139.対ゼブラ戦勝式典1
式典用の玉座と、そこで列をなす諸侯たち。
とはいえ、その数は少ない。元より5公5候10伯14子29男34騎と規定された公属貴族に、付き従う従者役、そして貴族たちの後継ぎしか並ばない最前列は、俺の勢力を表すかのようにガラガラだ。
他の派閥についている貴族たちがどれほどいるか。一目でわかろうというモノ。
「ペガシャール帝国皇帝、『ペガサスの王像』に選ばれし王、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア陛下のおなりである!」
ペテロが玉座の横で声を張った。荘厳な、威厳漂う笛が鳴り、その音に合わせてゆっくりと玉座へと歩き出す。
服が重い。赤を基調としたこの服は、その袖が長い分、歩きにくく、また重い。
腰で結わえられた帯が痛い。その上からさらに被せられた上着の裾は踝よりなお長く、地面を擦って歩くしかない。
何が王だ。こんな不便極まりない衣装を着させられて、しかも堅苦しい話をしなければならないなど。もう冬に入ったというのに、暑い。……掌は冷たく、顔も冷たく、しかし厚さ5センチを優に超える厚着では、内側に溜まる熱が多すぎる。
「座りにくいし。」
ポツリと、誰にも聞こえないのがわかっていながらぼやいてしまう。ササッと、小姓が二人躍り出て、俺の袖を左右から引いた。
腰を下ろす。下手に服を挟んで座ると気持ち悪いので、慎重に、服を少しずつ伸ばしながら座り込む。玉座で姿勢を変えるのは、難しい。貴族たちに集中力がない奴だと言われかねない。……それに、上座で動くと、目立つ。少しの身じろぎ、少しの無駄な動きが、俺から威厳と王としての信頼を損なわせていく。
「……。」
目を瞑る。ここからは、ペガシャールの皇帝としての時間だ。
「ゼブラ公国への侵略戦争。その功績を讃え、王から褒章が下賜される。」
ペテロが司会進行なのは、彼が『宰相像』だから。王の言葉を伝える代理人として、彼以上の適任者はいない。
「功第一は、バイク=ミデウス侯爵家コーネリウス。ゼブラ公国を破った総指揮官としての功、また一騎打ちにて敵将グリッチ=アデュール=ゼブラを打ち破った功。その全てが、讃えるに足る大きな功績であると王はお考えだ。」
大仰に頷いて見せる。そうすることで、それはペテロが勝手に主張していることではないという説得力を持たせるためだ。
「王からお言葉がある。コーネリウスよ、しかと拝聴せよ。」
ペテロが口を閉じるとともに、今度は俺が口を開いた。
「コーネリウスよ。余らより多い兵たちを相手に、勝利したその手腕は、これからのそなたの伸びしろを証明した。そなたはまだ青い。が、いずれ必ず大器となるだろう。これからもよく励むといい。」
多くを話すと地がバレる。王として日が浅い俺に、王として立派な言葉がかけられるとも思えない。
「褒美を取らせる。欲しいものはあるか?」
考えておくように伝えた。だから、何か必ず伝えて来るだろう、と信じていた。
新たな英雄を讃えるようにざわついていた場が、静まり返る。そんななか、静かで、落ち着いた声音で。しかし響き渡るように、その言葉は紡がれた。
「では、『像』の任命権を、いただきたい。」
そう来たか、と思う。これが誰の手引きなのか。言われずともわかる。俺はそれを、確かに彼女に任せた。
「誰を?」
「私の敵にして友、グリッチ=アデュール=ゼブラの、『ペガサスの騎馬隊長像』への任命。及び私の妹シャルロット=バイク=ミデウスの『ペガサスの戦車将像』への任命。」
息を、吸った。少し想定とは違う言葉が出てきたが、しかし、ここから俺がどう軌道修正するかは、決まった。
(よくやってくれた、エルフィ!)
それ以上の言葉は、見つからなかった。
話は三日前に遡る。アシャトがカリンに夜這われていた頃、エルフィもまた、コーネリウスに夜這いをかけていた。
「こ、怖いのですが。」
一応、『護国の槍』の一族で、選りすぐりの護衛を立てているはずだ。屋敷に夜に侵入し、コーネリウスの部屋の窓に張り付くという所業が、なぜできるのかわからなかった。
「護衛は?」
「さすがは『護国の槍』だな。隙をつくのにずいぶん苦労した。お前の部屋の窓まで行けばよかっただけだからなんとかなったが、きっと扉側だったら不可能だっただろう。」
屋敷の中に侵入するのは難しい。カラカラと笑いながら言う彼女だが、どうも話の趣旨が違う。
……屋敷周りの壁を越え、屋敷に近づき、その中から私の部屋を探り当てる。ここは二階だ。樹を登ったか壁を伝ったのかはわからないが、窓に張り付いて私が気づくのを待ったのだ。
「人間の所業じゃないです。」
「人を勝手に怪物扱いするな。俺は歴とした人間だ。」
「嘘をおっしゃらないでください……。」
疲れた。深々と椅子に座り込みつつ、彼女を見上げて言う。
「何の用です?」
「アシャトに要求する褒美。あれを、グリッチの『像』への推薦にしろ。」
ギョッとした。前例のない話だ。まさか、敗戦国の敵将を味方の『像』にするよう、戦勝国の将が望む、などとは。
「他の貴族が黙っていないでしょう。ゼブラへの風当たりが強くなりますよ。」
「ならない。他の貴族が、ゼブラ候が、ペディアやエリアスが言うなら、確かに不平不満が出ただろう。だが、お前が……ゼブラへの侵略の功第一にして『護国の槍』が望むのであれば、それに不平を言える貴族はほとんどいない。」
『護国の槍』。国内の軍事を司ってきた、代々元帥職を輩出する一族。その名が扱う、軍事色への口出し顕現は、大きい。
それまでの積み重ね。500年。……『護国の槍』と呼ばれる以前の記録まで遡れば、優に800年を超える軍事の歴史は、人材登用の言葉への説得力が不必要なほど、重い。
「だが、グリッチ一人の名前を出すのもまずい。というのも、アシャトのグリッチ贔屓が配下にまで浸透している、と言われれば些か問題になるからだ。」
元々グリッチは敵国の男。そこは大前提に捉えねばならない。
「お前は、もう一人。シャーロットの名前を出せ。そうすれば、必ずグリッチを取らざるを得なくなる。」
既に一つの貴族家から二人の『像』を輩出した家がある。名を、アファール=ユニク侯爵家。他にも同じように、二人目が排出されるとなれば……自家にも名声が欲しい他の貴族が黙っていられない。
アシャトが勢力として未熟だった頃なら、まだ許された。だが、今は違う。弱いとはいえ、一角の勢力になった今、アシャトは簡単に他を贔屓するわけにはいかなくなっている。
「私としては、シャーロットよりエルヴィン=エーレイ=ビリッティウス子爵を推したいのですが。」
「アシャトが言っただろう?適性を見るって。それまで待ってやれ。」
「しかし!」
「コーネリウス=バイク=ミデウス。」
反論しようとした私の言葉は、途中で、急激に低くなったエルフィール様の声に遮られる。
「お前が『将軍像』に選ばれたのは、現状のお前に『元帥像』を渡すわけにはいかないからだ。お前は大器だが、まだ中身は満ちていない。まだ、お前に人を正しく割り振る能力はない。」
一瞬で頭に怒りが湧いた。それは、私が『護国の槍』であるという自負と、何よりペガシャール貴族であることを否定する言葉だ、と感じた。
「間違えるな、コーネリウス。元来『適材適所』は王の役割だ。それに、お前はまだ未熟だと言った。10年か、20年か。それだけ努力すれば、お前は間違いなく適材適所が為せる将軍になれる。」
20年もかかるのか。もっと早く出来ないのか。なぜ、なぜ、と思考が巡る。そんな私の激情を見透かすかのように、エルフィール様は、笑った。
「コーネリウス。人の適性を見抜く『適材適所』なんてものが、誰にでも出来ることなわけがないだろう。今のペガシャール帝国でそれが出来るのは、アシャトと、俺と、デファールくらいだ。」
人によっては、一生を費やしても出来るようにはならない。それは努力の問題ではなく、才能の問題だからだ、とエルフィール様は続けた。
「将来的に出来るようになるのは、現状、あと5年以内……いや、3年以内にマリアが出来るようになるだろうが。あとはお前くらいだよ、コーネリウス。」
それが、いかに規格外の才能か、わかるだろう?そうエルフィール様が問いかける。……そう言われれば、悪い気はしない。だが、20年は長すぎはしないだろうか。
「さっきマリアは3年以内に『適材適所』が出来るようになる、といったが……反面、姉であるメリナ=ネストワには『適材適所』を見抜く才能はない。エルフの寿命は300年というが……彼女が300年、全力で人の適性を見抜く努力をしたとして。アシャトや俺、デファールに届くことは決してない。」
20年で、済む。それがどれほど恵まれた才能か。そう言われても、と思う。
「御年19歳の女性であるあなたが、15にしてそれが出来ると語られるマリア嬢がいる。そう言われて、20年で納得できる者はそういますまい。」
「なんだ、嫉妬か。」
「なんだとは何ですか!そりゃ嫉妬くらいします!」
カラカラ、とエルフィール様は笑った。納得したかのように晴れやかな表情で。
「いいんだよ、それで。コーネリウス。嫉妬は上等。いくらでも妬くがいい。腐らなければ、妬くくらいどうってことはないさ。」
むしろ、努力の燃料として、嫉妬は非常に大きな動力となる。そうエルフィール様は告げ。
「お前はグリッチを『騎馬隊長像』にしたいと思っているだろう?そのまま告げていい。アシャトはグリッチを『連隊長像』にしたいだろうから、自分でそういう話に持っていく。」
「……なぜ?」
「お前がグリッチを『騎馬隊長』にしたい理由は、わかるからさ。」
そうではない。そうではないのだ。急に話が変わったのはどうでもいい。この話はここでおしまいだ、と言いたいだけだろうから。問題は、グリッチを『騎馬隊長』にしたい理由などではない。
「どうして、そこまで陛下を信じられるのですか?」
『王像』に認められるまで、彼の名を知らなかった。無名だった。そんな男っをあっさり信じるのは、コーネリウスにとってそこそこハードルが高いのだ。
「……。簡単だ。」
窓に手をかけて、エルフィール様は数秒黙り込んで。
「あいつは私の希望だから、さ。」
それは、今までのどのセリフより、エルフィール様が女性であることを感じさせる優しい声音で。……彼女がアシャト様に感じている想いが、一瞬、垣間見えた気がした。
そうして。私が唖然とする間に、彼女はその場から立ち去った。
「シャルロット=バイク=ミデウスを任命するわけにはまだ行かぬ。余は、彼女の『戦車将像』としての才能は見出しているが、その能力を見てはおらぬ。」
グリッチ=アデュール=ゼブラの戦いを見たことがある、ということは、先だっての祝勝謁見で語られている。だが、俺はまだシャルロットを知らない。だから、何も言えないのだ。
「各貴族たちの長にはそれに見合う実績が、その家格があった。だが、二人目は流石に実際の働きを見せてもらう。」
ゆえに、シャルロットは却下だった。
「次に、なぜグリッチ=アデュール=ゼブラを『騎馬隊長像』にしたいと望んだ?」
「彼の乗馬技術は卓越しています。また、魔馬ペイラを扱うことにおいて、ゼブラの精鋭の右に出る者はおりません。」
言い分は、理解できなくはないと思う。報告書の通りであれば、『青速傭兵団』が用いた魔馬ペイラは確かに脅威だ。
「……。」
安直すぎる。確かにグリッチとペイラの部隊はコーネリウスを苦しめたかもしれない。
「……デファール。」
脇に控えるデファールに声をかける。同じ報告書を読んだ男であれば、得た感想は同じなはず。
「グリッチ殿に『像』を与える任命権は、確かに報酬として十分だろうと考えます。しかし、『騎馬隊長像』ではありますまい。」
ざわり、と階下の家臣たちがざわめく。それは、周辺で式典を見るために聞いていた民たちも同様に。……玉座や貴族たちの席とは数十メートル離れているが。平民たちもこの式典を見学する権利は与えられている。
「グリッチ殿は、騎馬隊のみの指揮ではなく、騎馬隊、弓隊全てを含めた総合部隊の指揮官として優秀です。騎馬隊長の席に縛る理由が見つけられません。」
俺が思った感想を、そのままずばりと言い切る。そうだ。グリッチ=アデュール=ゼブラという人物の真価はその戦略・戦術双方で発揮できる、高い万能性にある。一つに縛る、理由がない。
「ゼブラ候。いえ、グリッチ殿。貴殿の見解において、ペイラというのは扱いが難しい馬ですか?」
デファールの問い。それに、階下で逡巡するように間をおいてから、グリッチは答えた。
「普通の馬より扱いは難しいでしょう。しかし、慣れれば普通の馬と大差ないでしょう。」
それはつまり、ただ練習の問題であって、ゼブラの国民だからペイラを扱える、というわけではないということだ。魔馬とはいえ、あくまで馬でしかないのだから。
「では、現行の騎馬隊の馬を全てペイラに配備しなおすとすれば?」
「先だっての戦争で戦った騎馬隊の面々であれば、ペイラを乗りこなすのに支障はないでしょう。」
それはいい。心の底からそう思う。
「であれば。」
おそらく、必要な情報は出揃った。そう思った俺は、口を開いた。これは、王の決定だ。
「『ペガサスの騎馬隊長像』クリス=ポタルゴス。」
「はっ。」
「ここで褒章する予定はなかったが、そなたにも功績はある。そなたの褒章を、魔馬ペイラの優先獲得権とする。」
「……は。」
いいのか、と言わんばかりの目だった。ゼブラ候……ギデオンとグリッチも、一瞬怨敵でも見るような眼でクリスを見た。
ヒュデミクシアとゼブラ候の確執は、深い。
「クリスよ。お前の王は、誰だ。」
「……ペガシャール皇帝、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア陛下にございます。」
「そうだ。ヒュデミクシアの王ではない。お前の王は、余だ。」
「……承知、致しました。」
声が震えていた気がした。それを、聞かなかったことにする。
これで、重大な問題は排除された。
「コーネリウス=バイク=ミデウスよ。余はグリッチ=アデュール=ゼブラを『連隊長像』に指名するべきだと考える。異存は?」
クリスと比べて。コーネリウスが返事をするまでの間は長かった。
大きな葛藤。『護国の槍』の自負。人を見る目を否定された、とすら感じているだろうことは、想像に難くない。
「承知いたしました。」
それでも最後に、彼はそう答えた。……この場では、そう答える以外の選択肢を、コーネリウスは持っていなかった。
「『像』進呈は、後ほど行いましょう。では、功第二は、アファール=ユニク侯爵家アメリア。天馬を駆り、敵副大将ブレッド=アル=ゼブラを負傷させ、他にも複数の指揮官の首を落とした功は大きい。」
ペテロが功績を読み上げる。それに、多くの貴族が侮蔑の視線をアメリアに向けた。……まあ、そういうものだろう、と思う。
「王からお言葉がある。しかと拝聴せよ。」
さて、どう話そうか。女性が功績を立てたこと自体への失望を、どう捌くか。……わかっていたこととはいえ、嫌になる。




