154.黄餓鬼の生誕
『黄飢傭兵団』は、あまり評判がよくない傭兵団である。
その実態は、腕に自信のある荒くれ者たちが、最強の傭兵であるギャオランを主に祭り上げて作り上げた、律のほとんどない集団だ。
ああ、彼らこそがある意味、正しい形の傭兵団だろう。あくまでディーノスの残骸であった『赤甲傭兵団』、そもそもが国家の諜報員だった『青速傭兵団』とも違う。
傭兵とは即ち強き者。その武とその数を売って金を得る、戦うための兵士たちである。つまり強いことが何にも勝るのが傭兵である以上、『黄飢傭兵団』は実に傭兵らしい集団であった。
とはいえ。ギャオランは既に最強の傭兵ではない。2年前に現れた新星、“白冠傭兵団”ペレティ=ナイト=アミレーリアの息子“全方無双”ビリュード=ナイト=アミレーリアが現傭兵最強だ。
だが……彼の出自、そして他の、規律を求める傭兵団の在り方に納得できない、無法者に限りなく近い傭兵たちは……『黄飢傭兵団』から抜けることはない。
ルールを厭い、正義を厭い、暴力に頼み、しかし盗賊にはなれない傭兵たちの居場所は、『黄飢傭兵団』にしかない。
『黄飢傭兵団』を本質的に訳すなら、以下の四つ。
一つ、“黄餓鬼”ギャオランを団長とする傭兵団である。
二つ、その武力、個人の質に関しては他の追随を許さない傭兵団である。
三つ、貴族殺しを積極的に行う傭兵団である。
そして、四つ。彼らは、盗賊にしか雇えない傭兵団である。
その全ての誕生は、やはり“黄餓鬼”ギャオランから始まった。
彼の生まれはアーネルド伯爵領。その主城からは比較的遠い、小さな村で生まれた。
父の顔は知らない。母の顔も知らない。……いいや、覚えてはいなかった。
ただ、農村の生まれで、鋤鍬をもって農作業に励む姿だけが印象的だった。……むろん、それが両親の姿だと断言する根拠はない。村など、よほどのことがない限り、大概のものが農夫である。
とにかくギャオランはほとんど確定的に農夫の生まれであり、荒れ放題のアーネルド伯爵家の所領の内で生きてきた。
両親の顔の記憶が薄いのは当然である。彼の両親は、5歳の時に殺された。
何をしたわけでもない。彼の両親が罪を犯したことはなく、税を治めなかったわけでもない。
アーネルド伯爵家では、とても高い税率を有している。伯爵家という家格に合わせ、相当な贅沢と相当な国への献金をせねばならない伯爵家で、盗賊が横行する所領を持ち、民が徐々に減っていく。アーネルド伯爵家にできる、己が身を削らずに確実に金を集める方法は、税金の高額化しか存在しなかった。
もちろん方法はいくらでもあった。
例えば、領内の盗賊を討ち滅ぼせば、民は安定して農作に励めたし、食料を奪われることなく税金に充てられた。だが、アーネルド伯爵家はそれをしない。軍事費は伯爵家の出費になる。そんなくだらないことにカネを使うくらいなら、己が贅沢の為にカネを使うのがまともな思考だ。
例えば、領内の開拓をし農地を増やせば、時間はかかれど収入は増え、盗賊たちも帰ってきたかもしれない。だが、開拓費なんてくだらないものにカネを使うなら、そりゃ何もせず贅沢する方を選ぶ。そもそもこの時代、まともな開拓の仕方を知っている者など一握りもいないが。
例えば領内の特産品を生産し、商売をすれば、上手くいけば稼げたかもしれない。だが、先行投資の費用など無駄なカネを使うくらいなら贅沢をする。それが貴族の思考である。
伯爵家でいることに慣れ切ったアーネルドは、身を切った博打の要素が1パーセント以上あるような政策は決して取らなかった。それくらいなら贅沢をした。
ゼブラ公国への進軍時に、あまりの贅肉に短剣が内臓に通らず、即死出来なかった……というのは、何の嘘でも誇張でもないのである。
そんな所領であったから、税を納めさせる役人は相当な権力を持っていた。具体的には、税金未納者に対する刑罰の権利、そのほとんどを握っていたと言っていい。
税を治められなかった家から、その日生きるための食糧を奪う。家長や子供に虐待を行う。妻や娘を強姦する。その程度であれば、ましな方だと皆が口をそろえて笑っただろう。
その日その日ではない。毎日毎日訪れてはまるでその家の主かのように振る舞い、時に拷問で人を毀し、時に凌辱を常態化させ、時に、殺す。
だが、その村は比較的裕福であった。相互互助の下、田畑を維持し、猪を狩り、魚をさばいて日々を凌ぎ、役人たちに税の取り立てを困らせなかった。
問題は。面白くないのは、暴力に訴え好き放題したい執事の不満がたまり続けたという一点。……そして、その日たまたま決壊し、巻き込まれたのがギャオランの両親であったという点だ。
幼い息子を遺して、両親はあっさり死んだ。実にあっさり、その首を刎ね飛ばされた。ギャオランにとっては不幸ごとでも、村にとっては安堵である。
その役人は、彼の両親の首二つで満足した。それ以上を求めなかった。ああ、これ以上の幸福は村人たちにはなかった。
ギャオランにその記憶はない。だが、両親が死んだときの村の雰囲気は覚えている。その人の醜さについて、ギャオランは心の底に強く強く、それこそ根深いカビのように強く、刻み込まれている。
さて。その後のギャオランは、といえば変わらなかった。
死んだ父と母の田を継いで、稲作を行う日々に変わっただけ。ただ、それが五歳の時からというだけであった。
彼の肉体の才能は、既にこのころから開花し始めていたと言えよう。鋤鍬を構えて、振る。土を掘って、投げる。畢竟畑仕事の序盤、春季に行うことはそれが主体と言ってよく、ギャオランはよく働いた。
同年代と比較して、彼の開墾速度は倍近くあっただろう。もちろん大人と比べるべくもないが、それでも比較的早い方であった。……当然の話ではあるが、開墾のやり方を完全に失った彼らにとって、それは畑の体をしているだけのろくすっぽ育たぬ畝ではあったが。
それはさておいて。身体の成長が早い、というより筋肉の使い方が上手いのである。また、村人たちが憐れんでよく食事を贈ってくれるのもまたよかった。
もちろん、ギャオランは覚えていない。だが、両親が死んだだけで済んだこと、それに安堵したことを恥じた村人たちが、妙にギャオランを構うようになったのもまた事実である。
狩人は肉を。釣り師は魚を。農夫は、果実採りはその成果物を。何かしら与えられていたギャオランは、比較的成長が早かった。
とはいえ、その生活も7歳になる前に唐突に終わりを迎える。
盗賊だ。非常に強い盗賊たち、当時多くの軍を撃退していた彼らが村を襲った。
食うに困ってのことだった。周辺の村の食糧は食いつくし、彼らは食糧を必要としていて。だから、ギャオランたちの村が襲われた。
たった一人の犠牲で済んだ。そう安堵していた村人たちは、そのほとんどが屍を晒す。
ギャオランは逃げた。たまたま所持していた鋤鍬を抱えて、とにかく逃げた。村に愛着などなかった。いいや、そんなことを気にする余力などなかった。
走って、走って、走って。
彼の記憶に残っているわけではない。そうでないと辻褄が合わない事を知っているだけである。
最初の記憶は、鋤鍬を振るう己。田畑はない。自分が耕した土地以外のモノはない。
彼は一人で生きていた。彼の記憶はそこから始まっている。一人で、生きていた男だった。
たった二年、田畑を開墾し、作物を育てた経験がしっかりと役に立っていた。
彼は一人で作物をつくり、それを食らって生きていた。
農耕だけにはとどまらない。狩人の役割、釣り人の役割も、彼は一人でこなした。
山を駆けまわって肉を食らい、魚を釣ってはそれを焼き、木に登っては果実を得る。そんな生活を送っていたのが、彼の最初の記憶である。
皮肉なことが一つ。役人は村を訪れて税を取る。当たり前のことだ、村があるところに人がいるのだから。それは逆説的に言えばである。村がないところに役人は来ない。税を取り立てに来る者がいないのだ。
そして、それは盗賊もまた。村がないところ、人がいないところに盗賊は来ない。なぜなら、『盗むものがない』ためだ。つまり……一人で生きているギャオランは、その後五年、12歳になるまで、誰にも見つからず、アーネルド伯爵領内の小さな山の中で過ごすことになったのである。
その日。たまたま、近くを役人が通りかかることがあった。村に税を徴収しに行く帰りの馬車が盗賊に襲われたのだ。
盗賊から逃げる。逃げる、逃げて。そうして役人が目指した先には、ほぼ全裸の12歳の男がいた。
「き、貴様!私を助けろ!」
ギャオランは何を言っているのかわからなかった。いや、人里で生きてきたことがある、言葉はわかる。唐突に助けろとは何か……と思った。
ちなみに、彼はこの時、大斧をもって薪割をしていた。その辺の廃村で拾った斧が、薪割に丁度良かったのである。
「あ、あれを殺せ!」
男が指さす先には、剣を持った男が二人。下卑た笑みを浮かべながら寄ってくる。
「なんか全裸のガキがいるんだけど。」
「いいじゃねぇか、どうせ殺すのが一人だろうが二人だろうが変わらねぇよ。」
「それもそうだな。」
近づいてくる男たちから零れ落ちる空気が、殺気であるということを、ギャオランは知らなかった。だが、それは己を害するためのものであると、本能で察した。
人との交流はなかった。山と、川と、土と。自然と共に生きているギャオランは、より本能が鋭くなっていた。
「キャハハハハッ!」
盗賊の男が剣を振り上げて突っ込む。それを冷たい瞳で見つめながら、ギャオランは斧を振るった。
首が飛ぶ、あっけなく飛ぶ。それに呆気にとられたもう一人の男の首も、ギャオランは実にあっさりと斬りとばした。
ギャオラン、12歳。彼は役人の前で、無感情に、人を殺した。




