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158.黄餓鬼の死

 殺せというギャオランの瞳を見る。

 なぜ、という想いがある。生かしたいという気持ちがある。俺のために戦って欲しいという願望がある。

 だが、ギャオランは殺せと言った。

「なぜだ?」

「てめえが、政治家だからだ。」

二度目の「てめぇ」呼びにオベールがピクリと反応する。ディールは黙ったままだ。俺の感情をよくわかっている。

「政治家だから?」

「あぁ。もっと言えば、人の上に立つ男だからだ。」

貴族殺しの傭兵団、それが『黄飢傭兵団』だ。盗賊専門の傭兵団、ともいう。


 ああ、それはギャオランの願望だったのだろうと気付いた。上を殺すこと、それが望みだったのだと。

「俺は善政を敷く気でいる。それでもか?」

「そもそも人の上に人が立っている時点で気持ちわりぃんだよ。」

「お前も団長という立ち位置だろうに。」

「まさか。こいつらが勝手についてきているだけだ。去る者は追わない。来る者は拒まない。勝手に来て勝手に死ぬ。俺たちはそうやってやってきた。」

……あぁ、それは国が興る前兆だ。たった一人のカリスマによって引き付けられた人間が、そのカリスマを神輿に王を立てる。

 だが、ギャオランはそれを望まない。誰の上にも立たず、誰を下にもつけず。……傭兵団という在り方は、それを支え続けてきたのだろう。


「善政を敷くさまを見れば、その感性は変わるかもしれない。お前が変わることに賭けないか、ギャオラン?」

なら、告げられる言葉はこれがベストだと思った。変われない、と腑抜けたことを言うのなら、縄で縛ってでも連れて行くつもりでいた。


「賄賂を許さないと誓えるか?不正を、横領を、権力を笠に着た暴力を、それらに対する隠蔽を、悉くを許さないと、お前は誓えるのか?」

問われる言葉に息を呑む。……きっと、それは彼にとって許せぬ一線なのだろうと思う。その日その日を必死に生きる者たちが、上に立つ者の欲望に流されないようにすることが、彼の望みなのだろうと思う。

 だが、その問いに、俺は返事が出来なかった。かつてペテロに言われた言葉が頭をよぎる。

(政治家が、賄賂を否定してはならない)

それは、彼に、そしてエルフィや貴族たちに、散々忠告されたことだ。

「不可能だろう?無理だろう?それを止める権限など、一介の王になどないだろう?」

人間が願いを通すとき。その欲望を叶えんとする時。人はカネを使う。カネを集める。


 不正、賄賂、文書捏造。暴力、圧政、生存欲求。それらは、全て、人の欲からくるものだ。間違いだと断じたければ、生物であることを否定しなければならない。

「政治をするということは、不正をするということだ。不正の程度を調整することは出来るだろう。やりすぎた時に罰を与えるのがてめぇの仕事だ。だが、止めることだけは出来ない。」

ギャオランは断じる。それは彼の人生の中で得た哲学。

「不正、賄賂、文書捏造……それらを間違いだと断じる愚かな人間に、政治に意見を言う資格はない。そして俺は、断じる人間だ。」

強い瞳だった。決して曲げぬ、不退転の覚悟が込められた語調だった。


「それは、そうだ。だが、お前が変わらぬという話にはなるまい?」

「変わりそうなら俺は死のう。俺は、自分が死ぬところを感じたくはない。」

頑固爺め。いいや、爺ではないか。“黄餓鬼”という二つ名があるくらいだ、その生きざまはどこまで行っても幼稚なガキでしかないように思う。

「……。」

見つめあう。どうしようか。


 ああ、そうだ。賄賂を俺は止められない。そして、行きすぎない限りにおいて、賄賂を渡されたら懐に納めなければならない。それは、王の仕事だ。

 俺は不正を止められない。やりすぎて国家運営に大きな支障が出ない限りにおいて、俺は例えば税の過剰徴収に手を出せない。

 もちろん、俺の政治的指針として民衆の生活を安んじることはある。覇道を、皇帝になるという道筋において、国の方策と人口の増大は必要不可欠だからだ。だが、それが果たされる範囲を見極めた税金の過剰徴収まで、俺は止めるわけにはいかない。それは、貴族の見栄と誇りを傷つけるからだ。

 

 そして、貴族たちを排するわけにもいかない。国は、ペガシャールという広大な国は、俺一人では決して回らない。

「ズヤン=グラウディアス。お前はどう思う?」

「ギャオラン様が意見を翻すならば、とうの昔に変わっていた。もう変わらないでしょう。」

過激な発言、とは捉えない。この中で誰よりギャオランに近い男の言葉だ。そして、何より瞳に力がある。嘘は吐くまい、というような。


「では、ズヤン。お前はどうする?」

「私は……陛下。私は、去ります。」

ギャオランは何も言わない。来る者拒まず去る者追わず、その精神は己と最も近い仲間に対してすら通用するのか。

「ジョン=ラムポーン=コリントという魔術戦争の達人アリ。レオナ=コルキスという規格外の研究者あり。如何に私が魔術師として優れていようと、これ以上増やす理由が見当たりません。」

まさかである。有能な人間は一人でも欲しいのが俺の心情だとはっきりと言える。

「それに、政略用の『像』は必要でしょう。私に『像』を渡す利がありません。」

賢いな、と思う。どこで政治などを学んだのか。確かに、『像』の権限は高値で取引できる俺の最高の政治材料だ。


 ズヤンにそれを渡したとして、反発しない貴族の方が少なかろう。ただでさえ執事階級や傭兵、盗賊たちから『像』を取りすぎている。まだ半分も配れてはいないといえ、持っておくに越したことはない。

「気にするな。俺は王だ。反対意見など封殺して見せる。」

「それが一番気に食わねぇんだよ。能力があれば、金があれば、計算が出来れば、……力があれば、人の生き様に干渉できる。それが一番気に食わねぇ。」

割り込むようにギャオランが言った。もう、わかっている。この男がそういう男だと、俺はもう痛いほどに理解できている。

「ああ、そうだな。……そうだな。」

目を瞑った。意見を封殺するから、俺の許に来い。そう言って引き込むのは簡単だ。『像』の力と権力をちらつかせ、俺の庇護という安心材料を与えれば、時間をかければ口説き落とす自信がある。


 だが、ギャオランはそれは好まない。ギャオランの今のセリフは……ズヤンの意思を守るためのものだ。

「トリエイデス、貴様は我が軍門に降るのか?」

本当に惜しい人間だ、と思う。だが、もうなびかないのは理解した。だから、最後の一人に俺は問う。

「この流れの後で言うのは心苦しいですが、はい。俺は陛下に、ネツルの山全てを手土産に投降いたしましょう。……わずかな抵抗はお許しください。骨のない男に見られるのは嫌だったのです。」

口の上手い奴だと思う。最初から投降するつもりで抗っていたくせに。

「そうか。……なら、お前が大量の食糧と剣戟鎧を差し出した功績をもってネツルの盗賊全てを許してやろう。」

こいつに限っては全て茶番だ。むしろ、その茶番にズヤンが抗ったことの方が折れには驚きだった。


「ズヤン=グラウディアス。お前は二つの契約をもって放免としよう。」

シャルロットが目を見開いた。オベールがその身を硬直させた。レオナが不快気な表情を隠さず、ジョンは引き攣った笑みを見せる。

「一つ、ペガシャールの国から出ぬこと。二つ、我が敵たるアダット派とレッド派、そのどちらにも加担せぬこと。それが守れるならば、貴様は放免としてやろう。」

それは、事実上ズヤンの傭兵人生の終わりを告げていた。


 『神定遊戯』が始まった以上、盗賊たちは時間とともに消えていく。他国への亡命は出来ない。そして、アダット派とレッド派は、今俺が戦っている。

 この二つに加担できず、国外から出れないということは……ほとんど確実に、俺と敵対することは出来ないという意味だ。

「……承知しました、呑みましょう。」

力こそが全て、そういう傭兵団にいた男だ。勝者からの要求は、否が応でも呑むだろうと思ったが……その通りだった。


 助かる。これで、ジョンを生け捕りにするといった恐怖を俺たちに与えた、トップクラスの傭兵ズヤン=グラウディアスが俺たちに牙を剝くということはないだろう。

「ギャオランの名に懸けて?」

「ギャオラン様の名と、彼と過ごした時間に懸けよう。」

即答だった。信用してもいいだろう、と俺は思う。


 ズヤンが実はギャオランのことを軽んじていました、というわけではない限り……彼は俺との約束を破らない。これでいい、これでいいのだと言い聞かせる。……惜しいな。

「これでいいか、ギャオラン?」

「あぁ。……あんたこそ、約束は守れよ。」

「守らないように見えるか?」

「情勢次第で約束を平然と破り捨てて見せる、それが貴族ってもんだろう?」

反論は出来なかった。既に、俺は行動指針を何度も何度も切り替え続けている。情勢に寄った結果ではあったが……人との約束も、同じことにならないとは言えなかった。

 それに、レオナのことがある。ああ、確かに俺は人の意思を尊重すると言った。その通り、レオナが自分から『像』を望むまで任命しなかった。だが、それは謀略と未来予想図の上で成り立った、強引な意志の誘導であることは否めない。

「……それでも、ズヤン=グラウディアスは、強制的な『像』にはしない。居場所も、探らぬ。」

従う義務はない。俺たちがこうして譲歩する理由もない。本当に、これはただのギャオランからの我儘で……ズヤンの我儘だ。

「いつか、俺の許に来ることを、願っている。」

「……。」

だから、こうして布石を打つくらいは許してほしかった。彼ほど有能な人材を外に放置するのは、嫌だった。


「さて、ギャオラン。」

最後だった。彼への処遇を言わなければならなかった。


 惜しい。何度も言おう、惜しいと思う。

 彼の武は、彼が無意識に振りまく魅力は、俺の下で使って欲しい才覚だ。

 だが、もう俺はそれを選べないことを知っていた。


 俺は王である以上、多少の賄賂等の悪徳は見逃さなければならない。彼はガキのように、悪徳は見逃せないという。ならば。

 俺が彼を殺すのは、必然でしかなかった。


「お前は、死んでもらおう。」

「……あぁ。」

剣を抜く。宝石がちりばめられた、我が家に伝わる宝剣を見る。

「陛下!」

オベールが叫ぶ。わざわざ自分の手を汚すのは、確かに必要のないことかもしれない。だが、これは、俺のやるべきことだと思った。


「じゃあな。」

「おう。」

一閃。首が宙を舞う。舞い上がった血しぶきが俺の身体に降り注ぎ、兵士たちが無意識に俺から遠ざかった。


 ギャオラン。“黄餓鬼”。悪を嫌い、不正を嫌い、搾取を、上下関係を嫌った一人の傑物。

「お前の意思は継げん。が、お前のことは忘れない。」

特に長い時間を過ごしたわけではない。むしろ赤の他人に近い。


 それでも、俺と彼は何か通じ合った。そう、思った。


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