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142.ネツルの山へ

 王が直々に都から出るのは、何かと問題であるとは言われる。

 誰も止めなかったわけではない。多くの貴族が俺を止めた。それでも出たのは、俺がまだ若く、実績もなく、ただ神に認められただけの王だからだ。

 神に認められた。それだけで、王としての資格は十分だとノルドは言う。それ以上何を求めるのですかとゲイブは言った。


 だが、俺は皇帝になると決めた。ペガシャールを完全に統一し、ヒュデミクシア、グリフェレト、ドラゴーニャ、フェニクシア、フェルトのいずれか二国を滅ぼして、王像を『帝像』に進める。

 そう主張する俺が最前線に立たずして、誰がその指示に従うのか、と思う。だから、俺はいくつかの戦場には出る必要があった。

「向かう先はネツルの盗賊が拠点とする山だ。対アダット派、対レッド派どちらと戦うにしてもこの山は攻略しておく必要がある。」

「この時期に攻める理由はあるのですか?」

隣で俺と話すのは、エルヴィン=エーレイ=ビリッティウスだ。確かに部隊長当たりの器はあるが……部隊長だな。政治家という方がまだいいだろう。……『像』を与えられるほどの器ではあるが、重要な役どころは任せられない。


 こいつは、多分三千の兵士は指揮できるが、1万人の兵士は指揮できない。『連隊長』には出来ないだろう。

「1年後……いや、そろそろ後10ヵ月くらいにはなったか。それくらい後に、二派閥相手に開戦する。そのための前準備だ。」

開墾は順調だ。帰ってきたペディアやコーネリウスの部隊もまた、開墾作業に従事し始めた。


 分捕った大量の貴金属の内、普通の剣や槍は、ミルノーの“兵器召喚”によって鎌や鍬に変えられ、開墾作業に使われている。

 面白い話だ。ミルノー曰く、『罠を作る時は普通に鋤鍬等で作ります。つまり、兵器です』だそうだ。そんな無茶な理屈が通ってたまるか、と思ったが……通った辺り、盗賊出身の男は考えることが違うのかもしれない。

「開墾作業が順調で、田畑自体もこれから活性化していくだろう。食糧難も、ゼブラ公国からの戦利品で一年から二年は持つ。それだけあれば、これからの開墾次第ではあるが、持つようにはなるだろう。」

「国民は増えてもらわねばならぬ。兵士が要る。貯えも要る。同時に、軍としての腕が落ちてもならぬ。」

「ゆえに、定期的に外に派兵せねばならぬ。」

釈然としない表情をエルヴィンはとる。まあ、当然の表情だろうとは思う。これで納得される方が俺は怖い。


「……少し視点を変えようか。人がいない環境で、産んで育てるを待つにしても時間がかかる。それだけ待つと、俺たちが不利になる……そういう場合、どうするべきだと思う?」

「それは、他所から持ってくる……まさか。」

「そう。俺たちの今の国民は、大概が盗賊や傭兵、土地を失った乞食が中心だ。もちろん、生まれ育った土地を捨てて俺の下へ駆けつけてくれた人たちもいるにはいるが。」

貧苦ゆえに行き場を失ったもの。貴族の横暴に耐えきれずに出奔した者。罪に問われて逃げ出したもの。こちらの方が生き延びられると希望を抱いたもの。


 そして、神の威に期待を寄せる者。

「盗賊を投降させ、真っ当な道に戻す。余の領地で、真っ当に働いて、真っ当に生きさせる。少なくとも、向こう数年は。これまでの200年で国が負った負債を返すために戦う時だと思っている。」

もちろん、明確に悪事を働く者はいるだろうと思う。そういう者は殺すしかないだろう。だが、今の世の盗賊は、その多くは、本物の悪人の方が少ない。

 食うに困って、悪事に手を染めた。いつかはその者たちも殺さねばならない世が訪れる。一線を超えた、と言わねばならない日が来るだろう。


 だが、今は。ペガシャール王国の腐敗が招いた結果だといえる今に限っては。多少の悪事に目を瞑ろうとも、人の命を救いあげるべきだと、そう思うのだ。

「ネツルの盗賊が、そのはじめだと?」

「どちらにせよ、余たちと敵方の間には小さな村だけじゃなく、盗賊のねぐらが多い。殺さなかった、更生の機会を与えた……そう思われる方が、余らにとって都合がいいさ。」

どちらともなく会話をきる。ネツルの盗賊たちの住処……ネツル山への道は、おおよそ片道2週間。そこまで長い旅路ではないが、短い旅路でもない。


 ぼちぼちに、エルヴィンの適性を見ればいい。ついでとばかりに視界にシャルロットを収めつつ、ぼうっとそう思った。




 時間は少しばかり遡り、ネツルの盗賊の拠点にて。

 そこには、とある男たちが来ていた。

「よう、トリエイデス。てめぇがうちに依頼を出すなんて、初めてじゃねぇか?」

「お前にだけは出したくなかったよ、お前らが戦った戦場の惨状なんて、イナゴの群れより気持ち悪いからな。だが、今回ばかりは仕方がないんだ、ギャオラン。敵は『ペガサスの王像』の王だ、お前の……お前たち『黄飢傭兵団』の力が必要なんだよ。」

「あぁん?『ペガサスの王像』、だぁ?」

なんだそりゃとばかりに、目の前に立っていた男の目が怪訝そうに歪む。だが、そんな表情もわずかな間だった。

「そりゃ、いいな。『王像』っつうのを殺せば、俺も神殺しか?株が上がるねぇ。」

何のことか理解したのか、それともどうでもいいと投げたのか。いや、神殺しという言葉が出たから、知っているには知っているのだろうか。とにかく、『黄飢傭兵団』に頼らなければならないほどに強い相手だとは気付いたのだろう。


 貴族殺し大好き男め。これが、この国でも特に古株の傭兵団の団長だというのだから、世の中はどうなっているのかわからない。

「ギャオラン様。『王像』の王を殺したとしても、それはただの王殺しです。神殺しにはなれません。」

後ろで冷静そうな黒衣の男が呟いた。あぁそうかよ、とギャオランは呟く。心底鬱陶しそうに、しかし無碍にも出来ない様子で。

「ですが、王殺しは、確かに私たちの名をさらに轟かせることになるでしょう。」

それが悪名か功名かは別として、確かに男の言う通りだ。王殺しはそれなりの名声になるだろうな、とトリエイデスは思う。

 それを聞いて、ギャオランの機嫌が見るからに治った。単純なやつだ、子供みたいなやつだ。そして、化け物じみて強い男でもある。


 


 ギャオランの機嫌を一瞬で直して見せた、彼の隣で立つ男を見る。なぜギャオランの身内として生きているのかわからない男。トリエイデスの知る中では最も強い魔術師にして、『四大傭兵部隊長』の一人。

 “黒秤将”ズヤン=グラウティアス。彼はじっと、トリエイデスの方を眺めている。

「まあ、確かに本格的な国の軍相手じゃ、お前もきついのか。」

「だからこそ、お前を……お前たちを呼んだのだ。盗賊専門……盗賊たちだけに雇われる、傭兵団。『黄飢傭兵団』に。」

「いいぜいいぜ。俺たちもそろそろ王さまってやつをぶっ殺してみたかったんだ。いいだろ、てめぇら!」

傭兵たちが雄たけびを上げる。応えないのは、“黒秤将”とその配下約五千人のみ。……それ以外の、『黄飢傭兵団』の人員二万名少しは雄たけびを上げていることから、こいつらの性根のほどが読み解けるというものだ。


 ばかばかしい、とばかりに黒衣の男が首を振った。横目で歓声を上げる男たちを眺めつつ、少しばかり顔を下げてきた。

「どうして、王がここに乗り込んでくると?」

ただでさえ低い声音だというのに、小声で聞いてくるものだから聞き取りにくい。対してギャオランは機嫌がいいのか、持ち前の通りのいい大声で宴会の準備を始めている。……あぁ。ギャオランはおまけだ。俺にとって、本命はズヤンなのだから、奴が勝手に動き回っている分には問題ない。


 ……いいや、奴はいきなり何をするかわからないしどう機嫌が悪くなるかもわからない。出来たら目のつく場所にいてほしかったが。

「食糧庫に、いきなり食糧が増え始めた。一度の量はそれほどでもないが、積もれば目に見えるほどにはなる。」

「お前が買った、とかではなく?」

「違う。断言できる、これは俺たちのものじゃない。時折貴族の紋章……しかも、こことは遠すぎるはずのラビット公爵の紋章とかがある。超常現象が働いているとしか思えない。」

この世界には、空間転移系の魔術はない。空間転移系の能力は、王に信任された『像』にしか扱えないはずの能力だ。


「逆説的に、『像』を持つ奴ら……王がうちを狙っている。」

「抗おうっていうのか?」

「いいや、俺たちは降伏する。が、俺は、お前は、こんなところで在野に埋もれていい器じゃねぇ。だろう?」

つまり。王がその実力を認め、トリエイデスとズヤンを味方に引き入れたいと願うよう、頑張って共闘しないか……という誘い。

 それを、ズヤンは目を瞑って熟考する。

「私は、全力で戦うぞ。」

「……なぜ、ギャオランに忠誠を誓っているのだ、お前は。」

ズヤンに問いかける。呆れたような声音になってしまっただろう。だが、同じことを疑問に感じたのは俺だけではない。ズヤンに関わった人物、その大半が彼にこうして問いかけていた。


 あの、“白冠将”ペレティですら。ズヤンの居場所は、あまりにも低すぎると言い切った。こっちに来いと、副官として雇ってやるとすら言った。

 それでもズヤンは、そこにいる。

「確かにギャオランの未来を見限ってはいる。だから、これは俺の矜持だよ。」

御年、30。もう、若いとは到底言えなくなったズヤンは、未来に夢を見ていないようだった。一生このまま沈んでも、それはそれでいいとすら思っているように、トリエイデスには見えた。


「俺は、もう十分に名を得た。待遇程度で簡単に主を変えるような、安い男だと、私は後世で笑われる気はない。」

主が死にでもしない限り、主は変えないとズヤンは言い切る。


 その在り方は美しい。その矜持は堅く、トリエイデスは彼の誇りを曲げさせる術を持っていない。

「わかった。なら、俺も本気で戦おう。」

どうせ負ける、とトリエイデスは確信していた。『像』の威光を前にして、『像』の力を前にして、一瞬ならまだしも継続的な勝利はないだろう、と思っていた。

 それでも。どちらにせよ、敵にスカウトされたいのなら。それに足るだけの働きを魅せつけるのも必要な工程の一つであり。

「お前は死なせねぇ。“黄餓鬼”を生贄にしてでも俺と“黒秤将”は生き延びさせる。……死に急ぐなよ。」

宙へと消えたその言葉は、彼の決意の表明と、願望。


 黄と黒の傭兵は、盗賊たちの抗う山で、『王』の軍隊と相対する。


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