152.それは紛れもない善戦
目の前で繰り広げられるあまりに高度な魔術戦闘に、ジョンは呆気に取られていた。
ズヤン=グラウディアスという人物が魔術戦闘に関して他の追随を許さないのは知っていた。自分でも、魔術戦闘では呆気なく負けたのだ。
魔術戦争であれば勝てた、というのは言い訳に過ぎないだろうとジョンは思う。そもそもジョンとズヤンでは、戦争に要求される内容がわずかに異なるのだから。
ジョンは魔術戦争屋だ。純魔術戦争屋と言っていいだろう。魔術師だけを率いて敵と相対し、総大将の意に沿って最高の成果をたたき出す。言い換えれば、『魔術部隊隊長』である。軍の規模が大きいだけで。
だが、ズヤンは違う。彼は魔術師であり、一人の戦士であり、魔術部隊を率いる一個の隊長であるが……その実、『黄飢傭兵団』全てを指揮する指揮官だ。
総大将こそギャオランということになっているが、実際はズヤンがやっているのと大差がない。
自分が負けたのは必然だったとジョンは思う。ついでにマリアが負けたのも必然だ。マリアとて、まだ戦場に出て二回目の少女だ。そこそこに才能を持ち、20年近くにわたって戦場で指揮を執り続けている熟練に勝てるはずがない。そこまで出来ればマリアは才能を開花させるために努力を要さないことになる。
ありえないのだ。努力をして天才に追いつける秀才はいない。それは机上の空論だ。だが、同時に、天才が天才になるためには、どうしても努力という名の水やりは必要になるのだから。
ともかく上だ。レオナは容赦なく七段階近い単体魔術をバカスカ撃っている。もしあれを撃っているのがジョンだったなら、おそらく50発程度魔術を放てば魔力量の限界が訪れていただろうと思う。
だが、やっているのはレオナだ。その魔術の魔力消費量は百分の一近くまで軽減されている……即ち、めちゃくちゃ低く見積もっても5000発は七段階魔術を放てる。
「広範囲の大爆撃をしてこないのは、僕がここにいるからか。」
人質として有効だ。だが、だったらジョンを盾にすればいいのに……いや、レオナがそれをさせていないのだ。
七段階魔術以下の、五段階魔術による牽制。レオナはそれを連射することで、ズヤンの移動と集中力をそらし続けている。
「……また、“流星一閃”。」
空に大きなエネルギーが集っている感覚。それは、ほんの二秒ほど後に霧散する。
レオナがズヤンとこうして魔術戦闘を描いていられる理由、それは『賢者像』に与えられた特権、“術陣不要”と“魔力自動操作”にあった。
“術陣不要”は便利な権利だ。当該人物が記憶しているありとあらゆる魔術陣は、持ち歩かずとも宙に描きあげられる。そして、その宙の魔術陣へと魔力を通すことで現象が発現する。
間違えてはならないことが一つ。“術陣不要”が顕現する魔術陣は、使用者が記憶している魔術陣のみだ。この世に存在する魔術陣ではない。つまり、“術陣不要”を用いて魔術を用いたい場合、魔術現象ではなく、魔術陣を、正確に記憶していなければならない。
その点、レオナという人物はこの特権を最大限に利用出来る魔術師だったと言える。研究者である彼女は、魔術陣を明確に思いだすことなど造作もない。巨大な魔術陣を描いた紙を持ち歩く必要はない。半径数メートルにもわたる巨大な円の中に描かれる魔術陣、それらの全てはレオナの頭脳の中に刻み込まれている。
同時に。そうして巨大な、異常に魔力消費量が少ない魔術陣を生み出し、行使し続けている彼女に対してズヤンが拮抗していられる理由は、“魔力自動操作”である。
この特権の価値は、魔術を発動するという意識を込めさえすれば、術者本人が魔力を操作せずとも『像』側の認識で勝手に魔力を操作してくれることにある。魔力を操作することに、意識を割かなくていい。それが、“魔力自動操作”の持つ最大の利点である。
では、この『自動操作』。何を基準にして行われるのかと言えば、魔術師本人が魔術を発動するのに、どうやって魔力を操作するか、というモノを基準にする。
わかりやすい話、魔術の発動速度そのものは変わらない。レオナが発動する“流星一閃”。それの発動時間は、5秒から減ってはいない。ただ、その発動に意識を割かれることが亡くなっただけだ。
「それでも、レオナが有利なことには変わりがない、というのが皮肉だ。」
レオナが“流星一閃”を、“魔力自動操作”なしに放とうと思えば。レオナは絨毯で空を飛んでいるが、その魔術陣をすべて停止させる必要がある。単純に、空を飛ぶ術式に意識を残しながら、発動に繊細な技術を要する“流星一閃”を扱えない。
レオナの魔力の扱いは、基本的に反覆練習で身体に覚えさせるという力技だ。だからこそ、部分的には欠陥が出る。
彼女は、少なくとも消費魔力量を軽減させる魔字を過剰に組み込んだ魔術を発動するとき、二つ以上の魔術を発動させることは出来ない。
だが、それを可能にする方法が、“魔力自動操作”である。レオナは、魔術の発動時間が長いという欠点は残したままで……しかし、複数の魔術を使うことが出来るという利点を得た。
だからこそ。ズヤンとレオナは拮抗している。ズヤンの魔術は、彼に致命的な一撃を与える大魔術を悉く発動阻止している。だから、まだ負けていない。
レオナは、かかりすぎる魔術発動時間を、手数で補ってズヤンを攻撃している。だから、戦闘が成り立っている。
「ええい!キリがない!」
ズヤンが叫ぶ。怒り心頭、と言った様子を見せる彼だが、実のところ怒りより呆れの方が大きかった。
与えられた能力は高い。“術陣不要”、“魔力自動操作”。この二つを持ったレオナは、難攻不落の要塞と化している。
控えめに言って地獄を見ている気分だった。レオナが十の魔術を放ち、自分が五の魔術を以て迎撃する。そんな関係でかれこれ30分近く戦ってきたわけだ。しかも、使う魔術の複雑さ、単純に見た時の使用魔力量はレオナの方が上という状況で。
それでも、勝ち目はない。絶無に等しい。なぜなら、レオナが用いる魔術陣は、消費魔力量が極端に少ない。つまり、上位の魔術を10発撃っているレオナの方が、下位の魔術を5発撃っているズヤンより魔力消費が少ないのだ。
時間は、レオナの味方だった。だが、それでもズヤンは長期戦をせざるを得なかった。
レオナの周辺で展開されている高位魔術。“魔服”という異常魔術がそこにあったためだ。
最高難度を誇る魔術陣。そのうち一つは、超広範囲無差別殲滅術式“流星一撃”。それと同じだけの難易度を要する魔術陣、と謳いながら……実のところ、圧倒的に“魔服”の方が難しい。
“魔服”という魔術。それは、三層に分けた結界を生み出す魔術である。
第一層。その地点を通過したありとあらゆる魔術、その全ての魔術陣を演算、逆算する。
第二層。第一層から得た魔字を用い、第三層に完全相殺魔術を創作する。
第三層。第二層で産み落とされた魔術陣に魔力を通し、魔術を発動させて迎撃する。
ひどい話だ。魔術によって人間より優れた頭脳をその場で生み出し、それに防御の全てを一任する魔術、それが“魔服”である。……恐ろしいのは、人間以上の頭脳を産み落とす魔術の時点で、魔術陣にはその頭脳が全て記述されているという意味になること。その全てを操る力を、ただ一個人の頭脳で賄うということである。
レオナの二つ名は“魔服羊災”。だが、別名を“魔覆要塞”。
実のところ。ジョンを救い出すわけではなく、ただズヤンと魔術を用いて一騎打ちをすればいいだけ、というのであれば。レオナに勝利はなくとも敗北はないのだ。
「うぜぇ。」
それでも、本当に同条件下での一騎打ちならズヤンにも勝ち目はあった。レオナが“魔服”を展開している間は、他の魔術を撃つことは出来ない。魔術で戦うのではなく、接近して短剣で斬り殺せばいいのだから、ズヤンが勝てる道理である。
だが、“自動魔力操作”はマズすぎた。“魔服”を使いながら他の魔術を使えるということは、ズヤンが接近することすら難しいという意味だ。
「……負けるわけには、いかないな。」
それでも。ズヤンは、“黒秤将”という名に懸けて、『黄飢傭兵団』参謀という立場にかけて、負けを認めるわけにはいかなかった。負けを認める気にはならなかった。
「“魔封結界”を張れ!」
叫ぶ。自分でやるのではない。周囲にいる自分の部下に、自分の周りに対して結界を張らせる。
六段階魔術“魔封結界”。それは、結界内の魔力を結界外の大気と交わらせない・散らせないための魔術陣。
それそのものに大きな効果はない。魔術を使うという一時にあってはほとんど用をなさない魔術でしかない。
「“魔石解放”。」
結界が張られた瞬間、ズヤンは己の懐から取り出した魔石に魔術を当てる。その魔術は、魔石に封じられた魔力を大気に全放出するモノ。魔石から放たれた魔力は、大気に、世界中に分散しようと飛び出し、蠢き、“魔封結界”にぶつかって結界内に戻っていく。
レオナ=コルキスが公開した魔術研究論文、『魔力外付論』。魔石から直接魔力を回復することは出来ない。人間の魔力回復は、大気中に含まれる魔力を呼吸によって取り込むことでしか成立しない。
では、このように。最初から大気中の魔力濃度を上げておけばどうなるか?普段とは比較にならない速度で、魔力が回復するのだ……と、ザックリと言えばそういう論文だ。
「十秒でいい、時間を稼げ!」
それでも、微々たる回復量だ。魔石などそう簡単に手に入るものでも、作れるものでもない。ズヤンが手持ちにしている全ての魔石を使ってなお、全回復には程遠い。
十秒。死屍累々たる惨状になった、ズヤンとレオナを囲む戦場。
死んだ者はいない。皆辛うじて、レオナが放つ魔術の相殺に成功し、魔力が尽きて倒れ伏した。
「最後の戦いだ、レオナ。」
呟く。相手が答えないことなど、わかりきっている。己を鼓舞するためだけの呟きは、だからこそズヤンの身体に活を入れた。
最強の魔術戦闘家が、神の加護を得た魔術研究者に、最後の挑戦をかける。




