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151.最前線の暴風

 槍が弾かれ、間髪入れずに首を狙ってくる斧をくぐる。

 蹴りを入れると、回るように飛びながら斧の刃先が脳天に振り下ろされた。それを、斧頭の付け根を抑える形で受け止めれば、間合いは互いの腕の内。

「おらぁ!」

「クソがぁ!」

片手で受け止める槍を水平に保ちつつ、拳は男の顔へ。だが、男は斧を振り上げ、その勢いを借りつつ後退した。

「無茶をしやがるぜ。」

体勢が大きく崩れた。それでも、拳一撃分の痛みを感じるよりましだと思ったのだろう。痛みは思考を、体力を奪う。長期戦になればなるほど、ああ、傷つかないような立ち回りは重要になる。


「だが読み通りだぁ!」

だから、片手は槍を握ったままにした。一歩の後退は賢い。だが、後方に崩れた態勢のまま、全力で振るわれる槍に対処できるかといえば……。

「ふ、ぅ!」

出来るのだ。槍をピンポイントで、手甲をつけた拳で殴り飛ばすという無茶無謀をもって、相手は俺の槍を弾いて見せた。

「ハハ。いいね、流石は百戦錬磨の傭兵。強い強い!」

かれこれ、十分。未だ俺は五人の傭兵を殺しただけにとどまっている。それもこれも、こいつが強いからに他ならない。

「九段階格など、相手に出来るか!」

「一歩手前まで迫っているてめぇが言うことじゃねぇよ、“黄餓鬼”!」

互いに息を整えるために一歩下がった。俺は槍の柄に両手を置き、ふぅ、と肩で一つ息を吐く。強い。


 これは殺し合いで、戦争だ。レオナがズヤンを倒すことは、兄貴の言う通りなら出来るだろう。兄貴は人を見る目だけは違わない。出来ると言えば、出来る。

 だが、こればかりは話が別だと俺は思う。ビリッティウス子爵家の連中も、ミデウスの兵士たちも奮戦しているが。経験が違う。

「百戦錬磨の傭兵相手に、うちの兵士じゃ埒が明かねぇ。」

数も向こうの方が多い。こちらが上手く連携して被害を減らしてこそいるものの、根本的に向こうの方が兵数も質も高いのだ。

「昨日見てる分にはわからなかったけどなぁ。こりゃねぇだろう。」

ジョンが帰ってきてほしいと心底思った。彼らが持つ、敵を弱体化させるような魔術の使用は戦況を大きく変えうるのだ。


「っつぅわけで、早く終わらせたいんだがね。」

「そうしてぇのはわかるが、てめぇを放置しちゃうちが何人死ぬかわからねぇ。つぅか、てめぇがあの乱戦に入っちゃ、うちに勝機はねぇよ。」

斧の先、槍の先端を地面に突きさして男がいう。“黄餓鬼”ギャオラン。俺を戦場に放り出さないよう、彼は必死に俺に食らいついていた。

「同じことを返すぜ。お前を放置すりゃ、うちの被害も尋常じゃねぇんだ。」

昨日の戦。戦死者は約500人だ。負傷者はもっと多いが……戦死者だけを見た時、そのうちの三割くらいは多分こいつの被害だろうと思う。こいつは、並の兵士じゃ相手にならねぇ。


「そろそろ始めるか。」

踏み込んで、槍を後ろに突き出した。俺がギャオランに釘付けなのを見て、好機とでも思ったのだろう。ククリ刀を両手で振りかぶっていた男が、慌ててその突きを防ぐ。

「ち、そりゃ混ざろうとするくらいだ。耐えられるか。」

「あぁもう!」

ギャオランが後方で動く。突き出した槍を引き戻しつつ大きく右へと跳んだ俺は、ギャオランのガラガラの脇に槍を突きだそうと、

「させません!」

傭兵が、一人。ギャオランの身を守るべく入り込む。だが、ククリ遣いほど腕はよくないのだろう。あっさりとその肉体を貫かれて崩れ落ちた。

「クソが。」

ギャオランが毒づく。同じことを返してやるよ。お前を相手にし続けるのは、俺的には容易いが軍的には厳しいんだよ。


「頼むから……さっさと落ちろ。」

槍を突きだす。斧と棒の付け根で挟んで逸らそうとしてくる。今この状態で槍を上向けられると、ギャオランからの攻撃は気にしなくていいが反対隣りのククリ遣いに隙を晒す羽目に遭う。なら。

「はあ!」

突きの動きを振り下ろしへと。槍を打ち上げる気だったギャオランは、その抵抗にサッと身をひるがえした。

 その場を、必殺の一撃が過ぎ去って。やはり強いと感心する。


 “黄餓鬼”ギャオラン、八段階格の上位。傭兵界で二番目の武の腕を誇る、40代後半の老兵。彼を相手に、俺はなるべく早い決着を望んでいた。




 やりたくはない、というのが、私の本音だ。

 魔術戦争のやり方を、知らないわけではない。だが、ミデウスの戦略は、魔術戦争を扱うためにあるのではない。

 プライドの問題ではない。適性の問題でもない。己が指揮種の問題だ。

「でも、やらなきゃいけないのよね。」

息を吸う。ミデウスの指揮は、戦争の達人、将校をうまく使う指揮だ。兵士を扱う指揮でも、戦士たちを扱う指揮でもない。根本的に習ったものの種類が違う。


 私は知っている。将校をうまく扱うためには、兵士を扱う指揮も、戦士や魔術師たちを扱う指揮も知っていなければならないことを。だから、私は戦車指揮が出来るし、やろうと思えばコリントの軍だって扱える。

 だが、知っているだけだ。熟練とは言い難い。

「第四、第五部隊。範囲限定、各員2メートル。距離指定、各員2キロ。持続時間は30分。発動、“突風襲来”!」

「「「“突風襲来”!」」」

命令に応じるように兵士たちが風をとばす。それは味方にとっての追い風であり、敵にとっての向かい風。

「第六、第七部隊。始点指定、これより1500メートル。範囲指定、各員2メートル。持続時間は30分。発動、“大気冷却”!」

「「「“大気冷却”!!」

1部隊の人員は400名。横列一帯で展開する冷却魔術は、かなりの広範囲で……横列800メートル規模で発動する。


 向かい風に逆らい進むことで、敵兵は体力を奪われる。ましてや戦場は山の斜面。山というのは上り坂より下り坂の方が、終局的には疲れる場所だ。

 そして、座標指定した上での大気の冷却。即ち、敵に向けて吹き付ける突風は、冬並の冷気を帯びている。冷たい風は体温を奪い、冷えた体は動きを鈍くする。


 魔術戦争の真価。それは、敵の動きを鈍らせることにある。

「第八・第九部隊。相対距離は1600。交代要員の敵を狙う。高さは0.5メートル。発動、“石壁発伸”!」

「「「“石壁発伸”!!」

成果はわからない。ただ、コリント伯爵家が用意した魔術陣だ。私は魔術陣を読めるわけではない。だが、どの名称の魔術が、どういう効果をもたらすのかは知っている。


 手で持つ魔術陣から次々と魔術陣を切り替えながら、コリントの魔術師たちは魔術を発生させていく。コリントの魔術陣は『黄飢傭兵団』のそれとは違い本型だ。ただし、ページは全て布製で、一冊につき距離や高さ、威力や範囲、時間といった要素が違うだけの、同じ効果を持つ魔術陣が並んでいる。

 一人当たり六冊。1部隊当たり6種にして何百通りの魔術を用意し、戦況に応じて効果を使い分ける。それがコリント家の魔術戦争だ。


 “石壁発伸”。土中から石の壁を生成し、伸ばし、人や物を阻む魔術。多くの場合魔術や矢から身を守るために使われる魔術であるが……それ以外に、こうして足を止めさせる効果がある。

「第一、第二部隊。敵を片付けます。攻撃目標は1600メートル。威力は人を焼く程度、周囲に延焼はなし。温度は50度。発動、“火球魔術”!」

「「「“火球魔術”!」」」

「同時に第三部隊!敵の疲労感を煽ります。距離は1600。威力は超微弱。高さは1.5メートル、時間は10秒!“振動魔術”!!」

「「「“振動魔術”!!」

ここから1600メートルの位置で、わずか0.5メートルの高さの石壁を生やした。それによって、壁を跨がなければ前に進めない、後ろに下がれないという状況を作り出す。

 それが生み出すのはほんの10秒程度の停滞だ。だが、いくら壁が低いとはいえ、わずかに身体を逸らせば通れる何もない斜面と違い、順番が発生する。


 傭兵であれど軍は軍。小規模の部隊が揃って動く以上、10秒の待機時間は微妙に長い。

 それに、前からも後ろからも交代の為の兵が次々と移動を繰り返す。その場所で10秒も停滞すれば何が起きるか。……ごった返すのだ、人が。

 その位置に、ピンポイントで火球を落とせばどうなるか。簡単だ、最前線への敵増援を防ぎ、同時に休息の兵士を減らせる。

 最前線に兵士の増援が行かない。それはつまり、しばらく最前線の兵士は交代での休憩が出来ないという意味になる。こちらはいくらでも交代・休憩が効くのにだ。後衛に休息の兵士が行かない。交代で休憩である以上、休憩も増援の伝令も、後退する兵士たちが保持している。


 それらが生み出すのは、敵の疲労と停滞。戦場において、疲労は大きい。

「十分休憩。“突風襲来”“大気冷却”組以外は魔力回復に努めなさい!」

やりにくい。そう思う。コリント伯爵軍は私の指揮下にあるけれど、私の軍ではない。


「でも、まあ。将校をうまく使って勝利に導く、というミデウスの戦は、私では彼女に叶わないんだけれど。」

最前線で今日も指揮を執る幼女。彼女と比較したら、少なくとも戦場では比較にならないのだ。

「やっぱり私は政治家ね。」

溜息をつく。戦場はやはり、私には厳しい。


 そういえば、あの怪物はそろそろ敵将を捕らえただろうか。




 戦端が開かれて30分。流石の俺も肩で息をしている。

「疲れる。」

「同感だぜぇ。」

ギャオランが俺を睨みつける。その戦意は折れていない。

 まったく、厄介な相手だ。こいつとククリ遣いのせいで、俺はこの場から完全に動けない。ククリ遣いの方はまだいい。俺と本気で戦えば、一分程度で音を上げるくらいの実力だ。だが、問題はそれくらいの腕前の男が、ギャオランと組んで戦っているという方だ。

「ギャオランがやばくなったら間に入る。5秒くらいなら平然と渡り合う。その間にギャオランが態勢やら息やらを整えなおして、俺とまた戦う。鬱陶しいことこの上ねぇ。」

そのギャオランは、単体だけなら強敵であっても倒せる相手だ。現状でも、5分戦えば勝てるだろう。


 だが、実際は。俺は30分もの間、こいつら相手に戦いを続けている。続けさせられている。

「……ったく。俺でよかったよ、来てるのが。コーネリウスやクリスなら、拮抗するどころか負けているな。」

「お前を自由にすれば俺たちの負けだ。悪いが、勝つその瞬間までお前をここに縫い付ける。」

ククリの男が言う。本気で言っているのか。勝つと?

「どうやって?ズヤンはまだレオナと奮戦中。傭兵の長はここで俺を相手にしている。お前とて、盗賊たちの頭だろ?」

「『黄飢傭兵団』はギャオランの武芸の上で成り立っている傭兵団だ。指揮能力は、ズヤンを筆頭に他の奴らが補っている。」

その通りだった。ズヤンが頂上に釘づけられている。トリエイデスっつぅ盗賊の頭と、ギャオランっつぅ傭兵の頭がここに縫い留められている。


 魔術による妨害すら効果がない。徹底的に、奮戦されている。

「魔術を防ぐのは当然だ。『黄飢傭兵団』には“黒秤将”がいるんだぞ?対魔術戦に対する用意もあるに決まっているだろう。」

そうだろうなと思う。実際俺はこの目で見たのだ。火球魔術が地面に衝突する瞬間、吹きあがった突風を。枯葉を巻き込み吹きあがったそれが、火球魔術を一瞬にして鎮火してのけた現象を。

「お前さえ落とせば、ギャオランが空く。そうすれば、大駒が一つ、最前線で兵士たちを大虐殺、だ。」

「……まあ、そぉだわな。」

俺が落ちれば。そう語るトリエイデスは何とかして俺を殺したいのだろう。だが、ギャオランは違った。何としても、自分が負けないように立ち回っている。……欲をかいて俺を殺しにかかれば負ける。そう確信している男の目だ。


「レオナの戦いも直終わるみてぇだけどよ。……ここはいっちょ、『ペガシャール帝国軍』っつぅ奴を見せておくべきだと俺は思うんだ。」

槍を構えたまま、大きく後ろに飛んだ。トリエイデスは欲張りな男だ。ここで俺を倒すなり殺すなりして、兄貴に認められようとしている。だが……こいつは、戦えるし強い。だが、欲張るとダメになるタイプの男だ。

「政治に関われる器じゃねぇよ、おめぇ。俺と同じで。」

目を瞑った。ここで一つ心を折っておいた方がいい。殺すかどうかは兄貴が決めるだろう。だが、欲をかきにくいようにしておかなきゃ、いずれペガシャールの仇になる。


「『ペガサスの衛像』よ。」

掌に出てきた『像』を握りつぶす。その行為によって、『像』の力が俺に流れ込んでくる。

「普通にやってもまあ勝てるんだが。これはここまで奮闘したてめぇらへの、挨拶っつぅか、褒美だぜ。」

輝く鎧。兄貴の力が、兄貴との絆が確かに感じられる武装、“王の守人”。

「俺の名はディール。『ペガサスの近衛兵像』ディール=アファール=ユニク=ペガサシア。」

「名乗りか。……応えよう、俺はギャオラン。『黄飢傭兵団』団長、“黄餓鬼”ギャオランなり!」

互いに踏み込んだ。今この瞬間、俺とギャオランの同意の元、トリエイデスは名乗る以前の雑魚として取り扱った。

 俺の槍が空気を穿ちながらギャオランに迫る。それを、ほんとうに寸でのところではじき飛ばしたギャオランは。


「あぁぁぁぁ!」

敗北の確信と、それでも負けられない団長としての誇りを抱いて、吼えた。

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