156.黄飢傭兵団の立団
役人たちが次々と殺される。ギャオランは、再び己が12歳まで生きた山の一角に戻り、濃厚と狩猟の生活を続けながら……役人たちを殺す日々を送り始めた。
私腹を肥やしている役人か、そうでない役人か。そんなものはギャオランにはわからない。だが、関係なくギャオランは殺した。
彼はある意味賢かった。野生の勘というべきもので、本質を見抜いていた。
役人や貴族を一人でも残せば、必ず後世同じことを繰り返す輩が現れる。
いずれ必ず、役人でない者が役人になる、という考えが浮かばないのがギャオランの頭脳の限界だっただろう。だが、彼は本当にある意味、本質を突いていた。
誰かを治めるという考えがある時点で、人から搾取するという考えが起きる時点で、腐敗は決して避けえない。だから、上の身分を全て落として全員同じ階級にしてしまおう。彼が生まれるのが100年遅ければ、『神定遊戯』が起きることさえなければ、その思考はまかり通る道理だった。
問題は。役人たちが大量に殺された私属貴族の方である。
ギャオランが拠点にする山からほど近い場所に家を持つすべての役人たちが、尋常ではない速度で減り始めたのだ。それは逆説的に、仕事をする人間が死に絶え始めたことを意味している。
「クソが、なんでだよ!仕事が全部俺に回ってきやがる!」
打撃を受けているのはアーネルド伯爵……の私属貴族、サムソン=オルクス=アーネルド子爵である。三代前に本家アーネルド家……マラクス=アーネルド家から分かたれた分家の一つである。
私腹を肥やしていたとはいえ役人は役人。むしろ私腹を肥やしていない役人より肥やしている役人の方が仕事が出来るまであった。当然である。私腹を肥やせるということは人を雇えるということであり、教育費がかけられるという意味でもあり……。
私腹を肥やすだけの能がある。それは即ち、優秀な人間であるという証明に他ならなかった。
「まずいまずいまずい、私の休みの時間が削られる……!」
「良かったではありませんか。週に一日、印鑑を押すためだけに仕事に出て来るよりマシでございましょう。」
「お前が言うなコラウ!もとはと言えば、お前が処理できなくなったと泣きついてきたのが悪いのだ!」
「泣きつけば仕事してくださる主を持てて、私は大変恵まれております。」
殴るのは我慢した。もう少し理性が持たなかったらこいつを殺していたかもしれない。しかし、こいつを殺せば仕事は回らぬ。ああ、彼は確かに、コラウという役人は物分かりがいい主をもって恵まれていただろう。
まあ、本当にヤバくなければ主も出てはこなかった。軽口を叩きはしたが、本当に伯爵に納める税が足りなくなる半歩手前だった。
ちなみにだが。この子爵自身が横領している資金を戻せば、伯爵に納める税金は足りるどころか足が出る。そんなもの分かりきっていたが、どちらも口にしなかった。しなくとも、削らないことは決まりきっていた。
私属貴族に出る給金は確かにある。オルクス=アーネルド子爵家ともなれば莫大な給金が。だが……他が私腹を肥やし、贅を凝らした調度品や料理、衣装に装飾……それらをそろえる中で、並んで子爵家の威厳が保てるほどかと言われれば、全然足りなかった。
格に似合わない衣装や調度品で人前に出る。それは即ち、自分の……サムソンの無能を証明するものだ。それはマズい、拙すぎる。よくて降格、悪くてお家没落の農夫落ち。
権力も家の力も失った貴族など、殺してくれと言っているのと変わらない。生き延びたければ必要最低限の贅沢は必要で、そのためにはどうしても私腹を肥やさなければならなかった。
必死に書類を片付ける。税金徴収のためにも動かなければならない。幸いにして、殺された役人階級の私財は手つかずで放置されていたこともあり多少財政は潤っているのだが……そんなことは些末なことである。
「人不足が深刻だ。早急に役人を育てなければならん。」
「ですが、役人に相応しい教養を持たせるとなれば教えられる人がいません。親族皆殺しらしく、……やはり、他領からもらうしか、」
「我が領地の惨状を伝えろというのか!私の無能が流れるのか!」
「……それはまずい、私の立場も危うくなりますね。」
コラウと呼ばれた役人はサムソンと長かった。サムソンが没落すれば、必然的にコラウも没落する。……新たな領主にコラウが雇ってもらえるなら話は別だが、この惨状に対して有効策を打てなければ、基本的に無能の烙印と共に没落だ。
「報告します!侵入者アリ、護衛を薙ぎ払って向かってきています!」
二人して頭を抱えている最中に、それは来た。二人としては想定外だった。
役人を殺すはいい。よくはないが理解は出来た。だが、大量の警護がいる中の、私属とはいえ貴族の屋敷に、単身乗り込んでくるバカがいるなどと言うのは、流石の彼らとて予想外だった。
貴族とて、盗賊に襲われることは多々ある。そういう時代だ、相当多かった。だが、基本的に移動中。例えば公属貴族への挨拶。例えば同じ私属貴族同士の食事、交渉。そういう場面において襲われることは多かったが、まさか本邸に乗り込んでくる大馬鹿野郎がいるとまでは予想できなかった。
慌てて窓から外を覗く。そこには、みすぼらしい衣服をまとい、10人以上の護衛を相手に大立ち回りする、とんでもない愚か者の姿が見えていた。
人を斬るのに躊躇はいらない。それがギャオランの結論だった。どうせ、たいして変わらない、という諦念もまたあった。
「待て、そこの男!」
窓の上を見る。これまであった誰よりもきれいな服を着た男がそこに立っていた。
「お前が貴族ってやつか。死ね!」
「待て!なぜわしを殺そうとする!」
問われた瞬間、ギャオランは固まる。これまでは問答無用で斬り捨ててきた。が、今回はどちらにせよ、貴族の元まで行くのに時間がかかる。遠い。
何より、護衛の兵士が思ったより強かった。今のギャオランでは少しばかりてこずるほどに。
「人の上に立っているからだ。」
「なぜ人の上に立っていれば、殺すのだ?」
「人の上に立つものは、不正をするだろう?私腹を肥やす、賄賂を受け取る。そういう話を、これまで多くの役人たちがやっていた。お前も変わらないだろう?」
「変わらないな。だが、わしを殺して、その後どうする。貴族など、ましてや役人を含めてなど、どれだけ頑張ったところで根絶できまい。一人で続けるつもりか?」
「ああ。俺が気持ち悪いと思った。だから、殺す。」
サムソンの方は人と話している気分ではなかった。得体のしれない獣と話している。相手はヒトの言葉を使っているが、言葉を使っているだけで話していない、そう思った。
「取引をしよう、貴族を殺したいのだろう?」
「……いいや、お前を殺した方が早い。」
「儂の家におる兵士より強い兵士がジャラジャラいる貴族を殺す場を整えてやる、と言ってもか?」
ピタリと、ギャオランが腕を止めた。この兵士たちを相手取るのだけでも厄介だった。これ以上の練度の兵が、これ以上の腕の兵がいる場所は、厳しいと思った。
「……本当だろうな?」
「もちろん。傭兵として雇われるというのなら、最適な場に案内しよう。」
サムソンは笑みを浮かべながら断言する。その言葉に、嘘はない。
相手にしようとしているのは、六人の男爵だった。アーネルド伯爵家本邸に詰めている六人の私属貴族。……アーネルド伯爵の実務を担当する六人だ。
彼らが死ねば、後釜に己が入れる。そうすれば、この目の前の男が近づいてきても殺されようがない。……彼は単純にそう考えた。
本邸は相当堅固な防衛施設に恵まれている。一度中に入ってしまえば、ギャオランを追い払うのは容易いだろう。死ななければいいのだ。それまで、生き延びるための交渉が必要だった。
「……傭兵とはなんだ。」
「へ?」
傭兵。その存在は当時まだ認知されていない。そもそも現代ですら、知っている人間は少ない。
当たり前だ。知識というのは高価なのだ。傭兵の定義も、存在も、平民が知らないのはむしろ当然、知っていればそれだけでそいつの身分が知れようというものだ。
「お前は傭兵ではないのか?」
「違う。」
「義賊の類か、面倒な……だが、交渉の余地があるだけマシか。」
サムソンが呟く。呟きつつ相手を見た。護衛達は遠巻きにギャオランを囲んでいる。死んだのは15人。だが、ギャオランを囲む兵士はそろそろ50を超えそうだ。
騒ぎを聞きつけて集まってくる兵士たち。それを相手取れば、サムソンは逃げ出すだろう。それだけの時間を稼げる程度には、周囲の兵士は強い、ということをギャオランは見て取った。己が不利だ、と。
「金で雇われて戦や護衛をする。それが、傭兵だ。わしが金を払おう。日々の糧を与えよう。それをもって日々を暮らし、わしが整えた舞台で貴族を殺す。どうだ、雇われぬか?」
ギャオランは悩んだ。今、あの貴族を殺すのは難しい。そして、こいつら以上の兵士がいる貴族を殺すのは、己ひとりでは厳しい。
貴族を殺す。言うは易いがやるのは難いことを、役人狩りの中で実感し続けたギャオランは、頷きを返す。
「いずれお前も殺す。だが、その、お前が舞台を整えるときまでは雇われてやろう。」
ギャオランの言葉にサムソンが頷いた。内心はガッツポーズをしているところだ。そうして、ギャオランは貴族に初めて雇われ……それをもって、傭兵となった。
サムソンは約束を違えなかった。手始めに他領の私属貴族たちの役人を何人か殺させると、続いて貴族本人たちを襲撃させ、総計15人もの役人と貴族を滅ぼした。
「いいのか、仲間だろう。」
ギャオランはぶっきらぼうに問う。それに笑みを浮かべながら、サムソンは頷いた。
周囲の護衛が緊張した面持ちでギャオランを眺める。サムソンの持つ私兵たちの中でも特に腕のいい兵士たちだが、ギャオランには遠く及ばない。
もしギャオランが暴れれば死ぬ。それがわかっていて、それでも主を逃がすことは出来ると気負った兵士たちであった。
「問題はない。貴族や役人が死ねば、彼らはぜいたく品の質を落とさなければならなくなる。そうすれば、わしも私腹を肥やす必要はないからのう。」
「そう言ったところで殺すことは変わらないぜ。善政を敷こうとする為政者ですら、不正や賄賂はあるものだと、貴様の指示で動く中で知ったしな。」
「お前はそういう奴だろうなぁ。わかっているとも、しばらくしたらわしは斬られるとも。だが、今はダメじゃ。」
ギャオランとて、利用されていることはわかっていた。それでも、従った方が楽に貴族を殺せることも気が付いていた。
だから、今は従う。互いが互いを利用しあう関係。ギャオランは、少しだけではあるものの、子供から俗物的な思考が出来る大人に変わっていた。……それでも、貴族や役人を悪と断じる姿勢は変わらなかったが。
「で、今日は何の用だ。」
「少し連れて行ってほしい奴がいてのう。入れ。」
ギャオランは役人たちを襲うために、何人か他の傭兵をつけられていた。新しく増えるのか、と思いつつ、振り返る。
「子供?」
「15の貴様が言うと可笑しいがな。こやつの名はズヤン=グラウディアス。貴様が滅ぼす以前に滅んだ私属貴族の子よ。」
サムソンの言葉を無視しつつ、じっと子供を見つめる。ズヤンと呼ばれた少年は、とても物悲しい目をしていた。
「なぜ親は死んだ?」
「貴族同士の勢力争いじゃ。よくある話だの。」
ムカッとした。貴族同士の勢力争い。つまり……貴族という身分さえなければ、こいつは最初から親を失わなかったことになる。
「憎いのか?」
「ううん。どうでもいい。」
少年があっさりと答える。どうでもいい、とはまた、とサムソンの頬が引き攣った。
「生きていられれば、それでいい。」
「気に入った。いいぜ、連れて行く。」
ズヤンの言葉にサムソンが絶句する。貴族の子と聞けば殺すかと思っていた・。それを試すために連れてきた側面もあった。
「そうだ。そうだぜ、ズヤン。人はな、生きるために必死になってりゃそれでいいんだ。贅沢するとか、誇りを見せるとか、変な意地とか。そんなくだらないものはいらねぇ、生きていればいいのさ。」
ズヤンは頷く。そっとギャオランの手を握った。
子守か、と思う。似合わねぇと思う。同時に、まあいいかという気分にもなる。
「じゃあ、次の貴族を殺すときは呼べ。」
「……もちろんだ。また頼む。」
「あいよ。ズヤン、てめぇの持ち物はどこだ。」
「あっち。魔術書が、五冊、だけ。」
「服とかは?」
「くれなかった。」
そういう会話をしながら、出ていくギャオランたちを見届ける。最後の「くれなかった」の時点で、ギャオランが凄まじい殺気を迸らせていたような気がしたが、サムソンは必死に無視した。
ズヤン=グラウディアスがギャオランと出会った日の時点で、ギャオランの部下となり、その武に魅入られていた傭兵は12人。
当の本人足るギャオランと、この日であったズヤン。合計の14人。
本人にその気はない。だが、この瞬間が、『黄飢傭兵団』が立団された瞬間であったのだと、少なくともズヤンは思っている。彼らが、『黄飢傭兵団』の名を名乗るのは、もう少しだけ先の話だ。




