浮かべるのに、俺は呆れたように息を吐いた。そりゃそうだ、税も兵役も労役も、貴族が「やれ」といえばやらなければならないのが平民だ。そこに如何にして不満を抱かせないかが政治家の考えること。その点において、俺がペテロを疑うことはない。


「それより考えることがあるな。ジョンの処遇だ。」

エルフィが話をぶった切る。……が、まあ。今回の集まりの主題はそれだ。ギャオランのことは、どうでもいい。

「とはいえ、貴重な『像』を殺すわけにもいかず、伯爵家に罰を与えようにも家総出で出ているコリント伯爵家に払えるような財もなく。」

デファールが呟く。一人敵将に捕まり、我が軍を壊滅させた罪は……まあ重くはないが、ないとは言えない。何かしらの罰は与えなければならないが、仕事が出来、信頼できる将校に安易な罰を与えるわけにもいかない。


「困りました……。」

マリアが呻く。正直なところジョンより罪が重いのは俺とマリアだ。何せ名義上の総指揮官と実質上の総指揮官だったのだから。まして俺は、戦場で呆ける無様まで晒した。

 だが、俺の醜態は隠蔽された。当たり前といえば当たり前、この軍は俺と俺の『王像』の資格で成り立っている。王としての醜態、それが貴族たちに知れれば、もう離反はしがたいとはいえ失望も防げまい。


 そしてマリアはダメだ、今彼女に罪を問えば、基盤のない彼女はすぐに凋落する。俺とクカスの妖精の寵愛が知れ渡っているからこそ、マリアは『智将像』の立場と同じだけの発言力を有している。……言い換えれば、その寵愛があったところで、露骨な失点は見つかれば拙い。なぜ、あの女は寵愛を受けている、という疑念を……貴族は隠さなくなるだろう。

 今13歳になったばかりの少女に、その不快の念を持たせれば。今後何十年と続く俺たちの『神定遊戯』に影響が出る。


 ジョンに罪を押し付けるしかなかった。そのジョンに、適度な罰もまた見つけにくかった。

「もうすでに陛下は罰を与えられたではありませんか。」

そんな沈黙に落ちる俺たちの議場で、発言する少女が一人。

「与えた?」

「はい、陛下は既に罰をお与えになりました。レオナ殿に『賢者像』を与えることによって。」

「いや、それは、」

「レオナ殿が望まれたことだとはいえ、アレは歴とした人材引き抜き……客将の没収です。ましてや世に知れた“魔服羊災”。罰として、十分でしょう?」

シャルロットの今のセリフは、救済のようにも思った。少し、考える。


 レオナは元々、『賢者像』にする予定だった。そのためにジョンに客将として預からせていた。

 だが、彼女がコリント伯爵家と交流があったことは、知る人は知っている。客観的な事実だけを見れば、レオナは俺の部下になるまでの繋ぎとしてコリント伯の軍にいたのではなく、将としてコリント伯が従えていたと見ることが出来る。

 魔術の名家、コリント伯爵家。世界的に有名な魔術研究家、レオナ=コルキス。この二つに主従関係があったとして、……タイミング的な不信はあれど、関係性的な不信はない。

「彼女を王の部下に引き抜いた。それを罰とすればよろしいのでは?」

追い打ちをかけてくるシャルロットの瞳は、それなら何とかなるだろう、と語っているかのようだった。


 チラリ、とエルフィを見る。彼女は、薄く笑みながら頷いた。ペテロは拍手している。それは同意と変わらない。

「じゃあ、そういうことで公表しよう。……ああ、何も手を出さなくて済むのは楽でいい。」

今後のことを考えると何をしても足を引っ張りかねなかった。レオナの引き抜き、ということならあくまで元の鞘に戻るだけだ。……ジョンとレオナの恋愛模様については、ジョンの攻勢次第だろう。

「恋愛か。」

人が減った部屋の中で、ぼやく。今一番忙しいペテロとエルフィが真っ先に出て行ったからぼやけるセリフだった。俺とマリアは遠征帰りということで、一日だけ休みがある。

「陛下?」

「マリア。やるべきことが出来た、バーツの所に行く。」

「承知しました。付き添いますか?」

「……どう思う?」

返答は、背を向けて去る姿だった。流石マリアだ、よくわかっている。……本当に13歳なのだろうか。

 俺はゆっくり立ち上がると、ディールとディアだけを連れて城から出た。







 月明かりが照らす夜だった。

 赤い円状の窓に、満月が綺麗に中央に来ていた。

「待ったか?」

「いいや。」

エルフィが机の対面に腰掛ける。彼女の盃に酒を注ぐと、ためらいもなく一気に呷った。

「ぷはぁ。……いい酒だ。お前とまじめに呑むのは初めてか。お前も飲めよ。」

盃を差し出す。トクトクと注がれる酒を口に含む。クラッとした。最近呑まないようにしていたからか、一気に駆け巡るようだった。


「……呆けたらしいな。」

「すまん。魔術同士でジョンが負けるとは思っていなかった。」

「それは否定しねぇよ。『黄飢傭兵団』がいるなんて、想定外もいいところだ。」

肉を箸でつまんで放り込みつつ、エルフィが言う。そうだ、まさかここで出会うとは思っていなかった。

「だが、呆けるのは問題だ。アシャト、てめぇは王だ。お前が死ねば、ペガシャールの『神定遊戯』は終わる。全ての『像』が失われ、他の『像』を持つ五国が残る。それがどういう意味か、分かっているんだろうな?」

「……あぁ。」

俺は皇帝を名乗った。その条件である、三国吸収を成しえずに。……他国に対する宣戦布告である。


 だが、今はいい。他の国が自国のことで精一杯である間は、他国もうちを攻めてはこない。だが、俺が死に、『像』が消え、他国に宣戦布告した事実だけが残れば……もう、ここまで派閥が割れたペガシャールは生存できないだろう。

「もう、しない。大丈夫だ、エルフィ。」

「……信じよう。元来であれば王太子として活動する中で慣れていくことだ。その期間すらなく王にされた人間にしては、頑張っているよ、お前は。」

そうは言うが、エルフィならもっとうまくやれただろうと思う。彼女が『王像』に選ばれていれば、この国は今以上の速度で合併していったのではないか……今なおその疑念は尽きない。

「ありがとう。」

だが、その嫉妬は、隠した。隠そうと思った。ありえたかもしれない可能性に嫉妬して、今ある現実に対応できない、そんな愚を犯したくはなかった。


「可愛いな、お前は。本当に、人間らしい。」

嫉妬心を見抜かれているのだろう。エルフィが笑う。その笑みに、俯いた。恥ずかしい、それ以上に理解されているのが嬉しい。それ以上に、彼女の笑みは眩しかった。

「ズヤンはどうなると思う?」

「さあな。だが……在野に埋もれるか、俺たちの元に来るか。あいつに選べるのは二つに一つだ。」

だから、ズヤンのことは考えなくていいと思う。来てくれたら嬉しい、程度で、期待せずに待っていることにする。


「それよりエルフィ、頼みがあるんだ。」

「おう、いいぜ。」

盃に酒を注ぐ。グイッと一気に呷る姿を見て、どれだけ酒が強いんだと戦慄する。あまり一緒に飲めそうにはない。

「これを、受け取ってほしい。」

後ろにおいてあった箱を差し出す。エルフィは一瞬首を傾げながら、蓋を開く。


 中に入れたのは髪飾りだった。赤と金を基調にした宝冠。左右にはペガサスが描かれ、そこから垂れた29ずつの金属棒は肩口に届く当たりまで伸びている。

「また大層なのを作ったな。俺これいつ使うんだよ。」

「いつでも。お前の好きな時に。これは、俺からお前への感謝と親愛の証だ。」

キョトンとする。そんなの、わざわざ渡さなくてもいいだろう、という顔だ。

「被ってみてくれよ。」

「いいけどよ。」

エルフィが宝冠を頭に載せる。黒い髪に、赤と金はよく映える。


 思わず見惚れた。よくもまあこんないいものを作ったものだ、とバーツに感謝する。

「うわぁ、豪華だなおい。」

水盆に写った自分の顔を見て、呆れたようにエルフィがぼやく。下を向いて落ちないようにするのは苦労した、とバーツが言っていたが、よくやってくれたと思う。本当に落ちていない。

「王妃になってほしい、エルフィール。」

「それは決まっているじゃないか。ここまでしなくても、俺はお前の王妃になるさ。」

むしろそんなことの為にこれを用意したのか、と呆れるような口調だった。

「俺を助けてくれ、エルフィ。俺が真の意味で皇帝になる、その時まで。」

「当たり前だ。お前には、俺の夢を託したんだから。」


埒が明かない、と思う。はっきりと言葉にしたことはない。ああ、言わなければいけないのか、とようやく気付いた。エルフィと俺は、確かに皇帝と皇后が確定している。婚約関係にほとんど近い。

 が、あくまで政略の上の話でもあったのだ。エルフィのこの反応は当たり前だった。


 俺たちは、いまのところ、ただの同盟者だった。


「好きだ、エルフィール。同盟者としてではなく、政略結婚としてではなく、女性として、俺はお前に皇后になってほしい。」

「……本気か?」

「あぁ。」

エルフィが目を見開き、わずかに頬を紅潮させた。珍しい反応だ、と思う。


 そのまま、無言が続いた。耐えられなくなって盃に口をつけ、酒を口に含む。……答えが、出ない。

「俺は、お前のことが好きだよ、アシャト。」

それは、ポツリと、独白のように吐き出された。


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