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146.黒秤将の名に懸けて

 ズヤンはじっと、地下から彼らを窺った。

 ここはネツルの山、“盗掘王”トリエイデスが居座って既に10年は過ぎ、そもそもトリエイデス自体も先代から受け継いだ盗賊首領の地位である。

 ここは盗賊のホームグラウンド。隠し通路の5や10、トリエイデスは秘匿している。


 とはいえ、隠し通路を使うのは容易ではない。大軍を外に出せるような隠し通路は隠すことが本質的に難しい。道など知られてなんぼだろう。ましてや、隠し通路の多くは地下。地下通路など、ほんの些細なことで崩落しかねない以上、大規模な通路をつくるのは難しい。

 ズヤンのいる場所は、その難しい条件にうまく合致した通路の一つ。2000人の兵士を率いて外に出て、かつ敵の場所に最も近い隠し通路。

「護衛大隊。お前たちの仕事は、敵の最も強い50人の兵士の壁になることだ。近づく必要はない。開戦する必要もない。近づけないようにしろ。」

王に直接手出ししない限り、あの部隊は動かない。それは、ズヤンにとって確信だ。


 極論、死んだところでそれが仕事になる傭兵と、たった一人しかおらず重責を一人で背負う『王像の王』では、戦争に参加することの価値が大きく異なる。傭兵は死んでもいいが、王は死んではならない。

「……敵はコリント伯爵軍。魔術の名家だ。私が負けるかもしれない、と思っているものもいるだろう。」

“黒秤将”ズヤン。彼は、魔術師だ。魔術師が率いる魔術師部隊である。魔術の権威の存在も、そいつがどれほどのものかも、よく聞き知っている。

「だから、言っておこう。これは、対“白冠将”用の、確殺戦術だ。」

瞬間、兵士たちの沈黙が揺れる。当然だろう。それは、この今から戦う一戦に、“黒秤将”の全てが乗っているという意味に等しい。


 『ペガシャール四大傭兵部隊長』。それは、“白冠将”と、それの喉元に届きうる三人の傭兵部隊長、という意味だ。だが、実際のところ、その言い方には語弊があるとズヤンは知っている。

 “白冠将”と本当の意味で互角に戦える人間は、この国には今三人しかいない。それは。個人の武という意味では決してない。

「“白冠将”の本質は、その卓越した戦略眼だ。やつに勝つためには、戦略の次元から戦術の次元に引きずり落とす必要がある。」

そう。それでも、奴の戦術眼も並外れて高い。が、戦略ではいくら届かなくても、戦術の次元まで引きずり落とせば、“白冠将”に勝てる可能性が二割くらいは生まれる。そいつらの総称が、『ペガシャール四大傭兵部隊長』である。


 だからこそ、“黒秤将”は、相手を戦術の次元にさえ落とせれば確実に殺せる戦術を生み出す必要があった。“白冠将”の相手をいつかしなければならない日を想定して、戦略で負けたとしても戦術規模の舞台に引きずり落として勝つ必要が。

「これで、敵将、『魔術将像』ジョン=ラムポーン=コリントを捕らえる。安心しろ、負けは、ない。」

これは、戦術の次元だ。いいや、あえて言い換えよう。


 ズヤンは、コリント伯爵軍五千を完全に無視し、ジョンとその最側近の大隊四百人程度と戦う前提の戦術だ。

 当然のことだが。この策を達成するには、そこそこに高い戦略眼が必要だ。ただ一本の刃を用意して、必殺の策を相手に当てる。それを成し遂げるための戦略が。


 そのための、“盗掘王”トリエイデス。そのための“黄餓鬼”ギャオランである。最前線で敵を引き付けてくれている彼らがいるから、そしてズヤンの存在が知られていないから、ここまでうまく運んでいる。

 元来、ズヤンの持つこの作戦は、達成までに残り三工程を……“黄餓鬼”を最前線で暴れさせ、敵将までの道を超強引に切り開くための策を駆使することとセットで用意された戦術だ。そういう意味で、ズヤンは非常に感謝している。


「敵将に、“白冠将”と互角の総大将はいない。あれと互角に戦える化け物……『護国の槍』クシュル=バイク=ミデウスも、“並槍馬”デファール=ネプナスも、“最優の王族”エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアも、いない。」

いればここまでスムーズに勝利の目が揃わなかった。それでも、ズヤンはこの策を通しただろう。達成できただろう。だが、これほど万全の状態ではなかった。

 万全の状態であったから、ズヤンはジョンの生捕ができる。万全でなければ、現時点でいくつかの手駒の減員、何度かの大規模魔術の使用、そして魔術師の減少があったなら……最初から、ズヤンはジョンを生け捕るのではなく殺している。

「生け捕りにする。今は、私にはその余裕がある。」

だから、と言った。

「まずは飛翔魔術具を起動させよ!」

外に飛び出し、ズヤンは叫んだ。




 “白冠将”を確実に殺す策略。先にも挙げた通り、大前提は敵将……仮想敵“白冠将”をその万を優に超える団員たちと引き離すところから始まる。

 今回は、コリント伯爵家ジョン。彼の部隊五千人と、それ以外の二万五千人の部隊を引き離すところだった。

 その役割は全てネツルの盗賊と『黄飢傭兵団』団長が引き受けた。王の護衛50人という例外はあれど、敵将、敵軍はほとんど最前線へ出ずっぱり。コリント伯爵軍五千人は孤立している。


 その状態で、ズヤン率いる魔術師部隊のうち、百人が魔術具を起動。空を飛ぶ魔術具……飛翔を目的とした風魔術を記載した絨毯を、空に浮かせる。

 2000人を乗せられる巨大絨毯である。かなり複雑な魔術陣と、膨大な魔力量が必要になる。


 まず、魔術陣はおおよそ20種類必要になる。一つは、絨毯の硬質化である。

 2000人の人間が、乗る。どれだけ堅い素地を選んだところで布では強度が足りない。魔術陣を用いて、鋼鉄がごとき強度に変えなければならない。

 最初に布を選ばない、最初から鉄にするのは論外である。持ち運びができないためだ。布なら鋼鉄と比べて軽く、丸めて運べる。多少大きいとはいえ、鋼鉄よりはマシに出来る。紙にすれば劣化が早く、何度も魔術陣を描きなおす必要がある。いくらなんでも時間の無駄だ。


 次に、空に浮かせるという魔術を起動する。とはいえ、これは簡単にできる。座標固定魔術を用いればいい。

 Ⅹ座標とY座標……移動のために必要な前後左右の座標を定めず、しかし地面からの高さだけを指定して固定する魔術陣を描けばいい。

 ちなみに、魔術陣とは極論文章である。わかりやすい言い方をするのなら、『魔術文字を用いてZ座標の高さを指定し、それがどんな場所であれその座標に固定する』という文章を描けばいい。……つまりそれだけ、魔術文字に精通していることが必要となる。


 最後に、移動するという魔術を組み込む。とはいえ、その魔術陣の数が多い。20種類と言ったのは少ない方で、例えばレオナ=コルキスの魔術絨毯であれば100種類以上もの魔術陣を内包している。

 理由は簡単だ。魔術陣とは、途中で書き換えられるものではないためであり、そして書いてある内容を忠実に再現するものだからである。


 たとえば。移動魔術と言いながらどの方角に移動するかだけを指定した魔術陣があるとしよう。その魔術陣に魔力をいくら流したところで、その魔術陣が起動することはない。

 なぜなら、移動速度の記載がない。移動距離の記載がない。最低でもその二つの詳細が描かれていなければ、移動魔術は起動できない。

 つまり、だ。最低でも、四方への移動魔術を記載するとき、どちらに移動するか、どれだけの距離移動するか、どれだけの時間をかけて移動するか……四つの魔術陣を描いておいたとして、その絨毯は現時点で六種類の魔術陣が記載されていることになる。


 とはいえ。それではあまりに足りない。微細な調整が出来ない。四方への魔術陣の記載ということは、八方十六方への移動は出来ないという意味だ。また、同じ距離しか移動できず、同じ速度でしか移動できないという意味である。

 何度も何度も魔術の起動を繰り返さなければならない魔術陣。速度の調節が全くできない魔術陣。欠陥品もいいところである。


 とはいえ、だ。魔術陣を描くのは絨毯の上。つまり、描ける魔術の数には上限がある。……2000人を乗せる絨毯であるからして広いとはいえ、それでも他の魔術陣に干渉しないように魔術陣を描くのは難しい。

 何より魔力量の問題がある。魔術絨毯の起動、移動のために戦うための魔力がごっそり失われるのであれば、それはない方がマシだ。

「前進!」

突き進む。護衛兵が途中で飛び降りた。敵、50人の部隊と、コリントの軍の間に立ちふさがる。


 アシャト王の近衛兵隊。王を守るのが最優先である彼らは、王の命が狙われる、攻撃されることがない以上、下手につついてアシャトを危険に晒すわけにはいかない。

 ディールがこの場にいれば、彼らは迷いなくズヤンの護衛部隊を攻撃した。ディールの守りを抜ける刺客など滅多にいないからだ。だが、そうでない以上、近衛兵たちは動けない。


 だから。ズヤンがコリント伯爵軍の上空に躍り出るのは、必然だった。五千人の上で、2000人が対峙する。

「ふぅ……。」

一瞬の、深呼吸。ズヤンは敵将、ジョン=ラムポーン=コリントを探し、その姿を目で追って。

「あれは、外に出しておかねばな……。」

規格外の存在を目に入れた。“魔服羊災”レオナ=コルキス。ジョンから少し離れた場所に立つ彼女の姿を見た瞬間、この生け捕り劇はすぐに終わらせなければと決意した。()()()()()()()()()()()()()()

「“鋼鉄要塞”!」

右の兵士が持っていた、木の板を掻っ攫って叫ぶ。魔術絨毯の上にいる2000の兵士。彼らは、一人一つの盾にも見える木の板と、まるで札のような木の板を複数、腰に提げている。

 それらはすべて魔術陣。ペガシャールでも数少ない、全員が魔術師であるズヤンの傭兵部隊は、いつでも魔術が打てるよう、そしてズヤンの放てる魔術を減らさぬよう、常に大量の魔術陣を持ち歩く。


 敵将、ジョンの周囲。全体五千人の内、わずか五百の大隊を孤立させるように、巨大な鋼鉄の円が出現する。他の敵兵たちからの介入を避ける術。軍規模の戦争から、大隊規模の戦闘にまで敵を減らす術。

「ついてこい!」

ズヤンは叫んだ。己の側近50と、彼らを守るための450。総合計500人の人数で、孤立させた敵の中へと飛び込んでいく。


 “鋼鉄要塞”の魔術が描かれた板は、既に絨毯の上の魔術師の手に。この“鋼鉄要塞”の魔力制御は既にズヤンの手を離れ、絨毯の……空の上で戦を眺める兵士の手に渡っている。

 “鋼鉄要塞”は八段階魔術。これは、並の魔術師には発動できないが……一度発動された魔術を維持するだけでいいのなら、そのために訓練された魔術師が、ズヤンの軍にはかなりの数揃っている。

「勝ってください、ズヤン様。」

魔術陣に触れ、大量の魔力を注ぎ込みながら兵士が言った。30秒余りで魔力量の限界が近づき、次の兵士に陣を渡す。


 眼下では、爆発と暴風が舞っていた。

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